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77 斬る



「……さて、どう落とし前つけてもらおうかしらね」



 私が声を掛けると、公爵をフルボッコにしていた黒い鎧たちの動きがぴたりと止まった。



「イ、イグニス……公爵令嬢!?」

「あら。声だけで私ってわかるのね。そこは褒めてあげる。でもヴェントゥス公爵、その体たらくは一体何なの? これだけ武装した騎士を連れてなんで手も足も出ないの? あんた後で覚えてなさいよ。うちのルカを巻き込んだ罪は重いからね」



 まあ、巻き込んだのは女王なんだけど。

 公爵の目には光がない。屋敷で会った時はこんなじゃなかった。もう何も見えていないことは明らかで、なんで急に失明したのかは知らないけど、目が見えない程度で好き勝手にボコボコにされてるんじゃないわよ!! と、思わず怒鳴りたくなる。




 つい数分前…

 彼らがバチバチやっている手前の茂みへと、空から突き落とされた私は受け身を取りながら転がった。そしてさっさと走ってきて今に至る。あんな高さから落とされて、私じゃなければ確実に死んでるんだけど。もしかしてあいつ私のこと殺す気じゃないでしょうねと思いながら、彼らが消えていった方向を睨んだ。



「……ッ、あ、兄上!!!」



 遅れてやってきたゼファは、空から急いで舞い降りた。

 ボロボロの公爵に駆け寄ろうとして、足下を威嚇するように射撃されて立ち止まる。この光景を前にして、ゼファの目は涙で潤み、体中から汗が吹き出て震えていた。血を吐くのではないかと思えるような枯れた大声で兄を呼ぶ。



「兄上ぇッ!!! なぜ!! なぜこのような……!!!」

「ゼ、ゼファ!!? その声は……なぜお前がここに!? 今すぐ逃げるんだ!!! 今すぐ!!!」

「嫌だ!!! 兄上を置き去りにして逃げられるものか!!!」



 ぽろぽろとゼファの目から涙が零れた。

 声音でゼファが泣いていることに気づいたのか、ヴェントゥス公爵が動揺して言葉に詰まっている。

 


 

 それにしても……



 なんてタチの悪いからくり。


 

 先生がこれを見たらなんて言うかしら。


 ……きっと「なんて面白そうなんだ!」と目を輝かせて超無防備な状態でからくりに飛びつくんでしょうね。で、そこをグサッと刺されるところまで簡単に想像がついてしまう。あの人は剣の腕は立つのに常識に乏しいというか好奇心が旺盛すぎるというかバカというか……



 だけど、人を傷つけるためだけにあるからくりなんて、あの人は絶対に望まない。あの人なら、きっと人を笑わせるためのからくりに作り替えようとするんだろう。



「フレア……? ど、どうして……」



 か細い声に指がびくりと震えた。

 ルカは頭から血を流していた。首にはくっきりと絞められた痕がある。







 …………だめだ。

 あまり見てしまうと、心が怒りに支配される。傷ついた他の連中を見ても何とも思わないけれど、ルカが傷ついたという事実に頭がぐつぐつ沸騰してしまいそう。




「フレア、イグニス……ああ、誰かと思ったらあなた、イグニス家の問題児ですね?」



 黒い鎧のからくりが腕に抱く、からくりの頭部と思われるものが声を発した。あんなになっても喋れるらしい。


 ……ねえ先生、からくりには命があるの?


「ただの公爵令嬢が、騎士の団服なんて着てどうしたんです? 似合ってないですよ? なんであなたがここに?」

「散歩してたらたまたま通りかかっただけよ」

「散歩、ねえ。こんな山奥で散歩ですか。アカツキ王国で散々嫌われてるんでしょう? もしかしてそのせいでこんなところでしか散歩ができないんですか? つくづく可哀想な方ですねえ」


 いちいち癪に障る言い方ね。ムカつく。


「あなたたちは何なの? 生きてるの? 名前は?」

「これが生きてるように見えます?」

「見えるわけないでしょ。そうね、そのからくりに命が宿っているようには思えない。あなたの本体はどこか別のところにあるんじゃないの?」

「へえ、よくわかりましたね」


 ふーん、そうなんだ。ただ鎌をかけただけだったけど。

 じゃあ……このからくりに、命はないってことでいい?


「遠くからこのからくりを操作してこんなことしてるってわけ? やってることもそうだけど本当に趣味が悪いのねえ、あなたたちって。自分は安全な場所にいて、こうして残酷なことをして楽しんでるってわけか」


 ゆっくり近づくと、ルカが焦って私の名を呼んだけれど、「大丈夫よ」と微笑んでみせた。騎士たちは私を止めた方がいいんじゃないかと声を上げているけれど敵に威嚇されて動けずにいる。

 やれやれ、情けない。

 つくづく3年前を思い出すわね。

 イグニス家の騎士たちの代わりに公爵夫人を助け出した時も、こんな感じだった気がする。



「……取引をしましょう」

「取引?」


 私の目の前で、からくりの頭部は声を上げて笑った。


「何を言い出すのかと思えば……!! 今の状況がわかっているのですか!? あなたが取引をもちかけられる立場だと!?」

「ええ、すごくよくわかってるわ。今すぐあの人質たちを解放し、罪を認めて捕縛されなさい。そうすれば、私はあなたたちを傷つけないわ」

「ぶふっ!! ぐふふふふふ……イグニス公爵令嬢と言えばその悪評についてはよく知っていますが、まさかここまでとは!!!」

「あなたたちだってこの兵器、けっこうお高いんでしょ? 壊されるのは嫌なんじゃない?」

「ははははは!! 壊せるものなら壊してみてくださいよ!! 腰に差しているそのおもちゃの剣で壊せるものなら――!!!」

「そう」



 私は静かに手の甲を柄に当てた。



「じゃあ、交渉決裂ね」



 ありがとう、決裂にしてくれて。



「――え?」



 ガランガランと音を立てて頭が落ちる。

 私の目の前にいた数名の黒い鎧のからくりの頭部は、あっけなく胴から切り離された。




「気の済むまで暴れてあげる」




 頭部を切り離して、手足もバラバラにして、それから武器も真っ二つに。いくら首を切り離されても死なない相手でも、これなら手も足も出ないわよね? きっと何が起きたかすらわからないでしょうけど、刀の残像くらいは見えたのかしら。瞬きの間に刀を鞘に収める。



 最新兵器だかなんだか知らないけど、本当に口ほどにもない。

 まるで豆腐みたいに柔らかくて切りやすかった。こんなのにどうして苦戦したの? って思うくらい。でも私は手加減はしない。だってあなたたちには命はないのだから。いつもなら手加減してきたことも気にしなくていいなんて、なんて面倒臭くないのかしら。



 好きなだけ暴れましょう。今日は先生の呪いも気にしなくて良いんだから。




「そんな、バカ、なっ……」




 地面に落ちた頭を騎士たちの方に足で転がす。とにかくこの喋る頭は後でじっくりお話を聞く必要があるから取っておかないとね。



 続いてヴェントゥス公爵の周りを囲っている連中。こちらに銃を構えたので数歩で間合いを詰めて、抜刀。さっきと同じように再起不能になるまでバラバラにしてから、今度は檻に囚われた人質の方に向かった。



 キイイイイイインン……



 嫌な気配がして、本能的に立ち止まる。

 巨大な兵器が数台、ぎこぎことぎこちなく動き始めてこちらに迫ってきたかと思うと、止まった。その周りには黒い鎧のからくりたちが銃をこちらに構えている。

 正直あの兵器に関しては想定外だった。巨大な車の上部に取り付けられたのは……機関銃か。この世界にもこんなものがあるなんて。




「うわー……最悪」

「そいつを殺せええええええ!!!」




 これじゃ自分も確実に巻き添えを食らうのに、頭だけになったからくりは迷わなかった。そりゃそうか、だってどうせ本体、つまりこれを操ってる中の人間は別の場所にいるんだものね。

 つくづく、悪趣味。






 耳をつんざくような射撃音。

 銃が一斉に火を噴き、その衝撃は大地を揺るがすほどだった。このまま全員蜂の巣に――なんて、させるわけないでしょうが。







 広範囲に飛び散る無数の弾丸。

 その全てを斬る。







「…………………………………………は?」






 頭だけになったからくりのあ然とした声が僅かに耳に届いた。

 カランカランカラン、と無数の弾丸が地面に落ちていく。私の刃先が届かない範囲に至るまで、斬撃を飛ばして全ての弾丸を斬っていく。私の背後にいるルカや人質たちまで届かないように。まるで見えない巨大な壁が出現したかのように、弾丸は私より背後に届くことなく落ちていく。からくりたちが射撃を止めても、弾丸の雨が地面を叩く音はなかなか止まなかった。一体何千発斬ったのか知らないけれど、全てを切り終えた後に刃の状態を確かめた。


 ……うん、まだぎりぎりいけるわね。なかなか良い刀を選んだものね、と乱蔵をちょっとだけ褒めてあげる。



「う、嘘だ……これは、なんで、一体……」



 歩くと、靴の裏でバキ、と嫌な音がした。



「でも、これが限界ね」



 真一文字に刀を振るう。

 目に見えない斬撃が黒い鎧の兵士たちと、それから兵器を薙ぎ払う。けたたましい音を立てながらバラバラになったからくりたちが、茂みの中へ崩れていく。



「な……なん……は……?」



 頭だけのからくりが言葉にならない声を零した。


 


「……さてと」

 私は使い物にならなくなった刀を鞘に収めた。まだ全部を一掃したわけではないけれど、先に人質を解放しておきましょう。見れば檻の半分くらいの高さの位置まで天井が下がってきてる。人質たちは悲鳴の一つすら漏らさず、檻の床にひれ伏していた。女子供もいる。よくこんな悪趣味なことを考えつくわと思いながら、さっきとは別の刀を構えて――



「ま、待ってフレア!! その檻から助けようとすると目が見えなくなるんだ!!」


 ルカの叫び声に一瞬手が止まった。


「まずその天井の動きを彼らに止めさせて――」

「止める方法などない!! あれはああした時点でもう止まらない仕組みになっているんでな!!」


 からくりの声がうるさい。でもなるほどね、これでヴェントゥス公爵がおかしくなった理由がわかった。どういう仕組みか知らないけれど、これに手を出せば視覚を失うってことか。


 ルカはどこからか回収したらしい水晶を掲げた。


「これがあれば視覚は戻る! でも一つしか――」

「そう」








 …………じゃあ、仕方ないわね。

 ここは戦場。判断を少しでも誤った者から消えていく。




「ルカ、その水晶は公爵に使って」

「……フレア? まさか……」

「いいから。私を信じて。私が今から人質を解放する。この檻から出したら、公爵の力を使ってさっさと安全な場所に移動させて。公爵! いいわね?」

「だ、だが、一体君はどうやって……」


 公爵が動揺しているのが、離れていても手に取るようにわかる。



「ルカ!!」


 振り返ると、ルカと目が合った。

 最後に見るものは、少しでも好きなものがいい。



「笑って!!」

「……え?」



 ぽけん、と呆けたルカの顔。

 それがまあまあ可愛かったから良しとする。


 私は躊躇いなく刀を抜いた。

 檻と人質たちの手足の鎖を切った途端、視界が真っ暗に塗り潰されていく。



「さあ、さっさと檻から出て!! 公爵!! 視力は戻した!?」

「いや、だが、君は――」


 私の目を見たルカが、息をのむ気配がした。


「フレア、目、が……」


 多分さっきの公爵のようになっているのでしょうね。

 光の消えた目。何も見えない。映さない。でもそんなこと、今はどうでもいい。

 

「早く水晶で公爵の視界を元通りにして!!! 人質と怪我人、さっさと移動してもらわないと。まだまだからくりはたくさんいるんだから、守りながら戦うのは面倒なのよ!」

「だ、だが、君は――」

 公爵はなかなか「うん」と言わない。

「あーーーーもう!!! いいからさっさと目見えるようにして力使いなさい!!! ここは戦場なのよ!! さっさと判断しないと人が死ぬことになるの!! あなたはこういう時冷徹な判断のできる人間だと思ってたけど違ったのかしら!? いいからさっさと決断しなさい!!」

「――――……ッ」


 ルカが公爵に駆け寄る。公爵が水晶を受け取って……檻から逃げ出した人質たちの気配が、次々と消えていった。


 

「ふふっ、はははは! ざまあみろ! 目が見えなければ何もできまい!! お前もヴェントゥス公爵のように無様に――」

「うるさいわねえ」


 頭だけになったからくりに斬撃を飛ばす。破壊するんじゃなくてぎりぎり逸らして地面を抉った。



「………………え?」

「見えないくらいでやられてたまるかってのよ」



 私は目を閉じたまま口元に笑みを浮かべていた。

 さて……後は思う存分、壊しましょうか。


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