81 【ジーク】 ざわつく
悲しいのか……
いや、嬉しい、のか……?
ルカの説明を聞いてすぐに理解するところはさすがだが、あれが偽物だとわかった途端、彼女は納得したような、ほっとしたような、微妙な表情を浮かべた。
『久しぶりだな、義勝』
男の名を呼んだ時のフレアの顔は……今までに無いほど、幸福に満ちているように見えた。
似ている。乱蔵に笑い掛けた時と。
間違いなくあれは前世の関係者ということだろう。しかも乱蔵よりタチが悪いのは、今のフレアにとってさえ、あの男が最も大切な、守らねばならない人間ということだ。生まれ変わってなお、今傍にいる人間ではなくあいつが出てきた。
義勝という名のその男は、背が高く、険しい顔をしているが顔立ちはムカつくくらいに整っている。異国の風貌ではあるが、誰が見ても惚れ惚れするような……あくまで客観的に見て、だ。僕の好みの顔ではない。いけ好かないムカつく顔をしている。
『お前はどんな相手にも、いつだって真正面から戦いを挑んだ。曲がったことが大嫌い。何度ボコボコにされても決して諦めない。頭が固くて少々融通が利かない』
エイトと剣を交わしている時でもこんな楽しそうな顔はしない。
剣を持っている時の君はいつも嫌そうな顔をしているじゃないか。眉間に皺を寄せて子供らしくない可愛くない顔で剣を振っている。
なのに……まるで小さな子供のように嬉しそうに。
…………そうか、その男が、君の特別か。
『俺が必ずこの手で殺してやるから』
言葉と裏腹に、声も表情もどこまでも優しかった。
「……腹立たしい」
気づけば拳を握りしめていた。手のひらに爪が食い込んで痕になっている。
フレアは遅れてやってきた乱蔵と少し会話を交わした後、機械の頭を掴んでこちらを覗きこんだ。
『おい、からくり』
「フレアが呼んでいるぞ。さっさと返事をしろ」
男の頭を掴みマイクに顔を押しつける。
「ひいいッ!?」
映像の中に映る彼女は、それだけで人を殺せるのではないかと思えるような、凄まじい殺気を放っていた。
『お前の声、覚えたからな。逃げられると思うなよ。地獄の果てまで追いかけてやる』
これがフレアの本性、か。
君は本当にどこまでも面白いな。危険で、底が見えなくて、腹立たしく、なかなか思い通りにいかない。君を見ていると、どういうわけか昔僕を裏切ったあの憎い男を思い出す。君とあの男は全く似ていないというのに。あの男は陽気で、楽天的で、いつも笑っていた。だが何にでも首を突っ込んで、むりやり解決して戻ってくる、そういうところは君に似ているかもしれない。
その、美しい剣技も。
――君もいずれ僕を裏切るのだろう。
いや、裏切るも何も、僕らは互いに信頼などしていない。裏切られるほどの関係にすらない。婚約者だというのに。いや、正しくは奴隷か? こうなったのは全て自分が招いたことだというのに、僕は僕らの関係がどうあるべきなのかを計りかねている。
光を失った水色の瞳。殺意に満ちたその瞳を見ていると……
どうしようもなく、それを手に入れたいと願ってしまう。
愛と憎しみが入り交じった、強烈な感情の発露。心の奥底をざわりと撫でられたような感触に指先が震えた。
「……ああ、ゾクゾクするな」
「え?」
「なあタソガレの伯爵殿、貴殿も早くフレアに会いたいだろう?」
「いっ、いえっ、私はっ……」
「そう遠慮するな。彼女も会いたがってる。早くお前の顔を見せてやれ」
振り返れば、エイトがこの部屋の人間を全員拘束し終えたところだった。
――――――
「本当にこの者だけでよろしいのですか?」
「構わない。首謀者がいれば問題ない。他は自分が何をやっていたかもよくわかっていない下っ端どもだ。それもすぐに回収するさ。この基地のシステムは全て僕が掌握している。彼らは牢屋と化したこの場所から動くことはできない」
映像石というのは、撮影する石、映像として映し出す石、そしてここに置いてある、全体を操作をするための石、この三つがセットとなって機能するらしい。便利なものだが、操作をするためのこれは持ち運びができるような代物じゃない。
かと言って、この首謀者の醜態を晒し切る前に切ってしまうのも面白くない。いや、余計な疑惑をかき立てないためには、晒してしまわねばまずいくらいだろう。公爵にかけられたあらぬ疑いを晴らすためにも。
さて、映像石の使い方は僕しかわからないが……せっかく面白いことになっている現場に行かないのも勿体ないからな。一通りショーを終えたら現場の方に置いてあるはずの複数の映像石を回収、映像が見えないように黒い布でくるんでまたここに戻ってくればいい。
5カ所に同時で見られるようになっていたもののうち不要な2カ所についてはすでに切ってある。
ショーが終わったところで見られて困るものもないし、むしろヴェントゥス公爵の力を考えればアカツキとの通信手段として役立ちそうだが……まあ、僕以外に使い方をわかっている者がいるならまだしも、不安要素が大きいからそれはしない方がいいか。
そう思いながら、再び巨大化したシリウスの背に、縛り上げた首謀者を載せて、僕もそれに続く。
「エイト、お前は外で見張っていろ。もし万が一誰か来た場合、中から誰かが逃げ出した者がいた場合は状況を見て判断しろ。適わないと判断した場合は何もしなくて良い。自分の命を最優先に考えろ。いいな」
「御意。……しばしお傍を離れること、誠に申し訳ありません」
「気にするな。次に向かう先はもう安全だとお前もわかっているだろう。フレアもいるしな。では、頼んだぞ」
「はい」
「ひいいっ、どうなっているんだ、これは……ひいっ」
「ほら、落ちたらグチャグチャになるぞ。動くな」
「ひいいいっ」
縛られて不安定な状態で空を飛ぶのはこの上なく恐ろしいらしい。
愉快な気持ちでさっきより随分早く現場に到着すれば……フレアの声が耳に入った。
「婚約破棄されて、公爵家とも縁を切って、静かで穏やかな田舎に引っ越すんです。そこで慎ましい幸せを手に入れるところまでが目標ですから」
…………ん?
「――第一、ジークは私のことこれっぽっちも好きじゃないんですよ」
これっぽっちも好きじゃない、か。
否定はしない。その通りだ。
その通りの、はずだ。
「そんな人と夫婦なん――」
「誰が、誰を好きじゃないって?」
自分でも驚くほどに、声が冷え冷えとして怒りが止まらなかった。




