第58話 招待
ネクタルの酒場がオープンする日が近づいてきた。
数日後にはリハーサルとして、フィデルさんも含めた商会従業員の人達を客に見立てて招く予定になっている。
俺は一足先にシルビアさんを招くことにした。
商会で仕事中のシルビアさんを発見した。俺は気配察知を発動させて、周囲にキアラさんがいないことを確認する。よし、誰もいないな。今ならいける。
「ルノさん、こそこそと何をしていらっしゃるんですか?」
しまった。俺の不審な行動をターゲットに見られてしまった。だが、こういう時の対処方法は心得ている。開き直ればいいのだ!
「シルビアさん!今日お仕事が終わってから一緒に飲みに行きませんか!」
「ど、どうしたんですか、突然。」
「ぜひ、シルビアさんにネクタルの酒場の最初のお客様になって欲しいんです!今晩ご予定は空いていないでしょうか!」
「え、ええ。予定は特にないですが。今は準備で忙しいのではないですか?」
「準備は完璧です!俺が作った酒場を見てください!」
よし、約束を取り付けることには成功した。今日の夜はルーベンさんと調理場の主任しかいないはずだ。あいつらはずっと試作や練習をし続けてるワーカーホリックだ。俺とシルビアさんが飲んでいても大して気にしないだろう。うるさい外野はいない。二人で静かに楽しく飲めそうだ。
そして約束の時間がきた。よし、シルビアさんは一人だ。尾行されている様子はない。
「どうしたんですか?挙動不審な動きをして。」
「あ、すみません。緊張してしまって。さあ、行きましょうか!」
場所は向かいだからすぐ到着だ。入り口の扉を開けてシルビアさんを迎え入れる。
「ようこそ。ネクタルの酒場へ。」
「これは、すごく雰囲気がありますね。あら、あれが例のアクセサリーコーナーですか。」
うーむ、やはりそちらに目がいってしまうか。酒場は若干暗めにしてあるのだが、アクセサリーはよく見えないといけないのでそこだけ明るくなっているのだ。その上『アトリエ デュンケル』のお洒落な看板もある。どうしても目立ってしまう。女性は特にアクセサリーは気になるだろうし、仕方がないかな。
「どうぞ、見ていってください。まだ作品数は少ないですが。」
デュンケルと少しずつ作品は作ってきたが、良い作品はそんなに簡単に作れない。デュンケルも納得がいくまで、何度も作り直している。だからこそ、ここにある作品はどれも力作である。俺もデザイン案を出して採用されたものもある。宝石鑑定ができる人材も見つかったので、ここに配属してもらっている。値付けはその人に任せてある。
「どれも素晴らしいですね。確かにこれは本店に置くよりこちらの方が売れますね。」
「気に入ったデザインのものがあればオリハルコンで作りましょうか?」
「オリハルコンじゃなくても大丈夫です!!!」
しまった。地雷を踏んでしまったようだ。まだ酒の席にすらついていないというのに。
「ご、ごめんなさい。余計なお世話でした。」
「い、いえ。私も大きな声を出してしまってすみません・・・。あ、でもこのネックレスはオリハルコンで欲しいかもしれません・・・。以前頂いたのは高価過ぎて普段使いにくくて。」
「任せて下さい、作っておきますよ。確かに宝石が付いていると普段は使えませんよね。でもそのネックレスを選んで頂けたのはうれしいですね。それ、俺がデザインしたんですよ。」
「そうなのですか?デザインは全部デュンケルさんかと思っていましたよ。以前のネックレスもですか?」
「前回のはほぼ俺の作品ですね。デュンケルから技術指南を受けたりはしましたが。」
「多彩な才能をお持ちなのですね。飲食部門も酒造部門もルノさんがいなければ実現しなかったと思いますし。」
「そこは現場の職人や従業員たちが頑張ったからですよ。それに酒造部門はまだ始まっていませんよ。その酒造部門を今日は見て頂きたかったんですよ。どうぞ、こちらへ。」
酒場フロアへ向かうと、ルーベンさんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ。」
カウンター席に座りたいのだが、目の前にルーベンさんがいると流石に話しにくいな。テーブル席にするか。奥のテーブル席に座って、ソーマとシルビアンブルーを注文した。ツマミはお任せだ。
「・・・今のはルーベンですか?」
「ええ、そうですよ。俺の想像してた以上に様になってるんですよね。本人の努力もありますけどね。」
「驚きました。確かにこの雰囲気とよく合っているというか同化しているというか・・・。全く違和感がありませんね、選ばれた理由が分かりました。ですが、お隣のお客様たちは一体・・・。」
「シルビアさん、ここは高級店なんです。服装も大事なのですよ。」
そう、今この場には俺達以外にももう一組客がいるのだ。二つ隣のテーブル席にスーツを着たシュバルツとデュンケルが酒を飲んでいる。何故かサングラスまでかけているではないか。俺はそんな物まで用意していないぞ!デュンケルが作ったのか?何を遊んでいるんだ、あいつらは。後で俺のも作ってもらおう。
しかし、二つ隣の席にいるだけでも、あの大きさだと圧迫感がすごいな。今まで俺達の隣に座ってたお客さんたちはこんな思いをしていたのか。すごく迷惑な客だったに違いないな。
「なるほど。キャノンちゃんの服も作った方が良さそうですね。」
「店がオープンしたら彼らは別の個室で飲むことになりますから、無理に準備しなくても良いですよ。」
霊獣用の個室も用意してある。流石にこの富裕層向けのフロアに入れるわけにはいかないからな。
その後はマスターお勧めの酒を飲みながら会話を楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
もっと彼女の話を、声を聞いていたかった。
俺ももっと言いたいことがあった気がする。もっと気の利いたことを言うべきだった気がする。でも上手く言葉にできなかった。あんなに時間かけてこの場の準備をしてきたのに。
後ろ髪を引かれながら店を後にした。
「どうでしたか?俺の作った酒場は?」
「商品はもちろん良かったですし、落ち着いたお店でとても居心地が良かったですよ。特に今日は静かだったのが良かったですね。」
「リハーサルの時は騒がしくなりそうですからねえ。オープンしてからも賑わうことになりそうだし。静かなうちにシルビアさんと来れて良かったです。」
「あら、もう誘ってくださらないのですか?」
彼女はいたずらっぽく笑っている。酔っているのかな?少し顔が赤い気がする。
「いえ!ぜひまたご一緒したいです!」
「今日は楽しかったです。ぜひ、また誘ってくださいね。お待ちしていますよ。」
去り際、彼女はいつもの眩しい笑顔ではなく、優しく微笑んでくれた。




