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先師の名

 

「では、始めましょうか」


 僕の言葉に、広場の中心でフレアが棒を構えた。


「剣の振り方は基本の六種があり、足さばきが三種、盾の受けが三種です。まずはそれを身体に叩き込みます。僕に続いてしてみて下さい」


 翌朝から、剣の基本動作を教え始めた。午前中一杯を使って、棒を振っていく。

 午後からは講義だ。

 広場を出て、通りを進む。


「この通りの幅は、一エルクになります。エルクというのは人が横になる長さ、ベッドの大きさでもあります」


 文字と計算は、実践を持って教えていくことにする。


「そして、馬車一両の幅にもなるものです」

「ベッドも馬車も、全部同じ大きさなの」

「はい。規格寸法というものになります。これは建物の大きさにも用います。一般の家では家の間口は三エルク、店では三から五エルクと決まっています」


 僕の言葉をフレアが小さく復唱していく。まだ文字を覚えていないために、頭にそれを入れているのだろう。


「では。九エルクの通りに、家ならば何軒立てられますか」

「ちょっと待って」


 指を折って数えだす。最もその為に両手で足りる数にしたのだ。


「さ、三軒ね」

「そうですね。通りの片側には三軒です。ですが通りは両側に家を建てられますよ」


 その言葉に再び指を折る。折った指は六本だ。それで、計算式を理解していることが分る。


「六軒ね」

「良く出来ました。そのとおりです」

「なるほど、そういう風に町は出来ているのだな」


 嬉しそうに笑う。学ぶことの喜びも覚えたようだ。


「では、広場の方に戻りましょう」


 通りを曲がり、中央広場に足を戻す。


「中央にある広場は、この町の基礎行政区域になります」


 フレアは話す僕を見ているが、理解は出来ていないようだ。でも、それは当然だろう。本来は中級学院で学ぶことなのだ。


「基礎行政区域というのは、この中北守護領地を治める最小単位のことです」

「ここでこの町を治めているの。でも、その建物、長老のでしょ。長老の家に僕たちは泊めて貰っているのじゃないの」

「この建物は、長老の家ではありません。所有は町になる集会宿舎になります。それを長老に貸与しているのです」

「集会宿舎、それでぼくたちが泊れたの。それに、セラの部屋の用意もしてくれたの」


 やはり頭はいい。理解できている。


「そうです。町に宿はありません。その為に、来客が泊れるようになっています」

「でも、ぼくのいた集落では中央広場にあったのは、長老の家だけだった」

「長老というのは、集落や町の管理者という意味です。本来は必要に応じて入れ替わりますが、今は世襲制になっているところがほとんどです」


 広場を横切り、建物の前に立つ。


「公共の建物になりますので、その入り口には掲示板があります。ここには、この町の決定事項が書かれます。字を読めない人も多いですが、掲示する義務があるのです」

「では、ここは皆の建物になるのね。だけど、アムル。それとぼくが習うことに何か関係があるの」

「もちろんです。フレアさんが今後、どこかの町に住むことになれば、一番に訪れなければならない場所になります。そこで住民登録しなければなりませんから」

「住民登録、それは大丈夫なの」


 外北守護領地で追われたことを心配しているようだ。


「それぞれの守護領地は独立しています。必要になる書類は、これから考えましょう」

「分かった」

「では、これから座っての勉強です」


 建物に戻ると、長い廊下を通って用意された部屋に向かう。


「ここの行政区は、町になります。そして、この町が都市になることはありません。ここは町として作られていますから、増えた人はここから出なくてはいけません」

「追い出されるの、なぜ」

「この中北守護領地は、しっかりと法を守っているからです。昨日教えた共通儀典は覚えていますか」


 その言葉に、フレアの顔が上がった。


「百五十戸を単位とする」


 呟くように言った。


「そうです。集落は百五十戸、町は三百戸、四百五十戸以上は都市になります。慣例として、それぞれ細かく決められています。先ほど見た道の幅、町は一エルクの石畳と決まっています。集落に決まりはなく、都市は全ての通りを二エルク以上の石畳にする」

「では、ここも人が増えすぎると町自体を作り変えなくては」

「それだけではありません。この周囲の農地が限られています。町から農地まで遠すぎては不便です」


 廊下を抜けて、広間に入った。

 やはり、目を引くのは壁に貼られた地図だ。思わず足を止める。


「それで、ここを出なくてはいけないの」


 フレアも足を止め、地図を見た。しかし、この価値には気が付いていないのだろう。


「この近辺に、新たな都市を作ることにもなります。もし、作るとすれば、どの場所がいいと思いますか」


 フレアがその地図に足を進める。途端に驚きの声を上げた。


「これ、木の枝が揺れているぞ」

「今、そこに風が吹いているのです。これは下地に水晶を敷いた、立面地図になります。簡易版ですが、これ一枚で数シリングではききません」

「バルクス公領主様に頂いた、周辺地図になります」


 不意に声が聞こえ、長老が部屋に入ってきた。


「そうですか、良いものを頂きましたね」

「それよりも、この周辺で都市を作るにはどこがいいかと、お尋ねになっておられました。町ではなく、都市ですか」


 長老も地図に歩みってきた。


「この近隣から人が集まるのでしたら、町はすぐに人が溢れます。先を見越した都市造りが必要と思います」

「なるほど」

「ここだな」


 長老の声に重なるようにフレアが言うと、街道脇の一角を指さした。

 街道駅と街道駅の中心に近く、周辺には小さな集落が三つある。平地もあり、その集落を吞み込む形で都市を築けばと考えているようだ。


「さすが、修士ですね。そこはバルクス公領主様も考えておられる場所になります」


 長老が腕を組んで頷き、フレアが誇らしそうな顔を向ける。


「どう、ぼくの考えは」

「いいと思いますよ」


 僕は言葉を切ると、

「ですが、僕ならばここに作ります」

南に大きく下がった場所を指さした。


「こんな所」

「三つの川が合流するそこは、洪水も多い場所になります。それに、地図では分かりにくいですが、土地も荒れております」


 申し訳なさそうに長老が言い、フレアも僕の意見に困ったように笑った。

 僕が間違っていると思い、気を使っているようだ。


「まずは、川の治水を行います。こちらに川の水を引けば、洪水は防げ、この土地は肥沃な穀倉地帯に生まれ変わります。また、この川を使えば物流の拠点にもなります」


 僕の言葉に、最初に気が付いたのは長老だった。

 手を付き、食い入るように示した場所を見る。


「そして、ここに城塞都市を築けば、北にある二つの町と連携し、この地域一帯を面で抑えられます」

「ちょっと、ちょっと待って下さい。これは」


 言葉をなくす長老に代わり、フレアが顔を上げた。


「だけど、治水っていうのは」

「治水とは、川を統治して、洪水を防ぐことです。様々な方法がありますが、まずは川幅を広げ、先ほど言った分流を作ってこの周辺の土地に流します。洪水もこの分流で防ぎます」

「それで、ここを畑にするの」

「そうです。畑で採れたものは、川を使って運搬します。船での物流は大量に運べます」

「城塞都市に必要な資材も川、ですか」


 長老は地図から目を離さない。


「はい、上流から運べば費用も抑えられます」


 僕の答えにその顔を上げた。


「すぐに、バルクス公領主様にお伝えします。賢者殿」


 いきなり僕の肩を掴んだ。

 何が、どうしたのだ。城塞都市という架空の話をしただけだ。バルクス公も考えていたと言っていたが、それは水面下進んでいた計画なのだろうか。


「わしは、ここの長をしております、セルダ・デイクと申します。扉越しでもわしに、開学の修士たちに、賢者殿の講義を聞かせてください」

「僕は、あなた方の学習度合いを知りません。内容が合わないかもしれませんよ」

「構いません。わしは以前にウラノス王国で下仕えをしていました」


 ウラノス王国でエルグ種の下仕えと言えば、奴隷のことになる。エルミの民は気位が高く、特にエルグに対しては同じ人とすら思わない。


「その主人は賢者様で、学のないわしにドア越しの廊下で講義を聴くことを許してくれました。そこで、初めて無知を知ったのです」


 無知を知る。その言い方で見識の深さがうかがい知れた。


「長老は賢い方です。その賢者は見抜いたのでしょう」

「いえ、愚鈍なわしを見かねたのです。マクレン家の方は皆、お優しかった」


 マクレン。

 心臓がわし掴みされたようだ。

 ここで、その名を聞くのか。そういえば、ウラノス王国の賢者の家に仕えていたと聞いた。その賢者は、ボルグ先師のことなのか。


「け、賢者のお名前は」

「ボルグ様です。忘れることもありません」


 ボルグ・マクレン。あなたは、僕をここに導いてくれたのですか。


「分かりました。部屋の中に、お入りください。僕はフレイドを教えますが、それでも構わなければ、自由にお聞きください」


 用意をされた部屋の扉を開けた。


「申し遅れましたが、僕はボルグ・ロウザス。ボルグの名は、先師であるボルグ・マクレンに頂きました」


読んで頂きありがとうございます。

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