71 戦慄する
「はわわわわわわわわ!!! ジジジジジーク殿下ああああああああ!?」
杏が大変なことになって部屋の隅っこにずざあああっと隠れてしまった。……一生懸命顔を隠しているけれど、僅かに見える耳が真っ赤っかになっている。
自分が作った主人公だから思い入れがありすぎてこんなことになるのかしら……?
「……君のご友人かな?」
「いえ、ああ、はい、うん。まあ、友人……かしら」
面倒なので友人ということにしよう。
「それで、えっと、なんでジークがここに……?」
彼の後ろには顔をしかめたゼファと不思議そうな顔のカノンが控えていた。あ、あといつも通りエイトも。一応かなり潜めた声で話していたから聞こえてるってことはないと思うけど……もし聞こえてたらどうなるんだろう。もういっそ聞こえてた方がいいのかしら。基本杏がやばいこと喋りまくってたから私が罪に問われることはないでしょうし。犠牲になって、杏。
「何の話をしてたんだ?」
聞こえてないんかい。
話すか? 杏が喋ったことをそのまま聞いた話ってことで話すか? それでいいのでは? 後はジークに何とかしてもらって……ルカを……
…………
………………そうだ、ルカ。
ルカは私の代わりに生きるか死ぬかを選ばされる。
多分、このままだと。杏の話した通りになるなら。まだよくわからないところは多いし、起爆能力を扱えるようになったルカやあのヴェントゥス公爵、それに彼らに選び抜かれた優秀な騎士たちが簡単にやられるとは思えないけれど。
「その…………ま、幻の、話を」
「幻?」
何、言ってんの私!? 幻って何!?
ていうかジークって人の考え読めるんだっけ? 杏にこいつの能力についても確認しておけばよかった! つーかそもそもなんでヴェントゥス家に来たの!? そんなにゼファの高所恐怖症を治してやりたいの?
悪いけどそんな優しいタイプには思えないんだけど……
「ぜひ聞かせてもらおうか。その幻の話、とやらを」
「…………ヴェントゥス公爵が、危ないかもしれなくって……」
反応したのはゼファだった。
「君もあの頭のおかしい令嬢の話を聞いたの!? 悪いけどあんなものを真に受けるなんてどうかして――」
「いえ、この娘の話じゃなくて、私の話。そう、実は私、人の死期が見えることがある、のよね~」
「死期?」
ジークはぴた、と固まった。
「ええ、はい、それでその、さっき見かけた時ヴェントゥス公爵に……死期が、そう、ちょっとだけ、はい……見えて……うん……」
「ここに来た時そんなこと言わなかったよね?」とゼファ。
「いや、まあ、こんなこと言うのはどうかと思ったから、言わなかっただけで……」
ジークは口元に笑みを浮かべた。
「面白い。それはどんな死の姿だった?」
「え? 死の姿?」
「奇遇だな。僕も見えるんだよ、それが」
え? え?
動揺する私の頬にジークが触れる。
「まさか仲間がここにいるとは思わなかった。君のそれは生まれつきか? 例えば他には誰が見えた?」
「え、えっと……」
ジークが私の言うことを信じてる?
こんなにあっさり信じられてもそれはそれで裏がありそうで怖いんだけど。でもまあいいか。信じてるならいいのか。時間はまだあるとは言え、早いとこジークになんとかしてもらってルカを保護してもらおう。3日後、ヴェントゥス公爵に連れて行かれないように守ってもらえばいい。
正直なこと言うとヴェントゥス公爵のことは死のうが苦しもうが生き延びようが心底どうでもいいけど、ルカに嫌な目には遭ってもらいたくないし……
人の命を天秤にかけさせるようなクズには会ってほしくもない。
そこで、カノンと目が合った。
「…………カノン、とか」
「へ!? 俺!?」
カノンがびっくりして目を見開く。
「え!? ちょっと待ってください! 俺死ぬの!?」
「いえ、前に、その、そうなりそうだな~って思ったことがあって、うん、でも今は大丈夫。ぴんぴんしてるから。あんたは寿命全うするわ。しわしわのお爺ちゃんまで生きるわ」
「え!? えっと、じゃ、大丈夫、てこと、ですよね!? ほんとですよね!?」
「大丈夫大丈夫」
「でも前見えたってことですよね!? こ、こわっ!!!」
「うん、でももう大丈夫から。生きててよかったわね」
ゼファは懐疑的、カノンは動揺してあわあわ、エイトはカノンと私を見比べてあわあわ……そしてジークは
「…………………………それは本当に見たのか」
殺気立っていた。
こわっ。
なんで? なんでそんなに殺気立ってるの?
でももう取り返しがつかない。今更「嘘です」なんて言えない。まあカノンがやばい運命を辿っていたのは間違いないみたいだし、完璧嘘ってわけでもない。
「ま、まあ……」
「なるほど。で、ヴェントゥス公爵か。なるほどな、実は僕も彼のことは気になっていたんだ。死の影が見えるし、最近何やら隠しているような気配があったし。……目も全然合わないし。僕を警戒してかなり精神も鍛えているみたいだし。これは何かやっているな、と」
「あんた嫌われてるんじゃないの?」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
ジークの殺気は嘘みたいにパッと消え去って、いつものよくわからない彼になっていた。
「まあいい。……やはり君を巻き込んだのは正解だったのかもな」
今巻き込んだって言った?
「他に何か気づいたことはあるか?」
「ええっと……」
どこまで言うのは大丈夫なのかしら? うんうん悩んでいると、しびれを切らしたようにゼファが口を開いた。
「殿下、僕は彼女が本気で言っているとは思えません」
「まだ信用できないか? 安心するといい。フレアは絶対に僕を裏切ることはないと言っただろう。それともまだ僕の言っていることさえ信用できないのか? だからわざわざフレアを連れ回したのか? なぜ意味も無く孤児院にまで行った? お前も、本当はただ兄のことが心配なだけなんだろう?」
「……、気づいておられたのですか……」
「まあいいさ。このフレアという令嬢は不思議なものでね、いろいろ問題事に遭遇してはなんだかんだそれを解決してしまう。基本的には力技で、だが。何というかな、人より揉め事に関する嗅覚が鋭いというのか、以前イグニス邸で事件があった時も、突然走り出して捕らえられていた公爵夫人と公子を救出した」
あれは血と殺気の臭いがしたから……。
「いやあれはなんとなく動いただけで深い意味は……」
「なかなか便利な手駒だ。ゼファ、そろそろ素直になった方がいい。ヴェントゥス公爵と数人の第三騎士団の騎士が姿を消した。恐らく能力を使ってどこかに飛んだ。何かやろうとしていることは明らかだろう」
…………ん?
「消え、た……?」
「ああ、消えた。気配がなくなった。ついさっきね。これは何か起こりそうだと思わないか?」
3日後、よね……? 杏の話では、事が起こるのは3日後のはずよね!?
思わず杏の方を見ると、はっとしてガタガタ震えていた。突然私に飛びついてきたと思ったら、隅っこに連れて行かれてこそこそと耳打ちされる。
「そうです、そうです! 小説ではフレア様が同行を一回拒絶したんです! それで駄々こねて結果3日後になったんでしたけど今回はフレア様いらっしゃらないから!!!」
「あんたなんでそんな大切なこと忘れてんのよ! じゃあ何!? その悲劇が起きるのは……」
「今日です!!!」
「そんな……」
時間が、ない。
「何をこそこそ話しているんだ?」
ジークがひょこっと近づくと杏はまた「ひやあああああああ!!」と顔を隠して俯いた。「私は無害なただのお嬢様ですお嬢様ですお嬢様です……」ああ、壊れた。意味のわからないことをぶつぶつ呟いている。
杏を諦めてジークを見上げた。
「……ヴェントゥス公爵がどこに行ったか、どうやったらわかる?」
ルカを、ルカだけは助けなきゃ。
その他大勢はどうでもいい。ヴェントゥス公爵も騎士も奴隷も、私には関係ない。でも、でもあの優しいルカはきっと奴隷を殺せない。きっとヴェントゥス公爵と同じ道を辿ることになる。
そんなの、ダメでしょ。
「…………僕の感知できる範囲を超えている。城下の遥か遠くだろう。いろいろ手は回したが、何かしら邪魔が入ってうまくいかない。小賢しいことに」
「イ、イグニス公爵なら何か知ってるかも」
「どういうことだ?」
「な、仲良しだからあの2人! もしかして何か知ってるかもしれないからあいつに聞いてみるのはどう!?」
「なるほど?」
とても納得したようには見えないけれどジークは一度頷き、ちらりと杏の方を見た。
「気に食わないが今は放っておこう。おいでフレア、僕の愛しい婚約者」
胡散臭い笑顔が怖すぎて、差し出された手は掴まなかった。




