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第73話 とある日の日常

戦地へ赴く日が近づいてきている。

俺が出向する予定の補給基地は拡大されて、簡易の防壁などは出来上がっている頃だろう。

戦況に関しての情報もちらほらと入ってくるようになった。最前線の砦が何度か攻撃を受けたらしいが、何とか防衛できていると聞いている。現在はバリスタなど攻城兵器での遠距離戦の応酬が続いているそうだ。しかし、敵側の兵器のほうが飛距離が長いらしい。みんなでシールドの魔法を使って砦の防壁は守り切っているそうだが、そのうち破られるんじゃないかな。うーん、負け戦の予感がしてきた。


俺は戦地へ赴く日を待ちながら、魔導式自動販売機の研究をしていた。

そんなある日のことだった。その日はシルビアさんと夕食の約束をしていた。

夕方になったので、俺はスキップしながら商会の従業員寮に向かおうとしたのだが、気になることがあって霊獣用個室に戻った。


『なあ、シュバルツ。今日、デュンケルの姿を見ていないんだが、どこにいるんだ?』

『デュンケルなら今朝、トイレの便器を作り直すと言って出ていきましたよ。その後はここには戻ってきていませんね。』


便器?破損したというような話は聞いていないが。新しいデザインでも思いついたのだろうか?いくら富裕層向けの店とは言っても、便器にまでこだわる必要はないと思うが。朝から夕方まで便器作りって、一体どんな便器ができてるんだ。玉座のような便器を作られても困るぞ。


トイレに行ってみると確かに便器は新しくなっていた。スタイリッシュな洗練された便器だ。デザインだけでなく、使い心地も考慮された素晴らしい逸品だ。しかし、デュンケルの姿はない。

アトリエデュンケルの店員さんにも尋ねてみたが、今日は見ていないと言う。

何だかとても不安になってきた。念話は近くにいないと届かないのだ。


自由に歩かせているのは酒場と商会本社の範囲だけだ。街中に出る時は俺が同行するようにしている。だが、デュンケルは割と気分の赴くままに行動する節がある。勝手に外出したという可能性も否定できない。


まさか、誘拐されたんじゃないよな・・・?


シュバルツとウルケルは影の中に潜るか、空を飛ぶかで逃げることが可能だが、デュンケルはそういった手段を持っていない。


ステータスを確認してみた。まだ契約状態になっている。契約を解消されて実家に帰ったとかではなさそうだ。生存しているのも間違いない。


『シュバルツ。デュンケルの気配や匂いを追うことはできないか?何か嫌な予感がするんだ。誘拐でもされたんじゃないか?』

『流石に私でも気配の残滓を追うのは無理ですよ。匂いも無理です。デュンケルはその辺の金属臭と同じですから。』

『主よ。落ち着くのだ。どう考えてもあの巨体を誘拐するのは目立つ。真っ昼間に街中でそんなことをすれば、必ず騒ぎになるであろう。』

『そうか。そうだよな。ちょっと外出してるだけだよな。何も言わずに出たということは、商会の本社にいるのかもしれないな。』


本社に行って商会の人たちに聞き込みをしてみると、昼過ぎに姿を見たという目撃情報があった。良かった、やっぱり本社の方にいたんだな。

そこへ商会長補佐のチャールズさんが現れた。そう、彼は肩書が変わったのだ。やはり商会からもスピーダーの発注があったため、一人乗り用を5台納品したのだ。そうすると馬が必要なくなってしまい、チャールズさんの御者という肩書も奪ってしまうことになった。だが、これで良かったと思っている。彼の実力・仕事内容を鑑みると御者というのは肩書詐欺だろう。商会長補佐、いい響きじゃないか。


「チャールズさん。うちのデュンケルを見ていませんか?朝から姿を見ていなくて、心配して探しているんです。」

「ああ、彼なら昼過ぎからずっと応接室にいらっしゃいますよ。実は領主様がお見えになっているのです。商会長も一緒ですよ。」


ん?領主様?今は戦地にいるんじゃなかったのか?

応接室に向かうと、フィデルさんと領主様が何やら言い争っていた。デュンケルは色魔法を使った筆談で対話しているようだ。魔法で文字を書くとは相変わらず器用なやつだな。


「失礼します。うちのデュンケルがここにいると聞いてきたのですが。」

「おお、ルノ君。久しぶりだな。長い時間、デュンケル氏を引き止めてしまってすまないな。」

「ルノさんも何とか言ってやってくださいよ。グラス様がデュンケル氏の新作のグリーンドラゴン像を買い取るとか言ってるんですよ。」


どうやらドラゴン像の購入権を巡って争っているようだ。予定では本社の店内に飾ることになっている。先日ダンジョンで手に入ったドラゴン革を使った製品が完成したら、ドラゴン像と一緒に店内にドラゴンコーナーを作る予定になっているのだ。


「ドラゴン製品が売り切れるまで店内に飾って、その後領主様が購入されたら良いのでは?」

「しかし!またドラゴン革が手に入るかもしれません!そうするとドラゴン像がまた必要になります!」

「その時にはデュンケルの次の作品がきっと出来ていますよ。ウルケルをモデルにした作品とかどうです?」

「それだ!ウルケル氏の像はぜひとも私が購入したい。ウルケル氏が飛行するようになってから、我が領地の象徴のようになりつつあるのだ。それこそ我家にあるのが相応しい。」

「というわけで、デュンケル。すまないが次の作品はウルケルをモデルに頼むよ。」


結局、予定通りグリーンドラゴン像はローレンス商会が買い取り、次作のウルケル像は領主様の買い取りとなった。割とあっさり結論が出たな。こんなくだらないことで何時間も議論してたのか、この人達は。


「そんなことより、領主様は何故ここに?戦地へ向かわれたのではなかったですか?」

「そんなこととはなんだ!デュンケル氏の新作は最重要案件だぞ!私の管轄の基地は問題ない。補給基地としてきちんと機能する基盤は整った。我が領地のことを放っておくわけにもいかないからな、一時戻ってきたのだ。スピーダーのお陰で移動時間が大幅に短縮できて助かっているよ。」

「我々の基地への出向は予定通り来週ですよ。ルノさんも準備を進めておいてくださいね。」

「私はいつでも問題ありませんよ。そもそも何を準備すればいいのやら。」

「余裕があるならスピーダーを追加で用意して欲しい。基地周りの偵察にも使いたいのだ。馬は維持費がかかるから、長期的な目で見るとスピーダーの方が安いと経理の者が言っていたのだ。」

「分かりました。既に何台か作ってあるので、基地へ到着した時に引き渡しましょう。」

「領民に協力的な者がいるのは助かるよ。数は無理のない範囲で構わない。この後夕食の予定なのだが、ルノ君も我々と一緒にどうかな?」

「それはぜひとも・・・あああああ!!!申し訳ないです!約束があったので、これで失礼します!食事はまたの機会に!」


シルビアさんと夕食の約束してたんだ!どうしよう!もう約束の時間過ぎてる!デートの待ち合わせに遅刻するとか絶対に嫌われてしまう。くそっ!デュンケルが勝手にいなくなるからだぞ!


その後、商会の従業員寮へ走って行き、シルビアさんに二度目の土下座をすることとなった。

シルビアさんは寮の前で待ってくれていた。握力トレーニング用のアダマンタイト製ハンドグリップを握りながら。


「約束を忘れていたわけではないのは分かっていますよ。大方、大好きな霊獣でも追いかけていたのでしょう?」


ぐっ!全くその通りだ。反論できない。しかしっ!領主様に捕まっていたのもまた事実!仕方がなかったんだ!

俺は必死で言い訳しながら、マジックバッグに入れておいた渾身の手料理を振る舞ったのだった。

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