85 【乱蔵】 頭を抱える
お嬢の奴、また無茶しやがって……!!
飛び出した時は思わず舌打ちしていた。なんでこいつはこんな無茶ばっかするんだ。ちょっとは自分のこと考えて行動しろよ、って……。
そもそも失明したことすら何でも無いことみたいに言うけど、そんなの絶対ありえねえから。
お前が、お前だけがそんなことする必要ないんだよ。赤の他人のために平気で命だって差し出しちまいそうな、そういう危うさがお前にはずっとあった。そういうところ本当にババアの頃と変わってねえ。こっちの心臓の心配をもうちょっとはしてくれねえものか。自分第一で生きるんじゃ無かったのか。自分の幸せだけを考えて生きていくんじゃなかったのか。なのにどうして……
しかもここまで自分を犠牲にしておいて、結局一人でどこか遠くに行こうとしているらしい。
婚約破棄でもなんでも好きにすればいい。
どこへなりとも隠居すればいい。
その手助けなら喜んでしてやる。
だけど、自分のことをもう少しくらい大切にしろよ。あの孤児院にいて、あれだけガキどもに慕われていて、どうしてそんなあっさり出て行くって言えるんだ。もしかして手助けさえさせてくれないつもりか?
ふざけるな。自分の価値を見誤りすぎなんだよ。
そういうところが、昔からすげえムカついてた。
で、今度はまた焼死するつもりかと、俺が行ってむりやりひっぺ剥がそうとした……時だった。あんなに燃えていた火がいつの間にか消えて、あの兵器がお嬢を抱き締めていた。
次の瞬間、思わず思考が停止した。
それは王子サマも同じなのか、お嬢も同じなのか、光を失った目を見開いて固まっている。
――抱き締めてる、だけじゃなかった。
「……………は?」
脳が現実を処理する前に、兵器が吹っ飛んだ。お嬢を抱き締めていたはずなのにそいつだけが吹っ飛んで岩に体をめり込ませている。王子サマがやったのかと振り返ると、すでにそこに王子サマはいなくてお嬢の腕を引っ張っていた。
「せ、ぷん……?」
「君は!! どれだけ僕の! 心を! かき乱せば気が済む!!!!」
王子サマの怒鳴り声が響いて鼓膜が破れそうになる。あれをあんな至近距離で叫ばれたらお嬢はタダじゃすまねえだろと思うけど、どうやら頭の方が本当にイカれちまったのかぽけ~んとばかみたいな顔で呆然としている。王子サマががくがくと肩を揺さぶっても目をかっぴらいたまま口を開けて魂が抜かれちまったみたいだ。
「何されてるんだ!! 馬鹿か!!! 君は僕の!! 婚約者だと!! 言っただろうが!!!」
遅れて、だんだんお嬢の顔に血が上っていく。
真っ白な肌が真っ赤に染まって、リンゴみてえな色になってるのは面白いけど今は笑えない。
「嘘、なんで、私、キ、キキキキキ、キ……」
「キ」ばっか繰り返す玩具みたいになってる。
「嘘よ!! 私の、私の初めての、初めての……!!」
目が潤んで、今にも泣き出しそうになってる顔は……まあ、悪くねえけど。王子サマもそれを見てちょっとは冷静になったのか、少しだけ声が落ち着いていた。
「……君もそんな顔をするんだな」
「許さない……絶対、絶対、絶対絶対絶対許さない!!! 再生不可能なレベルで切り刻んでやる……!!」
「落ち着け」
「落ち着いてられるわけないでしょ!? 乙女のキスを奪いやがったのよあのクソ義勝!! ファーストキスは大好きな人とって決めてたのに!!」
何だその恋に夢見る乙女の発想は。不意打ちだったのか、王子サマの顔がほんの少しだけ赤くなる。……お前のことじゃねえと思うぞ、多分。
「ほむら!!」
どこまでも空気の読めねえ兵器がまたお嬢に近づこうとして王子サマに吹き飛ばされてた。再生が相変わらず早いが……なんか妙だと思ったら、今まで苦しそうな顔ばかりだったそいつが、恐ろしいほど満面の笑顔になってたってことか。
「……妙だな」
「君もそう思うんだね」
「うおっ!?」
急に話しかけてきたのは背中に翼の生えた緑のガキだった。そう言えばこいつしばらく姿が見えなかったような……
騎士の様子がなんかものものしい。あ? 手に妙なもん持ってるな。銃のようだがこんなのさっきまで持ってたか?
「アジトが近いと言っていたから、数名だけ連れて調達しに行ってた。こいつらの兵器ならきくかもしれない」
「アジトって……ああ。そういやあっちは大丈夫なのか。シリウスは元気してたか」
「大変そうだったけど大丈夫。エイトさんがいるから」
エイトって……誰だっけ? 王子サマにべったりひっついてたお堅そうな奴か? え、あいつも化け物なのか? お嬢の周りはどんだけ化け物揃いなんだよ。
「どいてて。あいつまた動き出す」
「……ああ」
騎士たちの逆襲が始まった。
岩にめり込んだ兵器に、次々と弾丸がぶち込まれる。うわー……。手加減ねえな。まあする必要はねえけどよ。
お嬢と王子サマはまだ大混乱真っ只中だし……弾丸の雨から離れているとは言え、大丈夫なのか、あれ。
「おい、お前ら――」
「もう信じらんない!! 最悪最悪最悪!! ちょっとあんたなんか布貸してよ口拭くからうえええ!!」
「僕の袖で拭くな!! 大体君があんな無茶をするのがよくないんだろ!」
「あんなことされるとは思わないでしょ!!」
「腕の怪我はどうなってるんだ! さっさと手当するぞ!」
「そんなことよりさっきのバカをバカにバカでああああもう!!」
…………全然大丈夫じゃねえな、これ。
俺だって正直、こいつが口づけなんてされてるところを見て……平静じゃなかったけど。
「お前ら見てると冷静になれるわ」
「ああ!? ちょっ――」
お嬢の腕を取り、怪我したであろうところを見たが……不思議なことに、そこには怪我なんてなかった。確かにあの兵器に腕を掴まれていたはずだ。掴まれていた時に顔もしかめていた。
「……どうなってんだ」
「これは……」
「怪我の跡すらねえな」
「おい、いつまで触ってる。放せ」
王子サマに手を叩かれた。目が本気だ。
「お前本当面倒くせえ男だな」
割とまじでこいつめんどくせえ。俺はただ怪我の具合を見ただけだろうが。
「フレア。痛みはないのか」
「……ないけど」
「…………妙だ。あの兵器も――」
銃弾攻撃はまだ続いてる。あの緑色のガキ、想像以上にえぐい性格してやがる。
「………………私の、初めてだったのに」
ぼそっと零した声は震えていた。
まだうだうだ言ってんのかキスの一つくらいでお前前世で何年生きてたんだよそれくらい経験あるだろとさすがにうんざりして見下ろすと……
ぽろぽろと涙が零れていた。
「……え」
「…………」
「う、奪われた……奪われちゃった……最悪……もう最悪! もう! もうもうもう!!」
ひっぐひっぐと喉を鳴らして泣いていた。
王子サマは呆然と食い入るようにフレアの泣き顔を見てるが……俺も人のことは言えねえ。泣いてる。泣き出しそうとかじゃなくてめちゃめちゃ泣いてる。いっっっっっっつも忙しなく働いて人のために戦ってばかりのこいつが。自分の感情に正直な奴だけど、こんな風に泣いているところなんて当然見たことがない。普通の13歳みたいにびーびー泣いてやがる。
…………つーか、普通に考えたら失明した時こそ泣くもんじゃねえ? そっちの方がヤバくねえ? キスの方がどうでもよくないか?
「どうでもよくない!!!」
声に出てたのか。それともそういう空気を察しちまったのか。
「僕、は――」
王子サマが何か言おうとした。そこで銃撃が止まり、またあの声がする。
「……酷いな」
まるで小さな子供のような、ぐずった声だった。
正直、心底ゾッとした。
「俺はただほむらと話がしたいだ。どうして邪魔する? お前たちは」
よろよろと立ち上がった姿はもはや人間じゃない。顔は崩れ脚も腕も吹っ飛んで気持ち悪い。なのに必死で人間を保っている。
「あいつ……何か変じゃない?」
ずびっと鼻を啜ったお嬢が顔をしかめる。
「ほむら。愛してる」
「うぇっ」
「俺は今ようやく生まれたんだ。君の火のおかげで」
「…………は?」
「今日は、うるさいのが多い、から――また会おう」
にやっと笑ったかと思うと、次の瞬間完全にどろっと溶けた。それが岩の割れ目に流れ込んでいってやがて消えた。死んだかと思ったが……いやそう思いたいが、最後の言葉が不穏すぎる。
「…………消えた」
お嬢がぼそっと呟く。
「いえ、正確にはあっちこっちに気配が分散した……? う、もうわかんない。あいつ壊れたの? 死んだの? え、最後なんであんなペラペラ人格変わったみたいに喋ってたの。意味わかんないんだけど」
血走った顔で王子サマに掴みかかってやがる。
「なんとか説明しなさいよ!!」
「なんで僕が」
「取り扱い説明書読んだんでしょ!?じゃあ何かわかるんじゃないの!?」
「限度がある」
「私はこの怒りを誰にぶつければいいの!?」
「落ち着け」
「落ち着いてられるわけないでしょ!!!!」
王子サマはなんかじーっと考え込んだ後、お嬢の手を放して緑色のガキの方を向いた。
「僕は今からエイトのところへ行く。君はこの現場の指揮と、フレアの警護を頼む。今の彼女は混乱していて使い物にならない」
「誰が!!!」
「それと恐らく10分ほど経てばヴェントゥス公爵がこちらに来るだろう。来たらまずフレアを王都へ。その後僕のところへよこしてくれ」
「……はい」
緑色のガキはお嬢を見て静かに頷いた。
「……おい、俺も王都へ帰してくれるんだろうな」
「お前は歩いて帰れ」
「ふざけんな」
「また翼を生やしてあげようか」
「もう二度とごめんだ」
そういやいつの間にか翼が消えてたな。……あーあ、こんなもん生えたせいで服がボロボロだ。ふざけやがって。
お嬢はお嬢で全員から離れて隅っこの方で脚を抱えて小さくなっていやがるし。拗ねてんのか? あれは。
「おい、大丈夫か」
「これが大丈夫に見えるならあんたの目は節穴よ」
「それもそうだな」
「……あれは、義勝じゃない」
「そもそも人間じゃねえ」
「でも人間みたいに喋ってた。意志を持っているように見えた。あんなの義勝の性格ですらない。……あれがもし王都に来て、孤児院に来たら……」
「王子サマが何とかしてくれるだろ。開発者ってのも捕まえたなら何とかなるんじゃねーの」
「でも……」
「それとも逃げるか?」
何てことは無い提案だったが、お嬢は驚いて顔を上げた。
「……逃げる?」
「ガキどもが心配なんだろ。それで逃げるってんなら俺が手助けしてやる。王都からも、国からも、どこへだって逃がしてやる。約束だ。その気になればそれくらいお茶の子さいさいだからな」
「……本当に?」
「あたり前だろ。何年一緒に旅したと思ってんだ。問題事ばっかり背負っちまうお前の尻拭いだって俺はやってきたんだぞ。だから……まあ、一人で抱え込むなよ」
ぽんぽん、と頭を軽く叩くと、いつものような苛ついた顔で睨まれた。
「…………約束破ったら許さないからね」
「そっちこそ。勝手にいなくなったら許さねえからな」
――その後、王子サマの言った通り瞬間移動ってやつで人が来て、お嬢と俺は王都に戻った。
まさか王都で俺たちの予想以上にとんでもないことが起きているとは、思いもしないまま。




