第80話 各々の戦い
さあ、レース用のボートの試作だ。
適当にボートっぽい物を作ってみた。素材はローレンス商会自慢の錆びない謎のファンタジー金属だ。ボートの尻にスピーダーで使っている風を発生させる魔道具をいくつか取り付けてみる。ウォータージェット推進のボートみたいなイメージを想像しているのだが、上手くいくだろうか。
港町まで飛んで海に浮かべて試乗だ。
ボートは問題なく浮かんでいる。問題はボートレースができる程の速度が出せるかどうかだ。スピーダーはこれで動いてたんだから、きっと大丈夫なはずだ。よし、魔道具起動!
おっ、動いた。しかし、全速力でも遅いな。うーむ、スピーダーならこれでかなりの速度が出てたんだが。スピーダーは浮いてるから摩擦抵抗がなかったせいだな。水の抵抗は思った以上に大きいようだ。魔道具の出力をもっと上げるか。
試行錯誤の末、水上でもそれなりの速度が出せるようになった。
次の実験はターンができるかどうかだ。
全速力で走行してターンをしようとしたが、曲がり切れずにひっくり返って転覆した。
これは無理だな。俺の操縦が下手とかそういう問題だけではなさそうだ。元の世界のボートレースでは、モーター式のスクリュープロペラにより推進力を得るボートが採用されていた。理由は多分、ウォータージェット推進ではターンが難しいからだな。
緩やかなカーブなら可能だから、大きくカーブする陸上競技場のトラックみたいなコースにするか。池は大きめに造ったから問題ないだろう。でも残念だな。ボートレースと言えば、あの鋭く曲がるターンが魅力なんだがなあ。仕方がないか。プロペラなんて全く同じ規格で作れないし。ボートに性能差があったらレースにならないもんな。
しばらくコースをイメージしながら操縦の練習をした。うむ、これはなかなか楽しいな。シュバルツも操縦したいと言ってきたので、ボートを貸してやった。サイズ的に普通に乗れないので、下半身は影の中に入れて、上半身だけ出てきて前足で器用に操縦していた。なかなか上手いじゃないか。
後はボートのデザインだな。見世物になるのだから、格好良くないといけないよな。デュンケルに腕を奮ってもらおう。
ボートが完成して量産を終えたので、商会本社にやって来た。ボートレーサーを選抜するためだ。
裏の訓練場では新たに雇用された若者たちが、新人教育を受けていた。いつもよりかなり人数が多いな。それにしても、こんなに時間がない状況でもやっぱりやるんだな。シルビアさんの軍隊式新人教育。
まあ、一度に全員海に連れて行くことはできないし、今日は仕入れ部の若者達からの選抜だな。仕入れ部の部屋は以前にも行ったことがある。あそこの部署だけ雰囲気が違うんだよな。
仕入れ部の部屋を訪れると、ロドリゴさんが傭兵団のボスみたいに座っていた。その横でサングラスをかけたキアラさんが金貨の枚数を数えている。その他のメンバーは武器の手入れをしたり、地図を囲んで何か相談している。この人達は本当に仕事しているのだろうか。
フィデルさんの許可は得ているので、若者たちを借りて海へ移動した。
早速、ボートに乗ってもらって操縦方法を指導した。うむ、やはり予想通りというべきか。全員センスが良い。仕入れ部は新人教育を受けた後に、戦闘の才有りと判断された者たちだ。もう実戦経験も積んでいるいるし、身体能力・判断力・器用さ・精神力、あらゆる能力が備わっている。だが、流石に全員引き抜いたら怒られる。一人ずつ面接をして、ボートレーサーとして異動しても良いという明確な意思を示した者だけを引き抜くことにした。その数4名。おそらくこの4名が強豪選手となるだろう。あとは新人教育中の者たちからセンスのありそうな選手を集めよう。
観光スポットは大体の目処は立ったな。次は宿だな。富裕層向けの宿だから設備を充実させなければならない。魔道具が必須だ。つまり、俺が建設の段階から関わる必要がある。そろそろ建設場所も決まっている頃だろう。
宿のデザインはデュンケルにお願いして、イメージ図を描いてもらっている。この領都で初めての富裕層向けの宿ということで、工務店の方々とも入念に打ち合わせした。高位貴族である辺境伯様が宿泊することになるので、条件を満たしているか意見を精査するためにフィデルさんも参加している。
図面を見ると、土地はかなり広い所を用意してもらったようだ。この領都にこんなに広い土地があったかな、と気になったが、商業ギルドマスターが動いたのだから当然の結果と思うことにした。
皆で意見を出し合って、とりあえず図面に書き込んでいく。
俺を含めてこの場には、高級ホテルに泊まったことがある者が誰も居ない。なので、皆の想像する高級ホテル案を述べることにした。
ネクタルの酒場2号店の出店は確定だ。アトリエデュンケルのコーナーも広めに入れたい。ネクタルの酒場では酒場のオマケ程度スペースだったが、こちらではちょっとした美術館のような感じにしたいのだ。大型の作品の置き場に困っているからだ。影の中のスペースは限界があるし、霊獣用個室にも作品が置いてある。これを機会に何とかしたい。
レストランも当然必要だ。本社の料理長をこちらに異動させるそうだ。それには俺も賛成だ。彼はまだ若いが、もうハンバーガーショップの料理長なんて器に収まるような人材ではない。高級レストランという場でより高みを目指してもらいたい。
風呂は大浴場に露天風呂に薬草風呂と色々種類を作ろう。露天風呂は外から見えないように配慮しつつも、綺麗な庭園を作る必要があるな。
高級ホテルと言えばプールがあるものではないだろうか。辺境伯様は軍人だし、体を動かす環境も必要だろう。そうだ、酒場と隣接させてプールバーにしよう。何となく高級ホテルっぽい感じがするじゃないか。
こうして皆の意見を盛り込んで作られた『ぼくたちの考えた最高のホテル』の図面が完成した。
本当は飛行機で送迎サービスとかしたかったんだが、空を飛ぶ魔道具は未だに糸口さえ掴めていない。諦めよう。
早速、高級宿は着工された。レース場と宿の建設で土魔法の使い手が足りない。冒険者ギルドにも依頼して作業員を集めた。街を挙げての一大事業になりつつある。俺も現場監督兼作業員としてやって来た。場所は領主邸の隣だった。しかも領主邸の敷地内の土地も使うようだ。どうやら領主様は商業ギルドに土地の一部を分譲したらしい。自分の家で接待できないにしても、せめて領主様がもてなしたような形をとりたいのだろう。貴族の世界って面倒そうだな。でも、そのお陰で広い土地を確保できたのだから感謝しよう。『ぼくたちの考えた最高のホテル』の建設には広い土地が必要不可欠なのだ。
連日、各々の戦いが続いている。
料理長は試作を重ねている。辺境伯様に食べて頂くということで、やる気に満ちているようだ。彼はもう以前のように、俺に試食させて顔色を伺うようなことはない。自ら、こんな調理器具の魔道具が欲しいと俺に要望を出してくることもある。その姿は自信に満ち溢れている。彼は既に一流の料理人だ。何の心配もなく今回の大役を任せられる。
ボートレーサーの若者達は港町に宿泊させて、毎日海で練習に励んでもらっている。レース場が完成したら、池の上での練習もさせなければならない。
結局レーサーは全部で23名となった。もう少し増やしたいが、今回は間に合わない。この23名でレースを盛り上げてもらおう。
しかし、彼らは練習を始めたばかりの頃、楽しむのは結構なのだが、少し気が緩んでいるように見えたので活を入れておいた。
「みんなは辺境伯様の前でレースをしてもらうことになる。知っての通り、辺境伯様は鬼将軍と恐れられる御方だ。俺は辺境伯様に直接お会いしたことがあるのだが、出会い頭にいきなり剣を抜いて斬りかかられた。そういう御方なのだ。みんなのレースにはこの商会の命運が懸かっていると言っても良い。頼んだぞ、選手諸君。」
それからの選手たちの練習は悲壮感が漂っていた。ちょっと言い過ぎてしまったかもしれない。でも出会い頭に斬りかかられたのは本当なんだよな。あの人が厳しいのは軍人や貴族に対してだけらしいから、そんなに必死になる必要はないんだが。まあ、この様子なら素晴らしいレースが期待できるだろう。
建設も順調に進んでいる。戦争が終わったという知らせはまだない。しかし、タイムリミットがはっきりと分からないというのが怖い。今はとにかく全力を尽くすしかないか。




