外伝1
雲一つない空が広がり、緑の尖塔が建物の奥に見えた。
ウラノス王国の王宮だ。
「先師、すごく綺麗ですね」
見上げるマデリがため息のように言う。
「ウラノス王国の王宮で、翠嵐宮と呼ばれています」
「サイノス王の治世は五十年を越えるのですよね」
セリは人が行きかう活気のある街に、興味を惹かれているようだ。
「先王の統治が百五十年続き、現王で五十年。国の荒廃はなく統治されています」
言いながら、通りを宿に向かった。
僕は賢者のローブをセリとマデリは修士のローブを纏い、顔を隠すようにフードを深く被っている。
「アムル殿」
不意に掛けられた声に、僕は足を止めた。
駆け寄ってくるのは、クリエだ。
「お久しぶりです、アムル殿。どうぞ、館へお越しください。父も待っております」
人目を気にせず、大きく手を振る。
慌ててしまうのは僕だ。
「クリエさん。港に付いた時から、僕は監視されています。僕に近づけば、ロウザス家にも迷惑が掛かるかもしれません」
囁く僕の言葉に、クリエが大きく笑う。
「ベルツ上級学院の研究室は閉鎖され、研究書物は焼かれました。これ以上に何の不利益があります。それに、アムル殿は印綬の継承者と同格になられ、籍は天に移りました。天籍の方を誰が縛れましょう」
それはそうだが、ロウザス家の風当たりは強くなるはずだ。
「それよりも、アムル殿。父も待っております。どうぞ、こちらに」
すでに監視をするアセットに見られているはずだ。誤魔化しようもない。
「分かりました。僕の修士も二人いますが、宜しくお願いします」
クリエに案内され、通りを戻る。
「王都に来るとの手紙を見て、毎日のように表に出ていましたよ」
「はい。王都に着けば、僕から連絡を差し上げるつもりでした。ですが、良く分かりましたね」
「賢者のローブを身に纏える人は少ないですから」
四台の馬車が行きかえる幅を持った、広い通りを進む。
周辺には中央公貴の大きな屋敷が並び、その立派さはラルク王国の比ではない。セリたちも目を奪われているようだ。
「ですが、そのローブもだいぶ痛みましたね」
「痛めてしまい申し訳ありません」
クリエの言葉に、僕も苦笑するしかない。
長い旅路と戦場。僕と共に苦難の道を乗り越えてきたのだ。
「いや、それだけ役に立ったということなのでしょう。ですが、印綬と同格のアムル殿には、このローブも荷が重くなりすぎまたね」
「とんでもありません。僕には過ぎたものだと思っています」
しばらく歩いた先に、クリエの屋敷は見えた。
門を潜り、庭を抜けた先、玄関の前に椅子を置いて座っていたのは、当主のクルスだ。
わざわざ表に出てくれていた。
僕は駆け寄ると、その場で膝を付き礼を示す。
「ご無沙汰しております、クルス賢者」
慌ててセリとマデリも僕の後ろで礼を示した。
「そのような挨拶は無用じゃ。印綬と同格の方に、礼を示さなければならないのはわしの方じゃからな」
「いえ、クルス賢者もクリエさんも僕の先師です。修士が先師に礼を示すのは、当然のことです」
「わしらは、アムル殿に何も教えてはいない。それに、賢者の称号もベルツ上級学院から剝奪された」
ため息のような声だ。
しかし、その顔は以前よりも血色がよく、ふくよかになっている。歳も十歳くらいは若返ったように見えた。
「父上もアムル殿も、それくらいにしておいてください。修士のお二人も困りましょう。さあ、どうぞお上がりください」
クリエが先に立って館に入る。
「そうだな。さぁ、入ってくれ」
クルスも立ち上がり、手を叩いて使用人を呼んだ。
「分かりました」
僕はセリたちの肩に手を置く。エルミ種の公貴の屋敷だ。セリとマデリも緊張しているのが分かる。
庭に面した部屋に通されると、僕は改めて礼を示した。
「お二人方には、お世話になりました」
「それはこっちだ。おかげで、救われた。心に張りも出来た」
クルスの言葉と同時に扉が開かれ、使用人たちがお茶を運んできた。
僕にとっては懐かしい香りで、マデリたちにとっては二度目になるお茶の香りだ。
「遅くなりましたが、お二人に紹介をしたい修士になります」
その言葉に、セリとマデリが前に出ると礼を示す。
その背は緊張に震えているようだ。
「アムル殿の修士か。わざわざ連れてきたのだ、優秀なのだろうな」
「はい、自慢の修士です。それに、僕にはこの二人しか修士はいません」
僕の言葉に、二人が耳まで真っ赤になっている。
「それは頼もしい。さあ、ゆっくりとするがいい。わしらは君たちも歓迎している」
「ありがとうございます」
二人が同時に上ずった声で言うと、ソファーに腰を下ろした。
笑顔でそれに頷き、使用人が部屋を出ていくのを見送ると僕に顔を移す。
「それで」
クリエが口を開いた。
「王都には、何の用事があったのですか」
「用事は三つあります。一つ目は、ボルグ賢者たちの解放の依頼です。彼らをエルク王国に迎えたいと思っています」
その言葉に、クリエたちは言葉をなくす。
「それは、難しいのではないですか。王宮は無実の罪で投獄をした非を認めないでしょう」
「そうですね。穏便に話をしたいですが、否となるようでしたら、僕自身がウラノス王国に非がある証明にならなければなりません」
その言葉に、全てを悟ったようにクルスが笑い出す。
「プライドの高いサイノス王じゃ。否はないな」
「そうであればいいのですが。二つ目の用事は、エルグの民の可能性についてです」
「おぉ、そうだ。エルグ種の一部は第一門の覚醒をしたとか。詳しく聞きたい」
クルスが身を乗り出す。
賢者の称号を剥奪され、書物も焼かれ、研究者としては引退をするしかないはずだ。
しかし、その顔は紅潮し、目は輝いている。やはり、研究者なのだ。
「お二人には、見て貰いたいものがあります」
僕は言葉を切ると、セリとマデリに目を移した。
「二人共、よく今まで頑張りました。あなた方のルクスに淀みもなく、輝いています。お二人の妖をルクスに変容させようと思うのですが、どうですか」
僕の言葉に二人の顔が上がる。
「先師にして貰えるのですか」
「おいらもお願いしたいです」
「分かりました。ここにはルクス学の権威がお二方もいらっしゃいます。補助はもちろんですが、これで全ての民の覚醒が進めるようにしたいと考えています」
セリとマデリに言うと、その目をクルスに戻した。
「実際にお見せします。研究者の目で見て頂き、忌憚のない助言を下さい」
「ここで、それをするのか」
「はい。僕はお二人に見てもらう為に、セリくんとマデリさんに同道して貰いました」
僕の言葉に、クルスが笑みを見せた。
「そういうことか。分かった、分かったぞ。その手順と流れ、見させて貰いわしらで体系化しよう」
さすがに、僕の思いに気が付いたようだ。
手順を体系化することで、簡略化を探れ、それを広めることが出来る。
そして、体系化されたものを広めれば、民の覚醒は飛躍的に広がる。
もし、それが叶うならば、国は大きく変わるだろう。
「ついては、お願いがあります。妖の変容に伴い、意識の拡大が起こります。本人には時間の感覚もなくってしまいますので、泊れる部屋を用意して頂きたいのです」
「もちろんです。すでに部屋は用意しておりますので、遠慮なくお使いください」
「ありがとうございます。最後に、三つ目の目的です。僕はルクスの研究者として、先師として、お二人をラルク王国へ招聘に参りました」
僕は椅子から立ち上がると、鞄から包みを出した。
「これは、ラルク王国の名が記された賢者のローブです」
そう、二人の学術の後見保証はラルク王国がするとの証だ。フレア女王の承認も貰ったものになる。
二人にそれを渡し、僕はその場で再び礼を示した。
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