86 混乱する
「フ、フレア様だ!! フレア様がいらっしゃったぞ!!」
「あ、ああ……なんて神々しいのかしら!! 本当に戦っておられたのはフレア様だったのね!」
「あの素晴らしい剣技、高潔なる思想……まさに聖騎士の鑑だ!!」
……どうなってんの、これ。
聞こえてくる声がおかしい。
神々しい? 高潔な思想? 聖騎士の鑑? そんなこと言われたことないわよ?
知らない声ばっかりだし。これって多分……騎士や侍女や召使いたちかしら? 多分ヴェントゥス邸……だと思うけど違うかもしれない。だって私が行った時はあんなに静かだったのに、今はすごく暑苦しい。
瞬間移動させられて飛ばされた先でまず耳をつんざいたのは爆発のような歓声だった。その後私と同じで困惑しているであろう乱蔵としばらく歩かされることになった。
何がどうなってるの? もしかして公爵が事情を全部説明したとか? 私のことまで事細かに喋ってる暇なんてなかったと思うけど。それに話を聞いたからって私が戦ったとか信じられないでしょうに。彼らは負傷している様子はない。ていうことは公爵が先に帰した騎士たちってわけでもなさそうだけど……。
「できれば一度お手合わせ願いたいが……」
「ばか! フレア様は失明しておられるのだぞ」
「それにイグニス家ならまだしも近衛騎士がそのような大胆なことをお頼みできるわけがないだろう!」
失明したことまで知られてるの?
ていうか……近衛騎士?
てことはここってまさか……
「…………戻ってきましたか」
この声は……
「じょ、女王陛下…………?」
しっかり意識を集中すれば、ここが公爵邸ではなく王宮であることがわかった。王宮の大広間、そこまで歩かされていたらしい。
「ご苦労でした」
……あれ? なんか女王だけでなく聖騎士まで数名集まってない? ヴェントゥス公爵、てっきり陛下への報告だけ終わらせたんだろうと思ってたのに、なんでこんなに全員集まってるの? 公爵が有能すぎるのか陛下が有能すぎるのかタイミングが良かったのか――
「まずは怪我の手当を」
「……はあ」
いまいち頭が追いつかないでいると、女王陛下のため息が漏れた。なんなの、この女。こっちは戦場から戻ってきたところなんだけど? 何でため息なんて吐かれなきゃ――
「……あなたが身を挺してヴェントゥス公やナギの民を守ったことは感謝します。王宮の一室で手当と休息を。目のことも、王宮医師に診てもらいます」
「え」
「あなたが戦うところは、城下の空に突然現れた不思議な装置に映し出されていました」
「はい?」
「この王宮からも見えるようになっていたのです。あなたの功績は誰もが認めるところでしょう。……あの装置の発明者であるタソガレ王国のボルグ伯爵を尋問し城下を捜索したところ、不審な人間と奇妙な石を見つけました。狙いについては……また追々しっかり尋問する予定です」
見てた?
え……見られてたの? ずっと? あれを?
冷や汗がダラダラ流れた。
「ど、どこまで……」
「ん?」
「どこまで、その、見てたん、ですか……?」
ごくりと唾を飲み込み、女王の言葉を持つ。しばらくの沈黙の後……
「………………奇妙な動物に跨がって、空からジークが下りてくるところです」
それほぼ全部じゃないの!!?
開いた口が塞がらない。穴があったら入りたい。
脳内にさっきまでの記憶が超高速で駆け巡って爆発した。
「ボルグを公爵に引き渡した後でしょうか、黒い布がかぶせられて真っ暗になりました。音は聞こえていたのですが、それもそのうち消えました」
じゃあ義勝がまた動き出してやばくなった辺りは知らないってことか……。
今すぐに忠告したいけれど……あれをどう説明するって言うのよ。まああれも満身創痍だったしここはあの場所からかなり離れてるから、大丈夫だと思うけど……あいつ、まさか飛べないわよね?
ああ、それより何より私の醜態が…………王都中に。
昔に引っ張られて口が悪くなっちゃってたし、あんな化け物じみたところを見られたなんて……
せめてキスのところが見られてないってことを喜ぶべきか。
…………うん、逃げよう。
もうこれはさっさと逃げよう。
「なぜあの場に向かったのか、いろいろ聞きたい事はありますが、今はまず休みなさい。後でじっくり聞きます」
げっ……
口裏合わせやってないんだけど。なんて言ったらいいのよ。全部ジークのせいにするか。うん、彼に言われて行動してました、でいいや。面倒臭いし。
適当にお礼を言って、適当にお辞儀をしてその場を後にした。
大広間を出たところで誰かが追いかけてきた。
足音ですぐにわかったけれど、正直振り向きたくもない。
「……フレア」
「何……ですか」
追いかけてきたのはイグニス公爵だった。
どこか戸惑っているみたいだけど、まさか……
「雷落とすつもりなら私も容赦しませんよ」
「!!」
気配を探り、意識を集中させた。
こいつ前科あるからね。油断も隙もない。まさかこの王宮でそんなことするとは思えないけれど、信用ゼロの相手なんだから注意するに越したことはないでしょう。
「今ちょっと気が立ってるんで、話しかけないでください」
「…………すまない」
…………………………………………ん?
もしかして今…………あやまっ……た……?
「ルカとゲイルが生きているのは……お前のおかげだ」
……で?
「殴るなりなんなりするといい。……今までのことも、悪かった」
そう言って……頭を、下げた。多分、いや、間違いなく。彼が頭を下げているのはわかったけれど、それを私の頭が理解できずにいる。
だってあり得ない。この人が私に謝るなんて。
あんなに憎んでいた私に向かって、こんなにあっさりと……
「……そうすれば、許してもらえると思ってるの」
冷え冷えとした声が出た。
自分でも驚くほど、思っていた以上に嬉しくない。
いつかこの男に土下座して謝らせてやろうとか……私を無視できなくないくらい認めさせてやろうかとか、いろいろ思ったこともあったけど……
こんな風に頭を下げたところでなんだっていうの?
結局この男は、私をただ便利な手駒だったと認めたに過ぎない。
だってそうよね。
私が命がけで何かやらなければ、この男はこうして謝ることもなかった。……父親なのに。私なんて娘と思ったことがないとまで言うような奴だ。親ならば、我が子が可愛いものなんじゃなかったの? 私がもし特別何の取り柄もない平凡な人間だったら、あんたは結局私を憎んだままだったんでしょう。
他の連中も一緒。
結局私を利用したいから口先だけで懐柔しようとしてるだけ。この化け物みたいな能力を国のために使い尽くしてほしいだけ。私のことばかにしていたくせに。憎んでいたくせに。何を言われていたって助けてくれなかったくせに……
ああ虚しい。
もしここでイグニス公爵を殴れば、私は彼に借りを作ることになる。確かに「ルカに何かあったら一発殴らせろ」とは言ったけれど……やったところで私の気分は晴れないし。力の加減を間違えて殺しちゃったら大問題だし。
「…………私はあんたを許さない」
さっさと逃げよう、こんな場所から。
私は公爵を置いて足早にその場を去った。
でも結局、すぐに逃げることは叶わなかった。
その後まずは王宮の医師に治療を受けることになった。義勝に触られた腕はなぜか綺麗に治っていて、ほとんどかすり傷ばっかりで、目以外はたいしたことは無い。ただその肝心の目は、誰にも治しようがないらしい。
結局孤児院に戻ることもできなくて、私は王宮の一室でしばらく滞在するよう命じられたのだ。ジークはタソガレ王国に旅立っちゃうし、取りあえず女王や他の人間には「今回のことはジークに言われて」で押し通したけれど。乱蔵は最初こそ一緒に治療を受けたのにいつの間にか引き離されて、今どこにいるのかわからない。あいつのことだからどっかで楽しくしてるとは思う。
孤児院には一度も帰れていないし、カノンたちにも会ってない。シリウスはちゃんと帰ったかしら。アジトでも結局小さな戦闘があったらしい。閉じ込めていた兵士たちが暴れて、エイトが中心になって制圧したんだとか。シリウスは無事だって聞いているけれど、顔は合わせていない。ルカも、ゆっくり休んでるとは聞いてるけど会えてない。
偽義勝の気配もない。
――――
「フレア様の御髪は大変お美しいです」
「フレア様、本日はこちらのドレスはいかがでしょう?」
「フレア様、お食事はこちらでとのことです。今日もシェフが腕によりを掛けて――」
侍女の対応が……なんかおかしい。
王宮で世話されたことなんてないから基準はわからないけど、少なくともイグニス家とは全然違う。怯えられることも嫌がられることも皆無。むしろすごい甘やかされているというか変に尊敬されているような感じがして逆に居心地が悪いような……いえ、まあ、悪い気はしないけどね。息するように褒められる日常なんて早々あるもんじゃないし。どうせ本心じゃないでしょうけどこれを機に褒め殺されるのも悪くないわ。
これが案外普通の令嬢って奴なのかもしれない、と怠惰な生活を送っていた。
そんなある日、ヴェントゥス公爵が私の下を訪れる。
「ナギの民が、ご令嬢にお会いしたいと訪れています」
とっくに忘れかけていた部族の来訪を告げるために。




