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68 特訓しようとする


「えっ、高所恐怖症!? ゼファ様ほんとなんすか!?」

 残りの団子をかみ砕きながら、カノンが目を丸くする。

「うん。……一応ね」

「一応って……大変ですね。めちゃくちゃ飛んでるイメージあったから。あ、もしかして急に飛べなくなったとか? スランプってやつですか?」

「まあ……そんなものかな」

「なるほどそれでフレア様に。大丈夫ですよ! あんなに能力使うの怖がってたルカも今じゃ別人ですから! ちょっと別人過ぎて怖いくらいですけど……。ゼファ様も問題なく使えるようになります!」


 勝手に断言しないでくれる? 本当にただジークに訳もわからず押しつけられただけなんだから。

 まあいろいろ思うところはあるけれど、カノンが現れたおかげでゼファがスムーズに対応してくれるようになって本当に助かる。あのままじゃ永遠に意思疎通できずにいたから。


「じゃあ……ヴェントゥス家の邸宅に来てもらいたい」


 結局そうなるか。

 私はやれやれと立ち上がった。できれば最初からこうなってくれればよかったのに。全然仕事できなかったし。カノンがいないと話が進まなさそうなので、従者としてカノンを連れていくことにした。ルベルは「俺はゼファ様は苦手です……」と渋い顔になっていた。


 外に出たところで、ちょうどイグニス家の馬車が到着した。ルカが馬車から出てきて、ゼファを見て目を丸くしている。


「ゼファ公子がどうしてこちらに?」

「まあいろいろあってね……。今からヴェントゥス家に行かなきゃいけなくなったの」

「ヴェントゥス家に……」


 ルカは何か思案するような顔つきになった。


「そう……」

「どうかした?」

「いや、何でもないよ。僕はちょっと用事ができたから、このままイグニス家に戻るね」

「そう、急に大変ね」


 寂しそうに手を振るルカを見送ってから、私とゼファとカノンは馬車に乗った。助かることにカノンがずっと喋ってくれるおかげで楽だった。ヴェントゥス邸は城下の近くの街にでーんと構えてあって、さすが四大公爵家、財力が違った。そもそもヴェントゥス家は代々貿易業に手を出しているから、確か公爵家の中でも一番大金持ちじゃなかったっけ。ゼファと仲良くなればこの先いろいろお得かもしれない。よし、カノン、絶対その金ヅル逃すんじゃないわよ。


「昔来たことあったよね」

「そうですね! いや~懐かしいな~」



 邸宅に入ったところで、ヴェントゥス公爵が険しい顔で現れた。私を見て怪訝そうに顔を歪めている。


「……これはこれは。イグニス公爵令嬢がどうしてこちらに? まさか第三騎士団のやり方に問題があるとご高説を垂れに来られたのですか? 私にはそんな時間はないのですが」

「いえ、そういうわけではなくてただジ――」

「兄上、僕の友人です。招待してはなりませんでしたか?」


 ゼファが私の言葉を遮る。ヴェントゥス公爵は少し意外そうに目を丸くしたけれど、また私に疑わしそうな目を向けて首を捻った。


「ご友人、か……。いつの間にそんなに仲良くなったのやら。だが、友人というのはもう少し選んだ方がいいぞ、ゼファ」

「僕の高所恐怖症を何とかしてくれるって」

「…………ふん」


 ヴェントゥス公爵は眼鏡をくいっと押し上げてから、踵を返して立ち去った。


「ねえ」


 彼の姿が完全に見えなくなってから、ゼファが私に囁いた。


「どう思う?」

「え? どう?」

「そう。ヴェントゥス公爵のこと、どう思った?」

「どうって……別に何とも」


 そう返すと、ゼファはあからさまに肩を落として、「やっぱりこんなことに意味があるのだろうか……」と意味のわからないことを呟いた。


「取りあえず邸宅を案内するから」

「え? 別にいいわよ。あ、ジークに無茶振りされただけだからもう帰っていいか聞こうと思ってたのに! 今から追いかけようかしら」

「それはやめて」


 ヴェントゥス公爵の後を追おうとしたら腕を引っ張られて止められた。


「……なんで。あんただってこんなことに意味があるのだろうかとか言ってたじゃない」

「…………それと、これとは話が別。ジーク殿下のことを出すと話がややこしくなるから、やめて」

「………………何なの? ヴェントゥス公爵はジークのことが嫌いなの?」

「そう見える? そういうわけじゃないよ」


 じゃあどういうわけなの?

 カノンが「まあまあ、一回飛ぶ練習しましょうよ! あっちの芝とかめっちゃ広くないですか?」と建物の外を指さした。青々とした芝生は太陽の光を浴びて、キラキラ輝いているみたいだった。

 正直特訓より昼寝がしたい。ここに転がってお昼寝したらすごく気持ち良いだろうなと思う。ドレスじゃなければそうしたのに。ゼファは何やら準備が必要らしく、それを待っている間、カノンとのんびり時間を過ごした。いつも騒がしい孤児院と違って、ここは木々のざわめきや鳥のさえずりくらいしか聞こえない。カノンとお喋りしながら一緒に過ごす時間は悪くなかった。一時はどうなることかわからなかった右手も、長いリハビリの末今では昔と変わらず動かすことができる。彼はそのことが嬉しくて仕方ないみたいだった。


 ゼファは飛翔をする時にいつも着用するという騎士団服に着替えて現れた。マントにはヴェントゥス家を象徴するセダムの紋章があしらわれ、鮮やかな緑色が映えている。


「団服じゃないと駄目な理由はあるの?」

「だって飛ぶから。君はびりびりに裂けた服を着たい?」

「?」


 彼は何の合図もなく、突然背中に巨大な翼をはやした。

 黒々としてどこか緑色に艶めいていて、彼の髪色のような神秘的な翼だ。ぱっと広がった途端にいくつか羽が舞って、ひらひらと宙を流れていった。


「この団服は特注だから。マントの下の服の、翼をはやすところが空いててちょっと間抜けなんだよ」

「へえ……」


 シリウスの変身を見た時よりは驚かなかった。思わず翼を撫でてみたい衝動には駆られたけれど、それはここでは控えることにする。ようやく会話ができるようになったのに、また心を閉ざされてはかなわないし。


 ゼファはぱたぱたと翼を動かしてから、いよいよ飛ぶのかと思ったらへなへなとその場に座り込んでしまった。


「え、どうしたの?」

「……やっぱり飛べない」

「まだ飛ぼうとすらしてないじゃない。ただちょっと翼を動かしただけでしょ?」

「…………僕には無理だ。そしてその臆病さを肯定もしている。それでいい、と。僕にはどうせ何もできやしないと。見て見ぬ振りをしているんだ。苦しみに気づいているのに。僕は何もできずに、ただ遠くから見ていることしかできない」

「……何の話?」

「君はどう思う?」

「どう、て言われてもね……あなたはどうしたいの?」

「…………わからない。何かしなければとは思う。ただ、怖くて身動きができない」

「あなたは、誰のために飛びたいの?」


 彼は少し目を丸くして私を見上げた。


「僕は…………」


 何か言いかけた口を、またつぐむ。



「――あの、坊ちゃま」


 執事らしき使用人が慌てた様子でゼファに駆け寄ってきた。


「先程のご令嬢なのですが、どうしても話を聞いてもらうまでは動かないと……」

「意味のわからない妄言なんて聞きたくもない」

 

 感情の機微に乏しく思えたゼファの声に、明確な怒りが滲んでいた。

 

「精神病院へ案内しておあげ。彼女にはそこがお似合いだよ」

「ですが……」

「頭のおかしい人間とは話したくない。公爵家を……僕の兄を愚弄するに等しいことを口にした。どこの男爵家の娘か知らないが、今後一切この屋敷の敷居はまたがせないでくれ」


 どうやら来客があったらしい。

 ゼファのことはあまり知らないけれど、こんなに怒りを露わにするのは珍しいのじゃないかしら。執事もすごく困っている。


「……男爵」


 カノンがぽつりと声を漏らした。


「男爵と言えば、今朝市場で男爵家のご令嬢に出会いましたね」

「市場に貴族の娘がいたの?」

「はい。シリウスがぶつかったとかで……貴族の娘なんてあの辺りじゃ珍しかったんで覚えてます。確かアンネ・グランドって……」


 その名前を聞いた途端、ゼファが信じられないと見開いた目をこちらに向けた。


「あの娘、君にも接触したのか……!?」

「へ?」


 私とカノンは顔を見合わせて首を傾げた。ゼファがなぜこんなにピリピリしているのか理解できない。




「ゼ、ゼファ様!!!」



 そこに響き渡る少女の大声。


「お、お嬢様! ゼファ様は今ご歓談中でして――」

「もうなりふり構ってはいられません! お願いいたします、どうか私の話を聞いてくださいませ!!」


 執事の制止を振り払って駆け寄ってきたのは可愛らしい少女だった。

 オレンジ色のフリフリのドレス。そのドレスの裾を持ち上げてずんずん走ってくる。落ち着いた色合いの茶髪はウェーブがかかっていて、背中の辺りまでふわふわ波打っている。傍目には可愛らしい子なのに、猪みたいな勢いでゼファに迫っていた。


「私はっ……、私は、あなたのお兄様をお救いしたのですっ!!!」

「うるさい!! 妄言は聞きたくないと言ったよね?」

「妄言などではありません! 妄言などでは……」


 彼女は、そこではっと私を見た。


 その視線を受けて、私もまた体が固まる。目と目が合っただけで心の奥底がぶるりと震えた。久しぶりに味わったその感覚に……運命の人はそうそういないのだというあの情報に思わず舌打ちした。



「嘘…………」




 彼女は呆然として私から目を離せないでいる。

 そして……






「お、おおお、お婆ちゃんっ!?」







 まさかの記憶保持者。

 アンネ・グランド……いえ、女給の(あん)は昔のような甲高い叫び声を上げながら、私にしがみついてきたのだった。


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