第71話 新メニュー開発
領都に帰ってきた。
そろそろウルケルも街中を歩かせてみようと思う。もちろん、拠点の領都リビアの街限定だが。シュバルツとデュンケルはもう馴染んでるから一緒に歩かせれば大丈夫じゃないかな?霊獣友達を連れてきたみたいな感じで、受け入れられるんじゃないかな?
門の近くに降りてそこから歩って行くことにしよう。
うむ、門は通れた。門前の兵士の人が微妙な顔をしていたが、止められることはなかった。最近、飛んでる姿はよく見てるだろうからね。でも体の大きさ的にメインストリートしか歩けそうにないな。幸い、商会の建物はメインストリート沿いだから問題ないかな。
シュバルツを先頭に、デュンケル、ウルケル、俺の順に並んで歩く。横に並ぶと道を塞いでしまうので、ぞろぞろと行進せざるをえない。気のせいかな、ウルケルが緊張しているような気がする。
『ウルケル、道の端を歩くんだぞ。馬車の通行の邪魔にならないようにな。』
『了解した。それにしても、人族の街を歩く日がくるとは思わなんだ。空から見るのとは違うのだな。』
『人間の街を見てどう思う?人間と霊獣の共存は可能だろうか?』
『今は無理であろうな。契約霊獣でも奇異の目で見られるのだから。それに霊獣側も体躯の大小に関わらず、人間の街を歩きたがる者は普通はおらぬよ。』
『やっぱり時間はかかるよな。』
『シュバルツとデュンケルが街に馴染んでいることは異常なのだ。この2匹自体も元々は社交的な者ではなかろう?契約前は隠れて生きていたはずだ。そんな2匹が街を気にせず歩けるのは、主の力があってこそよな。主のような特殊な考え方の者が増えぬ限りは、人間と霊獣の共存は有り得ぬ。』
『俺、特殊な考え方なんてしてないぞ?ただの一般人だぞ。』
『ただの一般人はグリーンドラゴンの隣で肉を焼こうなどとは考えはせぬよ・・・。』
拠点のネクタルの酒場に到着だ。
霊獣達が建物の裏側から霊獣用個室に直接入れるように、大きな扉をつけてある。この部屋の部分だけ二階の床をぶち抜いて、天井も高くなっている。地下の隠し部屋を作った時に一緒に改装したのだ。これで影の中に入らなくてもウルケルが過ごしやすくなる。
シュバルツとウルケルは、酒を注文して真っ昼間から酒盛りを始めた。
デュンケルは忙しそうだ。しばらく空けてたからな。新しい螺鈿もどきアクセサリーの陳列もあるし、アトリエデュンケルの売り場の配置換えを行うようだ。同じように商品が陳列されてても客は飽きるだろうしな。如何にして商品を魅せるかを考えている様子だ。
俺は俺のやりたいことをするとしよう。
以前から気になっていたのだが、ローレンス商会本社のイートインコーナーは、当初は軽食コーナーになる予定だったのだ。だが現在、完全にハンバーガーショップになってしまっている。俺はアドバイザーでありながら、クライアントの希望に応えられていないのではないか。というわけで軽食コーナーとして相応しいメニューを考えてみようと思う。シュバルツからも新作を期待されていることだしな。
軽食コーナーと言えば、やはりケーキかな。
パウンドケーキのようなものが簡単そうだが、似たような物が他の店に売られているのを見たことがある。クッキーやマドレーヌっぽい焼き菓子もあった。こういった既に存在しているものは、クライアント(フィデルさん)は好まない。他の店が扱っていない物を好むのだ。面倒くさいクライアントである。
ケーキを作るとなると材料の問題がある。海向こうの国で砂糖を買ったが、これにはあまり頼りたくない。仕入れにコストがかかり過ぎる。使用する材料はやはり地産地消が望ましい。この周辺には酪農が盛んな村、養蜂が盛んな村がある。乳製品と蜂蜜を使ったものがいいかもしれない。
乳製品を扱っている商会とは付き合いがある。チーズを仕入れているためだ。ハンバーガーに使用したり、酒場のスモークチーズに使っているのだ。チーズはエメンタールチーズのようなもの、これ一種類しかない。多分、蒸留酒の造り方と同じで熟成を促進させるスキルを使用しているのだろうが、レンネットはどうやって調達しているのか製造方法は謎だ。だが、今回はこのチーズはどうでもいい。この商会が主に取り扱っているのが牛乳、バター、チーズの3品だと聞いている。何とか交渉して生クリームを売ってもらいたい。
しかし、生クリームを入手できたとしても更なる問題がある。生クリームの脂肪分の割合が何%なのかを測定する手段がないのだ。加工されていない牛乳は、放っておくと脂肪分が分離して上層に浮いてくる。その部分を売ってもらうように交渉すれば良いのだが、その状態だとかなり脂肪分が高すぎるのではないだろうか?牛乳で少し希釈すれば濃度を調整できるのか?実験してみる必要がある。濃度が薄すぎるとクリームを泡立てることはできない。確か泡立てるホイップクリームに最適と言われているのは、乳脂肪分40~50%の生クリームだったはずだ。
生クリームごときにこんなに悩むことになるとはな。仕入れる度に脂肪分の割合が変わることも想定されるし、問題点が多すぎるな。脂肪分が高いと重たい味になりそうだしなあ。毎回、商品の味が変わる店って駄目だよなあ。いや、この世界なら許されるのか?そういえば、どこの飲食店もその日手に入った素材で料理してるな。肉なんかも同じ肉でも処理の仕方のせいなのか、日によって味が変わったりするのが当たり前だ。そもそも日によってメニューが変わるのも当たり前だな。ということは多少なら乳脂肪分の割合が一定にならなくても問題ないのか。泡立ちさえすれば良しとしようか。
元の世界で乳脂肪分30%、40%、47%とか割合別に販売されていたのは、用途に応じて使えれてとても有り難いことだったんだなあ。
生クリームが使えれば他の店との差別化が図れるのは間違いない。難易度は高そうだが、クライアントの要望に応えるためにも頑張ってみようじゃないか。
乳製品を扱っている商会にやって来た。フィデルさんの紹介状があるので、すぐに応接室に案内された。
早速、俺は生クリームを継続購入することは可能かどうか尋ねてみた。
「生クリームとは何です?」
「牛乳を放っておくと、上層に粘度の高い液体が浮いてくると思うのですが、その部分が欲しいのです。」
「バターの原料のことでしたか。バターを作られるおつもりですか?それでしたら完成品を購入して頂いた方が良いと思いますが。」
「ああ、バターも必要になると思うので、それはそれで購入致します。それとは別にその原料の液体状の物が欲しいのです。」
「うーむ。あれはあまり量がとれないのですが・・・ローレンス商会の頼みとなれば仕方がありませんね。分かりました。何とかしてみましょう。ですが大量販売は無理ですよ。」
「もちろん、販売できる量だけで構いません。取引可能な量を後日お知らせ頂ければと思います。」
この日はサンプルの生クリームとバターを購入して帰ることにした。
今回の訪問で分かったことがある。この地域で流通している牛乳が低脂肪牛乳である可能性だ。どうやら分離した生クリームをバターの原料として使って、残った液体を牛乳として販売しているようなのだ。俺はこの世界にきてから牛乳を飲んでいないが、きっと薄味なはずだ。
しかし、生クリームをたくさん使うようなものは作れないな。当初からデコレーションケーキのようなものは作る気はなかった。何故ならスポンジケーキの作り方を知らないからだ。俺が食べたいと思っているのはチーズケーキだ。ベイクドとかレアチーズケーキのような重たいものではなく、シュワッと溶けるスフレチーズケーキが食べたいのだ。レアチーズケーキとは違って作り方が難しいが、作ったことがあるから作り方は何となく覚えている。自分で作ってみたくなるくらい、俺はスフレチーズケーキが好きだったのだ。今回も自分が食べたいから作るのだ。
というわけで、貴重な生クリームはクリームチーズ作りに使うとしよう。余った生クリームは泡立ててパフェでも作れば良いだろう。




