第75話 それぞれの仕事
魔道具整備エリアに戻ってきた。俺も作業に取り掛かるとしよう。
改めて見ると色んな魔道具があるんだな。俺が整備できるのは一般的な火の魔道具とか明かりの魔道具などだ。時計の魔道具もあったが、これは俺には扱えないな。おっ、冷蔵の魔道具もあるじゃないか。でも全体的に作りが粗いな。この火の魔道具なんてひどい作りだ。これではすぐ壊れて当然だろう。修理するより作り直した方が良さそうな粗悪品がすごく多い。
「先生、世の中の魔道具はこんな粗悪品が一般的なんですか?」
「いや、そんなことはないね。これは軍の予算の都合で、見習いの魔道具師とかが作った物を安く買ってるんだろうね。良いものを使っても行軍中に破損することが多いから、どうせ壊れるなら安物でいいだろうとかそんなところだろうね。」
そう言いながら先生もほとんど作り直している。
「見習いが作ったとしても、この出来はあんまりじゃないですか?魔道具師として日の浅い俺でももっと良い物が作れますよ。」
「うむ。魔道具作製は理解力が重要だからね。ある程度、教育を受けた者でないとスキルを得てもまともな物は作れないんだよね。」
「理解力ですか。スキルレベルの影響はそこまで大きくないということですか?」
「魔道具作製はスキルレベルはそこまで重要じゃないんだよね。実際にルノ君もスピーダーという素晴らしい物を作っているわけだしね。逆に高レベルのスキル持ちでも大した魔道具を作れない人もいるんだよ。スキルはあくまでも補助だね。」
ふーむ。確かに同じスキルレベルでも結果は違うんだよな。剣術スキルなんかでも上手に剣が振れるようになるだけなのだ。相手の攻撃をどうやって防ぐのか、といったようなことは実戦経験の多い人のほうが優れている。訓練場での魔法なしの試合でも、スキルレベル5の人がスキルレベル6の人に勝つことだってあった。
「おっ。これはおもしろい魔道具が出てきたよ。識別の魔道具だ。」
「識別ですか!それは私が現在研究している分野ですよ!」
「それはまた変わった分野に興味を持ったんだね。これは偽造された身分証を識別する魔道具だよ。」
ジャレッド先生から識別の魔道具について色々教えてもらった。俺が何故そんなものを研究しているかというと、自動販売機の製作に必要だからだ。自動販売機はいくつかの装置で構成されているのだが、その中でも『自動販売機の心臓部分』とも呼ばれる装置がある。それが金銭装置だ。投入された通貨の判別、計数、釣り銭を出したりする装置だ。識別の魔道具でこれを解決しようと思っていたのだ。これさえ解決すれば自動販売機は作れると思っている。他の研究員の人からもアドバイスをもらえた。実に大きな収穫を得た。この仕事引き受けて良かった。
その後も魔道具の整備を続けたが、まだまだ整備しなければならないものは山のようにある。前線の砦から次々送られてくるのだ。明日も頑張ろう。
翌日、作業を始めようと思ったのだが、兵士の人がやってきた。
「ルノ様。領主様より伝言です。魔道具の整備はもういいので、スピーダーの増産をして欲しいそうです。」
「あれはジャレッド先生の魔素を取り込む魔道具がないと作れませんよ。」
「はい。ジャレッド先生と研究員の方々も協力して、製作に当たって欲しいとのことです。」
そういうわけで仕事がスピーダー作りに変更になった。
領軍の魔道具師の人が、この世の終わりのような顔をしてこちらを見ている。俺はそっと目を逸らした。この人はまた、たった一人で壊れた魔道具の山と戦い続けるのだ。頑張れ、ここがあんたの戦場だ。
俺は武器の整備をしていたデュンケルを呼んできた。デュンケルにも手伝ってもらうことにする。みんなで役割分担しながら製造を進めた。
そういえば領主様は今日は砦に会議に行くって言ってたな。街道破壊作戦の話もするって言ってたし、どういう結果になるのか。
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sideグラシアノ=オクスリビア子爵
今日は軍事会議だ。ファサットの砦へ向かわねば。
スピーダーがあるから特に急がなくてもすぐ着くのだがな。本当にこのスピーダーは素晴らしいものだ。私は昔から馬に乗るのが苦手だったからな。もう恥ずかしい思いをしなくて済む。最近、他の貴族共からも注目されるようになったし、領民に恵まれて鼻が高いぞ。
「では皆の者、これより軍議を始める。まずは報告からだ。」
会議場にこの地を治め、前線の指揮を執っているミレス=エストラーダ女辺境伯が現れた。自身の武勲でその地位まで上り詰め、国境の一端を守っている女傑だ。気に入らない者は貴族でも容赦なく殴り飛ばすおっかない人だ。この人が入室すると出席者全員の背筋が伸びた。多分、私を含めてこの場の全員がこの人に殴られた経験があるからだ。
「知っての通り主戦場は3箇所ある。内2箇所が我が領地。残りの1箇所がドレイファス辺境伯の領地だな。そのドレイファス辺境伯の戦場で、カイメッツ男爵とかいう者が指示を無視して敵陣に攻撃を仕掛けた。結果は言うまでもないだろう。敵に損害も与えられずに敗走した。」
会議場がざわつく。
ちっ!馬鹿が!王国軍が到着する前に功を立てようとしたのか。どう考えても勝てる戦いではないだろうに。
「お陰で防備が手薄になり、砦の維持も更に厳しくなったようだ。この場にはそのようなことをする間抜けはいないと思っている。しかし、もし独断で特攻して成果も挙げずに私の前にのこのこ現れるようなら、その首斬り落としてやるからそのつもりでいておけ。」
エストラーダ女辺境伯は鋭い目で会議場を見渡す。会議場の温度が下がった気がする。その鋭い視線で思わず顔を伏せてしまいそうになるが、そうすると機嫌を損ねて殴られかねない。何とか堪えて姿勢を保つ。
「我が領地内の戦場も日に日に激しさを増している。砦は守りに徹していれば持ち堪えられそうだが、国内に侵入された敵部隊が厄介な状況だ。侵入経路は判明したが、国境沿い全てを警戒することはできない。各々の基地周辺の巡回を更に強化して欲しい。」
「現在は王国軍が到着するのを待っている状況だ。しかし、正直に言おう。私は平和ボケしている王国軍が来ても、この戦は勝てないと思っている。敵は周到に侵攻の用意を整えてきている。何か打開策はないだろうか?」
一人手が挙がった。
「オクスリビア子爵の乗り物の魔道具を各基地に配備して頂ければ、巡回に割く人や馬を軽減できます。そうすれば攻めに割く人員も増やせるのではないでしょうか?」
余計なことを言いやがって!お前がスピーダーを欲しいだけだろうが!
「ふむ。オクスリビア子爵には巡回範囲を広げてもらって助かっているが、その魔道具の確保は可能か?」
「残念ながら数を用意できません。作り手が一人しかいない上に、膨大な魔結晶も必要です。現在も追加で増産させて買い取っていますが、日に一台作れるかどうかといったところです。」
実際は日に3台はいけると聞いているがな。彼は正式な魔道具師ではないし、無理を言って機嫌を損ねられると都合が悪いからな。
「ふーむ。私も見たが、確かにあの乗り物は巡回にはうってつけではある。しかし、数が揃わなければ打開策とはならんな。だが、増産は可能な限り続けさせてくれ。金が必要なら用意しよう。他に意見はないか?」
よし、ルノ君の街道破壊作戦を伝えてみるか。挙手をして発言する。
「少人数で敵国に侵入して補給街道を破壊するのはどうでしょうか?」
「補給街道か。夜間の人通りの少ない時間帯なら少人数でできるか。しかし、損害を与えるほどの破壊工作が可能か?」
「実は我が領民から出てきた意見でして、その者たちが言うにはできるそうです。地元では名の知れた商会の者で、強力な地属性魔法の使い手のようです。しかし、民間人を作戦に起用するのはどうかと思っておりまして、この場を借りてのご相談になります。」
「地属性か。ということは魔法以外の近接戦闘もできるわけか。」
「はい。魔物の氾濫が起きた際に、素手でバーサークベアを瞬殺する姿が目撃されております。」
「なんでそんなのが商会にいるんだ?だが、本人の同意があるのであれば、良いのではないか?街道は修復されるかもしれんが、その間敵の動きは止まるだろう。攻める隙もできるかもしれん。」
「では、その者たちには作戦の実行をお願いしてみましょうか。」
「直接会ってみたいな。作戦の打ち合わせもする必要があるだろうしな。」
「分かりました。明日にでも連れて参りましょう。それとこれがその者たちが持っていた敵国の地図です。敵国中心地までの最近建設されたと思われる基地の位置も記載されています。預かってきました。」
「むう。村や町を縫うように基地が建設されているな。あの人数を動員できるのはこの補給線があるからか。この情報は確かなのか?」
「ドラゴン型霊獣に乗って上空から描いたそうです。ちなみに例の乗り物の魔道具師でもあります。」
「最近噂の霊獣使いか。この辺りでも飛んでいる姿を見たな。」
「先に申し上げておきますが、その者は霊獣を人の戦争に巻き込みたくないと言っております。霊獣を戦力としては考えないでください。作戦中の移動はスピーダーで行うようです。」
「分かった。会うのが楽しみだな。子爵の領民はおもしろい人材が多そうだな。」
「はい。私は領民に恵まれているようですね。」




