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リウザスの町


 公領主館のあるケルミという都市は、昼過ぎには見えてきた。

 高台の上、周囲を壁に守られた城塞都市だ。 

 だが、その領主館は外北守護領地のものよりも、かなり小さい。


 ここでは公領主館を威圧に満ちた権威の象徴とはしていないのだろう。

 そこに続く街道が分岐するところで、他の馬車と離れ、僕たちは三騎の衛士に守られて街道をさらに南に進んでいく。

 街道の並木の間からは、小さな集落が見える。丸太で高い壁を築いた集落だ。


「街道が通行制限されているのならば、この周囲の集落は大丈夫なのですか」


 僕はその目をレビに向けた。


「いえ。特にこの最近は酷く、俺たち衛士がいても平気で襲ってきます」

「衛士を相手にですか」

「はい。そのために王都から近衛衛士まで出張ってきています」

「先ほど軍司長殿と話をされていた二人ですか」

「そうです。ですが、近衛衛士というのはプライドも高く、俺ら守護領地の衛士と一緒は嫌だそうで、独自で動いていますが」


 独自でね。あのルクスの汚れでは、裏で何をしているか。待て、そうなると――。


「近衛衛士が動き出したのは、この最近ではないですか。近衛を動かすには、勅命が必要なはずですが」

「王の勅令が出たのが十日ほど前になります」

「そこまで賊が多いのですか」

「この一月、立て続けにいくつもの集落がおそわれました」


 一月、それにしては近衛の衛士が動くには早すぎる。賊が増えて一月。領地の衛士の手に余り、王都に伝えるまでに一月以上は掛かるはずだ。

 王の廃位が決まったのは、近衛衛士のせいかもしれない。近衛衛士を王が送り出し、その近衛衛士が民を襲ったとなれば、責任はすべて王に帰す。

 王は廃位されるべく、嵌められたのだろうか。もし、そうだとするとこの地の公領主には、この国の王宮官吏には関わらないほうがいい。

 急ぎ、王都をよけて進むべきなのだろうか。


「吾の集落も襲われたことはあるけど、そんなに数は多くなかった。ここの賊はそんなに数が多いのか」


 フレアが呟く。


「この守護領地では、賊は数十人規模の集団で動いています」

「数十人、しかしその数では街道を移動しても目立ちすぎてしまうのではないですか」

「俺たちも巡回をしていますが、そんな集団は見たこともありません。しかし、あいつらはどこかで集合をして襲ってくるのです」

「そうですか」


 統制が取れている。いや、取れすぎている。組織化された集団だ。


「それでは、小さな集落では抵抗しようがないのでは」

「小さな集落の者は、近隣の町、城郭都市、それに街道駅にも避難させています」


 レビは言葉を切ると、街道の奥に目を移した。

 その視線の先を追う。街道の奥、山の麓に町が見える。


「リウザスは町の人も多いので、避難せずに防備を固めています」


 レビの言葉を待っていたように馬車は街道を離れ、そこに向かう。

 畑を抜けた先に町はあった。水を湛えた堀に囲まれ、堀の向こうには柵が設けらている。自然の地形を利用した町だ。

 その堀に掛かった橋を渡り、馬車は町に入った。

 槍を持つ男たちが駆け寄ってくる中、レビは馬車を下りる。


「セラが怪我をしている。すぐに薬を与えてくれ」


 レビのよく通る声を聴きながら、僕は馬車が止まるのを待ってセラの身体を起こした。

 すぐに数人の男たちが馬車に乗り込み、身体を起こしたセラを持ち上げる。

 手際よく彼らがセラを運び出すと、僕とフレアは馬車に取り残された。

 周囲から人は消え、どうやら置いて行かれたようだ。


「なによ、あれ。セラを助けたのは吾たちじゃない」


 フレアが頬を膨らませる。


「今はセラの治療が優先です。ここから先は、薬師に任せるしかありません」

「だけど、無視することはないじゃないの」

「いきなり怪我人が運び込まれたのです。彼らも慌てたのでしょう。それより」


 僕はフレアに目を戻した。


「この大きさの町でしたら、商店も出ているはずです。旅に必要なものを買いに行きましょうか」

「旅に必要なもの」

「はい。フレアさんの服も必要です。イスバル関で購入するつもりでしたが、その暇もなくなりましたからね」


 僕が馬車を下りると、顔を輝かせてフレアも続いた。


「吾は、買い物に行くのは初めてよ。早く行きましょう」

「そうですね」


 町の通りを進んでいく。

 石畳の通りは馬車一両分の広さで、その両脇に石造りの建物がある。千人を超える人々が住む大きな町のようだ。

 こういう大きな町ならば、商店の位置は決まっている。


 僕は通りを右に折れると、西へと足を進めた。

 通りには一定の間隔で井戸が並び、大きな桶で洗濯をする女たちが見える。女たちは一様にこちらに目を向け、小さな声で話し始めた。

 その中をさらに進んでいくと、扉を跳ね上げ、大きく間口を広げた商店が見えてくる。


 この町の唯一の商店で、大きな店構えだ。

 言葉をなくしたようにフレアはただそれを眺めている。

 僕は先に立って店の中に入った。大きさの割には、品揃えは良くない。しかし、この町ではこれで十分なのだろう。


「これは賢者様、何かお探しですか」


 すぐに奥から男が寄ってきた。


「聖符用の水晶インクはありますか」

「もちろんですとも。イゼル商会の規約通りに在庫をしております」

「では、それを一つ」


 そう言う僕の後ろに、フレアが立った。何をどう見ればいいのか分からないのだろう。


「それと、僕の修士に服をお願いします」

「修士、この方がですか」


 レビと同じ反応だ。


「はい、修士です。できるだけ、動きやすい格好で一式をお願いします。それと旅に使うバッグも下さい」


 その言葉に、男は奥に声を掛けた。


「これはこれは、いらっしゃいませ」


 出てきたのは、男の妻であろう女性だ。

 女性は引っ張るようにフレアを奥に案内する。見送る僕に、店主は手近な椅子を引いた。ここからは僕たち男の出る幕はない。


「しかし、賢者様が来られたのは初めてです。水晶インクも初めて出ることになります。ですが、えらくお若い賢者様ですね」


 店主は肥えた身体を揺らせるように笑う。

 店を出すには商業ギルドに数シリングもの委託金を支払い、ルクス量の審査もある。そのため、商業ギルドの属する者はそれだけで公貴に次ぐ身分として扱われた。

 城塞都市ではないといえ、店を構えたのだからこの者もそれなりの自負もあるのだろう。態度の尊大さは隠せない。


「イゼル商会とお伺いしましたが、この国では多いのですか」

「ほぼイゼル商会です。ただ、外北と近西は重商連合が入っていますが」

「そうですか。しかし、王が廃位されてそれぞれの領境が閉鎖され、街道は通行制限もかかっていると聞きましたが、流通は大丈夫なのですか」

「その心配はいりません。月に一度、配送の荷馬車隊が来ますからな」


 荷馬車隊、それならばイゼル商会の護衛も付くのだろう。


「さすが、イゼル商会ですね。ところで、その荷馬車隊に僕たちも乗り合わさせては頂けませんか」

「荷馬車隊にですか」


 店主の笑みが消える。同時に現れたルクスの黒い靄がこの男の思考を教える。


「失礼ですが、旅札を見せてはもらえなせんか」


 その言葉に、僕は旅札を出した。


 白い玉で作られた旅札に、

「公貴様ですか」

男の声が潜められる。


「どちらに向かわれるのです」

「エスラ王国に向かいます」

「エスラ王国ですか。何をされに向かわれるのです」


 値踏みするような目を向けてくる。いや、実際に値踏みしているのだ。僕の言葉に何かを感じれば、吹っ掛けるつもりなのだろう。


「国体に関わることなので、これ以上は」


 深い意味があるように、言葉を濁す。

 国体。国の在り方のことだが、そのために自分を売り込みの行くのだ。嘘にはならない。

 それに、この国をイゼル商会がほぼ独占をしているならば、隣国のエスラ王国は別の商業ギルドが入り込んでいるはず。

 例えイゼル商会が探っても、すぐにその真偽は見極められないはずだ。


「国体」


 店主が息を付いた。


「それで、わたしがそれに助力をするメリットは何がありますか」


 単刀直入に聞いてくる。

 駆け引きなしで来られれば、こちらも胡麻化すことはできない。商人としてはやり手のようだ。


「メリットらしいメリットはありません。僕に出来るのは、乗り合わさせて貰う口利き料を支払うことと」


 言葉を一度切り、店主の目を見た。


「僕と知己が出来ることだけです」

「なるほど。賢者様との知己ですか。荷馬車隊が来るのは十日後になります。金額については改めてお話ししましょう」


 その目が奥へと動く。

 視線の先から出てきたのは、フレアだ。

 腰までの上衣にズボン、羽織る外套は膝まで伸びている。軽やかで動きやすそうだ。


「どう、これ」


 満面の笑みで駆け寄ってきた。


「似合っていますよ。バッグはどうしますか」

「こちらはどうですか」


 女が革のバッグを手に追いかけてきた。肩に下げるベルトも付いた丈夫そうなものだ。


「そうですね。それではこれらをお願いします」

「はい、ありがとうございます」


 即答した僕に、すぐに店主が紙に数字を書き込み、出してきた。


「いいわ、吾が払うわよ」


 フレアが紙に目を落としたままに言うと、ポケットに手を入れる。


「いえ、これは先師である僕の務めですよ」


 僕はテーブルに二枚のリプル金貨と五枚のルピア銀貨を置いた。

 同時にフレアの手も止まる。自分のリプル金貨で十分に足りると思っていたのだろう。顔が青ざめていく。


「では、行きましょうか」


 大人しくなったフレアの手を取った。


 通りに出ると、

「何、あの金額」 

怒ったように言う。


「でも、フレアさんの外套も三ルピアだったでしょう。その服に靴、そしてバッグを入れれば、リプル金貨は消えますよ」

「でも、吾たちが作った服は高すぎるって見向きもされないわよ」

「物の価値は、場所や時期によって相対的に変わります。数学についても今日から学んでいきましょう。それよりも食事にしましょうか」

「食事」


 フレアの顔が上がった。


「今日はまだ何も口にしていないのです。お腹も空いたでしょう」

「そうね。じゃあ今度は吾がお金を出すわよ」

「いえ、それは計算を覚えてからにしましょう。フレアさんはこれから一人で生きていくのです。お金の大切さも学ばなければいけません」

「だけどずっと先師が出しているじゃない」

「フレアさんは僕の修士です。僕も先師には本当に全てをして貰いましたから、気にしなくても構いません」


 そう言うと、通りに並ぶ一軒に足を向けた。

 店の中は、数人の男たちがいるだけで静かだ。僕は手近な空き樽の椅子に腰を下ろした。

 フレアは僕の前に座り、奥の壁を見る。


 壁には動物と魚の絵が描かれ、その下には銅貨の絵もある。小魚の絵ならその下に描かれているのは小さな銅貨二枚だ。

 字を読めない人が多いのだ。その人たちは、これで食材と金額を知るのだろう。しかし、これではどういう調理法かは分からない。


「何にするね」


 奥から出てきたのは、髭面の男だ。


「あれにして」


 フレアが指さしたのは、鳥の絵だ。


「あんたは」


「僕は、羊を貰います」

「分かった」


 男は頷き、背を向ける。


 その背に、

「葡萄酒はありますか」

声を掛けた。


 男は手を上げると、カウンターに小さな樽と木のカップを置いた。

 勝手に持って行けということのようだ。


「お酒を飲むの」

「はい。生水を飲むのは控えた方がいいです」


 僕が言うと、フレアはカウンターに向かう。 

 フレアも覚えておかなければいけない。生水を避けるのは、旅をする上で常識になる。特に、こういう店ならば猶更だ。

 木のカップに葡萄酒を注ぐと、すぐに二枚の皿が運ばれてきた。


 ドロドロに煮込んだスープの上に、肉の盛られた料理だ。店の料理だ、期待はしていなかったが食欲は失せてしまいそうだ。

 それでもフレアは嬉しそうだ。


「それでは、頂きましょうか」


 男に金を払うとそのスープを口に運ぶ。

 麦を煮込んだスープに、香辛料を混ぜたものだ。様々な香りと複雑な味がするが、統一感はなく、正直まずい。

 乗せられた肉も固く、処理の悪さで臭みも強かった。


 空腹だが、食事は進まない。その僕の前で、フレアは口一杯に頬張っていた。

 こういう味に慣れているのだろうか。 


 その食べっぷりのよさに感心していると、

「何だ。こんな所にいたのか」

入口から声が響いた。


 肩で息をしながら立っていたのは、まだ幼さ残る少年だ。


 少年は駆けるようにテーブルに進むと、

「勝手にうろついちゃダメだろ。長老が待っているんだ」

テーブルを叩く。


「なんだ、おまえは」


 立ち上がったのはフレアだ。フレアがその肩を掴む。


「お前こそ、何だ」


 少年が肩を振った。

 フレアの手が弾かれる。少年のルクスは人並み以上に強いが、フレアのルクスはそれ以上だ。

 それでも少年の肩に赤い光が走り、フレアのルクスを弾いたのだ。


 その勢いで少年の手が皿に当たり、スープがフレアの服に掛かった。

 その瞬間、彼女のルクスが膨れ上がった。


「これは、先師が買ってくれたのよ」


 言葉と同時に、少年を殴り飛ばした。

 彼は大きく吹き飛ばされ、隣のテーブルをひっくり返す。


「てめえ」


 起き上がろうとするその顔を飛び込んだフレアが、蹴りつけた。テーブルと床に血が飛ぶ。

 やばい。フレアの感情が抑えられていない。少年も自らの血に抑制をなくしたように、ルクスを赤く瞬かせて下から蹴り上げている。


 まるで二匹の獣の争いだ。

 僕は二人に駆け寄るとそれぞれの身体に手を当て、ルクスを打ち込むしかなかった。


読んで頂きありがとうございます。

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