70 落ち着け
「ちょ、ちょっと待ってよ。何それ? どういうこと!? さ、殺人!?」
「ヴェントゥス公爵は反体制派と密かに繋がっているんです」
「え?」
「あ、ごめんなさい! あの、結果的にはそうなんですけどこれには複雑な理由がありまして! ゼファ様にもこう言って誤解させちゃったんでした……。あの、最初から順を追って説明しますね」
杏は言葉を選びながら、必死で私に説明を始めた。
「そもそもの始まりはヴェントゥス公爵が末端の貴族の武器の不正輸入に気づいたところから始まりました」
「不正輸入?」
「ええ、本来武器の輸出入に関しては女王の許可が必要です。勝手に取引するのは禁止されているのに、ヴェントゥス家の系列の末端貴族がそれをしていた。ただ彼らはそれが違法であることを知らなかった……いえ、忘れていたんです。うっかり」
「うっかり」
「ヴェントゥス家はそういう人が多いので! 決して王家に刃向かうとかそういうわけではないんですけど、その行為自体は反逆の意志ありと見られてもおかしくないですよね。違法に武器を集めているわけですから……。それで、ヴェントゥス公爵はすぐに貴族を罰して女王に報告しました」
そこで事をうやむやにしない辺りは、さすがアクア家の血をうっすら引いているヴェントゥス公爵らしいと思う。
「ただ、問題は彼らが取引した相手、武器を売りつけてきた相手でした。どうやら相手はその行為自体が違法であることを知りながら言葉巧みに騙し買わせていたみたいなんですね。で、その相手って言うのがタソガレ王国の反体制組織だったんです」
「タソガレ?」
それって確か、武器の開発が進んでる国とかだったっけ? 聖騎士会議で今後の武器の貿易国の一つとして挙がっていた。でも今国内の情勢が怪しいとかなんとか言っていたっけ。
「今タソガレ王国は国王派と貴族派が対立して国内の情勢がとっても不安定なんです。国王追放を目論む貴族派は資金確保のために不正貿易をしているってわけです」
「ふ~ん……」
「我々アカツキ王国としては、条約国という立場上当然国王派になります。国家転覆なんてさせるわけにはいきません。そこで、不正を働いている彼らをとっ捕まえようってなるわけです。で、ヴェントゥス公爵は女王の密命を受けて、敢えてその怪しい奴らと関わるようになるわけです」
「公爵自らそんなことを?」
「普通は有り得ないですけど、相手が相手なので……。ですから、ヴェントゥス公爵はその貴族派と密かに繋がっているってことになるんですけど、決して女王を裏切っているわけでもなんでもないというか……」
「ゼファにはまだそこまで伝えてないのね?」
「はい……。この情報自体秘匿されたものです。テロリストを誘き出して捕まえようとしているのに、どこにその協力者がいるかわかりませんから。ですからごく限られた人間しかこのことは知りません。ゼファ様のような身内にさえ秘匿しているのです」
「ゼファからしたら、その情報をなんであんたが知ってるのかって話になるわよね」
「そうなんです!ですからどう伝えたらいいかとずっと悩んでいて。下手をすれば信じてもらえないばかりか私が捕まってしまう可能性もありますし。ヴェントゥス公爵が怪しい人たちと話しているのを見かけて……とか言ってみたんですけどそしたらますます不興を……」
「でしょうね。もうちょっと考えてから来なさいよ」
「うう……仰る通りです。でも全然思いつかなくて……」
「で、3日後にヴェントゥス公爵がその反体制派と会って何か起こるってことね?」
「はい!」
杏は勢いよく項垂れていた頭を上げた。
「ヴェントゥス公爵は遂に直接武器を不正輸入するんです。信頼している騎士たちを連れて向かうのですけど、そこで罠に嵌められて殺されてしまいます!」
「罠?」
「ええと、実は向こうはヴェントゥス公爵の意図に気づいていて、誘き出されたのは公爵の方だったんです! まさか女王の密命で動いていた、とまでは反体制派も気づいていないのですが。邪魔な公爵を彼らとしても葬りたかったんですね。で、その際面白半分に自分たちが用意した奴隷たちを公爵に殺させようとします。それができなかったら殺してしまうと。それで公爵は奴隷たちを守るために命を落としてしまいます。彼は女王の密命を受けていたにも関わらず、余計な疑惑を招かないために最期まで女王の名は口にしませんでした。反体制派は国王派を装い、今回の事件は国王の差し金であったと国民の不安を煽ります。そして殺された公爵は、不正貿易に手を染めて危ない連中と関わり殺された裏切り者、とされて死後公爵家から除名処分とされてしまうのです……女王もどうすることもできませんでした」
「……待って。そこになんで私が絡んでくるの?」
「そ、それは……」
彼女はごく、と喉を鳴らした。
「実は、女王の命令でヴェントゥス家だけでなくイグニス家もまたその場に向かわされていたんです」
嫌な予感がする。
「イグニス公爵がこのことを知るのは聖騎士会議、つまり今日です。女王から、ヴェントゥス家を補佐する形で騎士を連れて同行するよう密かに命令されるんです。それで、その、フレア様は……」
「自分の命を優先して、奴隷たちを皆殺しにしたのね?」
「…………はい」
「いろいろよくわからないから聞きたいんだけど」
急にいろんな情報が頭に詰め込まれてぐらぐらする。ただでさえ今日は聖騎士会議でいろいろ聞いたばっかりだし……。
「公爵は亡くなって私が助かったのは奴隷を皆殺しにしたから? 反体制派は不正を働いてるくせにそんなところは律儀に守ったってこと?」
「はい。反体制派はフレア様以外の騎士は皆殺しにしてフレア様だけを逃がします。フレア様は女王の密命のことも知っていますが、公爵が裏切り者のまま亡くなることを望んだので彼女も真相については語りませんでした。……もちろん、女王から口止めされてるってのもあるんですけど。フレア様はその後大量殺人のことで非難囂々なんですけど、公爵に強要されてあの場に行ったらあんなことになった、自分は何も知らなかったし奴隷の命より自分の命を優先するのは当然と主張しました」
「そこまでいろいろあってなんで婚約破棄されなかったの……? 破棄できない呪いでもかかってるの……?」
「それは小説の都合上……でも、女王としてもフレア様の機嫌を損ねるといつ余計なことを言い出すかわからないので、強く言えなかったんでしょう」
「…………うーん」
納得できないことはまだある。
「公爵は瞬間移動の特殊能力を持ってるわ。歴代でもかなり優秀だと聞いてる。奴隷を人質に取られてても彼ならその力を使って助け出せそうな気がするけれど、どうして何もできなかったの? 何か罠があったとか?」
「そ、それは……」
「それは?」
「その辺りはふわっと作っちゃったので、わからないです」
「は?」
思わず杏の顔を凝視していた。
「何言っちゃってんの? あんたこの世界の創造主なのよね?」
「そ、創造主は創造主なんですけど、私の思考の及ばないところもけっこうありますと言いますか……ふわっと決めちゃった部分なので細かい設定はわからないというか、私もびっくりなことってけっこうあるというか……」
「………………」
「フ、フレア様! そんな、そんな冷たい目で見ないでください! 興奮しちゃいます!」
世界を作ったのはこの子だけど、そこからどうなるかは彼女自身わからないってこと? まあ確かに私みたいなのが紛れ込んだおかげで小説通りの流れにはなっていない。いえ、そもそも今の時点で……
「私、女王に何も言われてないけど?」
「へ?」
「さっきイグニス家も向かうことになって……て話してたけど、私女王に何も言われてないわ。公爵からも。あんたの話では聖騎士会議の日に私はそのことを知るのよね?」
「え? あれ? そのはずですけど……なんで……」
首を捻った後、彼女はハッと顔を強ばらせた。
「そ、そうですよ!! だって小説ではイグニス公爵はルカ様ですもん!!」
「それって……」
「公爵の次の地位の聖騎士が行くことになったんです! だから小説ではフレア様が行くことになりましたけど、この世界ではフレア様のお父上もご存命ですもん! 頼まれるのはどう考えてもルカ様です!!」
そこまで気づいたところで、ノックの音がした。
「やあフレア。特訓もせずに何してるの?」
にこやかに現れたのはジークだった。




