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93 踊る



「ま、まさか……!!」


 女王が動揺して口元を押さえた。他の貴族も何が起きたのか少しずつ理解したみたい。

 ジークはにこやかに微笑んだまま「まあ落ち着いてください」と女王に視線を向けた。


「細々と受け継がれていたタソガレ王国の魔術。ボルグ郷の尋問やタソガレ王国の訪問でその辺りのことを少し勉強しましてね。ね、リアン王子」

「え、ええ……確かに少しお話しはしましたが……ですが、これは……」

「フレアの目は魔術によって奪われたものでした。ですから、どうにか治せないものかと思っていまして。いろいろ僕なりに研究したんです。そしたら良さそうな方法があったものですから。意外に簡単ですね、魔術って。僕のような初心者でも成功するんですから」


 リアン王子は震えている。彼の反応を見るに、これは初心者がやるようなものでもなければやれるものでもないのだと思う。


「僕の視界を彼女に移しました。どうだい? フレア、ちゃんと見えてる?」

「……見えてる、けど……」

「よかった」


 女王はわなわな震えながら、それでも毅然とした態度でジークを厳しく睨み付けた。


「ジーク、あなたは一国の王となる身なのですよ! なのにこのような――医者を!!」

「医者にこの目は治せません。それに、僕はしっかり考えた上での判断です」

 ジークはちらりと侍従たちの方を睨み付けた。

「王妃は国王となる僕の半身とも言える存在ではないでしょうか。皆さんにとっても、夫婦というのは助け合って生きていくものでは?」


 ねえ? と怪しく光る目を今度は他の貴族たちに向ける。


「彼女は他の誰よりも強い忠誠心と愛情で僕を支えてくれるでしょう。だからこそ、この右目を与えるのに相応しいと判断しました」

「それは神子としての判断ですか」

「未来の王としての判断です」


 ジークは私の手を取り、確かな足取りでゆっくりと階段を下りた。


「さあ、話はこれで終わりでしょうか? 皆さんもそろそろ待ちくたびれたのでは? 今宵はダンスパーティーですよ」


 彼がちらりと楽団に視線を送ると、恐る恐ると言うように演奏が始まった。女王は何も言わなかった。傍らでは彼女の夫でありジークの父親である王配殿下が頭を抱えている。女王と息子がいがみ合っていることで一番苦労しているのは彼である気がしてきた。

 王太子の片目の視力がなくなるという前代未聞の異常事態なのに、誰も動けずにいるのは、ジークがあまりにいつも通りだからだろうか。


 演奏が始まったおかげで、貴族たちは今起きたことに関して早速こそこそと話し合っている。


 ダンスの練習なんてしていなかった。

 ジークは難しいステップを容赦なく入れてくるし、ついていくので精一杯。一応ダンスはずっと教師から習っていたけれど、こうして舞踏会で踊るのも初めて。でも緊張はしなかった。



「久しぶりに見る世界はどうだ?」

「……キラキラしてる」


 ああ、でもちょっと澱んでる。

 人の細かな表情や醜悪なものを吐くその口が、どろどろしていて汚くて、人間らしいと思ってしまう。


「なんっっっっっでこんなことしちゃうのかしら」

「嬉しくないのか。残念だな」

「女王じゃないけど、もう少し自分の体大切にしなきゃだめでしょ。あなた王太子なのよ?」

「君にああだこうだ言われたくないな。一番自分の体を大切にしてないのは君だろ」

「……自分の右目を差し出してまで私を周りに認めさせようとするって、あんた実はめちゃくちゃ私のこと好きなんじゃないの?」


 てっきりばかにされるだろうと思っていたのに、ジークは反論しなかった。

 じっと見つめられて思わず顔を逸らす。


「……なによ」

「君のように使い勝手の良い便利な奴隷はなかなかいないものだから」

「ちょっと!!」


 爆弾発言を誰かに聞かれていないか、思わず周囲を確認した。

 王宮で王太子が“奴隷”なんてやばい単語を口にするなんて信じられない。


「……ちなみにその魔術ってわざわざキスする必要なんてあったの?」

「ん? ないけど?」

「…………」

 なによそれ。

「怒った顔も面白いじゃないか。だがあの兵器にされた時に比べると反応が薄いのは、僕のことを好ましく思っているからじゃないのか?」

「まさか。もう誰にされたってファーストキスじゃないからよ」

「…………」


 ジークの笑みが凍り付いた……ように見える。

 変な奴。

 別に私のことなんて好きでもなんでもないくせに。

 薬指の指輪がキラキラ輝いている。薔薇の形にカットされた真っ赤な美しい宝石に、繊細な花びらを再現した紫の宝石。華奢な作りなのに圧倒的な存在感があった。


「気に入ったか?」

「……なんで私の指のサイズわかったのよ」

「さあ? それを君に教える義理はないな。ああ、それとこれ、以前渡したチョーカーより遥かに使い勝手がいいから」

「えっ」

「タソガレの魔術もいろいろ試してみた。そう簡単には抜けないようにしておいたからな。君は僕の玩具だということ……忘れてもらっては困る」



 ヒイイイイイイ。

 杏に再会できたら聞いてやる。なんでこんなおぞましい男をヒーローにしたのよって。王子様ってもっとこう、爽やかで誠実で裏表がなくて格好良い存在じゃないの!? 今のところこいつの長所って顔だけじゃない! しかも全然私の好みじゃないし!



「今何か失礼なことを思わなかったか?」

「思ってない! 全然思ってない!!」

「そうか。ならいいんだが……もしこの指輪がまた使い物にならなければ、今度こそ君を牢屋にぶち込んだ方がいいのかな」

「!?」

「ああ、安心するといい。王妃という立場を奪うつもりはない。君は僕の妻として、毎日僕の用意した牢屋の中で、僕が決めた時間通りに生活すると言うだけだ」

「こっわっ!! 歪みすぎでしょ!! どっからそんな発想が出てくるのよ!! それならその辺の牢獄に閉じ込めてもらった方がいいんだけど!?」

「で、脱獄するつもりだろう?」

「うっ……」

「君をそう簡単に手放すと思ったか? 絶対に逃がさないから覚悟しておけよ」

「完全に悪役のセリフ!!」



 なんかヒロインのことが心配になってきた……。

 ジークが夫で本当に大丈夫なのかしら。



「一応聞くけど……ジークって一目惚れとかするの?」

「なんだそれは。ばかばかしい。あるわけないだろ」

「そう言うと思ったわ……」



 早く見たいなあ、こいつが年相応に恋愛してるところ。

 そう思っていたらふわりと体が浮き上がった。

 ジークが私の腰を持ち上げて、ドレスの裾を広げながらゆっくりとターンする。貴婦人から歓声が起こった。初めてジークを見下ろすことになって、想定していなかった事態にほんの少しだけ緊張する。

 トン、と下ろされてから思わず睨み付けた。


「……何」

「高みから人を見下ろすのは気分が良いだろ?」

「あんたいつもそういうこと考えてるの?」


 げんなりしていると、ジークは心から楽しそうに笑った。


「君のそういう顔を見るのは嫌いじゃない」






 曲が終わり、ジークと一緒に舞台から降りるとルカに声を掛けられた。


「フレア! 目は……」


 私の目を見て、ルカは僅かに息を呑んだ。


「紫色……なんだね」

「えっ」


 私の目は青いはずなのに、紫色ってジークと同じ目の色じゃないの。

 どういうこと? とジークの方を見ると楽しそに首を傾げていた。


「さあ? 僕は初心者だからその辺りのことを聞かれてもわからないな。なんとなくやってみただけだし。明日には見えなくなっていても文句は言わないでおくれ」

「ちょっと……」

「僕の色が君に移ったと考えると気分が良い」


 やっぱりこの人怖い。

 私はじりじり後ずさった。ちょうど次の曲が始まる。私は咄嗟にルカの手を取って「踊りましょ!」と彼を誘った。マナーとしては普通は男性から誘われないといけないんだけど、細かいことは気にしない。

 ルカは少し驚いた後、「……僕でいいなら」とエスコートしてくれた。



「ダンスなんて初めてね」

「……うん」


 ルカの頬が赤い。照明の熱のせいかもしれない。

 ジークと違って私を挑発するような難しいテクニックは使わない。労るように、穏やかでゆったりとしたテンポを意識して、私が踊りやすいようにリードしてくれている。それが心地よくて、やっぱりルカは優しいなとじんわりする。



「目は本当に大丈夫? 変な感じはしない?」

「ええ。ジークには困ったものだわ。まさか皆の前でこんなことするなんて。大体ちょっと囓った程度の魔術だかなんだか知らないけど、それで視力を渡すなんて……」

「僕はジーク殿下が羨ましい」

「え?」

「もしそんなことができるなら、僕も喜んでこの目を君にあげるのに」


 ルカはちょっと潤んだ艶っぽい目でじっと私を見つめた。

 ……どうしよう、最近ルカが妙に色っぽい。急に大人になったと言うか、何というか……。こんな目をする子だったかしら? ついこの間まで純白の天使だった子が悪い遊びを覚えたのを目撃したような妙な背徳感。



「だめよ、ルカ。ルカは自分の体を大切にしなきゃ。優しいからって人にあげたりしちゃだめよ。絶対」

「優しさとかじゃないよ。……フレアだからだよ」


 絡めた指から、腰にそっと回された手から彼の熱が伝わる。

 明るいオレンジ色の瞳の中に私が映っている。


「僕は弱い。弱くて愚かだ。そのことが今回のことでよくわかった」

「そんなことないでしょう。ルカはナギの民を救おうと一生懸命頑張ったじゃないの。それは誇るべきことだわ」

「でも頑張っても救えなければ意味がないから」


 ルカの眉間に皺が寄る。それだけで十分伝わってしまった。彼がものすごく苦しんでいたであろうことを。


「聖騎士としても貴族としても、僕はこの国を、君を守れるようになると誓う。もう君に背負わせなくて済むように。君が背負ってきたものはこれから僕が背負っていきたい」


 あまりに力強い言葉だった。

 だから躊躇した。


「…………だ、だめよ。そんなことして命を落としたらどうするの。あんまり頑張りすぎるのも考えものよ」

「昔は僕が公爵になることを楽しみにしてるって言ってくれたね」

「そ、それはそれ。これはこれ、ていうか……」



 ルカがイグニス家を引っ張ると宣言した時。

 3年前のあの時は、ずっとうじうじしていたルカが前を向いて生きようとしていることに誇らしくなった。きっと彼なら立派な公爵になるだろうと思ったし、それでいいと思った。ただ、今は……



「ルカが傷ついているところを見るのは嫌なの」



 怒りで理性が吹っ飛びそうになった。

 聖騎士として生きるということがどういうことか、まざまざと思い知らされた。もしかしたらまともに死ねることの方が少ないかもしれない。そんな危険なものなら、ルカには頑張って欲しくない。まだ命の危険は少ないであろう公爵の仕事を頑張って、聖騎士の仕事はそこそこに、面倒なことは人にぶん投げるくらいでいてほしい。

 狡賢い生き方だと罵られようと、私はいくらでも肯定するから。だから安全な場所でぬくぬくしてて欲しい。



「私だって心配したのよ。綺麗な顔に傷でも残ったらとか――」

「僕は男だよ? 傷くらいいくらついても構わないよ」

「だ、だめよ! 折角綺麗な顔なんだから! 大事にしなきゃ!」


 絡めた指に思わず力が入る。


「ルカには幸せになってもらいたいの。可愛いお嫁さんをもらって子供を育てて、平和に領地を治めて、公爵としての責務を果たして……だから戦争とか、聖騎士とか、そういう面倒なことは取りあえずジークにぶん投げて……」

「心配してくれてありがとう」


 ふっと微笑まれる。

 違う、私は真剣なんだけど!


「でも、僕もフレアには幸せになってもらいたいと思ってるよ」

「え?」

「君がたとえどんな場所に行こうとも、本当に好きな人と結婚して、たくさんの素敵な人に囲まれて、いつまでも平和に暮らしてほしいと思ってる。そのために聖騎士としての力を使いたい。今はこの力があってよかったって思ってる」

「で、でも……」

「フレア、笑って」


 ルカは今日とびきりの笑顔を見せた。


「フレアは笑った顔が一番可愛い」

「――――ッ、……バカ」

 

 そんなこと急に言われて笑えるわけないでしょ。

 顔が熱くなった。……ただ、ルカと踊っているのは楽しい。口には出さなかったけれど、素直にそう思った。


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