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74 【ルカ】 動揺する


「どうかされましたか?」

「あ、いえ……誰かに、呼ばれたような気がして……」


 僕は慌ててヴェントゥス公爵を見上げた。彼は眼鏡をくいっと押し上げてから、僕に頭を下げた。


「公爵閣下?」

「急にこんなことになってすみません。あなたも驚かれていることでしょう」

「いえ……女王陛下の密命ですから。それよりよく今まで誰に察せられることもなく密偵として探っておられました」

「察せられることなく……だといいのですが」

「え?」

「いえ、ですがそれも、今日で終わりです。そもそもは身内が犯した過ちでした。その後始末をするのも公爵の役割でしょう」


 女王に呼ばれ、父上と話を聞いた時は驚いた。ヴェントゥス公爵自ら囮となって貴族派と接触していたとは思わなかったし、タソガレ王国がまさかそこまで国王派と貴族派で争いあっているとも思わなかった。資金目当てでヴェントゥス家と違法に繋がろうとするなんて、あまりに大胆で怖い物知らずだとも思う。

 これで貴族派、つまり反体制派の人間を捕まえ、条約国のルールに則って身柄をタソガレ王国の国王に引き渡せば、僕らの国とタソガレ王国はより強固な絆で結ばれることになるだろう。僕らとしても、近隣の国で内乱なんてことになる事態は避けたい。


 必要なのは、平和だ。穏やかな日常だ。

 母上や、ルチアや、孤児院の子供たちや、カノン、ルベル……フレアが笑って暮らせる日常。



 心臓がばくばくとうるさかった。

 約束の時刻はもうすぐだ。違法な武器の売買にやってきた連中を一気に叩く。必要なら僕の力ももちろん使う。ヴェントゥス公爵や優秀な騎士たちもいる。失敗なんてないと思うけれど油断は禁物だ。


「そう言えば……先程、屋敷にイグニス公爵令嬢がいらっしゃっていました」

「え!? フレアが?」

「……弟の、ゼファの高所恐怖症を治すとか」

「高所恐怖症? 初耳ですが……」

「ええ、私も、初耳でした」


 公爵は少し遠い目になって、口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「よくわからない弟です。どうせならもう少しまともな嘘を吐けばいいものを」

「嘘、なんですか?」

「あの弟が高いところを怖がっているところなんて見たこともありません。私が追い詰めてしまったせいでしょう。……帰ったら、取りあえず謝るつもりです」

「そうですか」


 どんな追い詰め方をしたのかちょっと気になる。そしてなぜそんな嘘を吐いたんだろう? わからないけれど、彼が弟のことを大切に思っていることは伝わった。自然とフレアやルチアの顔が浮かぶ。ルチアは今年で3歳だ。父上に似て目つきはちょっと鋭いけれど、赤い髪がふわふわで可愛い妹。フレアのことも大好きで、いつも遊んで遊んでとせがんでいる。その勢いに驚いて、ちょっと困った顔のフレアが可愛かったな。

 ……早く会いたい。



「来ましたね」



 ヴェントゥス公爵がさっと合図を出す。騎士たちの間に緊張が走った。


 見れば、開けた場所に人影のようなものが見えた。大勢の人の気配を感じる。僕はフードを深く被り直して、ヴェントゥス公爵の後に続いた。



「――――公爵」



 妙に違和感のある声だった。人が喋っているはずなのに、まるで何か違う生き物のような……。形容しがたい声だった。彼らの姿が近づく。ぞっとするようなその見た目に、思わず足が止まりそうになった。

 マントの奥にあるのは人間の顔じゃなかった。鋼鉄の兜に黒い鎧で全身を覆っていて、顔さえ見えない。それが何とも不気味だった。ただ兜や鎧のせいだけじゃなくて、大勢いるのにその全ての動作が完璧に揃っていて、生きている人間の感じが全くしない。あれがタソガレの開発中の武具の一つなのかもしれないけれど、それにしてもなんていうか……息をしているんだろうか。まるで人形のような、奇妙な違和感だった。

 それに、違法とは言えただの取引でなんであんなもので全身を覆っているのか。数も多いし……まるで、戦争でも始めるような……



「これは、どういうことですか」


 ヴェントゥス公爵の声が僅かに動揺していた。

 やっぱりおかしい。そう気づいた僕らを嘲笑うように、リーダー格らしい白い鎧の男が声を上げた。



「愚かですね、ヴェントゥス公爵」

「……はい?」

「我々はあなたとの取引から手を引くことにしました。やはりアカツキ王国を裏切るような真似をし続けるのは……国王も本意ではなく」

「何を仰ってるんですか? あなた方は――」

「我々は国王派ですよ? もちろん、国王からの密命を受けてあなたと繋がってきました。あなたがどうしても取引してほしいと言うから、そうしてきましたが……国家転覆を目論んで武器を集めるなんて、あなたは貴族の面汚しではないですか。醜い裏切り者だ。そんな者とこれからも取引し続けても、いつかあなたに裏切られるのではないか、と思いまして」

「……何が言いたいのですか」


 おかしい。

 話が違う。相手は反体制派のはずだ。だから敢えて関わりを持って、その尻尾を掴むためにヴェントゥス公爵は密かに動いていた。なのに、国王派? そもそもここでそれを明言したところでそれが真っ赤な嘘であることは僕らにとっては明らかだ。


 彼らは、何のためにこんな無意味な嘘を吐いているんだ?



「あ、そうそう。新しい武器はたくさん持ってきましたよ。いつものようにね。……それで、ちょっとゲームでもしませんか?」

「ゲーム……?」

「ええ。……彼らを、ここに」


 鎧の男たちに引っ張られてきたのは、薄いぼろを纏い手足に枷をつけられた人たちだった。女性や子供もいる。明らかに奴隷だった。アカツキでは禁止されている。タソガレでは合法かもしれないが、ここはギリギリアカツキ王国の領地内。彼らを引き込んだ時点でまた一つ罪が増えたのようなものだった。


 だけど、彼らはただの奴隷じゃなかった。

 ヴェントゥス公爵の顔色がさっと変わる。


「彼らは……!!!」

「ああ、顔見知りもいるんじゃないですか? 彼らはナギの民です」



 ナギの民。

 放浪の騎馬民族。自由を愛し、世界最強と謳われる戦闘部族だ。

 当然、合法的な理由で奴隷になんてされているわけがない。彼らはもし仲間が攫われれば地の果てまで追いかけてくる。自由を奪われるくらいならば死を選ぶような部族だったはずだ。


 その彼らが、重い鎖に囚われている。



「彼らを放してください!これは違法行為ですよ。ナギの民はあなた方を地獄まで追いかけてくるでしょう」

「もうその心配はありませんので」

「何?」

「ゲームをしましょう。今から彼らを殺してください。そうすればあなたの命までは取らずにいてあげます」

「は?」


 この人は……何を言っているんだ?


「彼らを殺さなければ殺す、と言っているんですよ。裏切り者の首をアカツキの女王に持って行けば、感謝されるでしょうね? 四大公爵家の公爵ともあろうものが、こんな悪事に手を染めていたんですから」

「……何を。大体、私と不法な取引をしていたのはあなたも同じでしょう」

「私はね、ヴェントゥス公爵、国王に頼まれてこの取引をしていたんですよ? 潤沢な資金を確保して貴族派とうるさい平民どもを叩き潰すためにね」

「あなたは貴族派だ。今更何を――」

「ええ、あなたを油断させるためにそう言ってきました。最期なんで特別に丁寧に教えてあげましょう。あなたを油断させるために、敢えて身分を偽ったんです。何度でも言いますが、我々はれっきとした国王派だ。あなたのおかげでたっぷり稼げました。で、あなたはもう要らないので切ることにした。国王と女王は条約を結んだ仲ですからねえ。こんな違法な武器の売買をしていたことを知られたらまずいでしょう。ついでに貴族派に罪をなすりつけて、あなたがこんな悪事を働いていたようだとアカツキの女王に教えてさしあげるのです。国王と女王の絆は確固たるものとなり、運が良ければ貴族派と平民を弾圧するための騎士を派遣してくれるかもしれませんね?」


 なんで、こんな嘘を吐くんだ?


「あなたは貴族派だ。あなたの方こそ、国家転覆を目論んでいるんでしょう。そのための資金援助だと――」

「だから、それはあなたを騙すための口実ですよ。一体いつになったら自分が騙されたことに気づくんです? 女王を、国を裏切ってきた自分が、まさか騙されるとは思いませんでしたか? 裏切り者には相応しい最期がある。我々が引導を渡してあげますよ。ただ……今までずっと仲良く取引をしてきた間柄です。助かりたいならナギの民を殺してください」

「なぜ、彼らを……。国王派だと言うなら、ずっと彼らと親しく交わってきたはずでしょう!?」

「気に食わなかったんですよ、ずっと」


 白い鎧の男は小さな子供を足蹴にした。

 まだ小さいのに、ぎゅっと歯を食いしばって耐えている。その体にはすでに、無数の暴力の痕が見てとれた。


「ただの一部族のくせに偉そうにして。我々がへこへこしているのをいいことに調子に乗っていたんです。その罰を与えるんです。まあ安心してください。彼らを殺しても、貴族派の連中がやったことにしときますから。これで反体制派に全ての罪をなすりつけて全員処刑すれば、国王の治世は安泰ですね」


 ヴェントゥス公爵はその言葉の終わらぬうちに腕を伸ばした。

 ――捕らえられたナギの民へ向けて。けれど……


「――――なッ!?」

「ああ、あなたが特別な力をお持ちであることはすでに調査済みですよ?」


 公爵は突然顔を押さえて蹲った。


「こ、公爵!?」

「目、が……」


 顔を上げた彼の目を見て絶句した。明るい若草色の目に光がなかった。薄い靄がかかったように白く濁って、焦点が合っていない。


「目が、見えない……!!」


 その途端、ナギの民を囲うように地面から鉄の檻のようなものが出現した。


「気をつけてください。彼らの周りに仕掛けをしておきました。彼らを助けようとすればその者の視界を奪うようになっています。命を奪わないようにしているだけ、感謝してくださいね?」

「視界、を……!?」

「ええ、ですから大人しく彼らの命を奪ってください。……そうすれば、視界も命も守れるんですから。さあ、選んでください。このまま易々と死にたくはないでしょう?」


 違う。

 ナギの民を殺せば、いずれにせよ僕らは彼らの信用を失う。この鎧の男たちが、僕らがやったと言わない保証はどこにもない。

 それに何より……ここで彼らの命を奪ってまで生き延びる道を選べば、もう僕は人間じゃなくなるんじゃないか。



 白い鎧の男は透明に輝く水晶をかざした。


「これがあれば視力を取り戻すことができますよ? ただし一人までですが」

「こんな……こんなあり得ないことが――」


 気づいたら声が出ていた。自分でも情けなくなるほど震えている。


「さあ、これを破壊されたらもうヴェントゥス公爵は永遠に視力を失ったままですよ? ほら、早く殺したらどうです? ナギの民を殺せばあなたたちは助かるんですよ? さあ、さあ!!」


 そう言いながら彼らの後ろから最新鋭の武器が姿を現す。……人の命を刈り取るためにあるようなおぞましい形の武器の他、巨大な車輪をつけた兵器に至るまで……見たことがないものばかりが、迫ってくる。


「魔術……」

「はい?」

「タソガレ王国は元々奇妙な力を操る人々がいたと聞いたことがあります。それを元に武具を強化したり、技術を発展させた。彼らは魔術師、と呼ばれていたと……」

「よくご存じですね、ヴェントゥス公爵。だからって手の内は明かしませんけど。目が見えないのは怖いでしょう? 早くナギの民を殺してあげてください。自由を望む彼らが、こんな風に囚われたままなのは可哀想でしょう?」


 ヴェントゥス公爵は覚束ない手で僕を掴んだ。声を潜めて、僕に囁く。


「……ナギの民を傷つけるのは言語道断です。私は視力をなくしたままで構いません。彼らを傷つけずにその周りを爆破、厄介な武器を破壊することはできますか?」

「やってみます」


 岩の破壊ならばもう何度でもやった。

 騎士たちに手で合図を送り、一旦下がらせる。巨大な車輪をつけた兵器を狙った。あれを破壊すれば彼らとて冷静ではいられないだろう。相手側に死者は出るかもしれないけれど……この状況でそんなことは言っていられない。


 力を込め、正確に狙った。


 爆発音が響き、土煙が舞う。騎士たちが怯んだ敵に一斉に斬りかかった。


 だけど、現れたのは――


「そんな……なんで……」


 無傷の兵器と、それに守られてほんの少しも動揺を見せない兵士たちだった。

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