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7 剣を取る


 心がちぎれそうに痛む記憶の中で――


 思い出すのは、純白に染まる赤。


『私の想いを、あなたに託します』


 ……ああ、勝手に託さないでください。

 私はそんな高尚な人間じゃないわ。


『どうか……守ってください』


 何を? 私に何を守れっていうの? 守りたいならあなたが守ればいい。あなたが生きて……生き抜いて、守りたいものを守ればいいじゃない。


 あなたの教えを、たくさんの人の命を。


 私の剣じゃ何も救えない。

 一本の剣で何ができるっていうの。結局、前世の私は誰も救えなかった。……救ったつもりにはなれたかもしれない。でもそれはたった一瞬のことで、いつだって現実は残酷で、私は無力な自分を呪うしかできなかった。

 

 結局、剣では何もできない。どれだけ鍛錬したって、腕っ節だけじゃどうしようもないのよ。

 でも……私にはやっぱりこれしかないから。特別頭が良い訳でも、交渉事がうまい訳でもない私が役に立てるのは……結局、これしかなかった。





 先生……

 あなたの呪いは、死んだ後もこうして私を縛り付けるのね。

 きっと、あなたの命を奪った私への呪い。命を奪ったことを、その重みを忘れるなと……永遠に続く恐ろしい呪い。










 パアン、と鉈が砕ける。

 エイトの腰から奪った剣を振るえば、アグニの持っていた鉈はいとも簡単に砕け散った。その向こうに、驚愕に見開かれた、赤く燃える目。驚いているのはアグニだけじゃない。ほんの一瞬、殿下にも暗殺者たちにも、この場にいる全員に……隙が生まれる。剣をもう一度振るう。切り裂いた空気が目に見えない斬撃となって暗殺者たちの足首を狙い、血の臭いが広がる。刃が直接届いた訳じゃない。距離なんて関係なかった。どんなに遠くにあるものも、私の前ではなんの意味もなさない。狙ったものを必ず斬る。相変わらず化け物じみた剣術だ。

 その斬撃を受けながら全く怯まなかったのは、やはりアグニだけだった。いっそ足首を両断しておいた方が良かったかと、思わず舌打ちしそうになる。


 彼が腰から引き抜いた大剣が横に振るわれる。私は飛び上がり、振るわれた大剣の上に着地した。押さえつけて固定すれば、足の触れたところが、ビキ、と鈍い音を立てる。それもほんの一瞬。

 真っ赤な目と目が合った。彼の目に映る私は……ああ、間違いなく化け物だ。


 空気がスウ、と凍えて停止する。

 


 ……捉えた。

 腰に控えた剣を構える。



「……ッ!!!」



 駆け抜け、彼の背後へと着地する。


 グギ、と鈍い音とともに、アグニの体が崩れる。急所を狙った。軽い力で、一発で仕留めるために。でも血はない。斬ったのではなく、打ったからだ。それでも加減を間違えれば致命傷だけどね。殺すより、意識を奪う方が遥かに難しい。


 気づいたら手が震えていた。やっぱり、十歳の体でこれは少々キツかったみたい。

 そもそも、この世界で剣を取ったのはこれが初めて。それでこれだけ体がついてくるってことは……生まれ変わっても容姿が変わらなかったように、あの頃と同じ化け物並の身体能力も相変わらず健全ってことね。やれやれ。



 顔を上げれば、近衛騎士も暗殺者たちも呆然としてこっちを見ていた。その間抜け面に腹が立つ。何してるのよ、近衛騎士!! あんたたちがぼけっとしてどうするわけ!? 私の努力を無駄にしたら許さないから!


「動きなさい!! さっさとそいつらを拘束して!! それと産婆を呼んで!! 今生まれようとしてるのがわからないわけ!?」


 何のために私が命を張ったと思ってるのよ! 一歩間違えれば鉈の餌食だったんだからね!? この役立たずども!!


 私は剣を持ったまま奥様へと駆け寄った。一瞬びくつくルカのことは無視。

 手足の縄を切り裂き、息苦しそうだから口の布も外してあげる。ルカのそれもさっさと外す。二人とも、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。


「ああっ、ううう、ううあああああっ!!」


 無我夢中で、取りあえず彼女の下着を切り裂いて楽にさせた。上着を脱いで頭の下に敷く。ああもう、こういうときってどうしたらいいんだっけ!? わからないなりに彼女の手を握り、必死で声を掛ける。


「も、もうすぐ産婆が来るから! それまで頑張りなさい!!」

「ル、ル、カ……ルカッ……」

「お、お母様、僕はここにいます。僕、僕は、お母様! しっかりして!」


 彼女の虚ろな目に、ルカの姿が映る。

 宿ったのは希望の光ではなくて……絶望だった。



「うっ、うああっ、ごめ、なざ…あたし、あ、汚れ、で…ごめん、なさいっ…!!」

「お母様…? しっかりしてください!」

「うう、ごめ、ごめなさっ…私なんかが、あなたを…産んでじまった…ごめんなさい」



 折れるのではないかと思われるほどぎりぎりと噛みしめた歯から、苦悩の言葉が漏れる。幻覚でも見ているのかもしれない。気絶してしまうのではないかと思うほど、その目は絶望に染まって虚ろだ。


「私はっ、汚れでるのに…私なんかが…子供なんてっ…ごめ、なさっ…私のせいで、あなたまでこんなっ…私には資格なんてないのに…産んでしまって…ごめ…なさい…!」


 苦しそうな叫びだった。

 ルカの顔は血の気を失って蒼白で、その顔が母親と同じように悲しみに歪む。


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