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69 驚愕する


――――――――


『お婆ちゃん、私今恋愛小説を書いているんですけど、何か良い悪役の案はないでしょうか……?』

『悪役? 恋愛小説に?』


 一度荒くれ者に絡まれているのを助けてから妙に懐いてくれるようになったその女給は、今にも泣き出しそうな顔で私に縋り付いた。


『出版社に何度か作品を持っていってるんですけど、それじゃ面白くないって言われちゃって、何度もボツボツボツ……。結局庶民的な可愛い女の子の略奪愛になりそうなんですけどそれもいまいちって……』

『はっはっは、大変そうだな~』

『出版社のバカ、バカ、バカ~!!!』


 接客中にも関わらず、杏は天井を仰ぎながらバカを連発した。


『悪役に強烈さが足りないってうるさくて! あの、お婆ちゃんが今まで出会った中で悪女って感じの人がいたら教えてください! 参考にしたいので!!!』

『悪女ねえ……』

『殺しとかバンバンしてる感じの人とか知りません!?』


 普通は知らないしそんな物騒な人間を仮にも恋愛小説に登場させていいのか? 恋愛小説なら悪役って言ってもちょっと主人公に意地悪したり邪魔したりする程度じゃないの? と思うんだけど……まあ、この感性がもう古いのかもな。

 


『うーん。そうは言われてもな~。じゃあまあ、私が史上最悪の悪女と思った人間のことを話してあげようか』

『ぜひ!!』




 そして私は、自分的最大の悪女――“ほむら”の話をしたのだった……



――――――――――



 あの時の自分、許す、まじっ……!!!!

 そうか、あの時か、あの時軽い気持ちで自分のことを話したが為に……


 私は転生するべくしてこの世界に転生したんじゃないの!?


 悪役フレア・ローズ・イグニスのモデルは私だった。自分が話したことも今の今まですっかり忘れていた私は、杏から語られた話を聞いて膝から崩れ落ちそうになっていた。いやまあだからってこんなことになるなんて普通思わないけどね!?



「はい。あの時お婆ちゃんから聞いた話を元にフレア様を作ったんです! まあその後もいろいろ試行錯誤して何度もボツを食らいまくったんですけどね……」



 杏の空気がぎり、と暗く澱んだものになる。

 ヴェントゥス家の一室をもらって、私と杏は二人きりで向かい合っていた。さすがに前世云々の話をいきなり聞かせるわけにもいかないし、ゼファのあの様子じゃね。杏はこの世界の作家……じゃなくて創造主だ、なんて言ったら本当に頭がおかしいと2人まとめて精神病院に送られる。

 事情を話したわけじゃないけれど、正直古い知り合いらしいとわかった時点で杏と一緒に追い出されるかも、と思っていたから、案外すんなり部屋を貸してもらえたのは意外だった。



「でもほんと驚きでした~!! まさかお婆ちゃんがフレア様に転生してたなんて! も~感激です!! 私のイメージ通りの美しくて気品に溢れたフレア様! しかも心根まで美しくてこの小説の残酷な運命をどんどん変えてくださってたんですね!」

「そんなんじゃないから、私は。成り行きに身を任せてたらこうなっただけで……ていうかそうよ! あんたフレア様フレア様って言ってるけど、どんだけ過酷な運命を私に背負わせてるのよ!! 最後は処刑ってどういうこと!? 何か恨みでもあるの!?」

「お婆ちゃん性格がフレア様により近くなってそういうツンなところも私的にすごく好みです!」

「質問に答えて!」

「私はフレア様に恨みなんてないですよ~! そりゃ悪役のフレア様に会うのは怖いので絶対嫌だとか思ってましたけど……。私としては本当は生き残りエンドにしたかったんですよ? でも出版社が……悪役は徹底的にやっつけた方が読者が喜ぶって言って……それでこんなことに……」

「今度もし出版社の編集者に会うことがあったら教えて。ボコボコにしてやるから」


 これで前世関連者は2人目だもの。正直もう誰が転生していても私は驚かない。

 

「でもほんと嬉しいです。出版社に強要されて登場人物たちの過去ってすごく暗くて鬱々したものになっちゃってたので。ま、それ故に主人公の優しさに惹かれて癒されていくってことになってるんですけど……」

「暗い運命ね……それってルカのこととか?」

「はい!! ルカ・ローズ・イグニス様は身重のお母様と新しいお父様を亡くされて幼くして公爵位を継ぎ仕事に明け暮れ病んでいくって設定だったので。主人公に対してかなりの好意と執着を示して過剰な束縛色気男になる予定だったのにあんなふわふわした天使のままに成長して!! も~嬉しくて嬉しくて!」


 途中ちょっとわからない単語があったけれど無視しよう。


「まあ、あの事件では誰も死ななかったからね……」

「本当にびっくりしました! それにカノン様も生きてますし!!」

「え?」

「え?」


 なんでそこでカノン? と首を傾げた私と一緒に、杏も首を傾げる。


「お婆ちゃん、覚えてないんですか?」

「一度しか読んでないし……どういうこと? あの子はあの事件の時現場にもいなかったわよ?」

「え!?」


 杏は慌てて声を潜めると、ひそひそと小説の内容を語ってくれた。


「あのですね、小説ではカノン様はルカ様を虐めて彼の大切にしていたペンダントを小川に捨てちゃうんです。ルカ様は結果的にずっと小川でペンダントを探す羽目になるので、あの事件に巻き込まれずにすみました」


 確かこの世界では私がルカのペンダント探しを引き受けたばっかりに、ルカは早めに屋敷に戻って事件に巻き込まれることになるのよね。


「でも、カノン様はルカ様を虐めてその場を去った後、やり過ぎたと後悔して屋敷の方に向かうんです」

「え?」

「ルカ様がまだ小川にいるとは思わなかった彼は、謝罪するためにまず屋敷の方に行っちゃうんですね。で、火に包まれた屋敷を見て、まだ中に人がいることを知った彼は他の騎士たちと一緒に救助に入っちゃうんです。ルベル様は止めるんですけど、聞かなくて。で、彼が入った途端フレア様の火の力で屋敷が崩れて、ルベル様はその場に立ち尽くすしかありませんでした」

「それで……?」

「公爵を始め騎士団長まで亡くなる大惨事の中、カノン様だけは助かりましたが、全身に大やけどを負います。その後、自分の屋敷で療養していた彼は、ある日両親の会話を聞いて、あの事件の真相を知ってしまいます。もうこの怪我では騎士になれないだろうと絶望していた彼は、さらに罪の意識にまで苛まれるようになって、ある日バルコニーから身を投げて亡くなってしまうんです……」



 カノンーーー……!!!

 私に負けず劣らず最悪な運命だったのねあんた。

 生きてて良かった。

 じゃあこっちの世界で、ルカを虐めた後にカノンが屋敷に来なかったのは、私が小川で出会った時にわざわざ追い返したから……? 多分小説世界では出会いもしなかった。「さっさと家に帰れ」って言う私の言葉を忠実に守ったってことよね。まあ、もし屋敷に来ていたとしても、私はこっちの世界では発火能力を使ってないから、そんなに大した火事にもならなくて結局大火傷なんてことにはならなかったでしょうけど……



「カノン様はああ見えて自分を追い詰めちゃうところがあるので気をつけてください。まあ、ルベル様が近くにいれば絶対大丈夫だと思いますけど」

「……1つ聞いていい?」

「はい?」

「もしルベルがカノンのせいで砂の地送りになったとしたらどうなると思う?」

「え? それは両親の悪事がバレてってことですか?」

「ええ。カノンの代わりに砂の地に行くってルベルが言ってそうなっていたとしたら」

「ああ~、ルベル様なら言いそうですね」


 んー……と杏は首を傾げてしばし考えた後、ぱっと明るい笑顔で答えた。


「多分罪の意識に苛まれてバルコニーから転落死だと思います! カノン様にとってルベル様はなくてはならない存在なので、自分のせいでそうなったらカノン様は結局耐えられないんじゃないでしょうか?」



 すごい良い笑顔でなんてこと言うのよ。

 じゃああの時私がジークに頼まなかったらカノンは亡くなっていたってこと? ああいう自己犠牲が嫌で拾っただけだったけど、それなら婚約破棄なんて優先しなくて良かったわね。



「本当皆幸せそうで嬉しいです! ルベル様はカノン様を失って生きる意味を見失いしばらく荒んだ生活を送ります。結果的にルカ様の補佐として彼に尽くしながらあの事件の真相を探ることになるんですけど」

「そう……想像以上にいろいろ暗いのね。ほんとにこれ恋愛小説?」

「私だってもっと明るくてふわふわしたものにしたかったですよ~! でもお婆ちゃんのおかげで皆幸せそうじゃないですか~。シリウス様なんて何があったらあんな女誑しになっちゃうんですか!? 私の中では復讐に生きるクールな一匹狼だったのに!」

「知らないわよ。ステラに言って」



 いつからかシリウスが歯の浮くような甘いセリフを吐くようになった。何でも人見知りの彼のためにステラが教育しているらしい。ちなみに女の子とみれば誰にでも甘ったるい言葉を並べるシリウスだけど、未だに私にだけはそういう言葉を使わない。孤児院の3歳児にも言うくせに。シリウスの中で私は女じゃないってことなんでしょう。ケッ



「ステラ様がご存命なのもびっくりでした!」

「まあ、めちゃくちゃ運良く医者を見つけてね。ステラはやっぱり病気で亡くなるの?」

「はい。でもその前にフレア様にぶつかっちゃうんですよね~。それで怒ったフレア様が彼女をボコボコにして、で、病気で苦しみ出した彼女をほったらかしにするんです。シリウス様が見つけた時には虫の息で、彼はなんとか医者を探すんですけどどこも門前払い。そもそもお金のない彼らを誰も助けてくれなくて、ステラ様は苦しみながら亡くなっちゃうんです……。あ、そう言えばバーバラ様はどうなったんですか?」

「あんた自分の作った登場人物全員に様つけて呼ぶのは癖なの?」

「そりゃ自然に愛着が湧いちゃって~」

「バーバラはやったことがやったことだからね。拷問の末処刑されたはずよ」

「あ~、そこは小説通りなんですね。まあ小説では発覚がもっと遅くなるので、こんなに早く亡くなるとは思ってませんでした。バーバラ様ってこっちの世界でも酷いバーバラ様のままなんですよね? だったら仕方ないですね」



 この世界の創造主が傍にいれば、これからの私の処刑エンドも回避できる確率が大幅に上がる、はず。これから何が起こるかもしっかり聞いておこうと思ったところで、ふとあることに気がついた。



「……ちょっと待って。そもそもあんた、どうしてヴェントゥス家に来たのよ?」


 あの剣幕といい、この先何らかの大きな悲劇が起こることは確定している。


「あああああああああ!! そうですそうです!! すっかり忘れてました! 私どうしても出版社によってねじ曲げられた私の大切な登場人物たちを救いたいんです! まあ、あと3日後の話なんで、まだ時間はあるんですけど」

「3日後? 3日後に何が起こるって言うの? まあ、聞いたところで私ができることなんてないと思うけどね?」


 自分に関係のないことなら放置しよう。

 今まで散々いろんなことに首を突っ込んでしまった。これからはそういう無茶な生き方は改めると決めている。私は私の幸せのために生きていくと……




「このままじゃヴェントゥス公爵様が亡くなってフレア様が大量殺人者になっちゃうんです!!!」




 ………………………………………………なんですと?


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