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【ヒューゴ】 願う




 ――――――――

 ――――――――――――――――



「…………自分そっくりの動く人形、か」



 またフレアがおかしな夢を見たらしい。

 何でも、三太というプレゼント配りおじさんの真似をして、一目惚れされて眠ったまま襲われて雪が降ってきて秘密のプレゼントを渡してどんぐりから虫が出てきて自分そっくりの人形が悪戯ばかりしてしかも好物を盗み食いされそうになって大変……だったんだとか。ふむ、楽しそうだが意味がわからない。なかなかホラーな夢だな。


 俺はフレアからの手紙に何度も目を通しながら、返事を考えた。

 薄暗い頑丈な塔に幽閉されて、もうどれ程経っただろうか。あまりよく覚えていないが、まあ随分と長い時間は過ぎただろう。


 この長い時間の間に、何度も暗殺されかけたが、なんだかんだと生きている。我ながらしぶといことだ。


 カイウスは、立派に務めを果たしている。俺は為せなかった。いつも何かに怯え、迷走し、間違えてばかりだった。

 この塔は、俺の最期に相応しい場所だ。ろくな人生を歩めなかった俺には、やがて相応の最期が待っていることだろう。それで構わない。そうでなくてはならない。罪を犯し続けた者には、それ相応の報いがなければ。



 ただ……正直、フレアやレイモンからの手紙が届く今の状況は、あまりに幸せ過ぎて心配にはなる。

 多忙な彼らの事だ、やることのない俺と違って、手紙を書くのだって大変だろう。なのに定期的に届く手紙は、有り難く幸せな事だった。


 フレアは、ジーク殿下と結ばれて幸せそうに過ごしている。いつ結婚するつもりかはまだわからないが、それもそう遠くない未来の話だろう。何一つ祝いの品を渡すことができないのは心苦しいが……俺にできるのは、イザベラの話をすることだけ、だろうか。


 レイモンから多くを聞いているはずだが、フレアは手紙の中で、母親の話を聞かせてほしいとよくせがむ。それぞれから見た母親というのを、彼女は知りたがっているようだった。



「さて……次は、イザベラのデビュタントの話をするか」



 亡くなった人間は蘇らない。けれど、その思い出までなかったことにはならない。忘れない限り、語っていく限り、きっとイザベラは、フレアの中でも生き続ける。彼女が、最も愛したあの子の中で。――――……それは何て奇跡だろうか。



 まさに筆を取ろうとした、その時、思いも掛けない来訪者が知らされた。






「――――――――ヒューゴ・ファートゥム」

「………………」

「元気に…………いや、この言葉は不適切だな。久方ぶりだ」



 燃えるような、真っ赤な髪。デカイ図体の、厳しい顔つきの男。フェルド・ローズ・イグニス。

 イグニス家の当主であり、フレアの元養父であり、イザベラの…………彼女が、愛してやまなかった男。


 いつも苛々と突っかかってきてばかりだった男が、今日はどうやら様子がおかしい。こんな暗い表情をする奴だっただろうか? その表情の奥には…………まさかとは思うが、何か深い後悔のようなものがある気がした。



「……何の用だ。わざわざこんなところに来て」

「急な来訪になったのは……すまない。本当に。突然の事で……俺自身、まだ整理が……。女王陛下に許可を頂いて、ヴェントゥス公爵の力でここまで飛ばして貰った。……お前に、一刻も早く確認を取りたかったんだ」

「………………」


 じんわりと嫌な予感がする。俺は視線を逸らした。


「今更、話すことなど何もない。帰ってくれ」

「イザベラ・サピエンティアの事だ」

「やめろ」

「フレアにも関係する事だ。イザベラは……彼女は――――――――」

「やめろ!!!」


 思わず机を叩いて奴の言葉を遮った。

 怒りか悲しみか、それともその両方か、ごった煮された感情のせいで心中は荒れ狂っている。


 フレアと、イザベラに関すること。今更、こいつが確認したいと願うこと。――――――そんなもの、一つしかないだろう。


 睨み付けると、イグニス公爵はびくりと肩を震わせた。……意外だった。こいつが、そんな反応をしたことが。シノノメ帝国の人間に遠慮することも気遣うことも、そんなこと考えたこともなさそうな奴が、怯えを見せた。それがあまりに意外で、自分の中から、少しずつ熱が引いていくのを感じた。


 男は縋るように、今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめた。


「頼む。確認したいんだ。もし、お前が知っているなら」

「………………」

「イザベラ……イザベラ・サピエンティアは…………不貞を働いていたのだと、思っていた。遊び歩いていたのだろうと。そんな噂もあった。俺もそれを、疑わなかった。そういう女なのだと。だが――――」

「やめろ」

「イザベラ・サピエンティアは」

「やめろ!!」

「襲われたのかも、しれないと…………」



 ぎゅっと……胸が締め付けられる。心臓を食い破られ血が溢れていくような、そんな苦痛に襲われる。

 あの手紙を読んだ時の絶望。それが生々しく思い出されて、俺は苦々しい気持ちで目の前の男を睨み付けた。――――――彼女は、望まなかった。自分が受けた仕打ち、それを、知られることを。望まなかったんだ。誰にも知られることなく、ひっそりと、その事実が闇に葬られることを、願っていたはずだ。なのに…………



「イグニス家の……末端の奴らだ。別件で捕まえた、その時に、白状したんだ。あいつらが……前公爵夫人の部屋に、集団で押し入っ――――――」

「やめろと言っているのが聞こえないのか!!!!」

「知っていたのか? お前は、それを…………!」

「ッ………………!」



 荒れ狂う激情を抑えつけるのに必死で、言葉が出てこない。少しでも零したが最後、抑えつけていたものが全て出て行ってしまいそうで恐ろしかった。

 余計な事まで喋りたくない。イザベラの名誉の為だ。彼女が望んだ。だから俺は、せめて彼女の……愛した人の望みのままに、生きて死ぬ。


 奴から視線を逸らし、俯いた。

 そうしていることしか、今の俺にはできそうもなかった。








 ―――――――――長い沈黙が流れた。やがて、ぽつりと、静寂は破られた。



 イグニス公爵によって。



「そういう、事なんだな」

「………………」

「済まない。すまない俺は……俺は、そんなことがあったなんて、考えもしなかった。どれだけ、どれだけ辛い想いをしていたか……異国で……どれだけッ……」

「………………」

「あいつが、ソフィアを……ソフィアを、襲わせたんだとばかり思っていた。……だが、それも何の証拠もない。違ったんだ。きっと、違った。あいつは、何もしていなかった。ソフィアも……言っていたんだ。イザベラ・サピエンティアは、自分を元気づけようとしてくれたのだと、彼女は…………だけど、俺、は…………一度だって、聞かなかった」



 ぽた、と何かが落ちる音がした。

 驚いて顔を上げると……イグニス公爵は……あいつは、涙を流していた。

 ぽたぽたと、とめどなく溢れた涙が、床を濡らしていく。


 呆然とした。今見ているものが、信じられなかった。


 お前は、そんな男だったか? そんな……涙を流すような……。

 違うだろう、もっと酷い男だっただろう? 血も涙もない男だろう? そうだお前は酷い男だ。イザベラがあんなにも愛していたのに、一度も彼女を愛さなかった。優しい言葉の一つ、どうせ掛けたことはないのだろう。あのイザベラが死にたくなるような苦痛を与えられてどん底にいた時も、寄り添わず、浮気と決めつけ、フレアの事も愛さず、憎み、イザベラの死すら悲しむことなく、葬儀に至っては、あんな…………あんな、敬意の欠片もないもので、ぞんざいに扱った。


 お前に、涙を流す資格なんてあると思ってるのか。

 お前は許されない。悔やむ事も、悲しむ事も、何もかも許されない。それだけの事をしてきた、最低な男だろう、お前は……!!



「お前も、俺と共に地獄に堕ちるべき男だろう……!!!」



 叫びと共に自分の涙声にぎょっとして、その時初めて、俺もまた涙を流していることに気がついた。

 急いで拭った。――――――……ああ信じられない。こいつの前で涙を見せるなど、本当に。



「すまない。本当に……本当に、すまなかった。俺は……俺は……!!」

「やめろ。今更謝罪して……何の、意味がある」



 涙が止まらない。目元を押さえ、長いため息が口から出ていった。

 謝罪も後悔も、今更何の意味もない。俺もそんなものは聞きたくない。数え切れないくらい繰り返した、自分への罵倒を思い出すだけだ。――――イザベラを救えなかった。俺は最低な男だった。俺はあらゆる意味で、地獄に堕ちるべき人間だ。



「フレアには…………あの子には、決して、言うな。公にするな」

「……わかってる」

「それだけは、絶対に……。あの子は、愛されていたんだ、本当に。イザベラは、心からフレアを愛した。それだけは間違いようのないことだ。なのに、それが揺らぎそうなことを……フレアが悩んでしまうようなことを、決して、言うな」



 イザベラが生きていれば、また違っただろう。イザベラ自身の言葉であれば、どんな残酷な真実だって、二人で乗り越えられたかもしれない。だが彼女は、もう、この世界にはいない。


 だからこそ俺は、俺の知っている彼女の真実を…………優しい真実だけを、あの子に伝えたい。フレアが優しい気持ちで、時には愉快な気持ちで、イザベラを想えるように。それがイザベラの願いであり、俺の願いでもありそして…………俺なりの、贖罪だ。






 ――――――――

 ――――――――――――――



 その後、イザベラを襲った連中は、全員極刑に処された。罪が公になることはなく、その事実はひっそりと闇に葬られることになった。真実を知っているのは、俺と、イグニス公爵だけだ。……それでいい。辛いものを背負うのに、これほど適任はいないだろう。


 公爵はレイモンに対し、正式な謝罪をしたらしい。真実については伏せるしかなかったが、イザベラを蔑ろにしたことや、葬儀のことについて。レイモンは「一時のもの」として謝罪をはねつけたらしいが、公爵は癇癪を起こすことも諦めることもせず、必死で誠意を見せ続けているようだ。


 その様子を、もしイザベラが見たら、どう思うだろうか? …………わからない。誰にも知られたくなかったことを、愛した男に知られてしまった。怒り狂うかもしれない。静かに、絶望するかもしれない。


 ただ…………もし、願うことが許されるならば。


 もう、あんな辛い出来事に囚われることなく、悲しみも苦しみもない場所で、彼女らしく、ただ笑ってくれていればと、思う。





 それからしばらくして、フレアから手紙が届いた。最初に、踊るような、嬉しそうな字で書かれた言葉を見て、俺は思わず笑みを浮かべた。




『聞いておじ様!! 私、結婚することになったの!!!』




 大丈夫。……大丈夫だ。フレアは、幸福な道を行く。愛し愛され、大勢の仲間に恵まれて、優しい明るい世界で、生きていく。



 イザベラ、君が願ったように。



これにて、番外編なども完結となります。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

またお会いできるのを楽しみにしています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 明けましておめでとうございます。 とうとう完結してしまいました… うれしいようなさみしいような… そしてこの最終話、外出中に読んで号泣して めっちゃやばい人でした(空港にてw) こんなにもは…
[良い点] すごく感動しました 素晴らしい人間ドラマでした。 [一言] 次の小説を楽しみにしています!!!
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