91 【ジーク】 気づく
ヴェントゥス公爵の死の影が消えた。
そのことにすぐに気づけぬほど、忙しすぎて死ぬかと思った。
新しい条約締結、犯罪者の身柄の引き渡し、アジトの調査、魔術と機械について、変態兵器の行方……その他諸々。僕もそろそろ分身の術でも会得するべきかもしれない。
僕らの助力もあって、今後、タソガレ王国では国王派が力を盛り返していくだろう。
と言っても安泰かと言うとそうではない。国民や我々からの支持を得たと言っても不安定な情勢であることに変わりはない。国王は少々頼りないように見えたが、息子たちはなかなか骨のありそうな人間だった。いっそ新しい王を即位させた方がスムーズに進みそうだと思ったものだ。
そして今回のことは、貴族派を罰して終わりではない。
あのおぞましい兵器はタソガレ王国の貴族派だけが作り上げたものではないからだ。協力者がいた。裏で糸を引いている者がいる。
例の映像を映し出していたのは全部で5カ所だった。
我が国とタソガレ王国、ナギの民。
そして途中で僕が映像を切った、アケボノ共和国と……シノノメ帝国。他の3カ所と違い、この2カ国に関しては一部の上層部だけが映像を見ていたはずだ。ただ経過を確認するためだけに。
あの映像石以外の証拠は綺麗に隠滅されてあった。
知らぬ存ぜぬを貫き通すのは簡単なことだろう。タソガレの貴族派が勝手にやったことだとすればいいのだから。
もちろん記憶を見ることのできる僕には言い逃れなどできない。僕が神のお告げだと、シノノメ帝国とアケボノ共和国が今回のことも仕組んだと言えば、このまま戦争に発展するような話だ。だがアカツキ王国の人間は僕に従っても、周りの国々はそうはいかないだろう。宗教というのはそれを信じる者には大きな力を発揮するが、信じていない者にとっては危険な行動にしか見られない。僕とて、すぐに戦争を仕掛けるほど愚かでもない。
人体実験やら薬の開発やら機械関連にも強いアケボノ共和国と、軍事開発が進んでいる豊かな超大国シノノメ帝国。この二国はタソガレ王国の貴族派に兵器開発の手助けや資金の提供をしていた。……証拠はない。ただ僕がボルグ伯爵の記憶から知った情報だ。
アケボノ共和国は元々タソガレ王国と仲が悪い。タソガレ王国の王朝が変わり、それに自分たちが手助けしたとなれば今後は優遇される、それを狙ってのことだろう。
シノノメ帝国はもっとタチが悪い。彼らの目的はナギの民に制裁を下しその弱みにつけ込んで自分たちに従属させること、そして僕らアカツキ王国への盛大な嫌がらせだ。
ナギの民は一部族でありながら帝国にも強気の姿勢を崩さないことで有名だった。最近帝国は彼らに対して、何度も帝国民となるよう掛け合っていたらしい。彼らの戦闘力を買ってのことだろう。だがナギの民はそれをはねのけ続けた。
そこで帝国は彼らに制裁を下すことにした。
まずタソガレ王国の貴族派に命じて、公爵家の末端貴族を罠に掛け、それに気づいた公爵が介入するよう仕向けた。そしてナギの民と親交のあったヴェントゥス公爵に彼らを殺させることにした。ナギの民がアカツキ王国に深い恨みを持つのは必須だ。国というものへの不信感を煽り、どこにも頼れず弱ったところを叩けばすぐに従属させられると踏んだのだろう。もし従属させられなくとも、制裁としては十分だ。
なぜアカツキ王国に白羽の矢が立ったのか。
ナギの民と親交のある国はタソガレや僕らアカツキ以外にもぽつぽつ存在するのに。
それはタソガレ王国に近かったことと、帝国と僕らがとても仲の悪かったせい。
つまり嫌がらせだ。
タソガレ王国の貴族派はアケボノとシノノメ、この二国からの力を借りて強力な兵器を手に入れるとともに、皇帝や共和国の支持を得て国を乗っ取ることができるはずだった。ナギの民を罰することは、国王派への攻撃材料としても十分だった。兵器を使うことで自分たちの顔を出さなければ、本当に国王派がやったことなのか、貴族派がやったことなのかなどわかりはしない。国王派は力を削がれ、罰せられることになる。証拠のでっち上げのための準備も終えていて、国王派の処刑リストまで作ってあった。
全て、無駄になったが。
「アケボノの上層部は潰す。シノノメは……どうしてやろうか」
シノノメ帝国。
“運命”を尊ぶ、僕がこの世で最も嫌いな国。
それこそ帝国で革命など起こったら面白いだろう。千年続く王朝が終わり別の政治体制になれば少しは変わるかもしれない。いや、いっそ解体して領土を分割し、小さな国々を立てさせるのもいいかもな。そうすれば帝国お馴染みの前世保持者はどうなるのだろうか。
『13番目の聖騎士様を捜せばいいじゃん!』
バカ医者の耳障りな声が頭に響く。
……あいつは嫌いだ。王宮で見かけたのは1度きりだが、その時もなんとなく胸がざわついて嫌な気分になったのを覚えている。だから名も覚えていた。フレアからその名を聞くことになるとは思わなかったが……はっきり覚えていたからこそ、城下にいる奴を捜すのも大して難しくなかった。
何を考えているのかわからない。不気味で、気持ち悪い。
何より軽々しく13番目を捜せなど言うから、あの細い首をへし折ってやろうかと思った。
裏切り者の聖騎士。
その一方で神に愛され、高潔な魂を持っていたとされる矛盾した存在。謎に満ち、それ故に今になっても多くの説が囁かれ、きっと国の危機には現れるに違いないと、自分こそ生まれ変わりではないかと庶民が胸をときめかせる存在。
…………ばからしい。
あいつは高潔とは違う。そんな言葉で表せる人間じゃない。
もっと人間臭い奴だった。目的のためなら多少の汚いこともやっていたし、馬鹿らしいことも面白そうだと進んでやっていたし、ルールを軽視する傾向があってお堅い連中にはいつも怒られていた。陽気で、楽天的で、いつも笑っていて、お人好しで、茶を飲むのが好きで……何にでも首を突っ込んでむりやり解決して戻ってくる。
そういう人間だった。
……治癒の力。
それだけでも各国からすれば十分喉から手が出るほど欲しい力だろう。だがそれだけじゃない。13番目の聖騎士にはもう一つ、下手をすればアカツキ王国を簡単に滅ぼせるほどの力があった。
だから……
僕は国のために命じなければならなかった。
『――命令は、覚えてる?』
『ああ、もちろん』
『……怒らないんだな』
『当たり前だろう。大丈夫だ、その命令は間違いなく正しい』
……本当は、何を置いても帰ってきてほしかった。
別に一国滅ぼすことになろうと、お前だけは帰ってきて欲しかった。
『……君は無駄なことばかりする。前世の知り合いなんてどうせ見つからないのに』
『ははは。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。何事もやってみねばわからないさ』
『…………早く帰ってこい。待っているからな』
『ああ、その時は一緒に茶でも飲もう』
くしゃくしゃと頭を撫でられて、余計苛ついた。
『では、またな。――』
「――――クソ」
……一体どれだけ待てばお前は帰ってくるんだ?
「いや、違う……僕はお前の帰りなど待っていない。お前は死んだ。僕は運命も前世もそんな曖昧なものは信じない。今までどれだけの人間が死んでいくのを見送ったと思っている。死者は戻らない。お前は死んだ。僕を裏切って死んだんだ。もういい加減……僕の記憶から完全に消えてしまえ……!!!」
憎い。
憎くて憎くてたまらない。
裏切り者の13番目。
もし万が一お前が本当に戻ってくるようなことがあれば……
「その時は僕が殺してやる」
酷く喉が渇いた。
水差しからグラスに水を注いで、乱暴に喉に流し込む。
明日はパーティーがある。タソガレ王国との新しい条約締結を祝い、フレアの功績を称えるための。……だが少し探らせたところ、思った通りフレアと僕の婚約破棄に動き出した連中がいた。その中には女王も含まれているらしい。しばらくは国民の目を意識して目立った行動は起こさないだろうが、僕が国王となる成人式までには何が何でもフレアを引きずり下ろすつもりだろう。
本人は目が見えずともダンスが踊れるほどの能力の持ち主だが、盲目で王妃は務まらないとあらゆる理屈を並べて主張するはずだ。更に悪いことには、フレアがそのことにものすごく乗り気であるということだ。
わかっていた。彼女はイグニス邸での事件の時に僕に宣言した。
何が何でも僕と婚約破棄する、と。
その時はただ面白いとしか思わなかった。いや、今だって面白い玩具としか思っていない。玩具、そうだ、人間なんて信用しない。そういうものだろう、なのに……
フレアがどこか遠くに行く。
そう考えただけでイライラが止まらない。
実際はそう簡単に遠くへ行くなど不可能なはずだ。彼女は聖騎士なのだから、公爵家と完全に縁を切るのも難しいだろう。だが……彼女ならば本当に何とかして旅に出てしまうかもしれない。何より僕の力が彼女にはなかなか作用しないのも問題だ。行方を眩まされても、あのバカ医者の時のように簡単に見つけ出すことはきっとできない。
いや……落ち着いて考えろ。
あれがどこに行こうがどうでもいいはずだ。
確かにあれは面白い玩具だが、そこまで執着してるわけじゃない。奴隷として可愛がっていた程度のものだ。消えたいなら好きにすればいい。勝手にしろ。消えたがっている人間を無理に引き留めたところで何の意味もない。裏切り者が増えるだけだ。どうせあの義勝という男を捜しに行くのだろう。行けばいいさ。見つからなくて絶望すればいい。あいつがどうなろうとどうでもいい。どうでもいい、そう思っていたのに……
『他の誰にも渡すつもりはないし婚約破棄するつもりもない』
あの時の僕の言葉は間違いなく本心だった。
「僕は……」
もう何も失いたくない。




