第48話 戦力増強
出来るだけ急いでローレンス商会へ向かった。
商会に駆け込むとシルビアさんがいつものように笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ルノさん、急いでいらっしゃるようですがどうされました?」
「地属性の霊獣を捕獲しました。裏の訓練場に来て頂けませんか?」
「まあ!ぜひ紹介してください!」
裏の訓練場に移動してシルビアさんに警告をしておいた。
「捕獲した霊獣なのですが、とても気性が荒いのです。シュバルツの交渉にも応じず、戦闘になり捕獲するという結果になってしまったのです。影の中から出しますが、十分注意してください。」
「あらあら、どんな子なのかとても楽しみですね。」
俺は影の中に入ってリスを探した。リスは冷蔵庫の中の缶ビールを勝手に飲んでいた。
霊獣はみんなビールが好きなのだろうか?
「無理やり連れて来てしまって悪かったな。ビールは持って行っていいから会って欲しい人がいるんだよ。」
リスは缶ビールに抱きついてこちらを見ている。俺が何本か缶ビールを持って、外へ出ようと指を指して合図するとリスはおとなしくついてきた。
外に出てシルビアさんに缶ビールを渡して紹介した。
「こちらが地属性の霊獣です。どうやらビールが気に入ったようなので、何本か持っていってください。」
「あら、可愛らしい霊獣じゃないですか!気性が荒いとおっしゃっていたので、どんな猛獣が出てくるかと思ったのですが。」
シルビアさんが手を伸ばすとリスは跳躍して殴りかかった。
一瞬、シルビアさんの姿がぶれたと思ったら、リスは首根っこを掴まれていた。
シルビアさんはリスを手に乗せて挨拶している。リスはなんだか怯えているような気がする。
「あ、契約出来たようです。確かにちょっと癖のありそうな子ですね。」
「おお!契約できたんですか!おめでとうございます。」
リスがこちらを睨んできた。シルビアさんとどういうやり取りがあったのだろうか?まあ、彼女は商会では新人教育担当だから、生意気な奴を更生させるのは得意分野だろう。
「決めました。この子の名前はキャノンちゃんにします。」
「ああ、よく似合ってますね。その名前。」
うん、鉄砲玉みたいなこいつにはお似合いな名前だな。良かったな、キャノン。
「ルノさん、有難うございます。ステータスを確認しましたが、地属性魔法がレベル上限になりましたよ。」
シルビアさんはすごく安心したような顔をしている。
聞けばどうやらシルビアさんは地属性魔法の成長限界を感じていて悩んでいたらしい。数年前からLv7で止まっていたそうだ。Lv7でも十分凄いんだが。
スキルレベルは5から先はなかなか上昇しない。レベル上限の10に達するにはそのスキルに対する適正の高さと長い研鑽が必要となる。適正が低いとどんなに頑張ってもそれ以上は上昇しない、個人の成長限界というものがあるらしい。ずっとLv5のままということもよくあるため、Lv5が一つ目の成長限界とか上限の壁などと呼ばれている。ちなみに冒険者の間ではLv6以上の戦闘系スキルを最低一つ以上持っていることが、Cランクへの昇格条件と言われていたりする。
そこへチャールズさんとフリードがやってきた。
「シルビアも契約できたようですね?フリードが同胞の気配がすると言っておりましたので、様子を見に来ました。」
「はい、ダンジョン出張の時は期待しておいてください。」
「期待しておりますよ。ですが、くれぐれもダンジョン以外の場所では使用しないようにお願いしますね。」
「分かっております。では私はキャノンちゃんと食事してきますので失礼しますね。ルノさん、本当に有難うございました。」
そう言ってシルビアさんは嬉しそうに去っていった。
「あの、チャールズさん。ダンジョン以外で使用してはいけないというのは何故です?」
いつも優しい笑みを湛えているチャールズさんが困った顔をしている。
「実は昔、出張中に馬車が魔物に襲われた際に、シルビアが街道を大きく破壊してしまったことがあるのです。その時の修繕費の支払いで商会長は首が回らないほどの状況に陥ったことがありまして。あの時は本当に商会の危機でしたね。」
そんな魔法がレベル上限になってしまったのか。それはチャールズさんも心配するわけだ。
「その時は私やロドリゴなどの土属性魔法が使える者を動員して、何とか整地だけして修繕費の値下げ交渉を行って事なきを得たのです。今の彼女は魔法なしでも十分戦えるようになっていますから、大丈夫だとは思うのですが。ルノさんも十分気をつけておいてください。」
チャールズさんは遠い目をして溜め息をついていた。
この人、何でもできる超人だと思ってたけど苦労してるんだなあ。
ちなみに地属性魔法と土属性魔法は全く別の魔法である。地属性魔法を壊す魔法とするなら、土属性魔法は作る魔法である。デュンケルも土属性魔法を持っている。港町のビーチでワイバーンの砂像を作っていたのも土属性魔法だ。うちのデュンケルは多才なのだ。
その後、俺も商会で飯を食っていくことにした。チャールズさんも一緒に食べていくようだ。
まだ夕方なので店内はそれほど客はいない。シルビアさんの隣の席にお邪魔して飯を注文していると、シュバルツとデュンケルも出てきてビールを飲みだした。シュバルツは前足を上げて店員さんを呼び、メニューの端から端まで注文している。こいつは全く遠慮しなくなってきたな。
『主殿。フリード氏とキャノンさんもビールが欲しいそうですよ。』
デュンケルのことは呼び捨てなのにフリードとキャノンには敬称を付けるんだな。霊獣達の間では一体どんな関係なのだろうか。とりあえず、空き缶は後日回収することを伝えて、缶ビールを大量に出しておいた。
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それからしばらくはスピーダー作りを頑張った。二人乗り用を追加で二台増産した。チャールズさんとシルビアさん用だ。霊獣を得ている彼らなら、それなりの燃費で乗れることだろう。
今回からは雨対策に屋根も付けてある。側面は防水性の革素材で、普段は風通しを良くするために上に捲くり上げてある。前面はどうにもならなかったので何も付けていない。ガラスは危ないし、他に透明度の高い素材があれば良いのだが、見つからなかった。今後の課題である。
デュンケルに頼んでバランスを壊さないように注意してもらいながら、格好良くデザインと塗装をお願いした。チャールズさんのはダークグレーの渋い感じに、シルビアさんのは淡い水色の可愛らしい感じになった。ちなみに俺のは真っ黒だ。
俺がずっと乗っていた一人乗り用の一号機はジャレッド先生に売った。いい値段で買い取ってくれて懐が暖かくなった。その際にキャノンのことも報告しておいた。見た目は普通のリスだったが、非常に好戦的だったことを伝えた。霊獣が温厚な者ばかりではない可能性があるため、霊獣探索の際は十分気をつけるようにと言っておいた。
そして俺のやるべきことが一段落したところで、フィデルさんの下へ訪れた。
「フィデルさん、酒造部門で今俺ができることは終えました。海ダンジョンへの出張計画の件を進めてください。」
遂にダンジョン出張第一陣が出発する時が来た。




