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82 合流する



「誰が、誰を好きじゃないって?」

「……ジーク?」


 うわ、なんか最悪のタイミング。私の人生計画を盗み聞かれてしまった。ていうかこいつ、来るの遅くない? 今まで一体どこに行ってたのよ。そういうことも全然教えてくれないわよね、腹立つ。


 ジークはシリウスから下りる前に縛った男を突き落とした。


「ひいっ」

「……彼は」


 ヴェントゥス公爵が息を呑んだ。


「間違いない。タソガレ王国のボルグ伯爵ですね?」

「わ、私、は……」


 あ、この声。


「なんだ……思ったより早く再会できたわね」

「ひいいいっ!!」

「茶番は先に終わらせるぞ。僕の名はジーク・アスター・ルークス。アカツキ王国の王位継承者だ。そしてこちらはフレア・ローズ・イグニス。ご存じの通り、僕の婚約者だ、伯爵」


 ジークは伯爵を足蹴にしながら、公爵の方に顔を向けた。


「公爵、君はボルグ伯爵がタソガレ王国の有力な貴族派として活動し、国王を追放するため資金や人脈を作り、違法な売買にも手を染めていることを知った」

「え、ええ……」

「だからこそ敢えて接触し、今日この場で捕縛するつもりだった」

「……ええ、その通りです」

「ご苦労。僕の命令でよく動いてくれた」


 ん?

 私は思わずむせ込んだ。


「ジークの、命令……?」

「これからこの者の身柄はタソガレ王国に引き渡す。他にも大勢この件に関わっている人間がいるようだから、この後騎士たちを借りて全員牢にぶち込まなければな。もちろん、引き渡しには正式な手順を踏もう。公爵、王都に戻るなら彼も一緒に連れて行ってくれ。逃げられないようにな。タソガレ王国にはこれから僕が連絡を取ろう」

「……仰せのままに」



 彼はシリウスになにやら指示を出した。シリウスは無言で羽ばたくと、口に妙な形の石をくわえて戻ってきた。それが数回。ごろごろと集まった石はどう見ても人が手を加えたもののようだった。……だが、よくわからない。禍々しい、という言葉がぴったりな嫌な気を纏っている。目が見えたらもう少しわかるのかもしれないけれど。



「これは伯爵が開発した代物らしい。爆発することはないと思うが、黒い布でくるんでまとめておいてくれ。これから騎士たちの現場指揮を執るのは?」

「僕が」


 ゼファを見て、少しだけジークが驚いた気配がした。


「では何名かの騎士を彼らのアジトに割いても? この近くで兵器を操っていたようでね、向こうにはまだ大勢の下っ端がいる。彼らもほとんどがタソガレの人間だろう。あちらの国へ引き渡す必要がある」

「わかりました。少々お待ちください」


 ゼファが選抜する人間を選び、選ばれた人間はそれに異議を唱えることなく従った。


「あちらではエイトが待っている。僕は…………ああ、そうだ」


 ジークは私の方に目を向けると、躊躇いなく近づいて、私の首に触れた。反射的に殴りそうになって懸命に堪える。指の感触に体が緊張して、ジークの息が首元をかすめる。



「な、なん……」

「これはしばらくこちらで使わせてもらう」

「へ……?」



 彼が外したのはチョーカーだった。

 元々華奢な作りのチョーカーだったけれど、外されると急に首が軽くなったような錯覚を覚えた。


「これをエイトに。先導はシリウス、頼んだぞ」


 え? このタイミングでエイトを奴隷に堕とすの? と勘違いそうになってすぐに、それが彼と連絡を取り合うためだと理解した。


 騎士の一人が恭しくそれを受け取り、シリウスと一緒にアジトなるところへと向かっていく。あのシリウスの姿を見て動揺しないところはさすがだけど、あの兵器を見た後だと可愛いものなのかもしれない。残された騎士たちは兵器が散乱してとんでもないことになっている現場の修復に当たる。

 公爵はジークに手を差し出した。


「では、我々は王都へ――」

「ああ、その前に少しいいか」


 さっさと行くと思っていたのに、わざわざ私に向き直る。

 神妙な雰囲気を感じ取って、「あ」と心当たりにぶち当たった。



「わかった! 別れ話ね!」

「なんでそうなる」


 否定されて一気に肩の力が抜ける。


「え? 違うの? 私が盲目になったからいよいよ婚約破棄かと――」

「フレア、君は僕の婚約者だ」

「? ……まあ、あの、今はね」



 急に何よと思ってると、ジークがゆっくり私に距離を詰めてきた。



「他の誰にも渡すつもりはないし婚約破棄するつもりもない」

「……え?」


 なんか、いつものジークと雰囲気が違うような……。

 『婚約破棄? 面白そうだな。まあ頑張りたまえ』とか言っていたはずの人間が何を言っているのよ。そう言えば聖騎士会議の時に私への暴言を許さない、言っていいのは自分だけだみたいなことを言っていた気がする。つまり折角手に入れた面白い玩具を絶対に手放すつもりはないってことよね?



「巷では私とあなたがいつ婚約破棄するかって噂されてるのよ? ご存じ?」

「知ってる。そろそろ不愉快だ。未来の王妃を侮辱した罪でしょっ引くのも視野に入れようかと考えている」

「……どんだけ多くの人間がしょっ引かれることになるのよ」

「それだけの人間に勘違いされているのは君の落ち度だ」

「破棄されるのが私の目的なのに? 私は公爵家とも縁を切るつもりなの。社交界での立ち回りや庶民からの好感度を考える必要はないわ。たくさん恨まれて別れ話が進む方が大切だもの」



 さっさと消えて皆から忘れられて、静かな地方へ引っ越す。

 大好きな人に出会って、幸せに暮らす。

 それが、父親からの愛を諦めたおよそ3年前、私が決めた目標だ。



「……たった一人でいなくなるつもりか?」

「? まあ、当然その予定だけど。そもそもついてきてくれる人なんていないし。皆それぞれに目標があるしね」


 例えばルカは公爵位を継ぐし、カノンとルベルは騎士団に入団するでしょうし、ステラとシリウスは大人になれば二人で暮らしやすい場所を探すでしょうし……ステラの借金のことは最初から別に完済できるとか思ってないしね。物語が始まるのはあと3年後、それまでに私は婚約破棄されて公爵家とも縁を切ってあの街を出ることにしているから、あの天文学的な借金をその間にステラが稼ぐのはまず不可能だもの。



 皆それぞれ大切な人がいる。

 その人との将来がある。





 ……私はどこにも当てはまらないけれど。



「あ、孤児院の子たちのことは心配しないでいいわよ。就職先くらいはちゃんと見繕ってからいなくなるから」

「あの義勝という男を捜しに行くのか」

「え?」


 義勝?

 なんで今あいつが出てくるの? ていうか、私があいつと戦ってたことを何でジークは知ってるのかしら? この場にはいなかったはずだけど……

 思わず首を傾げた私を無視して、ジークは話を進める。



「君の前世については正直全く興味がないが、知らないわけにもいかなくなった。君は仮にも僕の婚約者だ」

「全く興味がないなら別に知らなくてもいいわよ。仲良くなる必要なんてないんだし」

「で、義勝という男は君の何なんだ?」

「何……て……」



 碓氷義勝。

 良いとこのボンボンで、幼馴染みで、道場仲間で、国の重役で、護衛対象。



「夫か?」

「は?」

「それとも恋人? 兄弟?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなわけないでしょ!? あいつはただの友達だって!」

「友達か。ただの友達が死してなお誰よりも大切で守らなければならない人間とは、君の交友関係はどうなっているんだ? あいつしか友達がいなかったのか? 今も?」

「だから、本当にただの友達で――」

「どうだか。恋人のようなことをしてたんじゃないのか。裸になったりキスしたり」

「ぶっ! はああ!? そんなわけ――」

「違うのか?」

「ちがっ……」






 ……わなくは、ないかもしれない。



 思い返してみれば……






『はあ~、良い湯だな~義勝~』

『……お前ちょっとは恥じらいを……』

『なんだよ~、ここ混浴なんだからしょうがないだろ。お前子供の頃から気にしすぎだぞ。そろそろ慣れろよ。そもそも気にしてるのはお前くらいだって。暗いし、皆全然気にしてないじゃん』 

『……そうは言ってもだ……』


 裸……今思えば見せ合ってたってことになるのかしら? あれは……。いや別に堂々と見せてたわけでもなんでもないんだけど!! そういう文化だったってだけで!! 私たちだけがおかしかったわけでもなんでもないからね!? 私は決して痴女じゃない!! ……でもそれをジークたちに言っても理解されないだろうな……。



 初めてお酒を口にしたのはいつだったか。

 義勝が持ってきた酒を二人でこっそり飲んだことがある。

 いつもお茶しか飲まないから、わくわくしながら呑むとなかなか美味しくて、飲み始めたら止まらなくて、お腹も頭もふわふわ温かくなるのがなんだか幸福で、義勝とべろんべろんに酔っ払った。

 確かあいつも飲むといつもの仏頂面からは信じられないくらい陽気な笑い上戸になって……


『ははっ、ほむら、見ろ、月が、ははっ、欠けてる』

『ぶっ、ははっ、ほんとだ、月が、ははっ、はははっ、面白い形してんな、あれっ』


 く、黒歴史……

 全然面白くないのに笑いが止まらなくて何見ても笑ってたら……


『……お前やっぱり可愛いな』

『え~? そうか~? なんだよ義勝お前良い奴だな~。そうだよ、俺はこう見えて可愛いんだぜ~。へへっ、へっ……んんっ?』



 気づいたら、あいつに唇を奪われていた。



 そう、唇を奪われていたんだ。キスされた。

 何が起きたか、すぐには理解できなかった。

 あいつの顔が、ゆっくり離れていって、熱っぽいその表情から目が離せなくて……




『お前は、天女より美しい』

『……は』




 柔らかく囁かれた。

 心臓が止まったんじゃないかと思った。

 これ以上なく優しい義勝の顔を見て、俺は…………






 思わず噴き出していた。





『ぶははははははは!! なんだよ義勝、それ新手のしゃれか? くくく、変な奴~! 天女って、天女って! それ刀士郎の十八番の奴じゃん! ぶっくっく、そんなの真似しても女性には好かれないぞ~? 心桜にはもっと別の言葉を用意しろよ~』



 酔っ払いって恐ろしい…………………………

 笑い飛ばした時に咄嗟に顔を背けたから、あの時の義勝の顔は思い出せない。冷静に考えればキス……いくらなんでも恋人でもなんでもない人間にキスはダメでしょ!! 祝言をあげる前だったし問題はないはずだと思いたいけどいやでも多分許嫁はもういたのよね!? 何やってんのよあのバカ!

 翌朝記憶が綺麗に残っていて思い返すと何かいろいろ恥ずかしくて、その後もいろいろ酒でやらかしたからもう二度と酒は呑むまいと茶だけを啜るようになったのよね。


 それにしても今思えばもしかして私と義勝って……いや、ほむらと義勝って、けっこう仲良かったのかしら……? それに義勝って……今振り返ると、実はほむらのこと好きだったりして? いや、いやいやいや~……それはない、わよね? あれは酔ってて気が大きくなっちゃったんでしょ?


 でも、よく考えれば義勝は酔っ払った程度で女性に言い寄る男だったかしら? 真面目で常に清廉潔白であろうとして、遊郭にさえ行かず奥さん一筋だった男が、誰にでもあんなことを言うとは思えないしするとも……。あの時の私はなんであれを冗談だと思ったのかしら。……酒のせいで頭がバカになっているせいか、違いない。多分何されても言われても笑ってたわ。

 でも義勝もあのことにはもう二度と触れなかった。

 本当に好きだったらきっと何かしら言うはず。

 やっぱり何でもなかったのよ、うん。






「…………なぜ顔を赤くしている」

「えっ」


 ジークからおぞましい殺気が溢れている。な、なんで?


「と、とにかく何があっても前世の話よ! 今とは全然関係ない!」

「ほお?」

「あいつは国のお偉い役職についてて、まあいろいろあって命狙われることが多かったから私が守ってたってだけ! だから守らなきゃいけない人間ってのに引っかかったんでしょ。とにかく、あいつとはまあ……主従……って言うのはちょっとムカつくわね」



 他にあいつとの関係を表す言葉を探していた時だった。



「気をつけろ! まだ動いてるぞ!!」



 突然騎士の大声が響いた。

 見れば、例の兵器がまた義勝の姿に変化して、よろよろと立ち上がったようだった。


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