84 燃やす
義勝の動きが不自然に止まった。
どうやったかわからないけれど、多分ジークが力を使ってくれているのだろう。乱蔵が息を吸い込み、勢いよく炎を吐き出した。アグニほどではないけれど普通なら十分大火傷するレベルだ。義勝が火に包まれる。私はそれに合わせて発火能力を――
「うあっ!?」
「も、燃えてる! 燃えてるぞ!!」
誤って騎士たちを燃やそうとしてしまって慌てて能力を引っ込めた。冗談でもなんでもなく決してわざとじゃない。
「おい何やってんだよ」と乱蔵。
「これでも必死でやってるわよ! あっ、また間違えた!」
「……何を遊んでる」とジーク。
「だから遊んでないってば!」
……う
人の燃える臭いがする……いや、燃やしてるのは人間じゃないからそんな臭いがするわけない! これは幻覚、幻覚、幻覚……。なのに、発火能力を人に使おうとしているかのような嫌な感覚に手が震えた。
「ああもう! 目が見えないのは厄介ね!!」
「……お前本当に今まで見えてなかったのか? 今見えなくなったんじゃなくて?」
「うるさいわね乱蔵! 見えなくても動けてるのは前世で感覚を掴んでたからだから! 基本的に前世で頑張ってたから出来てるだけよ! 発火能力なんて滅多に使いもしないのに目つむりながらやれって方が無理なの!」
「……君はよくその程度で僕の力を使わずにやろうとしたな」
ジークの声が冷たい。気配を探らなくても呆れているのがわかる。
うう……
だめだ、嫌な臭いに意識が持って行かれる。義勝の苦しむ声が聞こえる。火が、本当に人を燃やしているみたいに。そんなのただの幻覚だってわかってるのに、現実で大切な人が燃やされているんじゃないかって気持ちが焦ってしまう。前世で乱蔵がまだ中にいるんじゃないかと冷静さを失ってしまった時のように。
「苦しんではいるがこれじゃ溶かすのは無理だな。……おいお嬢、お前ここからさっさと離れた方がいいんじゃねえのか」
「えっ……」
「自分が焼死してるのに人を燃やすなんて無理だろ。本当はトラウマなんじゃねえの」
ドキリと心が震えた。
トラウマ……とは思ってない。だって火を見ること自体に恐怖なんてないし、発火能力だって使うことが怖いとかそういうのは感じたことがない。ただ……ただ、普通に火を見るのと人を燃やすのは……全然違った、てだけで。
怯んでいる暇はない。ここでこれを何とかしないとやばい。火を扱えるのは今ここには乱蔵と私だけ。行方をくらまされて後で付け狙われるより、今ここで始末しておかないと、きっとこいつは孤児院にだって躊躇いなくやってくるでしょう。
「焼死だと?」
ジークは私の手を掴んだ。
急に掴まれて反射的に体が震える。
「なぜ隠してた」
「いや、隠すほどのことじゃ……」
「……もういい。君はせいぜいそこで突っ立っててくれ。僕が潰す」
「潰すって……」
ぐちゃっと嫌な音がして、義勝の体がぐにゃりと形を変える。
「うっ…わ…」
「やれやれ……箝口令をしかねばならない。面倒な」
ぶつぶつ言いながら、ジークの気配がどんどん禍々しくなる。どんな力を使っているのか知らないけれど、まだ燃えている義勝の体を押し潰そうとしているようだった。あれ相手が人間だったら本当にやばい。もうすでに死んでるでしょうけどえげつない。見たくもないし想像もしたくない。目が見えなくてよかった。私がわかるのは朧気な輪郭、気配だけだけれど、もしちょっとでも見た目が義勝であんな潰され方をされているとしたら……おえっ、しばらく夢に出てきそう。
だけど、それもうまくいかなかった。
どろりと溶けてしまったようにも思えるけれど、結局また人の形になろうともぞもぞしている。つまり壊せてない。押し潰しても意味がないってこと? 押し潰した上に乱蔵の火で燃やしているはずなのに、義勝はまだ動いている。蒸発するくらい熱い火をってことならさすがに無理じゃない?
「チッ」
「おいどうする。火噴くのもそろそろ限界だぞ」
「耐えろ無能」
「んだとこのクソガキ!!」
ジークと乱蔵の相性も悪い。
「ねえ、いっそバラバラに細かく切り刻んで個別に燃やすとかどう?」
「えっぐ……」
「試してみるか?」
「切ってもまたくっつくんだろ!? どうせバラバラにされたって元通りだ。バラバラにして再生してる間に逃げるってんなら賛成だがな」
「地の果てまで追ってくる奴をそのままにするのか? あんなものを王都に潜り込ませたくはない。それにさっきから、こいつ再生能力が早くなってきてるぞ」
ジークの言う通りだった。
最初はもっと時間がかかっていたのに、慣れてきてるのか何なのか知らないけれど、再生がどんどん速くなっている。
離れたところからじゃ私の力は安定しない。誤って周囲の騎士たちに被害を及ぼしてしまう。ぎゅっと拳を握りしめた。
……一かバチか、やってみましょう。
「ジーク! あいつの動きを止めてて! 乱蔵は私がいいって言うまでちょっと待って!」
「おい!?」
駆け出そうとして……突然脚を引っ張られて転んだ。
「きゃっ!?」
「詳細を省いて行動するな。説明しろ」
ジークの冷たい声が降ってくる。
「ちょっと! いきなり何するのよ!!転んだじゃない!」
「この程度で転ぶとは、やはり君は疲れてるな。後ろに下がっていろ」
「協力してあれをどうにかするって話じゃないの!?」
「今の君には期待していない」
「ちょっと発火能力がうまく使えなかったからって酷すぎるでしょ!!」
「じゃあ君は何をしようとしたんだ?」
少し躊躇ったけれど、すぐに口を開いた。
「近くから能力を使うのよ。そしたらうまく燃やせるかもしれないでしょ」
「……ほお? まさか実際に触れて?」
「えっ」
ジークの声が恐ろしく剣呑としたものになる。
「えっと…まあ…」
「話にならんな」
「お嬢、そんなことしたら手のひらが爛れるぞ。あれが今どんだけ熱くなってると思ってんだ。つーか燃えてるし」
「じゃあ触らない! 近くから、ちょっと近くからぽわっと発火するだけだから!」
「君が狙いなんだぞ。近寄らせられるかあんな物騒なものに」
「俺も同感だ。殺されにいくようなもんだろ」
「殺されはしないわよ!!」
「君が発火能力に関して恐ろしく退化していることはよくわかった。能力がうまくいかずに気を取られたところを刺されるのがオチだ」
「今回ばかりはこいつに同意だ」
「何結託してるのよ!!」
昔の私は発火能力に関してはけっこう優秀だと言われていたのに……。屋敷の侍女や召使いに面白半分で使ってたもんね。つまりほぼ毎日能力の訓練をしていたようなものだ。まさかそれをしなくなった弊害がここで現れるなんて……。目が見えないって言うのが大きな理由ではあるけれど。
「じゃあどうするん――」
咄嗟に刀を抜いた。
放り投げられた剣のようなものを弾き返せば、それがそのまま再生しかけていた義勝の体を貫く。
「……姿を変えられるだけじゃなく、こんなこともできるってこと」
義勝の体を貫いたそれは、彼の中に融合してやがて肩から腕が生えた。燃やされたせいで腕が落ちたのかと思ったけれど、どうやら自分の腕を武器のようにして放り投げるなんてあり得ないことまでできるらしい。
理解した途端体が勝手に動いていた。背後でジークが声を上げるけれど、今度は妙な力に引っ張られることはなかった。
だってこんな兵器を放置しておくわけにはいかない。きっとこれは私を殺すためにたくさんの人間を殺そうとする。王都にも来るし、孤児院にも来る。途中で不運にもマグマに落ちるくらいのことがなければ、私を諦めることなく殺しに来る。だから今、ここで、何を引き換えにしても壊さないといけない。それに何より……義勝の姿をした兵器が無差別に人を殺すところなんてみたくはないから
義勝に手を伸ばした。触れずにぎりぎりのところで堪えておくはずが、まさかの義勝に腕を取られる。じゅっと皮膚が燃えて、痛みに顔が歪む。でもいっそちょうどいい。
「……ほんと、最悪な気分だわ」
炎の塊が義勝の体を包んだ。
自分で出した火に関しては、私は熱さを感じない。ここでたっぷり燃やして、ちょうどいいところでこいつから離れて、後は乱蔵に任せるつもりだった。でも、義勝はなかなか私から手を放さなかった。想定の範囲内。それなら私が、あんたを燃やし尽くすまで力を使うだけ。
「お嬢!!! 手を放せ!! お前まで燃えるぞ!!」
「フレア!!」
二人の怒鳴り声が聞こえる。
自分の火は大丈夫なのって言えばきっと安心してくれるでしょうけど、そう説明するだけの余裕はない。
うまく気を探ることもできない。義勝がどれだけ燃えてくれたかわからない。ただ、随分苦しんでいることはわかるし、なんとなく感じる黒々とした何かが、少しずつ燃えて剥がれていくような感覚はあった。
「…………ほむら」
優しい声に、一瞬力が抜けそうになる。
――いや、これも彼の策略に違いない。油断したところを刺すつもりなんでしょう。そう思ってますます力を込めようとしたら……
「ほむら」
あんなに苦しんでいた義勝が、急に元気に私を引き寄せ――――抱き締めた。なぜか酷く冷え切ってしまった体で。あんなに燃やしていたはずなのに。動揺したせいか、限界が来たせいか、もしくはその両方か、私の火はその一瞬でかき消えて……
このまま串刺しにされて殺される。咄嗟にそう判断したけれど、遅かった。
「もう逃がさない」
どこまでも義勝の声で、それは言った。




