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79 渡す


 バチバチと激しい音がして、義勝の形が変わる。本体のからくりの姿に戻ったのだろう。気配もかき消えて、どろっとした崩れた物体が残っている。こんなのが義勝だと思ってたなんて、少し変な感じがする。


 乱蔵は羽をばたつかせながら不器用に飛び降りた。


「なんだこりゃ。全部終わってるじゃねえか」

「……遅すぎ」

「仕方ねえだろ! シリウスやあの緑色のガキが速すぎるんだよ! つーか大丈夫かババ……じゃなかったお嬢。何で目ぇ閉じてんだ、眠いのか?」

「失明した」

「は?」



 説明するのが面倒だったので、そのままスタスタとルカたちの元に戻る。目が見えなくても気配がわかれば問題ない。……ただ少しばかり、疲れた。



「おい、からくり」

「ひいいッ!?」


 頭をひょいと掴んで、目の位置まで持ってくる。そんなことをしても視線が合うことはないけれど、殺意なら十分伝わるだろう。からくり頭は今までの高圧的な態度が嘘のように怯えていた。本体は安全な場所にあるはずだが、遂に自分の発明品が全滅となった今、凄まじい恐怖を感じているらしい。


「お前はどこの誰だ?」

「わ、私は、た、ただの、こ、こく、国王派の人間、だ」

「ああそうかそんなことどうでもいいんだよ。お前の名前を聞いてるんだ。なあ、お前の名前と、お前に今回のことを命令したのはどこのどいつだ? これが本当に国王だって言うんなら今すぐ国王に会いに行ってやるからよ。てめえの名前さっさと吐きやがれ」

「いや、それは、その……」

「命を粗末にしやがって。悪趣味でくだらねえてめえの遊びに付き合わされたこっちの身にもなれよ」

「わ、我々の理念には、尊い犠牲がぁッ!?」


 頭を掴む手に力が入って、ミシミシと嫌な音を立てる。


「尊い犠牲なんてこの世にはない。そんなものを積み重ねばならないと考えるなら貴様の主は王の器じゃない。王というのは大勢の民を守るためにある。大勢の民の穏やかな幸せのためにあるものだ。彼らの命を犠牲にすることも、こんな残酷なやり方で余所の人間の命を犠牲にすることも、お前たちが当然のようにやっていいことじゃない!」

「わ、我々は、その……」

「お前の声、覚えたからな。逃げられると思うなよ。地獄の果てまで追いかけてやる」

「ひッ……」



 ボキっと嫌な音がして、頭を握り潰した。



「あ」

「フレア。大丈夫?」


 ルカに声を掛けられて、体が固まる。





 ああああああああああああああああ!

 またほむらになっていた!!!

 口が、口が悪ッ……いや、それよりしばらくほむらの状態で考えて行動してた!! 完全に引っ張られてたあああああ!! しかもかなり若い頃のバカ丸出しのほむらになってしまうなんて……!! 私はフレア、私はフレア、私はフレアだってば! 私は優美で高貴な公爵令嬢なんだってば!!!

 顔がめちゃくちゃ熱くなる。恥ずかしさのあまり膝から崩れ落ちそうなのを必死で堪える。義勝のこととかあの頃のことか、いろいろ思い出して感情が高ぶってペラペラ恥ずかしいことを喋ってしまったような気がする……!!! 昔の感傷に浸ってるところを大勢に見られてたとか考えるとめちゃくちゃ恥ずかしすぎる……!! 何も聞こえてないといいけどけっこう声大きかったし……。何か前もこんなことがあったような……ええい考えるな、恥ずかしさに拍車がかかるだけじゃないの。


 正直、守らなければならない人間が義勝で本当によかった。もし心桜だったらどうなっていたか。心桜をこの手で斬らねばならなくなっていたら…………多分私は開発者たちを血祭りに上げるためにこの場を飛び出していたかもしれない。うーん、それはほんとにやばい……。国と国の争いに発展してしまう。

 ああよかった。義勝、斬られてくれてありがとう。

 正直お前相手にはそこまで罪悪感とかない。まあむりやり国畜人生を歩ませたことはちょっと申し訳ないなとか鬼だったなとか思うけど、現実のお前はジジイになるまで長生きしたもんな。何だかんだ良い人生だったんだじゃないか? 最期も桜を見ながら眠るように亡くなったよな。今頃空の上か知らないけど、これからまたこういうことがあったら何度でも斬ってやるからお前だけ出てきてくれ、頼んだ。






「ごほんッ」


 私は一度咳払いしてから、気持ちを整えてゆっくり振り返った。


「…………うん、大丈夫」


 手のひらの中のガラクタと化した頭を捨ててからルカに頷いた。


 ルカの様子を窺うと、表情まではわからないけれど、相当落ち込んでいるらしいことがすぐにわかった。なんでかわからずにいると、ルカはぎこちなく口を開いた。


「大丈夫なわけ、ないよね。ごめん。フレアの目も、それにさっきの人は……」

「む、昔の知り合いよ。気にしないで。本当に大丈夫だし、別にあれに関しては何も思ってないから。目のことも大丈夫よ。多分レインに頼めば治るでしょ。……まあ治らなくても別にそこまで困らないし。気配を探り続けるのはちょっと面倒だけど、絶望するほどのことじゃないわ。私にとっては」

「フレア……」

「そんなことより、ルカの方が負傷してるんだから早く手当しないと。ここの後処理は私たちが何とかやっとくから、もう大丈夫よ」

「だ、だけど……!」

「さっきは援護してくれてありがとう。助かったわ」

「いや、僕は……結局、何もできなかった」

「そんなことないでしょ」


 背を伸ばしてぽんぽん、と頭を撫でるとルカは少しまごついた。


「ヴェントゥス公爵、あなたもちょっとは休んでください」


 ヴェントゥス公爵は私を見上げて、まだ呆然としているみたいだった。


「イグニス公爵令嬢、あなたは一体……」

「大したことはしてないです。体力さえあれば誰だってできることなので」

「そうとはとても思えないのですが……そもそも、何があったか聞かないんですか?」

「え?」

「彼らはタソガレの反体制派です。……国王派だと主張していましたが、それはあり得ない。私が国を裏切ったかもしれないと、あなたは考えないのですか?」

「それは……」

「それにどうしてここに? 散歩だなんてあり得ないでしょう」


 でも小説の話とか、死の幻影が見えるとか、そんなこと話せないし。


「まあ、ここに来た理由は、またいずれちゃんと話します」


 ジークと口裏を合わせよう。今私が何を言っても下手なことにしかならない気がする。


「あなたが国を裏切ったとは思ってないです。そういう人じゃないと、誰もがわかっているから。……大方、この無法者たちを捕らえるために来たんじゃないですか? イグニス家まで関わっているのは、戦闘があるかもしれないと予想されてのことですよね? 私はイグニス家の事情を知らないですけど」


 除け者なんでね。

 でも、ヴェントゥス公爵が本当に裏切り者でないことを私は知っている。


「私はあなたを信じています」

「……信じてくれるんですか、私を?」

「とにかく、あなたも手当を受けた方がいいですよ。ここじゃまたいつあいつらが来るかわからないんですし。このガラクタはこのまま放置するわけにもいかないから、動ける騎士たちでなんとか片付けます。あなたは一旦王都に戻って女王にでも何があったか報告した方がいいんじゃないですか?」

「ですが、騎士たちの指揮は……」

「指揮はゼファがいるでしょう?」


 当然のようにゼファの方を向くと、彼は驚いて言葉に詰まっていた。


「ぼ、く……?」

「あなたはヴェントゥス家の聖騎士でしょう。公爵さえ許してくれれば代理で動くには十分よ。何か問題が?」

「ぼ、僕が、できるとはとても……」

「あなた、公爵を助けるためにここまで来たんでしょう? あれだけ半信半疑だったのに」

「うん……」

「それなら頑張れ。あなたならこれくらいやれると思うけど?」


 まあどうしても嫌だったら私が動かすか。私のこと大嫌いであろう騎士たちが動いてくれるとは思えないんだけど。


「兄上……」

「ゼファ。ここはまだ危険だ。……騎士に指示するくらい私はできるから、お前は先に――」

「い、いえ、僕が残ります」


 その返事に、公爵が息を呑む気配がした。


「……本気で、言ってるのか?」

「はい。僕はまだ、何もなせていません。演習場にはしょっちゅう行っておりましたし、騎士たちとも顔見知りです。ですから……僕が、残ります。ヴェントゥス家の人間が残った方が、何かと融通が利くと思いますし」


 公爵はしばらくぽけんとしていた。うん、ぽけん……多分、ぽけんとしている。何か重たいものが一瞬ごっそり抜け落ちたような……


「…………やれるか?」

「や、やります」

「途中でふらふらとどこかにいなくならないか?」

「なりません」

「面白そうなものがあっても任務を優先できるか?」

「できます」

「………………そう、か」


 公爵は少し沈黙してから、静かに頷いた。


「わかった。一旦ここはお前に預ける。報告が終わったらすぐこちらに戻るから。それまで頼んだ」


 公爵はぽすん、とゼファの頭を撫でた。


「では、イグニス公女。大変申し訳ないが――」

「あ、ちょっと待ってください」


 ポケットをごそごそ探って、それを取り出した。


「これ、さっきぐずってた坊やに渡してくれますか?」

「これは……」

「多分繋ぎ合わせたら腕飾りになると思うので」


 バラバラになった木製の飾りに小さな宝玉。砕けた宝玉も拾っておいたけれど、これを元通りにできるかはわからない。全部拾えたかもわからないし。目が見えないから桜の花びらかもわからない。これがあの子の探しているものかどうかははっきりしない。

 だけど、この戦場で“落ちてる腕飾り”らしきものはこれしかなかった。


 公爵が驚く気配がした。


「これは……もしかして戦いながら拾って……!?」

「一応見せてあげてください。これじゃないかもしれないですけど」

「どうやってこんな……本当に見えてないんですか? 目が見えてもあの状況でこんなことは……」

「うーん……説明するのが難しいので、何とも言えないですけど。感覚というか、なんというか……。ただ、想いのこもった物は、暗闇の中で光り輝くように見える時がありますから」


 ただの物にも、ある程度、気のようなものが流れている。それが特別綺麗に見えるのは、大抵何かしらの念の込められたものだ。最初は坊やの指す方を見てもよくわからなかったけれど、集中すれば綺麗に見えるようになった。とは言っても、それを全部拾い集めるとか我ながらどうかと思う。

 おかげで戦いづらいったらなかった。



「私が拾ったとは、坊やには伝えないでください」

「え?」


 公爵に渡してから、ありのまま考えていることを伝える。


「私が触れたと知ったら嫌かもしれないでしょ。すごく大切なものみたいだし、これのために命まで投げだそうとしてたんですよ? あの子。確かナギの――」

「いや、けれど……」

「私アカツキの嫌われ者でしょう。私の噂を聞いて邪悪なものに触れられたと悲しまれるのは嫌ですから。汚れたとか難癖つけられても困りますし。そのせいで絶望して命を絶たれるのも嫌です」


 ま、さすがに命を絶つまではしないでしょうけど。


 ナギの民について私はよく知らない。でも、約束が命より重いと思っている連中だ。多分目に見えないものを信じる系の人間だと思う。妖怪とか精霊とか。

 私のことを知れば、きっと私のことも嫌いになる。

 何が逆鱗に触れるかわからない部族だし、私のことはもうさっさと忘れて貰うのが吉。


「ヴェントゥス家にとって、ナギの民は大切な友人なんでしょう? 私のことは伏せた方がいいでしょう。余計な争いの種になるかもしれないし」

「ここまでのことをして、あなたは何の見返りも求めないつもりですか!?」

「見返りねえ……。最初からそんなもの期待してませんよ。生憎、3年前に公爵夫人を助けた時は公爵から痛い目に遭わされましたから。ですから私、人を助けるのは大っ嫌いなんです。助けても私のせいにされるので。今回のことだって、あなたじゃなくてまず真っ先に私が疑われるでしょう。何か裏で手を引いてたんじゃないかって噂されるのは目に見えてます。私、王太子との婚約破棄がいつになるか、民の賭け事の対象になるような令嬢ですよ?」

「それは……」

「とにかく、私のことは喋らないでください。あなたも私の目のことは何も気になさらないで。どうせアクア家やイグニス公爵辺りは、急に目の病にかかったと言えば天罰が下ったと嘲笑うでしょうけど、まあつまりはその程度のことですから。誰も心配しません。もしかしたらこれを機に、盲目の王妃はあり得ないと婚約破棄になるかもしれませんし」


 公爵がカッと目を見開いたのが伝わった。


「それだけは断固抗議いたします!!」

「え、いや、いいですよ。ここだけの話、私さっさと婚約破棄されたいと思ってますから」

「……………………は?」

「婚約破棄されて、公爵家とも縁を切って、静かで穏やかな田舎に引っ越すんです。そこで慎ましい幸せを手に入れるところまでが目標ですから」

「ほ、本気で言っておられるのですか……?」


 おっと、ペラペラ喋りすぎたわね。

 まあ別にこの程度のことを喋ったところでどうと言うこともないはずだけど。だって皆私が本当に王妃になるなんて思ってないでしょうから。


「国での私の評判ってすごく最悪でしょう」


 大方、孤児院関連で敵になったあの裏事業の奴らが悪い噂を流しまくってるってのもあると思ってる。まあ、幼い頃の振る舞いが悪かったのは事実だから、いちいち否定しようとは思わない。


「誰も私のことを知らない、過ごしやすい場所に行きたいだけです。この国の人間は、私が王妃になるなんて誰も望んでいませんからね。第一、ジークは私のことこれっぽっちも好きじゃないんですよ。そんな人と夫婦なん――」





「誰が、誰を好きじゃないって?」





 ゾッとする程冷たい声が、空からかけられた。


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