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【閑話】 見習い三太と角鹿が行く 後編




 門の前に立って屋敷を見上げて、俺はぶるっと体を震わせた。



「義勝の屋敷って夜になるとほんと不気味だな……」

「? 何言ってる。どこも似たようなものだろう」


 そうかなぁ。そりゃこんな真夜中なのにキラキラ明るくて楽しそうな家なんてなかなかないかもしれないけど、義勝の屋敷はなんつーか、迫力が違うって言うか、ヤバいものが出てきそうって言うか、罰でも当たりそうって言うか…………つまり怖いんだよ。


 隣を見ると、刀士郎もがくがく震えてる。


「な、何か今、変なのいなかった? 大丈夫? ここ大丈夫かな!?」

「俺が住んでる屋敷だぞ刀士郎。呪われてないから安心しろ」

「義勝はすぐ憑かれそうだから安心できないよ!」

「? どういうことだ? 疲れそう?」


 俺は刀士郎の手をぎゅっと握った。「大丈夫、何かあっても俺が守ってやるよ」と、頭巾を被ったまま笑いかけると、刀士郎はぎゅっと手を握り返し、頬を真っ赤にして、泣きそうな顔で一つ、頷いた。




 ――――――――

 ――――――――――――――



 ギシ、ギシ、と廊下の軋む音。

 ほんとお化けとか出てきそうだな~と思いながら、義勝を先頭に、俺たちはゆっくり屋敷の中を進んでいった。刀士郎や義勝の屋敷だから、こうして何とか侵入もできたし暗くても迷わず済むけど……三太って奴は本当すげえ。


 やがて、義勝が立ち止まる。父ちゃんの寝室の前に来たらしい。

 何だ、今回はさっさと済みそうだと、俺はほっとした。そしてゆっくり中に入ったんだ。


 義勝の父ちゃんは、どうやらぐっすり眠っているようだった。枕元に近づいてぎょっとしたのは、そこにでっけえ刀があったから。これで斬られたらひとたまりもねえぞと怖くなりながら、とにかくさっさと贈り物を置いて退散しようとした、その時――――……



「ッうおわ!?」



 咄嗟に避けられたのは奇跡だ。

 白刃が暗闇を切り裂いて、俺たちに襲いかかった。



「わッ!? なッ、ん――――――」

「ち、父上!! ご無礼をお許しくだ――――――うわあああ!?」

「いやああああ!?」

「義勝刀士郎、離れろ!! 死ぬぞ!!」



 何てこった。義勝の父ちゃんは突然起き上がったかと思うと枕元の刀を抜いて容赦なく襲いかかってきやがった。しかもこの様子、暗くてわかりづらいけど、でももしかしなくてもこれって――――……



「ね、寝たまま……!?」



 目ぇ閉じてるぞ!? 寝たまま刀振り回すってどんなやべえ奴だよ!? 動きは俊敏なのに寝てるってのがすげえ怖い。もしかして何か悪霊にでも取り憑かれてるのかと思ったが俺も義勝も刀士郎もお化けなんて祓えねえしこれは逃げるしかねえ! 本気で殺される!! 全力で謝るからいっそ起きてほしいとも思うけど、俺たちがこんだけ煩くして起きねえってのもどうなんだ!?



「はッ、なるほど父上、いついかなる時もたとえ就寝中であろうとも、決して油断してはならないと言うことですね!! 無意識下でも応戦するとは、さすが父――――」

「感心してる場合か義勝!! 逃げろってば!!」

「だがまだ贈り物が――――」

「頭の上に置いとけばいいんだろそれは任せろ!!」



 ボスッ!!!



 ほんとは贈り物を投げて、それで渡したってことにしたいくらいだったけど、心桜の用意した贈り物をぞんざいには扱いたくない。だから両手でしっかり持って、そいつを義勝の父ちゃんの頭の上にボスっと置いた。――――そう、文字通り、頭の真上だ。



「何をしているほむら!?」

「これにて任務完了!! 逃げるぞ義勝! 刀士郎!」



 俺は義勝と刀士郎を小脇に抱え、部屋を飛び出した。待てぇと言わんばかりに義勝の父ちゃんは頭の上に贈り物を乗っけたまま器用に追いかけてきたけど、俺の足には敵わなかった。




 義勝の屋敷を出て随分経った頃、俺はようやく二人を地面に下ろした。


「ぜえッ……ぜえ……最悪だったな……」

「……夢に、出てきそう……」

「うえッ……気持ち悪ッ……」

「大丈夫か義勝? 酔った?」

「誰の所為だ……! いいかほむら! もう二度とッ……二度と俺を脇に抱えて運ぶな!!」


 俺が腹を圧迫しながら全力疾走したせいか? もしかして。

 悪い悪いと言いながら義勝の肩を叩いて、「ほんと疲れたなあ」と地面に腰を下ろした。茶色い頭巾を頭から取る。ぽろっと蝋燭が落ちてきたけど、なぜか一本だ。もう一本はどこに行った? もしかして義勝か刀士郎の屋敷で落としてきたのか? あちゃあ……悪いことしたなぁ。


 そう思いながら、夜空を仰いだ。息は白いけど、走ったおかげで全然寒くない。



「――――――――あ」



 ひらひら、白い小さな花びらみたいなのが、空から降ってきた。

 雪だ。初雪。



「冷たっ……。なあ、積もるかなあ? これ」

「……どうだろうな。今年の冬は寒い」

「積もったら雪だるま作ろうよ」

「よし、誰が一番でっかいの作れるか勝負だ! あと雪合戦もしようぜ!」

「うん!」

「そんなことをしている暇があったら鍛錬――――」

「お? やる前に逃げるのか? じゃ義勝は不戦敗だな!」

「ふざけるな受けて立つ! やるからには一切手加減しないからな!」


 よーしそうこなくっちゃ!

 義勝をぼっこぼこにしてやろうとわくわくしながら、俺は立ち上がった。


 冬は寒いし、心桜も体調を崩しがちだからあまり好きじゃないけれど、だからこそ何かしら楽しいことがあってほしい。少しでも明日が楽しみになるような、そういうこと。じゃないと毎日がしんどくなる。


 もしかしたら、心桜が夢に見たっていう三太って奴も、俺と同じようなことを考えていたのかな。

 寒い冬だからこそ、贈り物をたくさん届けてたくさん喜んで貰って、そんであったかい春を迎えてほしいって、そういうことなのかな? ……わかんないけど。でもまあ、どんな理由にせよ、三太って奴はほんとすごい。優しい奴なんだろうなって思う。こんな大変なこと、俺はこれっきりで満足だ。



「――――――んじゃ、帰るか!」

「ああ」

「後は先生への贈り物だけだね」

「今頃ぐーすか寝てるだろうから先生は楽勝だな!」


 もし義勝の父ちゃんみたいに急に襲いかかられたら大変だけど。多分あの人は大丈夫だ。

 ちょっと心配なのはからくりかなー……。しょっちゅう変なもの作ってるから、そういうのに気をつけなきゃなとは思う。ま、この前ほとんど納屋に仕舞ったから大丈夫だろう。



「なあ、先生の後に、少々寄りたいところがあるんだが」

「え?」

「俺も……ちょっと、入りづらいから、その……」

「……それって、もしかして――――……」



 義勝と刀士郎の言葉に、俺は目を丸くした。まさか皆考えてることは同じだったりするんだろうかと思ったら――――……当たってた。全く、いつも一緒に行動してるからか何なのかわからねえけど、こんなことってあるんだな。





 朝が来ないうちに、俺たちは全ての任務を終えて眠りについた。

 翌朝、日の出と共に起き上がった俺は、自分の枕元に見覚えのない包みがあることに気づいた。



「これ……」



 首を傾げて、包みを開ける。出てきたのは、俺みたいな顔をした…………人、形?




 ――――――――

 ――――――――――――――



「ありがとうございました、ほむらさん! 義勝殿と刀士郎殿は……」

「二人は眠そうに自分の家に帰ってった。立派に三太を果たしてたぜ、心桜」

「そうですか! 本当に、本当にありがとうございます! 昨晩は雪が降ったと聞きました。とても大変でしたよね……」

「いや、雪は全然良いんだけど他がなー……て、あれ? あれれ? 心桜、それ何だ?」



 俺はそわそわしながら、心桜の枕元に置かれてある、開封済みの包みを指差した。



「ふふ、実は今朝起きたら、枕元にこんなにたくさん……!」

「そっかそっか~。きっと本物の三太からの贈り物だな!! どうだった? どうだった?」



 ちょっと棒読みっぽくなっちまったけど、大丈夫だよな? 俺たちからの贈り物だって、バレてないよな?

 そう、俺も義勝も刀士郎も、それぞれ心桜への贈り物を用意していた。さすがに無断で女の子の部屋に入る訳にはいかないって、二人は廊下で待つことになった訳だけど。別に示し合わせてた訳でもなかったら、それは結構ビックリしたな。


 でも、気持ちはすげえわかる。だって心桜、いつも人のことばっかりなんだから。

 本当は誰よりも幸せになってほしいし、年相応に我が儘も言ってほしいし、もっともっと甘えてほしい。



 心桜は、俺たちのお姫様なんだから。



「えへへ……すっごく嬉しいです!! 枕元に贈り物があるのって、こんなに幸せな気持ちになるんですね!」



 嬉しそうな心桜の顔を見て、俺も心底嬉しくなった。人に喜んで貰えるのって、こんなに嬉しいものなんだ。――――……もしかしたら三太も、こういう顔を見たくてやってんのかな?



 俺は団子、義勝は難しそうな本、刀士郎からは、可愛い髪飾り。



 でも、あれ……? ふと、異質なもんを一つ見つけた。

 心桜を模したような人形。切り揃えられた真っ黒な髪、可愛いほっぺはどことな~く心桜を彷彿とさせる。まあ、実際の心桜の方がずっとずっと可愛いけど。

 あんなもん、心桜は持っていなかったはずだ。


 そこで一つ思い出した。そういや、俺の枕元にもあったなって。そういうの。

 しかも義勝と刀士郎、二人の枕元にもあった。それぞれ自分に似た人形だ。義勝は「……俺はこんなしかめ面じゃない」と人形そっくりの不満顔で、刀士郎は「こ、怖い……。呪いじゃないよね!?これ」と怯えていたっけ。


 懐から出して、心桜のそれと並べた。……同じ人が作ったんだろうなってのは間違いない。


「わあっ、ほむらさんも、本物の三太さんから貰ったんですね!?」

「ああ、そうみたい……だな……」

「すごい! 三太さんって実在するんですね! こんなに贈り物をいっぱい貰って、本当に、本当に幸せです!」


 心桜は愛おしそうに人形を見つめた。


 そういや先生、まだ起きてないみたいだけど、もしかして…………いや、きっとそうだ。

 こんな不器用で可愛くない人形、先生くらいしか思い浮かばない。からくりじゃないのはちょっと意外だけど、きっと俺たちのために頑張って作ってくれたんだ。

 俺たちの話をこっそり聞いて、三太になりきってくれたのかな?

 昨日遅くに先生の寝室に入った時は、寝たフリでもしてたのかな?


 わからないけど、心桜が嬉しそうなのを見ていると、心がほわほわあったかくなって、俺も幸せな気分だ。不気味に思えた人形が、今はちょっとは可愛く見える。



 初めての、三太からの贈り物。大切にしよう。





 ――――――そう思った数日後、まさか動き始めた人形にあんなに苦しめられることになるとは、この時は思いもしなかった。





「…………あの人形、何なんだ。多分先生の手作りだろう。夜中になると動き始めるんだが」

「ああ、あれな。俺も本当、どうしたらいいかわからねえ。贈り物だから壊す訳にもいかねえし」

「うぅっ……物陰に隠れてずっとこっちを見てるんだ……すごく怖い……」


 俺たちは額を突き合わせて、こそこそ相談し合っていた。

 義勝も俺もげっそりし、刀士郎に至っては本気で泣きそうになってる。


 そうだよな、あの先生が作ったものが、ただの人形な訳がない。夜中に動き始める人形は、まるで意志を持ったように俺たちを困らせてくれた。


 義勝の人形は、木の枝を持って毎日庭で素振りをし、刀士郎の人形は逃げ回って変なところに隠れ、俺の人形は……悪戯ばっかりしていく。本当どうにかしてほしいんだけどあれ。持ち主に似るのか? 意味わからねえしほんとどうなってんだ。

 心桜の人形はお淑やかで一番可愛らしい。心桜に害を与えるなら躊躇いなく壊してたけど、俺の人形も心桜にだけは悪戯せず、しかも結構心桜に気に入られてるみたいだから、ますます壊しにくい。



「はあ……困ったな。ただでさえこの前のどんぐり騒動で大変なんだが……」

「悪かったよあれは本当に」

「いや……仕方ない。心桜殿は一生懸命用意してくれたんだ。それ自体は本当に……本当にありがたいことだ。本当に」

「やめて義勝。思い出したら寒気が…………」



 心桜が用意した贈り物――――……すげえ、可愛らしいものだったんだ。俺は実際に見てはないけど、どうやらどんぐりで髪飾り?首飾り?みたいなのを作ってたんだよ。な、想像しただけで可愛らしいだろ? 体の弱い心桜が、何とか庭に降りて、ゆっくりゆっくり集めてたもので、作ってくれたんだ。多分元々はそのどんぐり、自分用に集めてたんじゃねえのかな。それを他の人のために使ってくれたんだ。本当に善意の塊なんだ。



 ただ――――――――……まさか、それが全部虫に食われてたなんて、思いもしない訳で。

 タイミングも最悪で、あの晩に虫がわんさかお出でなすった。そりゃまあ、地獄絵図ってやつだ、うん。これ以上はあんまり言わないでおくけど。



「あとほむら、お前俺の家に蝋燭を一本落としていっただろう」

「あ、あれ義勝の屋敷に落としたんだ? やっぱり?」

「やっぱり?じゃない! おかげで父上まで“呪われているかもしれない”とか言い出したんだぞ。もう二度と頭に蝋燭は巻くな。いいな!」

「はいはいわかりましたよ~」



 そりゃ悪かったけど、義勝の父ちゃんはほんとに怖かったから、まあお互い様って事でいいだろう、うん。


 さてさて、取りあえずあの人形、どうすっかな。先生は知らない振りしてるけど、そろそろ問い詰めてあれの対処法でも吐き出させるか? そうだな、まずはそれ――――――



「お~いほむら~~、君の分身が饅頭を奪って逃走中なんだけど、こっちに来てない?」



 ひょっこり現れた先生の言葉に、思考がぶっ飛ぶ。



「何だと!? まさかあいつ、俺の饅頭を――――――!!」

「大丈夫だよほむら。さすがに食べないよ饅頭は」

「そんなのわかんねえだろ! 俺の人形だぞ!? 何するかわからねえ! どこだチビ!! 出てこい!! 今!! すぐに!!」

「落ち着けほむら!! おい!」

「待ってほむら!」

「盗み食いだけは許さねえぞ!! おいチビ助!! どこだ!? どこ行ったーーー!?」



 賑やかな日々。寒い冬の日は、そんなこんなでどういう訳か、汗だくになりながら過ぎていった。



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