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83 協力する


 さすがに気が滅入る。

 さっき斬ったばかりなのにまた斬らなきゃならないなんて。


「まだ動くの? しぶといわね」

「首の部分が繋がっている。倒れている間にくっついたんだろう」

「当然みたいに言ってるけど普通あり得ないわよね?」


 さして驚いてないってことは、こうなることをある程度予想していたってこと? もしかしてこの状況をどこか楽しんでるんじゃないでしょうね。


「普通はあり得ないが現実はどうだ? なかなか面白い。アカツキにはない技術だ。さて、どこの国が開発したものだと思う?」

「……知らないわよ。ジークは知ってるの?」

「アジトの方に取り扱い説明書があってね」


 なんか嘘くさい。

 でもまあ、他の兵器のように簡単に壊れてくれないのは確からしい。


「完全に壊すにはどうすればいいの?」

「溶かす」

「とっ……!?」


 燃やしたことはあっても溶かしたことなんてない。氷だったらそりゃ簡単でしょうけど、あれが氷でできてるわけないし……


「それとも凍らして閉じ込めるか。だが確実なのは溶かして完全に消す、だな。君の発火能力で炙れば溶けるんじゃないか? ……できれば公爵の瞬間移動でマグマにでも落としてもらうのが一番だが」

「も、申し訳ありません。どこにマグマがあるのか見当が……」

「だろうな」

「海の中に落とすのは?」

「それくらいではあれは壊れないだろう。またお前を追ってくるぞ」

「私?」

「あれは人の記憶から自分の形を作り、その記憶の持ち主に深い憎悪を抱くようにできている。つまり持ち主を殺すまで動き続ける。そういう魔術をかけられているらしい」

「悪趣味ね」

「同感だ」

「ジークも公爵たちも早く王都へ戻った方がいいわ。長く引き留めてごめんなさい」

「君だけでどうにかできるつもりか? あまりうまくいくような気はしないがな」

「どういう意味よ」

「最近の君は全く発火能力を使っていないだろう」


 ぎく、と肩が上がった。

 ジークの言う通り、私は記憶を取り戻してからほとんど発火能力を使ってない。せいぜいちょろっと出したことがある程度だ。当然訓練なんてしてないし、自分の火力をどこまで上げられるかもわからない。

 

「だけど……やるしかないでしょう。狙いは私なんだし」

「……やれやれ」


 ジークは公爵の方を手で払った。


「公爵、行け」

「しかし、殿下は――」

「僕もここに残ろう。無茶ばかりする婚約者を残しておくわけにもいかない」

「えっ」


 まさかジークがまだ残るつもりだとは思わなくて戸惑った。彼の顔が見えないせいで、何を考えているのかいつも以上にわからない。


「もういいんじゃない? あんたは王太子なんだし、さっさと戻りなさいよ。タソガレとのやり取りもあるんでしょ? そもそもこんなところまで来るのがおかし――」


 義勝がこちらに向かってくるのを見て、ジークの手を引き後ろに下がった。

 そのタイミングで、乱蔵が口から糸を吐き付ける。


「ぐっ……」


 糸は義勝の体を絡め取った。地面に縫い付けられ動きを止められて、義勝が呻き声を上げる。


「今だ!!」


 ゼファの指示で、怯んだところを騎士たちが一斉に斬りかかる。でもきいている様子はない。あの剣じゃやっぱり難しいらしい。そもそも他の人型兵器よりこの偽義勝の方がずっと頑丈だった。

 乱蔵は「バケもんだな」とぼやきながら私の隣で準備運動のようなことをやり始めた。


「お嬢、やるならさっさとやったらどうだ。燃やすなら手伝うぞ」

「……ええ」


 確か乱蔵って火も噴けるのよね。ほんとその体どうなってるのよ。私の周りって体おかしい奴多いような……まあ、私だって人のことは言えないけど。もしかして引き寄せてるの? 引き寄せてるのか? 


「あの脆弱な糸、燃やせばすぐに切れる。いや、それまで保つかどうかも怪しい」

「ああ?」


 乱蔵がジークをぎろりと睨む。


「僕が押さえておくからしっかり燃やせ」

「どうやって押さえるつもりだよ」

「お前に教えてやる義理はない。お前がどれほどのことができるのか知らないが、二人がかりでいけば溶かすこともできるかもしれない。ちゃんとやれよ」

「うるせえ! 言われなくても――」

「殿下! 僕は起爆能力者です。もしかしたら何か――」

「君は限界だろう、イグニス公子。手が震えているぞ」


 指摘されたルカが言葉を詰まらせる。

 私から見ても、ルカはもう限界だ。怪我もしてるし、早く王都の安全な場所で手当を受けてもらいたい。彼からの視線を感じて、なんとなく頷くと……ルカに抱き締められていた。



「ル、ルカ……!?」

「ごめん」



 ルカの声が耳を擽る。

 背が伸びて、いつの間にか筋肉もついて、以前よりずっと逞しくなった。それでも女性らしい顔立ちのおかげでちっとも男性らしさがないし、着痩せするからか今でも女性のように見えることがあったけれど。

 こうして抱き締められると、ルカはもう小さな男の子でも、もちろん女性でもないんだってことを嫌でも感じた。



「ルカ……? 私は大丈夫よ?」

「ん……」


 ルカの指先が私の瞼に触れた。


「…………待ってる」


 熱い吐息とともに零されたのは、泣き出しそうな震える声だった。

 そのまま、彼の体がふわりと消える。公爵とともに王都に戻った。ほっとしたのはいいけれど、やはりジークは帰っていなかった。


「……あんたねえ、王太子ともあろう人間がそれでいいの? ここは戦場なのに――」

「うるさいな。何、僕も兄妹の感動の別れを邪魔するような野暮なことはしないさ。……ああ、本当に。たかが兄妹の抱擁が何だって言うんだ。別に大したことじゃない……」

「ブツブツ何言ってんの? 私が言ってるのは、あんたはさすがに安全な場所へ避難しろって――」

「問題ない」

「あんたにもしものことがあったら大問題でしょうが」

「くだらない。別に僕が死のうと国は滅びない」



 思いもよらない返答に、体が固まった。



「僕の身の安全云々は昔エイトにもそれはそれは散々言われたものだが、どうせ代わりなんていくらでもいる。自由に身動きのできないまま力を使わずに死ぬよりは、思い切り使って死んだ方が何らかの役には立つだろう」



 何でもないことのように死を口にする。

 どういう経験をしたら成人も迎えていない子供がこんな思考に至るの? 国のためならジークは死ぬことを厭わない。口先だけの言葉とは思えなかった。




 思えばヴェントゥス公爵も、義勝も、彼らは国のためなら命を捨てる覚悟をしている。

 



「ほ、む、ら……」



 苦しそうな義勝の声がする。




 ……ふと頭を過ったことがある。

 もしかしたら、義勝と幸せな家庭を築くという未来もあったのだろうか、と。

 想像したこともないし、そんなの絶対あり得ないと思う。義勝の祝言を私は心から喜んだし、妻を大切にするあいつのことを尊敬していたから。そもそも私が義勝を好きだとかあり得ないけど、もし仮に、万が一、私が義勝のことを好きだなんて言っても、あいつと私じゃ身分が違いすぎる。じゃあ逃げようなんて言ったとしても、あいつは私の手を取らなかっただろうし、取ってほしいとも思わない。義勝は何よりも公を重んじた人だったから。国のため、民のため、そのためなら個人の感情なんて殺してしまう。そうやってずっと生きていた人間だ。



 大勢の安全と幸福のためならば、友人であろうと容赦なく捕まえるし時には拷問にかけることも厭わない。


 私が拷問にかけられていた時も、義勝はそれをいつもと変わらない冷静な顔で見ていたように思う。……まあ、冷静に見えるからと言って苦しくないわけじゃない。あいつがどれだけ苦しんでいたかは私はよく知っている。


 知っているから、私は……

 もし好きになるならば自分を第一にしてくれる人がいいと思ったのではなかったかしら。もし誰かを好きになったら、国よりもその他大勢よりも、私だけを愛してくれる人がいい、そういうしがらみとは無縁な人がいい、私だけを特別にしてくれる人がいいと、そう思ったのではなかったかしら。




 そう思いながら目の前の義勝を見ると……たとえ偽物だとわかっていても、心がざわつく。




 “公”のために“私”を殺し続けた男。

 国のために命を捨てることを美徳とした男。

 終わりゆく主君とともに一度は死のうとして、その後は新しく生まれた主君のために身を粉にして働き続けた男。

 裏切り者と憎まれながら、死ぬまで国のために尽くした男。



 ……もしあなたが生まれ変わっているなら、今度こそ自分の好きなように生きられる人生を送っていることを願う。





「なんで私の周りには……こんな奴らばっかりなのかしら」


 命を大切にしろ、なんて私が言うことじゃないけれど、もっと我が儘に生きたらいいのに。楽に生きたらいいのに。私はそんな生き方は二度とごめんだわ。


「おい、大丈夫か」


 乱蔵に声を掛けられて、はっと意識が戻った。

 しまった、ぼんやりしていた。


「さっさとやっちまうぞ。俺も火は久しぶりだからうまくいかねーかもしれねえけど」

「……乱蔵。あんたには感謝してるわ」

「は? いきなりなんだよ」

「私より長生きしてくれたから」


 乱蔵の気配がびくりと震える。


「……さっきは悪かったわ。あんたの扱いがどうしてもぞんざいになっちゃうんだけど……ここまで来てくれてありがと。感謝してる」

「やめろ。そういうこと言う人間は大体死ぬと決まってる」

「何よそれ。そんなの初めて聞いたけど」

「あんたはいつも偉そうにしてたらいい。貴族のお嬢様なんだからな」


 乱蔵はガリガリと髪を掻きむしった。


「俺は好きであんたの傍にいるんだ。だからあんたは好きなだけぞんざいに扱えよ。そんで今度は……俺より先には死ぬな。それだけでいい」



 乱蔵が言い終えたのと同時に、糸の断ち切れる音がした。



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