89 希望を抱く
「あー、無理だね。これは」
しばらく好きなように私の顔やら目元やらを触っていたレインは、容赦ない一言を突きつけた。
「……無理?」
「ごめん、魔術の類いはちょっとねー……。専門外って言うか、私にはなんともできないや。うーん……いっそこの目玉を取り出して調べさせてもらえれば何かわかるかもしれないけど~」
「……取り出した後元に戻るの? それ」
「え~元に戻るわけないじゃん、フレア様ってやっぱり面白いなあ。魔術がどう作用しているのか調べてその後はホルマリン漬けにしてずっと手元に置いとくよ。色が薄くなってるけど綺麗な目だし、絶対処分なんてしないから安心してよ」
「丁重にお断りするわ」
「えっ」
「今の聞いてオッケーするわけないでしょ!?」
「ええ~、どうせ見えないんだから研究させてくれてもいいじゃ~ん」
「やだってば!! 自分の目玉が誰かの手元にあるとか想像するだけで気持ち悪いじゃない」
「酷いなあ。私だったらめちゃくちゃ大事にするのに~」
レインは相変わらず掴めない。
でもケラケラ笑う声も常軌を逸した発想もあまりにいつも通りで、逆に安心してしまう。
「魔術か~。タソガレって不思議な国なんだね。面白い発明品が多いのは知ってたけどさあ。本当にこんなものがあるなんて。とっくの昔に絶滅したと思ってたよ」
「絶滅?」
「何度か大きな迫害があったと文献で読んだことがあるよ。やっぱりほら、意味のわからない力って怖いじゃない。だから歴史の中に埋もれていったんじゃないかなあ。だけど本当は細々と技術は受け継がれていって、今回のように面白い発明品づくりに繋がっている。……兵器の開発が進んでるってのは、何も貴族派が独占しているものでもないだろうし、あの国にはもっと面白いものがあるだろうね」
「敵には回したくないわね」
「ほんとそれだよね~。あ、タソガレにないの? 王子サマ。この子の目を治す結晶」
「……ない。そう言われた」
「ふ~ん。本当に? 王子サマ、ちゃんとしっかり追求したの?」
ジークとレインの間に微妙な空気が漂う。
レイン、あんたも本当に怖い物知らずね。
「……君はやはりどこか気に食わないな」
「お互い様じゃない?」
「そもそも知り合いなの?」
「い~や? ちょっと会ったことがあるくらいさ。王宮でね」
「王宮医師会から最短で免許を剥奪された有名人だからな。まあ、一度見かけた程度だが」
……もしかしてステラの件でレインを捜した時、あんなにすんなりレインの居場所を当てたのはレインのことを知っていたからなのかしら。でも知り合いだったなんて一言も言わなかったわよね。相変わらず私には何も教えてくれないんだから。
「また医師免許を取得するとは思わなかったが、どんな手を使ったのやら」
「さあ~? 私の実力だと思うよ。そもそもさあ、私の免許を剥奪した理由がしょうもないんだよね~。私はただ思ったことを言っただけなのにさ~。会長サンが死者を冒涜するから」
「冒涜?」
「ヒヒッ、この先は内緒~。でも王子サマってさ~、神子なんて大層な呼び名の割に役に立たないんだね~。王宮のこと全部把握できてるわけでもないみたいだし、かと言って婚約者の目を治すこともできないし」
さ、さすがに言い過ぎでしょ……。
空気が完全に凍り付いている。この場にエイトがいたら斬られてる。確実に。
「あ、そうだ~、良いこと思いついたよ!」
急にパッと明るい声を上げたレインは、私の肩をゆさゆさ揺さぶった。
「13番目の聖騎士様を捜せばいいじゃん! もしいたらきっとフレア様の目くらい治してくれるよ~!」
「13番目?」
聖騎士は全部で12人。
13番目なんて存在しないはず。
「それって……」
「ほらあ~、おとぎ話であるじゃん。伝説の13番目! 公爵家からでもない、王族でも貴族でもない者から生まれるかもしれない、高潔な魂を持った13番目」
「……僕が聞いたのは、裏切り者の13番目だよ?」
幼いリクがぼそっと零した言葉に、レインが「そうとも言うよね~!」と答える。
「何、そのおとぎ話。私全然知らないんだけど――」
「え!? 知らないの!? アカツキの人ならみ~んな知ってると思ってたよ~。超有名な話なのに。あ、そっか~。シノノメ帝国に関することだから、フレア様には伏せられていたのかな?」
シノノメ帝国……私の母の出身国。
「でもそれにしてもフレア様が知らないのは意外だな~。この子たちに絵本を読み聞かせしてるなら偶然手に取った本がその伝説のお話でもおかしくないのにね~」
「絵本の内容なんて割とすぐ忘れちゃうから……」
「この国にはね、13番目の伝説の聖騎士がいると言われているんだよ。千年昔の建国の時に大活躍した13番目の聖騎士!」
建国? そう言えば千年前の建国の時、シノノメ帝国とちょっといろいろあったみたいなことを以前ルベルが言っていたっけ。情報過多でその時は結局聞かずに終わったけれど……。
「でもね、13番目はこの国を出て行っちゃうんだ。彼にはシノノメ帝国……その当時は王国かな? その王国の血が流れていた、前世の記憶保持者だったから。なが~い旅に出るんだね。で、シノノメに戻った13番目は、二度とアカツキ王国には戻らなかった。この国を捨てた、つまり裏切ったんだよ。だから13番目の力は失われ――」
「昔話はその程度にしろ」
ジークから夥しい殺気が溢れる。
「くだらない話を聞くためにここにいるんじゃない。お前がフレアの目を治せる可能性があったから連れてきただけだ」
「キヒヒッ、こわ~い、王子サマ、でも本当にさあ、あるかもしれないでしょ? 13番目がいたことは事実なんだし。13番目がシノノメ帝国にいるから戦争が起きなかった程度には、13番目は神様にけっこう愛されていた。その力は継承されることなく消えたと思われているけれど、13番目の高潔な魂を受け継ぐ継承者がいるかもしれないってのは、庶民の皆けっこう信じてるよ? 裏切り者って言ってもさ~、シノノメ帝国に何か騙されたに違いないとか、ほんとはすごい人格者だったとか、いろいろ考察されてるからただの悪者って訳でもない。もしかしたら自分かもしれないって期待に胸を膨らませるのは悪いことじゃないよね。貴族や王族は気に入らないかもしれないけどさ~、面白いじゃん。伝説の13番目。聖騎士の力を持つ名もなき者」
「13番目の力って何なの?」
「治癒。な~んでも癒やしちゃうんだよ。悔しいよね、私のいる意味がなくなっちゃうんだもん」
13番目……聖騎士……治癒……
その時、ハッと記憶が花開いた。
その13番目の聖騎士って……
この小説の主人公のことじゃない!!!
そうだ、確かそんな設定があった!!!
ジークの近衛騎士になった美少女騎士が、傷ついた彼を助けるために終盤の土壇場で力を覚醒させて、彼の傷を癒やす。彼女は平民出身で貴族の血は引いていないけれど、13番目の力はそんなの関係ないから……。多分、それこそ13番目の生まれ変わりとかそんな感じの設定だった気がする。
で、ジークと主人公は結ばれるのか……。ふむふむ、ご都合展開だけどありがたいわね!
よし! これで私の目は解決!
主人公って言うくらいだから性格の良い子でしょ。さっさとジークと良い感じになってもらって力を覚醒して、私の目も治してもらいましょう。
「レイン! 良い話を聞いたわ! ありがとう!」
「え? あ、もしかしてほんとに捜すの? うわ~フレア様ってやっぱりぶっ飛んでる~」
伝説って言うくらいだからきっと今まで現れたことはないのでしょう。
でも私は彼女が必ず現れることを知っている。
これから3年後……詳しいことは杏と相談しながら決めていこうかしら。
「くだらない」
ジークからは相変わらず殺気がダダ漏れている。いつにも増して機嫌が最悪になったのは間違いなくレインのせいだけど、13番目と聞いた時からジークはピリピリしている。彼にとっては禁句なんだろうか。でも最終的にはその13番目の聖騎士と恋に落ちる訳だから、それでなんでピリピリしているのかがよくわからない。
「レイン、貴様は用済みだ。さっさと帰れ」
「ヒヒッ、こわ~い」
「フレア、君は――」
「お姉ちゃん、行っちゃうの?」
ようやく泣き止んだかに思えた子供たちがまたうるうるしてしまったらしい。ジークはイライラと髪をかきむしった。
「……連れて行けるのは侍女までだ。まだ職員も採用できていないし、他の人間はここに残って貰う」
「それ俺もか?」と乱蔵。
「お前なんて問答無用だ。絶対に連れて行かない」
「へーへー、そうですか」
まあ乱蔵なら多分どこに逃げてもいつか居場所を突き詰める気がする。
「……それともカノン、君たちはこれを機に下僕から孤児院の正規職員にでもなるか? どうせ今年度には騎士の入団試験を受けるんだろう。これ以上フレアの下僕でいなくとも――」
「お断りします」
カノンがジークの言葉を遮った。
「……俺は、俺たちはフレア様にお仕えする身ですから」
「いつかは騎士になるのではなかったか? 試験は受けないのか?」
「受けます。受けますが、フレア様の従者でもあります」
「両立はしない。近衛騎士でも受けるつもりか?」
「…………」
「――まあいい。手早く別れを済ませてくれ」
まさかカノンとジークまでバチバチすることになるとは思わなかった……。
でもジークの言うことには一理ある。カノンたちは今年で16歳になるし、そろそろ入団試験を受けてもおかしくない年齢だもの。エイトが最年少で入団したのは15の頃だった。
カノンとルベルがどんな顔をしているかちょっと気になったけれど、さすがにわからない。
しばらく子供たちと過ごした後、私はステラと一緒に瞬間移動してもらうことになった。
「……本当にいいの? しばらくの間だけど、シリウスと離れることになるのに」
「大丈夫です。シリウスちゃんは以前より逞しくなりましたし、アランさんや、ルベルさんたちもいますからね。それより、フレア様をお一人にさせてしまう方が心配ですから」
ステラは柔らかな笑みを浮かべた。
彼女が来てくれたことを、私はこの先しばらくの間めちゃくちゃ感謝することになる。だってジークが用意した屋敷というのは…………アクア家の敷地内にあったのだから。
「ふん、来たか」
銀髪の少年は不服そうな顔で私を迎え入れた。




