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72 問う


 私とジーク、カノン、ゼファ、それからエイトは馬車に乗り込んだ。杏は置いて行った。あの様子じゃ連れて行けそうにはないから。


 ゴトゴトと馬車に揺られながら、なんとなくジークの方を見た。

 ただヴェントゥス公爵に見えた死の影を払うために、ジークは動いているのだろうか。


 私は杏から全ての事情を聞いて知っているわけだけど、ジークは全貌について知らないはずだ。一体彼がどこまで把握しているのかがよくわからない。実は全部わかってるって可能性もあるけれど……。死の幻影の見える人間を救うためだけに動いているのだとしたら、凄いなとは思う。相手が公爵だからこうして動いているのかもしれないけれど、この状況でこの情報量だけでよく動けるなって。普通は躊躇うし、普通はなかなか行動に移せないものだし、普通は最悪の状況をすぐには想定できない。


 それにしても……死の幻影、か。

 本当にそんなものが見えるのだとしたらどんな気分だろう。私だったら絶対見たくない。見えるだけで、どこでどうやって亡くなるかもわからないんじゃ死の恐怖に怯えるしかないし。


 今日のルカはどうだったんだろう。聞きたいけれど聞かなかった。

 たかだか幻影。そんなものに惑わされている暇はない。



 にしても私とゼファを引き合わせたのも、ヴェントゥス公爵が隠していることを調べさせるためだけだったのだとしたらそれはそれでタチが悪い。人を試すようなことばかりするのはこいつの悪い癖だと思う。どうせ私に拒否権なんてないんだし、普通に頼んでくれた方がまだいい。



 イグニス公爵に会えば何かが変わるはず。ヴェントゥス公爵と仲が良いとは私も思わないけれど、彼も女王に呼ばれていたし、きっと何かしら知っているはずだもの。

 彼らの場所を把握するにはジークの力が必要だ。レインの居場所を見つけた時のように、ジークにはいろんな力がある。乱蔵の記憶を覗いたこともある。私に遠方から声を飛ばしたこともある。多分心を読むことも……多少はできるはず。



 あとどれくらい? どれくらいの時間が残されてる?

 ルカはどこに連れて行かれたの?

 もしかして……もう……



 考えれば考えるだけ嫌な想像が頭を巡る。最後に会った時の笑顔を思い出すと胸が締め付けられて吐きそう。あの時引き止めればよかった? でもこんなことになるなんて思いもしなかった。もっと早く杏に出会えていれば、何か変えられたのかしら。



 ……ルカは、私に心のこもったプレゼントをくれた。

 一枚の薔薇の絵。

 あったかくて、まるで本物の…………







――――――


 イグニス邸に行く前に、孤児院の前でカノンを下ろした。


「乱蔵を見つけて連れてきて。それから準備してイグニス邸前まで来るよう伝えて」

「じゅ、準備ですか?」

「お願い。あいつならそれでわかるから」

「……はい」


 カノンはまだ何か言いたげだったけれど、そのままイグニス邸に向かう。ルカは屋敷に戻ると言っていたし、公爵は間違いなくそこにいる。



「……殿下、本当にイグニス邸に行って……どうするつもりなんですか」


 ゼファはジークが来てから、いや正しくは杏が来てから妙に人間らしくなったもんだと思う。怒って、動揺して、焦って、苛立って。あんなに訳のわからないことばかり喋っていた人間と同じとは思えない。


 ……もしかしたら、それだけ長い間心の中で何かを抱えていたのかもしれない、ともちょっと思う。ヴェントゥス公爵がコソコソやっていることに、ゼファは内心不安を抱えていたのかもしれない。



「ゼファ、君はずっと怪しいと思っていたんだろう? ヴェントゥス公爵が良くない連中と連絡を取り合っているようだ、と……」

「何か事情があるんです。兄上は国を裏切るようなことはいたしません」

「わかっているさ、あのお堅い男は国を裏切ったりはしない。……僕のことは裏切ったかもしれないが」

 ジークは秘密を作られるのが嫌なタイプなのかしら。恋人にすると面倒臭そうなタイプね。

「ジークは裏切られることに慣れてるんじゃない?」

「フレア、黙っててくれるか。僕が良いと言うまで」


 ゼファはじっと私を見て、それからまたジークに視線を戻した。


「浅いです。浅くて平べったい大きな皿を見ているような気分です」

「それ私のことじゃないでしょうね?」

「フレア。喋るなと言ったよね?」

「僕は……正直イグニス公爵令嬢を信用できません。それにこれから兄上の居場所がわかったとして、どうすると言うのです。城下の遥か遠くじゃ、僕らにはもう何もしようが――」

「その任務で亡くなるかもしれない、としても? 君は何もせずに指をくわえて待っているのか?」

「それ、は……」

「何より、僕だけでなくフレアも同じ幻影を見ているとしたらなかなか信憑性がある話だとは思わないか?」

「殿下のことは信用しますが、彼女はどこか怪しいと思っています。……さっきの頭のおかしい令嬢の話を聞いておかしくなってしまわれたのでは」

「そう言えば先程の娘……彼女はなんと?」

「兄上が……………………タソガレの反体制派と密かに繋がっている、と」

「何?」


 ジークの眉がぴくりと上がる。ゼファは声を荒げた。


「あり得ません!! いくらなんでもそんな……」

「確かにそれはないな。もし本当に繋がっていたとしたら明らかな反逆行為だ」



 …………。

 ああ、もういろいろさっさと言ってしまいたい。

 本当は女王の密命ですとか、捕まえるためにやっている、とか。

 でも下手なこと言えないし。それこそ神のお告げだとか適当なこと言って話したいくらいだけど、この国でそんなことしたら下手したら処刑だ。神の名を騙って妄言を吐けば全国民からの逆鱗を買うし、内容が内容だし。

 



 イグニス邸に着くと、王家の馬車を見て慌てて出てくる公爵が見えた。


「じゃ、いってらっしゃい」

「え?」


 扉が開いて、いきなり突き飛ばされた。無様に地面に膝をついてしまう。


「ちょ、何す――」

 バタン。


 大きな音を立てて扉が閉められる。「クソ王子……」と呟いていると、イグニス公爵が目の前に近づいてきた。



「お前……なんでここに。なぜ王家の馬車で……ジーク殿下はいらっしゃらないのか?」

「……ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


 近くに奥様の姿はない。いたらなあ、絶対こんな偉そうな顔できないのに。


「えっと……ルカはいます? 屋敷に戻ってるはずなんですけど、会いたくて」

「……ルカはいない。悪いが帰ってくれ」



 帰ってくれ、ね。



「もしかしてルカ、ヴェントゥス公爵と一緒なんじゃありませんか?」

「何?」


 ……ほんとわかりやすい。そうだ、て言ってるも同然じゃない、その顔。女王もこいつに大切な話をするのはもうやめた方がいいんじゃない?


「ほら、ヴェントゥス公爵とルカって仲良しだから」

「そんな風には思えないがな。……お前、まさか何か……」

「別に私は何も知りませんよ。ただルカに会いたいだけです。何か知ってるなら教えてくれませんか? 今までろくに娘の願いなんて聞いてくれたことないんだから、ちょっとはお願い聞いてくれてもいいんじゃありません?」


 我ながらばかなことを言ったと思う。


「…………お前を娘と思ったことはない」

「私もあなたを父親と思ったことはありません」


 条件反射みたいに返してた。

 公爵の顔が歪んだのを見て「ああやっちまったな」とは思ったけれど、後悔はしていない。ただその歪みが……いつもとどこか違った。軽蔑、憎悪、そういうのとは少し違う。まるで……




「とにかく、ルカに会いたいならまた明日――」

「もしかして危険なことをしてるんじゃないですか?」

「は?」

「なんとなくそんな気がして。でもそんなのあり得ないですよね? ルカはまだ15歳なのに、そんな危ない任務を任されるわけないですもんね」

「……何が言いたい。意味のわからないことばかりうだうだ言うな。とにかくお前は帰れ。何がしたいのか知らないが、余計なことは何もするな。いいな」



 背中を向けた公爵に、最後に言葉を投げつけた。



「もし、ルカに何かあったら――」



 振り返った彼に、にっこりと笑顔を向ける。



「一発殴らせてくださいね」



 驚きに見開かれる公爵の目をしっかり見返してから、私は馬車に戻った。

 多分、これくらいで十分だと思うんだけど。私が乗ってから馬車が動き始める。



 中ではすでに大きな地図が広げられていた。



「我が国とタソガレ王国の国境沿いだ。かなり遠いがたどり着けなくはない」

「……最初からあんたが行けばよかったじゃないの。なんで馬車から突き飛ばしたのよ。最低」

「僕が行ったら警戒されるだろう。しかしイグニス公爵は何を考えているかわかりやすいな。顔に居場所が書いてあったぞ。まさか本当に知っているとは思わなかったが。……最後のは少し面白かった」

「最後の?」

「なんでもない」

「なぜイグニス公爵が兄上の居場所を……」

 ゼファは当然信じられないという面持ちだ。

 ジークはちらりとゼファに視線を移してから、また地図の方に戻した。

「さあ。それもヴェントゥス公爵本人から聞くのがいいだろう。一旦――」


 ガタン、と馬車が大きく揺れた。


「爆発?」と顔を上げたゼファと、やれやれと肩をすくめるジーク。

「君のペットは躾がなっていないぞ」

「あんな可愛くないのがペットなわけないでしょ」

「お前ら誰がペットだ」

 バン! と窓に手を当てて、それから乱蔵が顔を見せた。


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