78 対決する
「ま、って……」
「え?」
さ~て破壊しまくるぞと思った直後に、檻から出てきた坊やが私のマントを掴んでいた。
「何? ちょっと、さっさとあんたも安全な場所に――」
「待って……腕飾り、が……」
「腕飾りぃ?」
「あそこに、落として、俺――」
「ちょっ、まっ……」
私を押しのけて走りだそうとした坊やの首根っこを思わず掴んだ。
「この戦場で何言ってんのあんたは!! バカなの!?」
「どうしても大切なものなんです!」
思わず人質たちの方に目を向けると、彼らも「早くこちらへ!」と腕を伸ばしているみたい。目が見えないから表情まではわからないけれど、声音、血流や内臓の動き、気の動きみたいなものを感じとれば、どんな動きをしているか、何を感じているかくらい大体わかる。
「ほら、早く逃げてってば。邪魔なのよ」
「姉様の腕飾りが、あそこに……。俺、あれを持って帰らないと。どうしても――」
指し示したらしい方を見てもよくわからなかった。
「あれは、本当に、本当に大切なものなんです! だからっ、なくす訳にはいかないんですっ!!」
「それと命とどっちが大切なのよ!!」
「腕飾りです」
ええええええ。何この子。ちょっと怖いんだけど。しかも他の人質どもも、「それなら仕方ないか」みたいな感じで坊やを置いていくし! ちょっと待てやおい、連れてけよこの子供。
「公爵! ちょっとこの子どうにか……」
公爵の気がだいぶ乱れている。力を使いすぎたのかもしれない。そもそも鎧の連中にフルボッコにされていたから体力も限界か。
私は坊やの肩を揺すりながら、とにかく公爵の方へ走れと促した。多分離れた位置から力を使うよりは近くの方が使いやすいに違いない。
「いい? どれだけ大切なものか知らないけれど、命あっての物種だから。この状況ではまず逃げることを――」
「姉様や皆の想いが詰まった大切なものなんです!! 我が部族に代々伝わる……桜の花びらをかたどった美しい腕飾りです。お願いです、あれがなければ、体の弱い姉様はきっと――」
坊やを抱えたまま飛び上がった。
私たちがいた場所に弾丸の雨が降る。ころころ転がってから、刀を構え直して全ての弾丸を弾いた。……あーあ、あんまりこんなことばっかしているとまた刃がダメになる。だから嫌なんだけど。射撃が止まってから、転がっている黒い鎧を盾にして坊やに言い聞かせる。
「坊や、腕飾りは諦めなさい。どうせここじゃ見つかりっこないし、見つかってもボロボロになってるわよ。探すだけ無駄だから」
「でも姉様を救ってくれた大切なものなんです。俺は絶対あれを持って帰らなきゃだめなんです! 必ず持って帰るって約束したんです。我が部族……ナギの一族では約束は命より重いものです。だから、だから……」
「あんたが死んだら姉様はどう思うのよ!!」
「良く生きたと言ってくれるでしょう!」
「ヴェントゥス公爵!!」
うるさい坊やが焦って手を伸ばしたけれど、次の一瞬にはあっという間に消えていた。
それと同時に、またどでかい機関銃が火を噴く。弾丸を斬りながら、今度は機関銃にも斬撃を飛ばした。でもさっきくらいの威力が出せない。余計な躊躇いが生まれてしまったからだとわかっていたけれど、どうもぎこちなくなる。
あの坊や、後で会うことがあればたっぷり説教してやりたい。どんな教育してんだって姉もまとめてお仕置きしたい。まあ、私が彼らの教育に口出す権利なんてないんだけど。
……ていうか、病弱な姉と姉大好きな弟って……ステラとシリウスじゃあるまいし。
『私は大丈夫です。この守り刀が、ほむらさんの代わりに私を守ってくれますから』
……なんで
なんで今こんなことを思い出すのよ。
病弱って聞いたら自動的に彼女のことを思い出す頭を今すぐ誰か殴ってほしい。……いや、違う。あの花の名をあの子が口にしたから……。私にとって何よりも特別な花の名を……こんな時に……
虫唾が走る。
『だからほむらさん。どうか……』
泣きはらして真っ赤になった目元、青白い頬、痩せ細った肩、今にも枯れてしまいそうな……
『わかった。約束する』
なんで約束なんてしてしまったんだろう。
『俺が……皆を連れて帰るから』
約束が命より重いのなら、俺はあの時死ねばよかった。
「…………チッ」
ああくそ畜生面倒くせえなオイ。
思考が混濁する。自分が今ほむらなのかフレアなのかわからなくなる。この戦場が一体どちらの時代のものなのか、咄嗟に判別ができない。
「う、動きが鈍くなってるぞ!! 一気に叩けえぇぇぇ!!」
頭だけのくせにうるせえなああいつ。
後で尋問用で取っておいたけれど、いっそ壊した方がいいかもしれない。
身を低くして地面を滑るように移動しながら、刀を振るった。からくりたちは面白いほど壊れていく。ガラガラ崩れるからくりを避けながら、地面に手を這わせた。
「ルカ!! もし余力があればこいつらの体起爆してもらえる!?」
「でも僕の力じゃ――」
「目眩ましになるだけでいいの!! 私のことは心配しなくていい!!」
「わ、わかった!!!」
からくりや兵器が続けざまに爆発する。ルカが練習しているところを見てきたおかげで、力が溜まる瞬間、つまりいつどこが爆発すのかが感覚的にわかった。ルカの起爆ではからくりたちは壊せはしなかったけれど、十分目眩ましになる。視界が遮られている間は、からくりたちは銃撃を仕掛けてこない。
地面を滑りながら、足下から刀を振るう。
『ほむらさん』
飛び上がり、巨大な兵器を機関銃ごと真っ二つにたたっ切る。
『ほむら』
……なんだよ。
『ほむら』
うるさいうるさいうるさい!!
私はほむらじゃない。私はフレアだ。いちいち喋りかけてくるな。お前たちはもう死んだ人間なんだ。この世界に存在しない人間なんだよ。俺を置いて死んでいったんだ。俺を……いや、俺が守れなくて死んでいった。
「ほむら」
ハッとして飛び退いた。
飛び退いたところに剣が突き刺さる。
今の、声は……
「ほむら。邪魔するな」
なんで…………
「俺は、ここで潔く死ぬ」
お前が。
「人!?」
急に出てきた人間にルカたちが動揺している。それまでは鎧で固めて作ったみたいなからくりたちだったのに、いきなり生身の人間が出てくればそれは驚く。しかも……私にとっては、この世に存在しないはずの人間だった。
「消えろ!!!」
問答無用で襲いかかられて、思わず距離を取る。
頭が混乱して、今が現実なのか夢なのかわからない。
「なんで、こんなとこに……」
間違いない。間違えることはない。
私をそう呼ぶその声は……
「あ、あり得ない。なんで、そんな、あの時のまま――」
「黙れ!!!」
「おいお前もしかして碓氷――」
「うるさい!!」
「義勝かって聞いてんだよ!!」
「邪魔するな!!」
「話を聞け!!!」
ダメだ、話が昔の百倍通じない。
一体どうなってるんだと思考の沼に陥りそうになった時――
「フレア!! その兵士は人の記憶の中に入り込んで形を変えるらしい!! その人にとって絶対に守らなければならない人間に形を変えて襲ってくるんだ!! ナギの民が捕らえられたのもそいつが混乱を生んだせいだって!!」
ルカの大声が呆然となった私の耳にしっかりと届いた。
ナギの民? 確か凄く強い部族だっけ? さっきの人質は彼らだったってことか。
「だから、その、その人は敵なんだ!! 本物じゃない!!」
「はは、む、無駄だ……。あれはさすがに壊せまい……。本物でないといくら頭で理解しても、大切なものを斬るなどできるわけがない。いくら目が見えまいと、声もそっくりそのままなのだ……。戦闘能力も他よりずば抜けている。あのナギの民でさえ何もできなかったのだ……。私の最高傑作……ああ、私の兵器たちがあれ以外、全滅……」
そんなにションボリするくらいなら最初から取引してればよかったのに。
気配を探れば、まともに戦えそうなのは目の前のこれだけだった。
「そうか、なるほど。からくりか」
これは現実じゃない。
そう思えば、すんなりと落ち着いた。今は目が見えなくて確認のしようがないけれど、また前世の記憶保持者かと本気で思った。
形を自由に作り変えるからくりなんて聞いたこともない。しかも心臓の動きや血流まで、何もかも本物の人間にそっくりで……本当に生きてないんだよな? ちょっと不安になるぞ。
そもそも記憶に作用するとか意味がわからない。なんでもあり過ぎるだろ。公爵の視力を奪ったのもそうだけど、どうもこいつらはおかしなからくりを使う。……本当にタソガレの反体制派だけでここまでのものを作れたのか? 何か裏がありそうだな。
人質やけが人はほとんど移動し終えたらしい。公爵はぜいぜいと息を切らしている。彼に無茶してもらって目の前のこの偽物を海の中にでも飛ばしてもらおうかと思ったけれど、そんなことしても壊れるかわからないし、他の人間を傷つける可能性があるからこの場で処分しないと……
……それにしても。
声も、気配も、言葉も何もかも。
「久しぶりだな、義勝」
お前が、俺にとって絶対に守らねばならない人間、か。
そりゃそうだ。俺はお前を50年以上守り続けたんだから。
「邪魔するなら、殺す」
飛びかかってきた義勝の刀を軽く躱す。最初から手加減なしで本気で斬りかかってくるところもそっくりだな。
「お前が俺を殺せるのか? そんな実力ないだろ」
「うるさい」
「胴ががら空きだぞ」
鳩尾を思い切り蹴ってやれば、「ぐッ……」と呻き声を上げて吹っ飛んだ。瓦礫を払い、立ち上がって俺に向かってくる。ずかずかと、何の躊躇いもない足取りで。
「お前はどんな相手にも、いつだって真正面から戦いを挑んだ。曲がったことが大嫌い。何度ボコボコにされても決して諦めない。頭が固くて少々融通が利かない」
「ほむらぁああああ!!」
義勝の振り下ろした刀が、俺の刀を砕いた。
反射的に後ろに飛び退き体勢を整える。義勝は刀を構えたまま、俺を睨み付けているようだった。……いや、躊躇っている、のか?
「俺は、潔く、腹を切る。仕えるべき主君を失ったというのに、このまま生き恥を晒し続けるなど、俺にはできない」
「でも死ねなかっただろう? おいからくり、お前俺の記憶ちゃんと覗いたのか?」
「……ああ、そうだ。俺は死のうとした。なのに、お前が……お前が、俺を、生かした」
どうせ死ぬならば国のために働いてから死ね。
それが、俺がこいつに強いた残酷な人生だった。
「俺は、死にたかったのだ。武人に相応しい美しい死を迎えたかった。自分の生き様を示したかった。なのに、お前が、お前が俺をむりやり生かしたんだ。苦しく醜い世界に引きずり戻した……!!」
――ああ、辛いだろう。
主君を失い、理さえも覆った新しい政府で、かつて憎み合っていた人間とともに仕事をするのは。ずっと国のために自分を殺して生きてきたのに、また死ぬまでそれを続けるのは。
新しい政府には、元々幕府にとって忠実な人間であったお前を憎む人間は大勢いるだろう。命を狙われ、それこそ無様な死を迎えることになるかもしれない。
なのに、俺はお前の潔い死を阻んだ。
お前が本当に楽になれる道を閉ざした。
先生も、心桜も、刀士郎も、道場の仲間も皆いなくなった世界で、何のために生きれば良いかわからなかった。先生の望んだように俺が人を守るための刀を振るったとしても、救えるのは目先の命だけだ。それだけじゃ足りない。時代の転換にあって荒れ狂うあの国を、少しでも正しい世にして次代に残すためには、剣を振るう必要の無い、武器を持たずとも良い、平和な理が必要だ。
剣の腕しかない俺では、それを作ることはできないだろう。
だけど義勝、お前ならば。賢いお前ならばできるかもしれない。狭い世界しか知らない俺と違って、いろいろな世界を見てきたお前だからこそ、そういう世界を作れるかもしれない。
……
大丈夫だ。
俺もいる。
俺も共に地獄に墜ちるから。
お前を、俺以外には決して殺させはしないから。
お前が苦しんでいる間は、俺がずっとお前を守り続けるから。
もしお前が道を間違えたその時は……
「俺が必ずこの手で殺してやるから」
「ババア!!!」
空から降ってきた刀を手に取る。腰の位置に構え、しっかりと狙いを定める。体勢を低くもち、一瞬で義勝の背後まで駆け抜けた。
「ほむ、ら……」
義勝の刀が砕け、その首から血の線が浮かんだ途端、彼はその場に崩れ落ちた。




