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【シドルート①】 金木犀 初恋

Ifストーリー。何でも許せる方向け。

ジークが告白しないまま、フレアが旅に出たという設定でいきます。シドと二人で治癒の旅をしていたという流れは一緒です。それから十年後、シドは十七歳、フレアは二十七歳。薬は無事開発され、感染症は収まっています。フレアはシノノメ帝国のサピエンティア邸でのんびり暮らしています。ステラを始めとするいつものメンバーや、ユーリも一緒です。




「え? 年上の女性に喜ばれるプレゼント?」

「シッ! 声が大きい!」


 俺は思わず辺りを見渡した。庭には他に誰もいない。もちろん、あいつの姿も。

 ほっとしてから、更に声を潜めた。


「一般的に、何がいいとか……あるのか。年上の奴なら、誰でも、喜ぶようなのとか」

「うーん、それは年齢というより、渡す相手によるんじゃないかな?」

「それは、その……だけど……」

「師匠ならキラキラしたものとか好きなんじゃないかな」

「!? だ、誰も、あいつにやるとは言ってない!!」


 ユーリは、ニックスからの手紙を封筒にしまいながら「えー?」と首を傾げた。


「お師匠様しかいないでしょ。もうすぐ誕生日だよね」

「違う!! とても違う!!」

「またまた~。今年こそちゃんと選んで渡そうね! いつも悩んでばっかりで結局何も用意できな――――」

「だから違うと言っている!」


 違うことはないのだがここでそれを認めたくない。

 ユーリはふやけた笑みで「微笑ましいねえ」と親目線みたいなことを。


 て言うか何だ。キラキラしたものって。何を渡せばいいんだ。心底わからない。食い物ならアランさんやシリウスさんがいるし、高そうなプレゼントもあらゆる方面から毎年たっぷり貰ってる。そんな奴に、わざわざ何を渡せばいい? 俺が渡す必要はあるのか?



「大切なのは気持ちだよ。きっと師匠なら、何を渡しても喜んでくれると思うけどなあ」

「…………何の参考にもならない」

「取りあえずキラキラしたものとかどう? 丸くてキラキラしたあれだよ、あれ」


 ユーリは「ふふ」と何か企んでいるような顔をして笑っている。丸くてキラキラしたあれ? 何だそれ。


 そもそもこいつに聞いたのが間違いだったかもしれない。だが残念ながら、こんなことを聞けるのはこいつくらいだった。



 最初は変な奴だと思ったんだ。でも、悪い奴じゃない。何より、カイウス様の前世の関係者で先生と聞いてからは、神様の先生なのかと尊敬もした。旅に加わることもすんなり受け入れられた。友達……友達というのが、こういう奴のことを言うなら、友達というのも、まあ悪くないと、思った。


 面白かったのは、ルークの正体が女だと知った時のユーリの反応。

 腰を抜かして目を白黒させて「え」しか連発できなくなってたのは本当に面白かった。


 それに、サクラさんと会った時も。騎士服に身を包んでいるのを見ただけでボロボロ泣き出して逃げていったから捕まえた。話を聞いたら、どうやら前世で親子だったらしい。会えないと思っていた母親に会えたら、それは確かに感極まることもあるだろうなと思う。



 俺も、そうだった。

 小さな農場で、母は新しい家族を作って、幸せに暮らしていた。複雑な思いはあった。でも、死んでしまっていたらもっと辛かったから、幸せそうな姿を見られて、嬉しかった。

 ほんの少しだけ……これは誰にも言っていないけれど、話もした。朝早くに、油断してたらばったり出くわして。交わしたのは、他愛もない話だ。でも、泣きたくなった。ただ無性に泣きたくなるくらい、心が激しく揺さぶられた。あれがどういう感情だったか言葉では言い表せないけれど、屋敷を発つ頃には、温かなものだけが残っていた。



 俺を母親に引き合わせてくれたのは、フレア・ローズ・イグニスだった。

 最初は、嫌いだった。あいつのせいで俺は酷い目に遭ったんだって思い込んでたし、偉そうなのがムカついたし、カイウス様にもベタベタするし、何なら誰にだってベタベタするし甘い顔するし楽しそうだし、ニコニコしてるし優しいし面白いし可愛――――――――……



「違う違う違う!!!!!」

「? シド? 急にどうしたの?」


 違う!! 俺は、今何を思った!? 可愛……なんて、そんな、いや違う! これじゃまるで俺が、俺が…………!!


「おおお、俺は、俺は違っ――――――――ぐッ」

「よっ! 久しぶり~! 元気してた?」



 突然勢いよく背中を押されたと思ったら――――――ルチア・ローズ・イグニス。

 あいつの昔の妹が現れた。真っ赤な髪にデカイ声が鬱陶しい女だ。俺の発火能力の事はイグニス家に伏せたままだから、こいつにはバレないように気をつけなきゃいけないのも面倒くさい。

 遠いアカツキ王国のイグニス邸にいるはずのこいつが、どうして突然シノノメ帝国に。


「何でお前がッ……」

「どうせまたお姉様のこと考えてたんでしょ?」

「はあ!?」

「シドってわかりやすいわよねえ。顔真っ赤っかじゃない。ねっ、ユーリ!」

「そうだねえ」

「わっ、わかりやすくはない! 何言ってんだ!!」


 俺は否定したのに、ルチアもユーリもにやにやにやにや……。

 燃やしてやろうかこいつら。


「ルチア、長旅お疲れ様。お菓子食べる?」

「やった! 食べる食べる!」

「ユーリ! こいつが来ること知ってたのか!?」

「手紙のやり取りしてたから。あれ? 言わなかったっけ?」

「聞いてない!」

「ごめんごめん。でもほら、師匠の誕生日が近くなるといつもイグニス家の皆さん総出でやってくるでしょ? もう恒例行事だよ」

「ッ……て言うことは、こいつ以外にも……」



 話し声が微かに聞こえて、思わずそちらに顔を向け――――……うわ、と顔が歪んだ。

 遠目からでもわかる、真っ赤な髪のイグニス公爵、にこにこ顔の公爵夫人、そして…………



 いかにも人の良さそうな、優男。

 ルカ・ローグ・イグニスが、フレア・ローズ・イグニスと楽しそうに談笑している。



「………………」

「あらあら~、シドってば捨てられた子猫みたいな顔になってるわよ?」

「なってない!!!! 何だそのたとえは!!!」

「言い得て妙だね」

「おいユーリ!!!」

「うーん……素敵。お兄様とお姉様ってほ~んと絵になる。早く結婚したらいいのに」

「!! 結婚…………するのか?」


 俺は思わずルチアを凝視した。ルチアは「私の希望よ」と俺の額をツンと突く。こいつ……。俺は苛々と視線を逸らした。


「どう考えてもお兄様が一番お姉様にぴったりだもの! イグニス邸で一緒に暮らしちゃえばいいのに」

「いや~、僕は(よし)……カイウス様かローガン様かレインさんかシドがぴったりだと思うな」

「何で俺が入ってるんだ!!」

「あっはっは、シドはほんと意地っ張りだね」

「え~、皇帝はともかく他はどいつもこいつも社交性ゼロじゃない!」


 社交性ゼロ。

 ルチアの言葉が俺の心臓を貫いた。


 いや、でも、それの何が悪いって言うんだ。そもそもユーリが俺を勝手に入れただけで、俺には何の関係ない。あいつがどこの誰とどうなろうが、どうして俺がそんなこと気にして……


「やっぱりお姉様にはお兄様みたいな紳士じゃなきゃだめよ! 優しくて素敵で落ち着きのある大人の男性がね!」

「………………」

「それともユーリかな。ねえ、ユーリはお姉様のことどう思ってるの?」

「え? 僕?」


 ユーリは目を丸くした。


「僕はただの弟子だよ」

「でもお姉様ってユーリにものすっごく気を許してるでしょ? 手紙でもしょっちゅうユーリのこと書いてるわよ。こんな変なものを作った、あんなおかしなことをしてたって」

「それはただ僕が変な奴ってだけの話しじゃないかなあ……」


 絶対それだけじゃない。

 あいつがユーリに特別気を許しているのは、誰の目にも明らかだった。

 甘えてる、って言うのか。あいつはユーリをしょっちゅうお茶やら買い物やらに誘っているし、お揃いのものを買ったり腕を絡めたり、この前なんてユーリの膝枕で昼寝をしていた。――――いや、それ以上にとんでもないこともあったぞ。温泉だ。割と最近の事だった。ルークの姿でもないのに一緒に入ろうとしているのを見た時は本気で止めた。もちろんあいつが服を脱ぐ前に阻止したが。あいつは「別に気にしない」とかあり得ないこと言うしユーリもユーリで「別にいいんじゃない?」とのほほんとしていやがった。いやいい訳ないだろ馬鹿じゃないのか。どいつもこいつもぶっ飛びすぎている。正気じゃない。倫理観どうなってんだ。ルークの姿の時とは訳が違うだろ。あの時だって俺はどうかと思ったが……一歩立ち止まって考えろ。

 弟子だからなのか。弟子ってそういうものなのか。……何か違う気がするんだが。

 もしユーリがその気になれば、多分、いや絶対、あいつとユーリは恋人になるんじゃないかって……ずっとそんな気がしてる。それを俺は喜ぶべきなのか、喜ぶべきなんだろうけど、できる気がしない。考えただけでこんなに胸がもやつく。何でだ。わからん。どうでもいいはずだ。あいつが誰とくっつこうと別に俺には何の関係もないそのはずなのに…………――――――――




「シド」



 名前を呼ばれて、ハッとした。ユーリが、俺の手を引いていた。



「大丈夫?」

「あ……ああ、大丈夫だ」

「……伝えたいことがあるなら、ちゃんと言葉にした方がいいよ、シド」

「別に、伝えたいことなんて」

「大丈夫だよ。師匠は、ちゃんと受け止めてくれるよ」

「だから、別に伝えたいことなんて……」

「いつまで意地張ってんの? ちゃんと伝えなきゃ! まあ無理だとは思うけどねー」


 ルチアはユーリから貰ったクッキーをバリバリ囓りながら鼻を鳴らした。こいつ本当に公爵令嬢か。


「て言うか、拗らせたらシドって誰よりも面倒くさくなりそうよね」

「は?」

「リリー・ハントって知ってる? ずーっとお姉様に纏わり付いてるしつこい指名手配犯。お姉様はほっとけばいいって言ってたけど。レインさん曰く、お姉様のこと好き過ぎてヤバくなっちゃったらしいわよ?」


 あいつのことなら覚えてる。最初に会った時はまだ子どもだったが、それでも充分危険な奴だった。

 ルークの正体が女だってバレた後も、「女性でも構わない」としつこくつきまとい続けているらしい。どうしてそんなにもあいつに拘るのかはわからない。前世云々と聞いたが、正直どうもでいいし知りたくない。


「……お前も気をつけろよ、ユーリ」

「え? 僕? 何で?」

「明らかにお前のことも狙ってるだろ。誘拐されても知らないぞ」


 ユーリは不思議そうに首を傾げた。危機感が足りなさすぎるぞお前は。そういうところもフレア・ローズ・イグニスにそっくりだな。

 リリー・ハントが狙っているのは、恐らくルークだけじゃない。ユーリの事もいたく気に入ってる。わかっていないのは本人だけだ。


「えー、それは困るな。でもまあ、誘拐されてもシドがいるから大丈夫だよね」

「俺は知らん」

「またまた~。助けてくれるでしょ?」

「……て言うか、何であいつの話に……」

「他人事じゃないから言ってんのよ」

「は?」


 ルチアはじとっと俺を睨んでいた。


「あり得るのよ。あんたリリー・ハントに似てるとこあるわよ。自覚ない? このままじゃ嫉妬ばっかりで拗らせまくって鉛みたいに重くなった愛を抱えてしつこくつきまとうようになるわよ。そうなったら終わりね、取りあえず私は友達やめるわ」


 お前友達だったのか、とか、俺は思ったことないぞ、とか、俺があいつのようになるのはあり得ない、とか。


 いろいろ言いたいことはあったのに、なぜか言葉が出てこなかった。

 その事実に、今度ばかりは、重い絶望がズンっと心にのしかかった。

 


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