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75 【ルカ】 抵抗する


 嘘だ。あり得ない。ほんの少しも……傷を与えられないなんて!!

 加減はしたけれど確実に岩を破壊するほどの強さだったはずだ。

 相手が無傷であることに一瞬怯んだ騎士たちだったけれど、彼らは果敢に剣を振るった。その剣が……敵の鎧に当たった途端、ぼきりと鈍い音を立てて割れた。


 あの剣も武器開発の進んでいる国から輸入したものだ。

 あんな簡単に折れるわけがない。

 タソガレ王国の武器開発が進んでいることは知っていた。でも、まさかここまでなんて――


「そん、な……」


 騎士もまた目の前のことが信じられない様子だった。一瞬時間が止まったように固まって、それから黒い鎧の男たちがゴツゴツした銃を構えるのを見て盾を構える。

 ダメだ、これじゃそんなことしても……


「逃げ――」

「あああっ!?」

「あ、ぐっ……!!」


 弾丸は盾を容易に貫き、鎧まで砕き、そして彼らの肉を抉った。

 それでも致命傷は免れたのか、騎士たちは倒れなかった。


「ぜ、全員、退避!!」


 僕は敵と彼らの間の地面に狙いを定めて爆発を起こし、土煙を巻き起こした。その間に敵から距離を取る。騎士たちの怪我は深かった。運良く攻撃を避けられた騎士たちも、砕けた剣を手に呆然としている。


「負傷兵をヴェントゥス邸に飛ばします。目が見えないので私に触れさせてください」

「は、はい」

「公爵閣下、しかしそれでは――」


 異議を唱えようとする騎士を、ヴェントゥス公爵はもう見えていないはずの目で睨み付けた。


「一人でも多く生き延びるしか――」



「ああ、そうそう」



 土煙の向こうから、愉快と言わんばかりの声が投げつけられた。



「言い忘れていましたが、もし逃げ出したらナギの民を一人ずつ殺します。ごまかそうとしてもすぐにわかりますからね? 下手なことはしないことです。それでも逃げ出すと言うのなら……女子供から殺していきましょう。自分の命と引き換えに、無力な弱者の命が消えていくのはどんな気分ですか? アカツキの騎士は確かぁ……弱者を守るための存在、なのでしたっけ?」



 ぎり、と拳を握りしめた。

 公爵を見れば、唇に血が滲むほど噛みしめている。



「ほらほら、早くしてください。こっちも暇じゃないので。早くしてくれないと……ナギの民は檻の天井が落ちてきて潰されてしまいますよ?」

「!?」


 驚いて確認すると、ナギの民が囚われている檻の上部がゆっくりと動いていた。しかもよく見れば細かな棘のようなものがついている。時間が経てば、あれが彼らを傷つけながら押し潰すということか。なんて残虐な仕掛けを……



「普通に殺された方がましでしょうねえ。ひと思いに殺してあげてくださいよ、公爵。他の方でもいいですよ? ほら、殺したら命だけは助けてあげましょう。さあ、一番最初の裏切り者は、どなたです――?」



 なんで……

 何で、こんなことができるんだ……!!



 考えろ、考えるんだ。僕の力じゃあの兵器を壊すことはできない。確かに加減はしたけれど、全力でやっても全壊までできるかどうか……。それに一つ壊したところで、他にもまだたくさんあった。兵士の鎧に対してもどこまで効果があるかもわからない。さっきは兵器が邪魔をして届かなかった。だけどいずれにせよ騎士の剣を砕くほどの強度だ。


 どうする?

 どうすればいい? ルベルや、フレアならこんな時……



 広範囲の爆発がうまくいかないのなら……




 僕はごくりと唾を飲み込んだ。

 僕は、イグニス家を引っ張っていくと決めた。聖騎士として、どれだけ出生が汚れていると蔑まれようと、あの家に生まれた者として。僕は、どんな時でも前に出て戦わなきゃならない。いつまでも泣いてばかりじゃダメなんだ。

 フレアのような人になるんだと、決めただろう。まだ彼女には遠く及ばなくても。




「僕が、行きます」




 剣が利かない。銃も利くわけがない。いや、そもそも銃はナギの民に当たる可能性がある。あいつらは気にせずバンバン撃ってたけれど、僕らはそんなことできない。


 僕の特殊能力で、何とかするしかないんだ。


 鎧の中に隠した、あのペンダントがある辺りに自然と手を置いていた。



「おや、まだ子供じゃないですか。君のような子供も騎士になれるんですね? 確か……数年前に史上最年少で騎士になったのも君のような子供でしたか」

「武器を貸してください」

「いいですね、浅はかで、愚かで、君のような子供が子供を殺すのも、面白い見世物になりますね」



 僕は彼らの前へ進んだ。

 渡されたのはずしりと重たい鎌のような処刑道具。白い鎧の男が、僕をじっと見ている。鎧の奥の目は見えなくて、何を考えているのかわからない。やっぱり声もおかしいし、人間じゃないみたいだ。


「……君はヴェントゥス家の人間ではないですね?」

「ええ」


 違います、という言葉の終わらないうちに鎌を彼に叩き込んだ。

 鎧はそれでも砕けないし、衝撃が中にいる人間に伝わった感じもそれほどない。恐ろしいまでの強度。それとも僕の力が弱いだけか?


「本当に愚かな子供だな! こんなことをしても――」


 だけどほんの僅かに隙が生まれた。その隙に鎧に覆われていない、僕が視認できるぎりぎりの隙間へと力を込めて爆発を起こす。腕をもぐ程度の小さな爆発になった。嫌な音がして彼の腕が落ちる。男の体を押さえて拘束し、黒い鎧の男たちへと向き直った。


「この人は君たちのリーダーでしょう!! これ以上手荒な真似をされたくなければ、我々の指示に従ってください!!ナギの民を解放してください!!」


 こんな手は使いたくなかった。でも、今はこうするしか道がない。僕らは彼らに適わない。だから狙うのはこの人だけでいい。何を引き換えにしても、命が大切だから。ナギの民を解放し、公爵の目を治す。そうすれば彼らだけでも安全な場所へ飛ばせる。僕は男に水晶を出させようとして……



「なるほど。君もさては魔術師……いえ、聖騎士ですか?」



 

 僕の腕の中の彼は、痛がる素振りさえ見せなかった。最初と同じ、何の動揺も見せない声で、僕の方にぐりんと首を動かす。爆発で脆くなっていたのだろう、その拍子に兜が落ちて、中の顔が露わになった。








 いや、顔なんてなかった。





 いくつもの黒い線のようなものがぎっしりと詰められ、目のある場所には透明なガラスの水晶が、その中にパチパチと火を灯して赤く輝いていた。


「ひっ……!!」


 思わず手を放すと、僕が人だと思っていたその“何か”は、ぎりぎりとぎこちない動きで僕に向き直った。


「あなたは……一体……」

「あ~あ、この機械すごく高いんですよ? 修理するのに……どれくらいかかると思ってるんですかっ!?」


 残っていた彼の腕が伸びて首を絞められる。持ち上げられ、ぎりぎりと圧迫されて息ができない。視界が歪んで意識を失いそうになる直前、地面に叩きつけられた。


「がっ……!!」

「酷いですね、騎士の皆さん。悪いのはこの子供でしょう?」


 叩きつけられた直後、白い鎧の腕が壊されたのを見た。イグニス家の騎士たちが一斉に剣を突きつけたのだ。だけどそれと同時に、騎士たちの剣にも亀裂が入った。

 もうあと一度でも振るえば、あの剣は役に立たなくなる。


「下がってください!」

「ですが――」

「早く!!」


 騎士たちを守るように爆発を起こせば、白い鎧は完全に破壊された。……けれど、頭だけになってもそこにはまだ意識が残っている。


「ははっ、これはこれは。酷い人ですね」


 生きていない。ただの物。なのに、まるで人間のように喋り笑っている。

 黒い鎧の兵士たちも、きっと中身はこれと同じ。生きてないんだ。破壊されても痛みを感じない。ただ命を奪うためだけに存在し、自由に動く物体。しかもその鎧も武器も何もかもが僕たちの遥か上をいっている。いくら優秀な騎士でも歯が立たない。今やっと一つ無力化したと言っても、後には無数の兵士が控えている上、あの巨大な兵器も残っている。



「まずは生意気な子供を一人殺しましょう。私を騙そうとした罰として」



 黒い鎧の兵士たちが数名、恐ろしい速さで近づいてきたかと思うと、体を拘束されて引きずり出された。騎士たちは当然それを阻もうとしてくれたけれど、間に合わない。いや、間に合ったとしても相手は打撃の効かない相手だ。僕は動かないでと指で合図を送った。僕のせいで折角の戦力を削がれたくはないし、それなら敵の意識が僕に集中している間に別の作戦を立ててもらった方がいい。


「ぐっ……」

「さて、見せしめに目でも抉りましょうか? 腕を折りましょうか?」


 白い鎧の兵士の頭部は黒い鎧の兵士の一人が腕に抱えている状態だった。そしてその隣の兵士は、いつのまにか確保した水晶をこれみよがしに掲げていた。

 僕を見下ろし、嘲笑うかのように。


「こんな未熟者を同行させるなんて、ヴェントゥス公爵もバカですねえ。まあ、彼に連れられてきたということはこの子供も反逆者ってことでしょう。情けない、アカツキ王国は反逆者だらけですね」

「……違う……!!」

「反逆者、裏切り者、あなたみたいな人間に与えられるのは、無様な死と相場が決まっています」


 黒い鎧の兵士に顔を上げさせられる。彼の指先の鎧がぱかりと開いて、中から鋭い針のようなものが出てきた。


「まずは、目を抉り出しますか」


 僕の目にそれをゆっくりと近づける。

 爆発、させないと。頭ではわかっているのに力が入らない。落ち着け、落ち着くんだ。まずは指先を爆破、それから、それから――





「――ま、待ちなさい」


 ヴェントゥス公爵の声がした。


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