【閑話】 見習い三太と角鹿が行く 前編
ほむら、義勝、刀士郎が大体十三歳くらいの頃のお話です。
「不思議な、夢を見ました」
凍えるように寒い、ある朝の事だった。
心桜の部屋で、義勝と刀士郎と四人で蜜柑を剥いていると、心桜は何か秘密を打ち明けるように、俺たちに教えてくれた。
「きっとあれは未来の夢です! とても素敵な頑丈そうな家が並ぶところを、赤い、もこもこした不思議な着物を着た人が進んでいくんです。今日のような、寒そうな……雪国でしょうか。雪がたっぷり積もっているところを、大きな角の生えた鹿さんに乗って、飛び越えていくんです」
「ほお……」
「その人は、確か三太さんと呼ばれていました。三太さんは家の中にぬるっと入って、人々の頭の上に贈り物を置いていくんです。夜のうちに。皆のお家に配り終えた後、朝が来て、贈り物を見た人たちは歓声を上げるんです」
「なんで三太はそんなことするんだ?」
「きっとお世話になった人に感謝を伝えるんです。それでびっくりさせようと、贈り物を配っているんだと思います」
「へえ~、素敵じゃん!」
「……そうか? 心桜殿には悪いが、屋敷に不法侵入するなんてとんだ不届き者ですよ。ほむらじゃあるまいし」
義勝の馬鹿が口を挟む。俺が「何だと!?」と睨み付けると、「本当のことを言っただけだ」とまたしてもムカつくことを。
刀士郎は、剥いた蜜柑を俺たちに渡しながら「まあまあ」とやんわり仲裁してくれた。
「素敵な夢だよ。三太さんは、きっと心の優しい人なんじゃないかな」
「ええきっと。それで私、一つ思いついて、えっと、お願いしたいことが、あるんですが……」
心桜は恥ずかしそうに頬を赤らめた。何だろう?
まだちっちゃいのに、心桜は全然お願い事の類いをしない。普通なら、これがほしいとかあれがほしいとか、もっと遊びたいとか、いっぱいあるはずなのに。だから心桜が何かしてほしいことがあるって言うなら、それはとても珍しくて大切なことだと思う。三太さんに会いたいとか? 贈り物がほしいとか? それとも――――……
「三太さんと、同じことをやってみたいな、って…………」
まさかやる側がしたいだなんて思わなかった。
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「俺は反対だ」
心桜の部屋を出て庭の掃き掃除をしながら、義勝ははっきりきっぱり断言した。
「でもさあ、折角の心桜のお願いだしさぁ」
「不法侵入だぞ」
「いいじゃんちょっとくらい!」
「良くない。だめなのはだめだ!」
「まあまあ、贈り物を用意するのは 俺の両親と義勝の父親と、それに先生だけでしょ。だったら大したことないよ。最悪バレても何とかなるんじゃないかな……? 多分」
「不法侵入だ! 良くないことは良くない!」
義勝は頭が堅い。俺は別にいいじゃないかと思う。最初はビックリしたし、寒空の下に心桜を連れ出すなんて考えただけでぞっとしたけれど、心桜は「私は贈り物を用意したいんです。それを、ほむらさんたちに運んで貰えたらなあ……と」それを聞いて、「そういうことなら任せてくれ!」と二つ返事で了承した。
その直後、「皆、追加の蜜柑にお茶だよ~」と暢気な顔の先生が入って来たから、それ以上は作戦会議もできなかったけれど。
「別にいいじゃん。知らない人のところに入る訳じゃないって、刀士郎も言ってるんだし」
「父上の寝室に無断で入るなんて切腹ものだ!!」
「大袈裟な……。俺たちがやったってバレなきゃいいじゃん!」
「そういうとこだぞほむら!!」
面倒くさいなあ。俺はやれやれと肩を竦めた。その時――――……
「……そう、ですよね。だめ、ですよね」
「えッ、心桜!?」
廊下に、心桜が立っていた。見るからにしょんぼりしている。
俺は慌てて駆け寄った。
「大丈夫大丈夫! 今義勝を説得……いや、別にこいつを説得できなくても、俺と刀士郎でやり遂げるから!」
「いえ、そんな……いいんです。私、変なこと言ってごめんなさい……」
「何言ってんだよ! 素敵なお願いじゃんか! 普段お世話になってる人に感謝を伝えたいってことだろ!?」
「でも、やっぱり良くないことですし……」
「そんなことないって! やい義勝! この外道!」
「なっ……」
俺はじとっと義勝を睨み付けた。俺にはいつも偉そうな義勝も、今回ばかりは可愛い心桜を悲しませたとあって、わかりやすく動揺している。
「だ、だが、何と言われようと、良くないことは良くない訳で…………え」
義勝が言葉を切る。目を見開いて固まるあいつの視線の先を追って――――俺も、見てしまった。心桜の瞳から、ぽろっと涙が零れた。頬がぱっと真っ赤に染まり、「ごめんなさい!」と顔を隠す。ちょっと泣いちまっただけだってのに、それを本気で恥じているらしかった。まだたった五歳だ。しかも体だって弱いのに、こんな健気な子は他にいない。お願いだって、自分の事じゃなくて人の事だ。この子はいつも、人の幸せばかり考えている。
全く義勝は、これを見てもああだこうだ言うようなら俺がぼこぼこに――……と思ってあいつの方を振り返って、驚いた。
だってあの自尊心の塊みたいな奴が、絶対天狗より鼻の高い奴が、地面に膝をついて頭下げてんだから。
「お、おい、よしか――――」
「女子を泣かせたとあっては武士の名折れ」
「そうなの?」
「この碓氷義勝、身命を賭して三太の責務を果たしてまいります!!!」
……お前、さすがにちょっと極端過ぎない?
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「こ、これを着ろと……!?」
「仕方ないだろ。心桜の見た三太って奴は赤い着物を着てたんだから」
「だからと言ってこれは……――――!!」
「身命賭すんだろー? これくらい我慢しろよ」
「くっ……だ、だけど三太ってのは男だろう!? なぜ女物の着物なんだ!?」
「細けえことはいいんだよ。ほら、さっさと着ろ着ろ。往生際が悪いぞ!」
数日後の真夜中、俺たちは早速動き始めた。集合場所は俺の部屋、贈り物はバッチリだ。心桜が用意してくれたものを――中身は知らないけれど――俺たちはただ届けるだけ。
義勝は顔を真っ赤にして、俺が急遽拵えた赤い着物を手にぷるぷる震えている。へへっ、いい気味だ。真っ赤に染め上げたド派手な女物の着物。こんな派手な着物は偉い連中に禁止されているから、昼間にこの格好で出歩いてたらしょっ引かれるんじゃねえかと思う。
でも変装ならこれくらいしていいよな。どうせバレないし。バレないようにいつもと全然違う服装になる訳だし。俺もこれくらいふざけてやった方が楽しいし。
果たして、真っ赤な着物で女装した義勝は、今までで一番不機嫌な顔でぶすくれていた。
傑作だ。
「あっはっは! いいじゃんいいじゃん似合ってんじゃん! 紅塗ってやろうか?」
「煩い結構だ!!」
笑いすぎて涙出そう。義勝はますます眉間の皺を深くして俺を睨み付けた。全然可愛くないのがまた面白い。
「て言うかほむら! 何でお前は赤い着物を着ていない!?」
「俺は三太じゃなくて角鹿だもん」
「つ、角鹿……!? 何だそれは!?」
「心桜が言ってただろ。大きな角の生えた鹿さんだよ。三太は角鹿に乗って物を配るんだぜ。だから俺はこれでいいの」
「ずるいぞ!!」
「ずるくないもんね~」
俺は地味~な茶色の着物だ。でも鹿なんだからこれでいいはずだよな。それに俺の変装は、実はこれだけじゃない。
「じゃッじゃーん! 見ろ! カッコいい角鹿だろ!?」
「…………え」
俺の出来があまりに素晴らしかったのか、義勝はぽけんと口を開けて呆けていた。
頭に括り付けた二本の蝋燭。角みたいでカッコいいだろ?
「お前は丑の刻参りでもするつもりか!?」
「何だそりゃ。これは牛じゃなくて鹿だ!! でっけえ角のついた鹿!!」
「本気で言ってるのか!? 誰か呪いに行くようにしか見えないぞ!?」
「何でだよ!!」
「悪いことは言わないからその蝋燭はやめておけ!!」
「やだね!!」
「やめとけ!!」
「やだ!!」
「強情な……!!」
「お前に言われたくない!!」
ぎゃあぎゃあ義勝と言い合っていると、「あの……」と遠慮がちな声が掛けられた。
何だよと声のした方を見て、そりゃあもうビックリした。度肝を抜かれたって言うのか。一瞬言葉を失った。
だって、どこぞのお姫様みたいな美少女がそこにいたんだから。
「これ、ちょっとあの、派手じゃないかな……?」
「その声……! 刀士郎か!?」
「やっぱり、変――――」
「うわああああああああああ!! 超可愛いな!? すげえすげえめっっっちゃ可愛い!! ほんとにお姫様みたいだ!!!」
刀士郎にもおんなじ着物を渡して着て貰ってたんだけど、びっくりした。なんって可愛いんだ!? 長い髪を下ろして真っ赤な着物に身を包んで恥ずかしそうに頬を赤くした刀士郎は、とにかくとんでもない美少女だった。
「なあ、紅塗らない? 絶対可愛い! 絶対似合う!!」
「えっ!? いやでも、俺、男だし……」
「可愛い! すっっっっごい可愛い!! 俺刀士郎の顔めちゃくちゃ好きだ!!」
「えっ……!」
手を握ってじっと食い入るように見つめると、刀士郎の顔がどんどんどんどん赤くなっていく。目が潤んで、桃色の唇がきゅっと引き結ばれて、やがてコクンと頷いてくれた。俺は嬉しくなって、「よーしもっと可愛くなろうな!」と紅を引っ張り出して気合いを入れた。
そしてその結果――――――……
「俺……男だったら、刀士郎と夫婦になるのに」
「お前言ってることおかしいぞ」
「俺が……ほむらと、ふう、ふ……?」
究極のお姫様が爆誕してしまった。




