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20 追いかける




「おおユーリ! ようやく起きたみたいだな! よく寝たか?」

「ニックス……」


 外に出てすぐ出くわしたのは、ニックスだった。彼は上機嫌で僕の肩をバンバン叩き「今日はご馳走だぞ! つってもまあ、皇帝陛下にお出しするようなもんじゃねえけどな……」と、うっすら登る竈の火を見上げた。


「ご馳走……あ、配給されるっていう食材で?」


 確か、義勝は困窮している地域に食べ物を配給してくれていたはずだ。僕らの村のものは、他の人たちに横流しされちゃってて届いていなかったけれど……。


「それもあるけど、それだけじゃねえんだ!」

「え?」

「やっぱ皇帝陛下には何かすげえ力があるんだよ!! 病気も治っただろ、それだけじゃねえ、枯れてた畑もすげえ元気になってんだ! 見たか? 収穫なんてもう無理だと思ってたのに、丸々肥ったのがいっぱいなっててよ!」

「え!?」


 慌てて自分の畑を見に行って、驚いた。枯れてとっくに死んでしまったと思っていた作物が、生き生きと蘇っている。実なんてもうどこにもなっていないと思っていたのに。


「嘘みたいだ……」

「他の皆の畑もすげえんだぜ? 皆慌てて収穫してる。陛下が配給してくださった食料もあわせりゃあ、この冬は越せるはずだ」

「たった一夜で……」


 一体、何をどうやったらこんな奇跡が起きるんだろう? ニックスも村の人も、義勝が何かしたに違いない、奇跡を起こしたんだって言っているけれど、本当にそうだろうか? 僕には……僕には、この奇跡には、ルークが関係しているんじゃないか、そんな気がしてならない。


「ねえニックス、ルークがどこにいるか知ってる?」

「え? いやー、見てないけど……」

「そっか……。(よし)――――えっと、皇帝陛下は?」

「んーと、村長の家だったかな? 明日には旅立っちまうらしいけど、もう少しいてほしいよなー。俺たちにもすげえ丁寧でさ、皇帝ってもっと偉そうな奴だと思ってたのに、あんなに良い御方だったなんてな。ほんと、まるで神様みたいな御方で――――」


 キラキラしているニックスを見上げていると、ちょっと意地悪な気持ちが芽生えた。


「……ニックス、確か最初は皇帝陛下のこと、前の皇帝と変わらない酷い奴だみたいに言っ――――」

「わああああああああああ!! あの時は!! あの時は知らなかったんだよ!! 今はそんなこと思ってないから忘れてくれ!! 頼む!!」

「ごめんごめん。意地悪言った」

「あれは俺が悪かったんだけどさ……忘れてくれ、ほんと」


 顔を真っ赤にして落ち込むニックスにもう一度謝ってから、僕は村長の家に向かった。義勝なら、ルークがどこにいるか知っているかもしれない。と言っても、僕と話しをしてもらえる状態かはわからなかったけれど。



「…………わあ」



 案の定、村長の家の周りには大勢の人が押し寄せていた。収穫が終わった人たちか、それとも休憩中かな。皇帝の姿を一目みたいと、少しでも話しがしたいと、口々に喋りながら義勝が出てくるのを待っている。

 ふと、家の周りを護衛している自警団の人が目に映った。明るい桃色の髪が眩しい。えっと、彼じゃなくて……刀士郎。刀士郎も家の中だろうか? 刀士郎ならルークの居場所を知っているかな。取りあえずあの桃色の人に刀士郎の居場所を聞いてみようか?


「あの、すみません!」

「ん? どうした坊主」


 桃色の人はよいしょっと腰を屈めて、僕に視線を合わせてくれた。


「あの、(とう)……刀士(とうし)……えーと……」

「? 凍死? えっ、凍死した奴がいるのか!?」

「いや、誰も死んでないです。そうじゃなくて、えっと、人を捜してて……」


 しまった。刀士郎の今の名前って何だったっけ? ちゃんと聞いたのに出てこない。(とう)は入ってたかな、それとも(ろう)の方が入ってたかな? ちょっとだけ昔の名前に似ていたような気もしなくもなくもないような……あー……だめだ全然思い出せない。取りあえずそれっぽいのを言ってみよう!


「とうとう」

「トウトウ?」

「ろんろん?」

「ロンロン?」

「トトントントン……」

「……特徴的な名前だな」


 桃色の人は首を傾げた。どうやらかすってもいないらしい。


「悪いけど俺、この村の人のことあんまし知らなくてだ……」

「あ、自警団の人です!」

「自警団? ああ、知り合いがいるのか?」

「はい! えっと、明るくていつも笑顔で……」

「うんうん……」

「誰にでも優しくて優しさの権化みたいな人で、皆に好かれる人気者で、それに努力家で面倒見がよくて……」

「うーん……」

「あ、そう言えば副団長って言ってた気がする!!」

「え? 副団長? いやいや、そりゃ副団長違いだぞ坊主。うちのローガンは暗くていつも仏頂面で誰にでも厳しくて鬼の権化みたいな奴で皆に怖がられるタイプの人気者だからな!」



「何の話だ」



「うおっ!? ローガン!?」

「!! 刀士郎!」



 いつの間にか刀士郎が桃色の人の背後に立っていた。ゴゴゴ……と真っ黒なオーラが彼の周りを漂っているような……? 多分気のせいかな。

 僕に気づいた彼は、桃色の人と同じように腰を屈めて、僕に目線を合わせてくれた。


「先生、こいつと一体何の話を……」

「刀士郎が人気者だって話をしていたんだよ」

「にっ……あり得ない話をしないでください。もしディランの阿呆に変なことを吹き込まれたなら忘れてください」

「変なことは吹き込まれていないけど、彼も君が人気者だって」

「あり得ないですから。本当に」

「良い友達を持ったね」

「…………。どうでしょう」


 「子どもに敬語? 先生?」と目を白黒させている桃色の人をそのままに、僕は早速本題に入った。


「刀士郎、あの、ルークがどこにいるか知らないかな?」

「ルークですか?」

「刀士郎も知らない?」

「……ルークと、何を話すおつもりですか?」

「あ、えっと、記憶のないあの子に、昔の話をするつもりはないよ。ただ、この村に起きた奇跡について、ちょっと聞きたいなと思って……。もしかして、だめかな? あまり聞かない方がいい?」

「…………いえ。ですが……そう、ですね。ルークも、貴方の言葉なら、もしかしたら」

「?」

「様子を見ていればわかると思いますが……無茶ばかりするんです。本当に」


 刀士郎は辛そうに表情を曇らせた。あの子へ抱いている不安が、僕にもありありと伝わってくる。


「義勝の、あいつの言葉も聞かない。俺には、どうにも生き急いでいるように見える。いくら人の為とは言え、彼が身をすり減らしていく現実が、俺は耐えられない」

「刀士郎……」

「ルークは………………先程、この村を発ちました」

「え」



 僕は言葉を失った。村を発ったって……もう? いくら何でも無茶が過ぎる。シドも一緒ってことだろうけど、彼は足に怪我を負っているし、ルークだって昨日まで熱を出して苦しんでいた。なのに、もう出発? 夜通しかけて山を越えるつもりなのか知らないけど……そんなの無茶に決まってる。もう数日は休むべきだ、絶対に。


 押し寄せる不安と、もう一つ。身を切られるような痛みもあった。

 折角再会した。折角出会えた。なのに、もうお別れなんて寂しすぎる。



「さっきってことは……まだ、そう遠くには行ってない?」

「ええ。一緒に向かいますか」

「頼める?」



 刀士郎は頷き、「こっちです」と歩き始めた。僕はお礼を言って、彼についていく。

 どんなに頑丈だって、強くたって、不思議な力を持っていたって……わからないじゃないか。人の体は決して完璧なものじゃない。人の命は呆気ない。儚い。桜の花みたいに、あっという間に散ってしまう。永遠なんてどこにもないのはわかっている、けれど…………僕は、嫌なんだ。


 僕より先に、大切な人が亡くなってしまう。それが何より、痛く苦しい。



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