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アムルの評判

 

 気に入らない。

 何もかもが気に入らない。

 ぼくは講義をするアムルを睨みつけた。


 用意してくれたぼくたちの部屋での講義も、今日は人が多すぎて広間での講義になった。

 アムルは大きな板に書いて、皆にも見えるように講義している。

 皆がぼくの後ろでアムルを見、話を聞いているのだ。


 ここまで増えたのは、昨日のセラの回復した話が広まっているのだろう。町の全てが集まっているのじゃないかと思うくらいだ。

 アムルは、ぼくの先師だ。第一、僕は板に書かれた文字も読めないじゃないか。

 その中でも、特に気に入らないのがセリだ。


 木の板を重ね、先師の話す言葉を書いている。昨日、店に謝りに行った時も聞いてきたのは先師のことばかりだ。無視しても構わず聞いてくる。

 本当に気に入らない。

 それに、セラの父親のレビだ。


 容態が安定したからと言って、急いで帰ることはないじゃないか。セラはまだ動けないままだ。それを放って帰るなんてセラが可哀そうだ。

 アムルもアムルだ。早くお母さんに知らせて上げて下さいとは、どういうことだよ。昨日まで生死の境にいたんだ。

 ぼくたちがあの子を助けるために、どれだけの苦労をしたのか。お礼がないことを言っているのじゃない。セラへの愛情と先師への感謝の気持ちのことを言っているのだ。

 気に入らない。


「フレイドさん、聞いていますか」


 アムルがぼくを見る。

 優しい声だが、厳しさも感じた。反発を許さない威厳を感じるが、工房の監督官のような威圧はない。

 気に入らないが、教えて貰うというのは、こういうことなのだろうか。


「では、税の負担はどうなっていましたか」

「三公七民を基本とするでしょ」

「そうです。聞いていたようですね。三割を税として収め、七割を自分のものに出来ます。ただ、共通儀典に書かれているのは、あくまでも基本とするとだけです。中には五公五民としている守護領地もありますし、ひどいところは逆転して七公三民になっているところもありました」


 その説明に、奥に座る少女が手を上げるのが見えた。


 アムルは一度そちらに目を向け、

「講義は、僕の修士にしています。この時間は修士の為にありますから、聞きたいことは後からにして下さい」

ぼくに向き直った。


 どうだ、やはりぼくの先師だ。しかし、同時にそんな言い方をしなくてもと思ってしまう。


「続けますね。三公の税は、官吏たちの俸給と街道維持に使われます。王が廃位された今、次の税の徴収分は守護領地のものはそのまま、王都のものは臨時王宮にいれます」

「臨時王宮というのは、何」

「王が廃位されたと同時に、王宮は閉鎖されます。宝物庫と食糧庫は閉ざされ、王宮は出ることは出来ても入ることは出来なくなります。国を担う王宮官吏は、王宮の外に臨時王宮を作り、そこで国の運営を図ります」

「王宮は誰が閉鎖するの」

「王宮は、創聖皇が王のために用意をした宮殿です。王が廃位になると、王宮には創聖皇の施された結界が発動します」

「だったら、その官吏の人の俸給はどうなるの」

「王が立つまでは、無給になります。その為に、臨時王宮に残る官吏は限られます。残った官吏には、王が立った後にまとめて払われます」

「では、集めた税はどうなるの。その臨時王宮に入れておくだけなの」

「農地から集めた税は、現物、農作物になります。これを一度、臨時王宮に入れ、商業ギルドがそれを買い取るようになります」

「商業ギルドが、小麦とかを買い取るの」


 意味がよく分からない。小麦とかを税として収め、それを売ったお金が王宮に入るのだろうか。

 十七までいた集落にも公領主の官吏が収穫した小麦を税として運んでいた。あれも売ってお金に変えるのか。

 では、その官吏は貰ったお金で小麦を買うことになる。

 二度手間じゃないのだろうか。


「そうです。それを説明するには、商業ギルドの成り立ちから始めなければいけません。それを明日の講義にしましょう。今日はここまでにします」


 やっと講義が終わった。

 わずかな休憩を一度はさんだけだから、腰も痛くなってきている。

 早く部屋で横になろうと立ち上がるぼくの左右を、何人もの人がアムルへと駆け寄った。


「賢者様、教えてください」


 真っ先に声を上げているのは、手を挙げていたあの少女だ。


「公領主様が税を上げても、王様は知らないことですよね。それでも警鐘雲は出るのですか」


 その少女にアムルが顔を向ける。


「昨日、本を読みたいと言っていた子ですね。君の名前は」

「すみません。マデリと言います」

「マデリさんですか、歳はいくつですか」

「十六になります」

「十六ですか、開学で学びだして長いのですか」

「その子は、まだ三月ほどです。賢者様」


 長老が代わりに答える。

 その言葉に、アムルはじっとその少女を見ていた。ぼくと同じエルムの血が入ったエルグだ。何か珍しいのだろうか。


「そうですか。マデリさん、いい質問です。あなたがしっかりと講義を聞いて、考えている証です」


 アムルが頷くと、ぼくに顔を向けた。


「フレイドさんも聞きなさい。質問の答えですが、警鐘雲は出ます。なぜ出るかわかりますか」

「民が苦しんだからですか」

「はい。そして、苦しめた公領主の監督を王が怠ったからです。守護領地は十二、王直轄の王都を合わせて国は十三に分けられています。これは国を隅々まで見守り、王の威光を届ける為に作られた制度です」


 王が隅々まで見守る制度、それは違う。


「公領主は、ぼくたちのことを何も考えてはくれていない」


 思わず立ち上がった。


「女だからという理由で、農地も家も与えられずに工房に送られた」

「公領主は本来、王が任命します。しかし、どの国も今はそれは形骸化し、公領主も王宮官吏も世襲制になっています。その為に、本来の意味を忘れてしまっているのです」

「だけど、バルクス公領主様はしっかりと考えてくれています」


 後ろから声が上がる。


「では、こちらの公領主は立派な方なのでしょう。同じ国でも、守護領地によって格差はあります」


 格差、同じラルク王国でも生まれた場所によって違うということなの。

 それはおかしい。


「そうです。おかしなことです。その歪さが王が廃位された要因かもしれません」

「でも、仁の印綬と信の印綬に明かりが灯ったと聞きました。次の王様が立てば、それも変わりますよね」


 マデリが顔を上げた。


「しっかりとした王が立てば、国は変わるはずです」


 その言葉に、どこか躊躇いを感じる。アムルは本当はそうは思っていないのだろうか。


「それより、フレイドさん」


 言葉はぼくに向けられる。

 強めの口調だ。何、何があるの。


「セリくんは文字が書け、単語もよく知っているようです。幸い、フレイドさんとは一緒に謝りに行った仲にもなりますから、文字を教えて貰って下さい。セリくんにもお願いします」

「分かりました。賢者様」


 即答したのは、セリだ。

 ちょっと待って、ぼくはセリとは合わない。文句を言おうとするぼくの前に、セリが腰を下ろした。


 アムルは立ち上がると、

「僕は少し、外の風に当たってきます」

ゆっくりと広間を横切っていく。


 冗談じゃない。こんな奴にものを教えて貰いたくない。ぼくも部屋に戻ろう。


「セリは本当に言葉をよく知っているの」


 そのぼくの横に、マデリが座った。


「そう、でもセリが教えるのは初めてじゃないの」


 他の人も一斉に机に寄って来る。

 何、何よこれ。ぼくは疲れているんだ。


「これは、賢者様が話されたことだ」


 セリが大きな板にアムルの言ったことを書いているようだ。それを書き写して文字の勉強を言うことなのだろう。


「だけど、賢者様って凄いね。話が全部分かりやすいの。うち、四則計算が全て分かったの」


 マデリも書き写しながら呟く。


「あの歳で賢者様だよ。当然だ。それにセラの命も救えるほどなんだ、凄い以上さ」


 セリが書きながら頷いた。

 セラか。


「ねえ、セラはイスバルの関でしょ。何で、ここの皆があの子を知っているの」

「セラはおいらの従弟だ。イスバルには開学がないから、去年からここに来て学んでいたんだよ」

「その帰る途中で、襲われたの」

「そうだ。一月交代で来て、護衛の付く駅馬車で家に帰る途中だった」


 そういうことか。それで皆が心配していたんだ。でも、助かって良かった。


「それより、おまえは賢者様とはどういう知り合いなんだ」

「その賢者様は何だ。先師のことを賢者様とも呼ぶのか」


 ぼくの言葉に、周囲が突然静かになる。


「おまえ、何も知らずに修士になっているのか」


 手を止めたセリが、振り返った。


「会ったのは、六日前だ。それまで学ぶ機会なんかなかった」


 ぼくの言葉に、今度は広間が揺れるほどの声が上がる。


「バカか、賢者様といえば国に百人もいない偉い人だ。それも、エルミの賢者様ならエルミの人でもめったに見ることなんて出来ない」

「そうよ。賢者様が直接教えるのは、上級学院の修士か公貴様がお金を積むしかないわ」


 マデリまでもが身を乗り出した。


「凄くて、偉いのは知っていたけど、そんなに偉い人なのか、先師は」

「偉いなんてものじゃない」

「だけど、ぼくより年下でルクスも弱い」

「あの歳で賢者様ゆえ、並の偉さではないのだ。それにルクス」


 重い声は長老のものだ。周囲が再び静まり返る。


「セラのルクス補強をした時、あの場にいたのはわしとセリ、それに修士だった。セラの首筋に賢者様が手を当てられた時、セリも修士も気が付いたはずじゃ」

「雰囲気が、変わった。怖くなった」


 セリが思い出したように俯く。

 そうだ。あの瞬間、恐いと思った。アムルの人が変わったようにすら感じた。


「あくまでも、推測じゃ。もしかすれば、賢者様はルクスを抑えることが出来るのかもしれない」


 ルクスを抑える。どういうことなのだろう。


「まさか」


 他の人がざわめく。


「あくまでも、推測じゃ。ルクスを抑える方もいると、聞いたことがあるだけじゃ。しかし、あの賢者様がそれをされたとしても、わしはもう驚かん」


 あの怖さが、本当のアムルのルクスなのだろうか。


「とにかく、凄い賢者様よね。フレイドさんは、六日前にどうやって賢者様と知り合ったの」


 マデリの突然の問いに、ぼくは言葉を失った。

 まさか、公貴を殺そうとしてとか、逃がしてもらってとか、言えるわけがない。


「ぼくの作った服を買ってもらった」


 横を向いて言う。

 思い出したのだ。ぼくは助けてくれたアムルを何度も叩いた。

 もし、そんなことを皆が知れば、ここは凄い騒ぎになりそうだ。


「それだけなのか」


 セリが睨むような目を向ける。


「何、どういうことよ」

「それだけで、あの賢者様がお前みたいなやつの先師になったのか」


 なんだと。年下のくせに、ルクスもぼくより弱いくせに。気に入らない。


「何が言いたい」

「賢者様を脅しているとか、色目を使って––」


 詰め寄るセリを、次の瞬間殴っていた。


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