87 会談する
ナギの民。
とても強い騎馬民族。
特定の住処を持たない放浪の民。
私にとってはそれくらいの認識しかない。
「…………会いたくないです」
「未来の王妃になる御方が、そのようなことを仰って許されますか」
「目が見えないので失礼なことをしてしまうと思いますから」
「どんな失礼なことをされてもいいのでどうしてもお会いしたいと。部族の者を助けてくれたお礼をせめて伝えない限りはこの場を離れないとまで言っておりますよ?」
だからそういうところが嫌なんだってば。
きっと助けられたってことにめちゃくちゃ恩義を感じるタイプなんでしょうね。もういいのに。さっさと放浪の旅に出なさいよ。
でも私に拒否権なんてないしな……。
出来れば彼らに会う前に杏に会っときたい。彼らがどう小説に関わってくるのかとか知っといて損はないと思うし……いや、でもあの子けっこうざっくりなところはざっくり作ったからわからんって言ってたし、聞いたところで「知らない」ってなる可能性もあるわね。
「ていうか私が助けたっていうのをなんで知って……」
「彼らも見ていたそうですよ。彼らが宿泊していた場所で例の巨大な映像が現れたそうです。……恐らく、私が彼らの仲間を殺すところでも見せて、アカツキ王国から彼らを遠ざけるのが狙いだったのではないかと思いますが……」
「悪趣味ですね」
「同感です」
最近ずっと侍女に甘やかされているから、なんか一気に現実に引き戻された感じ……
でもよくよく考えれば、ずっと王宮に閉じ込められて女王や公爵、侍女たち、限られた人間としか会えないこの状況って軟禁って言うのかしら? 映像のせいで混乱が生じているのに加えて私が失明したからかもしれないけど、ルカや公爵夫人とさえ面会ができないのはやり過ぎじゃない? まあ、あの兵器のことがあるから大切な人の近くにいない方がいいって言うならそれはすごく理解できる。
公爵から聞いた話によると、本当は女王に密命を受けていたけれどあの時のジークの発言のおかげで彼がそう命令したことになっているらしい。タソガレ王国へのボルグ伯爵たちの引き渡しは彼が王都まで赴き、国王との会談も行っているとか。女王とジーク、なぜか仲の悪いこの親子の間に挟まれて公爵はいろいろ大変そう。
取りあえず今回の事件で、タソガレ国王での貴族派の力は大きく削がれることになった。国民にも私たちの戦いが見られているということもあって、貴族派がやったことへの非難は凄まじく、同じ貴族派の中からでさえ非難が続出しているらしい。
これからアカツキ王国とタソガレ王国の間にはより親密な内容が盛り込まれた新しい条約が結ばれ、貿易も始まるらしい。詳しいことは知らないけれど、まあ悪いことではないのでしょう。
タソガレの国王がどんな人物かは知らないけれど、これを機にしっかり舵取りをしてほしいところね。まあジークが見て本当にヤバい人間だったら条約なんて結ばないでしょうし。……内乱だけはやめてほしい。
「ねえ、ジークはいつ帰ってくるの?」
「ジーク殿下は明後日にはこちらに戻られる予定です。タソガレ王国でも例の映像が流されていたらしく……事態の収拾には想像以上に時間がかかっているようです」
「そう……ですか」
ジークが戻ってくれば、私も解放されるのかしら……。
『…………私の、初めてだったのに』
…………そう言えば私、あいつの目の前で、泣……
記憶がはっきりしないんだけど、もしかして泣いた? 泣いちゃった?
あのことはしばらく考えないようにしていた。思い起こせば、怒りが溢れて止まらなくてついでに涙も止まらなくて感情が爆発したような気がする。ああああああ、ジークに見られていたんだとしたら最悪すぎる。気まずい。弱みを握られた。これは永遠に弄られる。だって本当に私にとってキスってのはそれくらい大きなものであって……私はがさつで男っぽい前世のほむらとは違うの!! 初めてのキスは普通めちゃくちゃ重い意味があるの! もし私が前世のほむらだったら、たとえ義勝相手であろうと酔っ払った勢いでキスとか絶対叩き斬ってるから! それをあのクソ兵器……キイイイイイイイ!!!
はあ……
「……私もうあと1年くらいはここから出たくないです。つーか今の気分としては誰とも会いたくないです」
「そんな我が儘を……。それに何を気にする必要があるのですか? 皆あなたを見る目が変わって――」
「今更そんなことされても胡散臭いなとしか思えませんよ」
そう返すと、なぜかヴェントゥス公爵は沈黙してしまった。
「公爵?」
「いえ……反省しているところです」
「え? ……ああ、別に公爵はそこまで気にしなくても。私に対してそんなに蔑まない代わり興味もない感じだったでしょう」
「…………申し訳ない」
「いえ、だから今更もういいって……。それに、謝らなきゃいけないのは私も同じ……ですから」
「え?」
公爵が戸惑っているけれど、さすがにそろそろちゃんと謝らなきゃいけない。
「私が助けに行った時なんですけど、思い起こすとけっこう酷いことを言ってしまいましたから。覚えてろとか、ルカを巻き込んでとか」
「それは事実なので……」
「でも、あなたはルカを庇ってくれてたんでしょう」
侍女からちらちら話を聞いて知ってしまった。ルカは目を抉られそうになっていて、それをヴェントゥス公爵が庇ってくれた、と。
「だから、あの時はごめんなさい。ルカを庇ってくれてありがとうございます」
気まずいと思いながら頭を下げると、公爵が完全に固まってしまった。
「……あの、公爵?」
「私は、あなたを切り捨てていました」
「え?」
「王妃として不適格であると、ジーク殿下との婚姻もうまくいかないだろうと。ゼファにも、あなたとは関わらない方が良いとまで言いました」
「へえ……」
そこまで告白してもらわなくてもいいんだけど……
地味に凹むじゃないの。
「今、私は過去の自分を殴りつけたくてしかたありません……!!」
「そこまで?」
私の評判と態度を考えれば、公爵がそう判断するのもまあ仕方ないかと思わなくもないけど……
「あなたに助けてもらった命です。これからは、何があろうと我がヴェントゥス家はイグニス公女の味方であり続けると……誓います」
公爵が深々と頭を下げてくれた。
正直、そんな誓ってもらわなくても……とは思うものの、公爵がここまで真摯な言葉をかけてくれたのに「あ、いいです」と言うのはさすがに憚られた。まあ……嫌われるよりはずっといいか。曖昧に頷いて、やっぱりこの方はヴェントゥス家の人間っぽくないわねとちらっと思った。
――――――
ナギの民はたった数名だけだったけれど、体にずしんと圧のようなものがかかる錯覚を覚えるほどにはおどろおどろしい雰囲気。さすが戦闘部族。
ぜーったい戦いたくない。
「初めまして。顔を上げてくださいな。と言っても、私には何も見えないのだけれど」
「まずは我が部族の者を助けてくださったこと、深く、御礼申し上げます」
男は部族長だと名乗った。それからもう一度私へ礼を述べると、彼の傍らにあった小さな気配がびくりと震えた。
「あ、あの……! 腕飾り、ありがとうございました!!」
腕飾り? と首を傾げそうになって、あああの坊やかと思い出した。私が拾ったことは言わないようにと公爵には伝えたけれど、そこまでひっくるめて彼らに見られていたのだとしたらもうどうしようもないわね。
「……別に大したことはしていませんよ。元に戻りましたか?」
「はい!! 粉々になっていたものもあったので完璧に元通りとはいきませんでしたが、それでも十分に……。本当に、ありがとうございます!!」
「そう。良かったですね」
わざわざお礼を言いに来なくても良かったのに、律儀なのねと感心してしまう。まあ、私に触れられたからと彼が嫌がっていないようでよかった。
「我々は、自由を愛し、己が認めた強者のみを仲間と認めます」
「え、ええ……」
「私は長くこの部族をまとめ各地を放浪してまいりましたが……フレア様ほどの強者にあったことはございません」
……褒めてるんでしょうけどあんまり嬉しくない。
あのね、私いくら聖騎士と言っても公爵令嬢なのよ? 可愛い女の子なのよ? 別に最強の騎士とか目指してないからね? なんなら聖騎士って称号だって神様に返上したいくらいなんだからね?
「しかもまだ13歳の少女と知った時は……夢でも見ているのかと思いました」
「あはは……」
「あなたにとって、強さとは何ですか?」
急に何?
いきなり面接?
「強さ、ですか……。それを聞いてどうしたいのです?」
「純粋に興味があるだけです。あなたほどお強い方に出会ったことがありませんでしたから」
とか言って、本当にただ興味があるだけじゃないでしょう。
私を試してるの? 返答次第ではどうなるのかわかったものじゃないわね。でも腹の探り合いなんて面倒だし、今必要とも思えない。ヴェントゥス公爵は今後のナギの民との関係を考えてハラハラしているかもしれないけど、私はただ素直に答えることにした。
「……守るための力です」
呪いのような言葉をただ繰り返す。
「守るための剣です。相手の命を奪わずして大切な人を守るための力。剣術においては、間違いなくそれが真の強さだと思っています。もちろん、私にとってはですが」
先生に教えて貰った教え。
でも、強さというならそれだけが強さじゃない。
「強さには人それぞれ、いろいろな形があるでしょう。その中でも例えば……裏切り者と罵られようと憎まれようと、己を犠牲にしてでも大切な人を守ろうとする、そういう人を強い人と言うのだと思います。ジーク殿下や、ヴェントゥス公爵のような」
「フレア様もそうでしょう?」
「私はそこまで高潔な人間ではありません」
「ですが、その高潔な思想を良しとしている。あなたの強さの根底にあるのは、相手を屈服させるための強さではなく、大切な者を守るための強さなのですね」
急に彼の声が優しくなった。
「やはり、あなたこそ真の強者でしょう」
だからそれあんまり嬉しくないんだけど……
「これからアカツキ王国、いえ、もしあなたの御身に何かあった時は、我々はあなたを守るためにいついかなる時も、どこからでも馳せ参じます。この誓いは我が孫の代に至るまで守られ続けることでしょう」
部族長は突然腕を突き出すと――
血の臭いが、広がった。
「!?」
「なッ……!!」
どうやら、部族長は自分の腕に爪を立ててけっこう強く引っ掻いたらしい。ボタボタと血が溢れていくし同席していた公爵や護衛の騎士たちも動揺している。騎士以外の王宮での帯剣は禁じられているからまさか流血沙汰が起きるとは思わなかった。
「この命に、誓って」
お、重い……
笑顔が多分引き攣った。
私はそんな誓いを受けるほどの人間じゃないしそこまでしてもらわなくていい。いくら命を助けたと言っても偶然のようなものだし、ナギの民であろうとそうでなかろうと私は同じことをしたし。そう思うけど、ここまでの誓いをした相手にそれを言えば自害とかしそうでとても怖い。
ナギの民が退室した後、思わず頭を抱えてから変な声が出た。
「大丈夫ですか?」
「はい……」
「驚きました。彼らが誓いをするところを初めて見ましたよ」
「……彼女が出来たら命をかけて死ぬまで尽くすタイプなんでしょうね」
「え?」
「いえ、何でもないです……」
もう二度と関わる機会はありませんようにと、心の中で小さく願った。……それが無駄な願いであったと、この時の私はまだ知らない。




