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外伝3


 三年前。


 そう、まだ十七になっておらず、僕は賢者のローブを隠し、ルクスを抑えて旅を始めた。

 ザインたちからのお金で旅費はあったが、いつまで続く旅かも分からず、お金にはそこまで手を付けられなかった。

 当時のルクスの知識を駆使してランタンを作り、方位距離計を作り、夜も歩き続けて隣のバルクス王国を目指していた。


 マルスたちに会ったのは、外北守護地の外れ、あと少しでジャルズの関に着こうかという場所であった。

 小雨の降りしきる夕暮れの迫る中、街道から車輪を外した荷馬車を見付けたのだ。

 人夫たちが荷物の満載した荷馬車を押し上げようとしている。

 僕は肩に掛けた荷物を濡れた街道に置くと、男たちに並ぶようにその荷馬車に手を掛けた。

 左右に並ぶ男たちが、笑みを見せる。


「行くぞ」


 その声に全身に力を入れた。

 車輪が石畳に乗るが、雨に滑って落ちる。

 弱めたルクスのせいで泥が散り顔を汚すが、ここまで来たら一緒だ。何度か同じ動作を繰り返し、やっと車輪は石畳に乗った。


「ありがとうな、坊主」


 声を聞きながら、下ろした荷物を担いだ。

 別に礼を貰うためにしたことではない。それよりも、ウラノス王国を早く出たかった。


 先を急ごうと足を進めようとした時、

「助かったよ。礼をしないといけないね」

不意にすぐ横で声を掛けられた。


 気が付かなかった。

 すぐ横にまで来られたことも分からなかった。気を静め、ゆっくりと顔を向けた。

 二十代であろう青年。上質な服を身に纏っているが、公貴ではない。

 この荷馬車を運ぶ商業ギルドの高位の者であろうが、顔についた泥がその者の姿勢を示している。


「リベル商会のマルスという、君は」

「ボルグです。ボルグ・ロウザスと言います」

「ボルグ君ですか、バルクス王国に行くようですね。どうぞ、こちらに」


 そのまま背を見せる。

 間合い、呼吸、声。全てが絶妙で、断らせない空気を持っている。

 そのまま僕は足を進めるしかなかった。

 案内されたのは、先頭の箱型馬車だ。

 泥を払おうとする僕を止め、マルスが先に立って馬車に乗り込む。


「泥が付いても構いません。このままジャルズの関を越えて、バルクス王国に入りますから、お乗りください」

「このままでは、夜になります。関門は閉ざされますが」


 僕も座席に腰を下ろした。


「リルザ商会の至急便ですよ。関門は時間外でも開けられます。アムル君もその方が都合がいいでしょ」


 何かを察したかのように笑顔をみせる。

 しかし、その笑顔には違和感を覚えた。それは、マルスの身体を覆うルクスのせいだ。

 輝き、汚れはないが、人並みでしかない。商業ギルドの高位の人が、このルクスの強さでは収まらないはずだ。

 僕と同じようにルクスを循環させて抑えているわけではない。何か人為的なものを感じる。こんなルクスは初めて見た。


「それで、この荷馬車はどこに向かわれるのですか」

「バルクス王国の外西守護地に向かいます。そこから船で、エルスのウゼル王国に向かいます」


 ウゼル王国、王の在位が二十年になる新興国だ。ちょうど回ろうと思っていた国だが、最後に回した方がいいだろう。


「僕は、バルクス王国の王都に向かいます」

「王都に向かうのですか。ですが、バルクス王国は王の廃位が近いですよ」


 マルスが呟くように言う。

 廃位が近い、バルクス王国は八十年近くも王の在位が続く安定した国のはずだ。


「王の側近が罪を犯しましたが、フィフス王はそれを看過し、あまつさえ法を改正してしまいました。今のバルクスの法は有名無実で、国の腐敗は進んでいます」

「それでは、国は乱れていますか」

「はい。ですから、私はボルグ君をこの先のセフト街道駅まで雇いたいと考えています。街道の交差するそこまで、この輸送隊の護衛をお願いしたのです」

「護衛でしたら、荷馬車に乗っておられましたが」

「バルクス王国の外南には、ウラノス王国からの荷馬車を狙う野盗が暗躍しています。護衛は多いほどいいですし、ボルグ君のルクスならば、安心できますから」


 マルスが透き通るような笑顔を見せるが、その目は一切笑っていなかった。

 隠しているルクスに気が付いているようだ。


「いえ、マルス殿のルクスがあれば、護衛は必要ないと思いますが」


 僕もその目を見た。


「やはり、面白い方ですね。私のルクスを見ますか」

「抑えているのは分かりますが、どのように抑えているのかは分かりません」

「聖符ですよ。私は聖符によってルクスを内側に向かわせて、隠しています。ボルグ君のように、循環させることは出来ませんからね。商いに、強いルクスは相手を警戒させて邪魔になるだけですからね」


 やはり、僕のルクスも、ルクスの隠蔽も把握されていた。


「それに、聖符は身体に直接つけなければいけません。襲われた時に、服を脱いでいる余裕はありませんから、ボルグ君の力を借りたいのです」


 ウラノス王国をすぐにでも抜けられるならば、この提案に否はない。

 商業ギルドならば、安心も出来る。


「分かりました。僕に出来ることでしたら協力します」


 言いながら、バッグからランタンを出した。


「明かりでしたら、馬車の四方に付けていますよ」

「これは、投光器にもなります。じきに暗くなりますから道を照らせますし、不審者も探せます」


 ランタンの下を回して明かりを灯すと、今度は上を動かし投光器に切り替える。


「これは、凄い」


 感心したようにマルスが手を伸ばした。


「これをボルグ君が作ったのですか」

「はい。夜の街道を進むに、明かりが必要でしたから」

「面白い。しかし、これを私に見せてもいいのですか。リルザ商会で模倣するかもしれませんよ」

「可動部にも聖符にも仕掛けをしています。手順通りにばらさなければ、融解するようにしています」

「なるほど。では、その仕組みごと買い取りましょう」

「それは、売れません。売ってしまえば、全ての権利がリルザ商会に移り、僕はそれを作ることも出来なくなります」


 そう、商業ギルドに仕組みごと売るということは、その権利も手放すことだ。僕が同じものを作れば、権利の侵害として商業ギルドから罰を受けることになる。

 僕の言葉に、マルスが笑い出す。


「本当に、ボルグ君は面白い。私の名でこれを模倣することはないと誓いましょう。その代わりにこの商品を売って貰いたい。これから先も夜道は続きます、それにバルグス王国に入れば、道の分岐が多くなりますからね」


 確かに夜通し駆けていくのならば、投光器は必要になるだろう。それに、マルスの言葉は信用できる。得体がしれないだけに、その言葉には逆に真摯さがが感じられた。


「分かりました。それでは、これもお使いください」


 拳ほどの大きさの方位距離計を出した。


「それは」

「各街道駅のゲートには、それぞれ固有のルクスを発する標識があります。これはそれを感知して方向と距離を表します。夜道で道が入り組むのでしたら、役に立つと思います」

「方向と距離、これは感知する距離はどれほどですか」

「方向は間違いありませんが、距離は街道駅で三駅分までしか、まだ数値は出せません」


 その言葉に頷き、マルスはその方位距離計をじっと見ていた。


「これは、ぜひ売って下さい」


 顔を上げる。


「種ごとの二国の間には海峡がある。また、国の移動には船を使うことも多い。羅針盤があるが、それでも事故も多いのです。これを羅針盤と組み合わせれば、事故は減らせ、日数も短縮できますね。世界の全ての人ためにも、これを売ってもらいたい」


 羅針盤、磁石を使った方位盤だと聞いたことがある。


「これを羅針盤と併用するのですか。それは考えたこともありませんでした」

「航海術は格段に進みますね」


 それで海難事故が減り、物流が増えるならばその価値はあるのだろう。


「分かりました。方位距離計はまだ改良しなければいけませんが、現状でよければお譲りします。皆さんのお役に立ててください」


 再びマルスが笑う。


「駄目ですよ。値段を決めずに渡しては。まず、私はこのランタンに三十リプルを払いましょう。次に方位距離計には、権利として五シリング。商品一台につき、販売価格の五パーセントを渡します」


 当然のように言ってくる。

 それだけで一財産だ。


「それは貰い過ぎです」

「いや、これは規定の価格ですよ。商業ギルドには、商品権利の価格の取り決めがあるのです。セフト街道駅でお金をお渡ししますよ」、

「それほどの大金は困ります。僕は旅を続けますので、路銀は用意しています。そのような大金を持ち運べません」


 僕の言葉にマルスは頷き、

「では、リルザ商会の預かりとしましょう。世界のどの国でもリルザ商会の店ならば、買った物はその預り金から支払うし、必要ならば預り金からお金も渡します。それで、どうです」

即答した。


 そのような、便利な仕組みがあるのだ。それならば、お金を持たずに旅をすることも可能ではないか。

 いや、商業ギルドだからこその仕組みだ。マルスのように世界を旅する高位の者には、必須の制度なのだ。


「それは、助かります」

「それと、セフト街道駅までの護衛費用だけど」

「代わりに、商業と商業ギルドについて教えてください。その費用の分だけでも、教えて下さい」

「君は、案外貪欲だね。まあ、いいさ。そういうところも気に入ったよ」


 言うと、鋭い目を真っ直ぐに向けてくる。


「では、本当の名前を教えてくれないか。ボルグ賢者とルクス学の権威だったロウザス家の名ではなく、君の本当の名前を」


読んで頂きありがとうございます。

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