【閑話】 見習い三太と角鹿が行く 中編
「――――――よし、まずは刀士郎の屋敷だな。何度か入ったことあるからここは楽勝だ!」
真夜中の村は静まりかえっている。と言っても、いつ誰がひょっこり出てくるかわからないから、俺たちはこそこそと気配を隠して進んでいった。
そうして刀士郎の屋敷の前に来てから、義勝が今更みたいなことを口にする。
「おい、やっぱりこの格好は意味がなさ過ぎるし酷い。着替えたい」
「遊び心がねえなあ。その格好でこその三太だろ」
「万が一見られたら生涯の恥だ!」
「大丈夫だろ。その姿の方がまだ愛嬌がある」
「ない」
「男は愛嬌」
「違うだろ」
こんな土壇場で怖じ気づくなんて全く。
それに義勝も刀士郎も赤い頭巾を被っているから、顔はほとんど見え……なくもないけれど。まあ普通よりは見えにくいし真夜中だし、絶対大丈夫だろ。にしても刀士郎ってほんと可愛いなあ。俺が男なら絶対惚れてるね、間違いなく。
「さ、裏口からさっさと入るぞ。気配を消してな。俺は慣れてるけど義勝たちは慣れてないだろ」
「なんで忍び込むのに慣れてるんだ」
「細かいことは気にするな。さあ――――――」
「――――――――おい、そこにいるのは誰だ?」
危うく心臓が飛び出るかと思った。
義勝は深く頭巾を被って地面に突っ伏し、刀士郎は固まり、俺は俺で「ふへっ!?」と変な声が出た。
咄嗟に身を隠そうとしたけど、刀士郎が先に手を掴まれてしまう。だめだ、刀士郎を置いて行くなんてできない。
「君は……」
何か聞き覚えがあるぞと嫌な予感を抱きながら恐る恐る顔を見て、絶句した。
雪平。上の名は忘れた。同じ道場の、ちょっと年上の奴だ。
雪平と言えば義勝並みに石頭な事で有名で、よりにもよってまさか知り合いがいるなんて思わず、雪平と仲の良い義勝は地面にめり込みそうな程頭を押しつけてるし刀士郎も刀士郎で泣きそうになりながら震えている。
雪平の視線は、刀士郎にじっと注がれていた。俺はその間に茶色の頭巾を被りながら、今更頭に蝋燭を括り付けたことを後悔し始めていた。邪魔だこれ。うまく頭巾が被れない。金の髪見られたら一発でバレる。とんでもなくヤバいぞどうしよう。
「どこかで、見覚えが……」
「ど、どど、どうで、しょう……」
目に一杯涙をためている刀士郎を見て、雪平は慌てて手を離した。…………お? こいつ、顔がちょっと赤いような…………?
「す、すまない。不審者かと思って、咄嗟に……」
「い、いえ……」
「ここは天馬殿の屋敷だが、君は一体……?」
「え、っと…………」
「そう言えば、どこか刀士郎殿に似ているような……」
「!!! そ、そんな、そん、そん――――」
「ああああそりゃそうですよ~~!! この子、刀士郎の従兄弟の従兄弟のはとこの娘ですから~~~!!」
俺は咄嗟に機転を利かせた。地声でバレないようにとあり得ないくらい甲高い声を出したからか、雪平の体がびくっと震える。
「き、君、それは一体、どういう…………」
何かすげえ動揺してるなと思ったら、そうか、俺の格好が面白いのか。
思いきって頭巾を頭から被ってしまえば、顔も髪も綺麗に隠れるという事に気づいた俺は天才だと思う。その代わり視界が見えねえから目の所に丸い穴を開けた。これで俺がほむらだってバレることはあり得ない。
ちなみに蝋燭はそのままだ。その上から茶色の頭巾を被せてる訳だから、多分今の俺は結構、いやかなり角鹿っぽいんじゃないだろうか。
「私はこの子の友達で~~、鹿子って言います!」
「し、鹿子……」
「この子は刀子です!」
「刀子……」
「ちなみに今地面にめり込んでるこの子は地面子です!」
「じ、じめっ……!? その子の親は正気か?」
「恥ずかしがり屋だからいっつも地面にめり込んでるんですっ! だからぴったりの名前です! かく言う私も恥ずかしがり屋だから頭巾を被らないと喋れません!」
「な、成る程……?」
「え~っと、私たちちょっ~と散歩してて屋敷に帰るところなんです! では、これにて退散――――」
「待て。それはおかしい。俺は天馬殿の屋敷に泊まっていたんだ。寝られないから少し外に出たところだが……君たちが来ているとは一言も聞いていない。本当に天馬殿のご親戚か?」
「え……」
ぎらついた目で睨み付けられて、ドッと冷や汗が流れる。
やっっっっっっっば。どうする。何て言う。まさかこいつが招かれていたなんて知らなかった。多分刀士郎も知らなかったんだよな今日は先生の屋敷に皆で泊まってたんだから。
どうやって誤魔化す? 何を言えばいい? 足りない頭をめちゃくちゃ回転させまくってたら……
「は、恥ずかし、かった、から……ずっと、隠れてて……」
か細い声が、刀士郎の口から紡がれた。
「あの、ちち……えと、当主、様に、秘密に、しててもらっていて……あの……お……わた、し、人前に、出るのが、恥ずかしく、て…………」
ちょっと声が高くなってるのは、多分頑張ってるんだと思う。
みるみる顔が赤くなって、まあ可愛い。それを見ている雪平の顔もどんどんどんどん赤くなって、何か夢でも見ているみたいにふわふわしてて、あれ? もしかしてこれって……
「だから、その、見なかったことに、してくれると、その……」
「わ、わかった! わかった! そういうことなら、俺は、黙っている。黙っている、が……」
熱っぽい目。硬派でシャキっとしてて女の子にちっとも靡かない雪平のこんな顔、初めて見る。
やーな予感が加速する。
「少し……薄着じゃないか? その格好では風邪を引く」
「え……?」
雪平が、羽織っていた上着をそっと刀士郎の肩にかける。俺は驚愕した。
雪平って義勝とよく似て「寒い? 軟弱な! 鍛錬すれば雪もまた温し!」とか訳わかんねえこと言い出すような奴じゃなかったっけ? 誰だよお前。別人じゃねえか。そんな優しい顔見たことねえぞ。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いや、その、温かくしているといい。風邪など、引かぬよう……」
「はい……」
そろそろ退散しよう本当に。
俺は刀士郎の手を引いた。刀士郎もまたこくっと頷く。
「じゃ、じゃあ、私たちはここで……」
「待ってくれ!! その、ええと……」
あんましデカイ声出さないでくれよ本当に。家の人が起きたらどうすんだ。
ハラハラしながら今度は何だよって睨み付けると、あいつはじいっと刀士郎、いや刀子を見つめて、一言。
「俺は、その……また、君に会えるだろうか……?」
刀士郎の顔が引き攣る。そりゃもうわかりやすく、思いっきり。
ごく、と喉を鳴らす音がした。刀士郎は助けを求めるように俺を見て、めり込んでる義勝の頭部を見て、それから雪平に視線を戻し、一言。
「絶対、無理だと思います……」
一つの恋が砕け散る音がした。
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――――――――――――
その後、雪平は逃げるように夜の散歩に向かい、俺たちはすんなり天馬家に入り、途中刀士郎のおばあちゃんに見つかってまた肝を冷やしたが、おばあちゃんはどうやら夜になると屋敷を歩き回る癖があるらしく、その時の記憶は全然ないってことで安心してそっとおばあちゃんを寝室に戻してその場を離れ、まあなんだかんだと刀士郎の両親の寝室に侵入し、無事任務を終えてから屋敷を脱出した。
すげえ、どっと疲れた。
三太ってすごいな。こんなの何百軒もやってんだろ?
「なあ、雪平の奴見たか? あんなに真っ赤になってさあ、まさか刀子に恋――――」
「それ以上言うな、ほむら。雪平殿の名誉のために」
「いやまあ仕方ないと思うぜ? こんなに可愛い子とばったり遭遇したらそりゃ恋にも落ちるわ」
俺は改めて刀士郎を見て、うんうんと頷いた。こりゃ可愛い。ほんと可愛い。恥ずかしそうにずっと頬が桃色なのもまた可愛いし、化粧もすっごく似合ってる。撫で撫でしたい。
「なあ、また女物の着物を着てくれよ。俺もっと可愛いの用意するから!」
「でも俺、男……」
「お願い! 一生のお願い!!」
義勝が「お前の“一生”は軽い」とぼやくのを無視して刀士郎に手を合わせる。
刀士郎は視線を惑わせた後、小さく頷いてくれた。
「ゆ、雪平殿のいない時なら……」
可愛い。刀士郎って可愛いなあ、本当に。
雪平には心底疲れたけど、刀士郎のこんなに可愛いところを見られたのは幸運だった。
それにしても、心桜の用意した贈り物、何かごそごそ動いてたような気がするんだけど、気のせいかな……? まさか生き物じゃねえとは思うけど。心桜に託された贈り物はあと二つ。義勝の父ちゃんと先生への贈り物だ。先生の分を先に枕元に置いときゃよかったかな?と思ったけど、まあいいか。先生のは最後、屋敷に戻ったらこそっと置いとこう。
「さて、次は義勝の屋敷か!」
「ほむら、やはり赤の着物は目立ちすぎる。万が一バレた時にも――――」
「もういいだろ。寒いし着替えるの面倒くさいし」
「お前は顔も見えないからいいかもしれないが俺は素顔を晒してるんだぞ!?」
「お、俺も……」
「刀士郎は似合ってるが俺は化け物だ!」
「大丈夫大丈夫。地面子も可愛いよ」
「誰が地面子だ!!!」
「貰い手がなかったら俺が貰ってやる」
「ふざけるな結構だ!!」
また怖じ気づき始めた義勝を引っ張り、俺たちは次の屋敷に向かった。
碓氷邸。ここも何度か侵入したことはあるけど、さすがに超怖そうな義勝の父ちゃんの寝室には、一度も入ったことはない。




