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第46話 始動

予定より少し遅れたが領都リビアへ帰ってきた。

シュバルツとデュンケルを伴って街を歩く。この街ではできるだけ二匹を連れて歩くようにしようと思う。拠点の街くらいは自由に歩けるようになりたい。シュバルツは既に街に馴染みつつあるが、デュンケルは契約してからまだ日が浅いので注目を集めてしまう。街の人達にも慣れてもらうしかない。


ローレンス商会へやってきた。やはりここに来ると帰ってきたという感じがする。

「いらっしゃいませ。ああ、ルノさんじゃないですか。」

出迎えてくれたのはソフィーちゃんだった。シルビアさんじゃなかった。がっかりだ。

「こんにちは。港町遠征から戻ったところなんだ。フィデルさんはいるかな?」

「商会長はレイクスに向かわれてますよ。数日後には戻ると思います。」

「そうか、報告は後日にするかな。じゃあ、料理長のところにお邪魔させてもらうよ。」

「おお!新作ですか!私もお手伝いしますよ!」

「君のお手伝いは試食だけだろう。持ち場に戻るんだ。シルビアさんに怒られても知らんぞ。」

シルビアさんの名前を出すとソフィーちゃんは顔を青くしておとなしくなった。

「完成したら存分に食べるといいさ。今はお仕事を頑張りなよ。」


料理長にデミグラスソースのレシピを渡して、これを基にハンバーガー用のソースを開発して欲しいと伝えた。他店との取引で得たレシピだからくれぐれも情報が流出しないようにと念を押しておいた。


次に向かうのはローレンス商会が買収した酒蔵だ。

途中であちこちの鍛冶屋に寄りながら金属物資を買い漁っておいた。これでデュンケルの攻撃手段は確保された。デュンケルには鉄の槍を増産しておいてもらおう。


酒蔵に到着した。クレイグさんとカルバンさんの他にも何人か従業員がいるようだ。俺のことはフィデルさんから聞いていたらしく、すんなり事務所に通してもらえた。そして現在の研究状況をまずは聞かせてもらった。

結果、第一弾目の試作はいくつかは上手くいったらしい。サンプルとして提供した俺の缶ビールの味の再現は出来なかったが、現在市場に多く出回っている他社のエールよりは遥かに美味いと思えるビールが作れたとのことだ。その中で特に出来が良かったものを既に増産開始しているようだ。

黒ビールに関しては一応成功したものがあったのだが、苦味が強すぎたそうだ。試作第二弾として焦がした麦芽の分量を減らして再挑戦中らしいのでとても楽しみである。

試作品をいくつか飲ませてもらったが、黒ビールは確かに苦味が強かった。だが、この濃厚さ、麦芽のロースト香。確かにこれは黒ビールだ。素晴らしい可能性を感じた。試作第二弾が待ち遠しい。

増産体制に入っているというビールも飲んだが、これは間違いなく売れるだろう。俺の缶ビールとはまた違った良さがある。よく俺の記憶頼りのメモ書き程度の企画書から、ここまでのものを作り出せたものである。

最後に困っていることはないかと聞くと、低温発酵は大規模な専用の冷蔵設備が必要になると言われた。

よし、作ろう。その程度のものは魔道具で何とでもしてやろう。このプロジェクトには俺は協力を惜しまないつもりだ。ただ、規模が大きくなると魔石の消費量が増えてしまう。先生の魔道具を調達してこよう。


早速、俺は専用の冷蔵設備の構想を練ることにした。ちなみに普通の冷蔵庫のような魔道具はこの世界に既に存在する。俺も自分で作って影空間に設置してある。中身は缶ビールが詰まっていて、シュバルツとデュンケルが勝手に飲んでいる。

構想を練った結果、外気温の影響を避けるため、部屋全体を魔道具化させた方が良いという結論に至った。だが、今の酒蔵では場所がない。後日、フィデルさんに頼んで酒造りのための建物を購入してもらおう。そして俺がDIYして醸造所としてリフォームしよう。

今は先を見据えて蒸留酒を作るための蒸留装置の開発をすることにした。蒸留自体は仕組みは簡単だ。俺でも作れるはずだ。装置は銅を使って作る。理由はよく分からんが、古来より酒の蒸留器は銅製と決まっている。確か出来上がりの酒の匂いに影響するんじゃなかったかな。

銅製の鍋みたいなものを作って管を取り付けていく。管の部分に冷却装置を付けてとりあえず完成。ここで問題が発生した。蒸留させるための原料がない。まあ、今回はあくまでも蒸留の実験だ。ウイスキーを作るのが目的ではない。ということで鍋に缶ビールを大量に注いだ。鍋を火の魔道具にかけて実験開始だ。うむ、一応蒸留は出来ているようだな。蒸留した液体を飲んでみた。うん、おいしくはないな。まあ、そもそも原料がウイスキー用じゃないからな。でもちょっとアルコール度数が高まってるのは間違いない。蒸留実験は成功と言っても良いだろう。俺は別に酒精の強い酒を飲みたいわけではないのだ。いろんな酒を飲みたいというのが目的だ。酒精の強いものが飲みたい人は、この蒸留を何回も繰り返してもらうようにと職人の人たちには伝えておこう。あとは業務用の大きな蒸留器の開発だな。


数日後、フィデルさんが帰還したという連絡があったので商会に向かった。

応接室でフィデルさんに報告会だ。海ダンジョン、デミグラスソースの取引、酒蔵の視察と陳情。旅の成果としてアーマードゴリラの毛皮をお土産に差し上げた。

「立派な毛皮をありがとうございます。飲食部門と酒造部門の件は、ルノさんのお好きなようにして頂いて結構です。新たな醸造所は、この商会の向かいの大きな元工場を買い上げていますのでそこを使ってください。」

既に建物は確保されていた。ただし、条件を付けられた。

「元工場の建物の一角は酒の販売所と富裕層向けの酒場を併設したいと考えているので、そのスペースは空けておいてください。」

「分かりました。ところでその富裕層向けの酒場の内装は私にデザインさせてもらえませんか?」

「構いませんよ。遠慮なく口出ししてくださって結構ですとも。」

よし、高級感のあるバーにしよう。この世界にはそういう店がなかったんだよな。バカ騒ぎする連中お断りで静かに飲める俺の空間を作ろう。隠し部屋も作って俺の個室も確保しよう。

「しかし問題は海ダンジョンですね。これはダンジョン出張計画を大幅に変更する必要がありますね。」

海ダンジョンの話に食いついてくるとは思っていなかった。何が問題なのだろうか。

「チャールズ、どう思いますか?」

いつの間にかチャールズさんが側にいた。

「ダグエーテラのダンジョンに行く必要がなくなりましたね。」

「今の話だと二階層だけでも相当な利益が見込めそうですね。」

ルーベンさんも知らないうちに側にいた。この人たち普通に現れることはできないのだろうか。心臓に悪い。

「他の探索者がいないのが最高ですね。遠慮なく全力が出せます。巻き込まなくて済みますね。」

シルビアさんもいた!でもなんか物騒なこと言ってるよ。

「ルノさんの都合に合わせて第一陣を派遣しましょう。目的は二階層の間引きからですね。ダンジョン攻略は第二陣以降にしましょう。まずは様子見からでお願いしますね、皆さん。」

フィデルさんが悪い笑みを浮かべてとても楽しそうにしている。

「あの、二階層までどうやって行くんですか?」

「ん?ルノさんの影の中に入っていればいいのでは?」

ああ!そうか、その手があったか!影の中に戦闘員を入れて俺が海を越えて二階層で戦闘員を放出すればいいのか。

「し、しかし私の影の中は開発中の魔道具や資材などが詰まっているのですが・・・。そうだ、シュバルツの影の中を使わせてもらえるように交渉しておきますよ。シュバルツの影の中の方が広いですし。」

俺の影の中はすごい散らかってるんだ!そんな所をシルビアさんに見られるわけにはいかない!幻滅されてしまう!

「その辺はお任せしますよ。ルノさんの酒造部門の件が落ち着いたら出発としましょうか。いやあ楽しみですね。」


どうやら海ダンジョンには近いうちにまた行くことになりそうだ。

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