18 重なる
「ねえニックス、あの、僕は決して発明の師匠とかそういうんじゃ……」
「何言ってんだ、ユーリと言えば変な発明だろ。お前んとこの倉庫怪しいもんばっかじゃねえか」
「いやー、でも、うーん……そうかな? そんなに怪しい?」
「前世が変な発明家ってんなら納得だ。しっかし前世かー……。聞いたことはあったけどすげえな、そういうのほんとにあるんだな。ユーリのことだから変なもんばっか作って爆発とかさせてたんだろ? 今だって変なもんばっかあるもんなー。なんだっけ、自動卵割り器とか風船ベッドとか動く人形とか、何で七歳でこんな変なもんばっか思いつくんだって思ってたけど、なるほどそういうことだったんだな!」
そう言ってニックスは朗らかに笑った。明るいニックスの笑顔は嬉しいけれど、僕としては複雑だ。変な発明家とか、変なものばっかりとか……どれも自信作ばかりだから、そんな風に思われてたのちょっとショック……。
「で、皇帝陛下は一体どんなもん作ってたんです?」
「おい! カイウス様をそんな怪しい発明家扱いするな!!」
怒ったのは義勝じゃなくてシドだった。
ニックスはその勢いにちょっと驚いている。
「な、なんだよ。だってユーリの弟子ってことはそういうことだろどう考えても」
「さっきから聞いていれば……カイウス様は変なものはお作りにならない!! 真っ当で繊細で抜群のセンスの持ち主だ!!」
「お、おう……」
「庭を爆発させることも部屋に籠もって怪しい作業に没頭することもあり得ない!! カイウス様は完璧な御方なんだ!! わかったか!!」
シドって義勝のことが大好きなんだね? 目がすっごいキラキラしてる。知り合いなんだろうなとは思っていたけれど、刀士郎との差が凄すぎてついていけないよ。そのキラキラのほんの一部を刀士郎にも向けてくれないかな……? あと、もしかしなくてもシドも僕のことおかしな発明家だって思ってるのかな? うーん……。
眉が垂れていくのを感じていると、シドとバチッと目が合った。途端に、シドの顔がみるみる青ざめていく。
「お、お前のことを変な発明家とは言ってない、俺は。言ったのはこいつだ!」
「えっ、お前さっきそう思ってるも同然のこと言ってただろ!」とニックス。シドはぶんぶん首を横に振った。
「いい、言ってない! 俺は、カイウス様を世間一般的に白い目で見られそうな明らかにヤバい奴扱いするなと言っただけだ!!」
「おまっ……俺はそこまで言ってねえからな!?」
「お前はもっと酷いこと言った!!」
「いやお前の方が酷いだろ!!」
二人がワイワイしている。ちょっと仲良くなったかな?って感じがして、それは僕も嬉しい。話している内容はちょっと切ないけれど……。
その時、義勝が小さく噴き出した。驚いて見上げると、彼は「すみません」と口元を手で隠しながら、穏やかな目をシドたちに向けていた。
「本当に、シドが随分世話になったみたいで」
「えっ、いやー、むしろ私がお世話してもらった方だよ? 熊から助けてくれてね」
「熊? ……はあ、また無茶を……」
「おかげで助かったよ」
「先生ならご自分でも何とかなったでしょう」
「無理だよほむらじゃないんだから。七歳児がどうやって熊を撃退するのさ」
まあ、シドも七歳児なんだけど。
でもシドとほむらはどこか似ている。金の髪も、尋常じゃない身体能力も。ツンツンしているところなんて、初めて会った時のほむらとよく似てる。
そして、義勝にだけは、ものすごく心を開いてる。
「そういうところも、ほむらと似てるなあ……」
「え?」
「いや、うん、何でもない」
ほむらは刀士郎や……あの子にも、心を開いてくれていた。懐かしい。いつも笑顔で、毎日、本当に楽しそうで…………
でも、思えば、僕のことはどうだったんだろう? 変な発明ばかりするおかしな奴のことなんて、本当は嫌いだっただろうか? 迷惑ばかりかけていたし……最期も。人の命の重みをわからせるなんて、大層なことを言って、あの子に呪いをかけてしまった。心優しい子に、重荷を背負わせた。僕は、最低な師匠だった。
「貴方は……藩の方針に逆らうことを恐れていた」
突然の義勝の言葉に、僕は顔を上げた。心の奥底まで見透かされそうな、真っ直ぐな目。僕は、今度こそ逸らすことができなかった。
「当然のことです。俺もそうだった。藩に従うことが良しとされていたのですから。……ですが、貴方には何か、他にも恐れていたことがあったのではないか、と」
「……私が、恐れていたこと?」
「そんな気がします。あなた自身、気づいていないような。……貴方は優しい人だ。人の痛みに敏感で、自分の痛みには鈍感で、誰かを犠牲にするくらいなら、簡単に自分を犠牲にしてしまう」
「私はそんな聖人君子じゃ――」
「ほむらはどんどん貴方に似ていった。喋り方も、笑い方も、行動の仕方も。……発明こそあまりやりませんでしたが」
ほむらが、僕に……?
快活なあの子が僕に似ていくなんて、想像もつかない。でも、義勝が冗談を言っているようにはとても見えなかった。
僕が死んだ後、一体何があったのか。時代はどう変わっていったのか。ほむらは、義勝は、刀士郎は……皆は、どんな人生を歩んだのか。僕はまだ何も知らない。でも、それを知るのが怖いとも思っている。
「ただ、一つ確かなことは……」
優しい、義勝の声が耳に届く。
「ほむらは、ずっと貴方を慕っていました」
「……………………………………え?」
僕は瞬きも忘れて、食い入るように彼を見つめた。
思いも寄らない、言葉だった。
「貴方に会いたい、話がしたいと、ずっとそれを望んでいた」
「私を、恨んで――――……」
「それはあり得ません。あいつにとって貴方は特別な存在だった、とても……。記憶はなくとも、今もそれは変わらないでしょう」
「………………」
「貴方には人を惹きつける力がある。貴方は、貴方が思っている以上に多くの人に好かれ、必要とされているんです。昔も、今も」
「どう、かな……」
「人見知りのシドが懐いているのが良い証拠ですよ」
義勝は柔らかな笑みを浮かべ、またシドの方へと視線を向けた。
シドは義勝の視線に気づき「カイウス様! この馬鹿にカイウス様の偉大さをわからせてください!」と駆け寄ろうとして、ニックスに「偉大なのはわかってる! もうわかってるから!」と袖を引っ張られている。愉快だなあ、本当に。
刀士郎を見ると、義勝から一歩下がったところで、シドたちの様子を眺めていた。穏やかな表情に、心がどんどん落ち着いていく。……昔とは少し違うけれど、でも、昔の彼を彷彿とさせる、そんな優しい顔だった。
その後、義勝は公務の方に戻っていった。僕の死後のこととか、そういうことを聞く時間も……勇気も、今はまだなかった。ただ、明日の朝一緒に村に来てくれるらしいから、また少し話をすることはできるかもしれない。
刀士郎とは、二人だけで少し話をした。あの頃、彼が本当に願っていたこと。ただ、よりよい世を作りたかっただけだった。義勝やほむらを、守りたかっただけだった。それがどうしてあんな道を選んでしまったのか、他に道はなかったのか。――――――彼の、罪も知った。あの後、実際に人を殺してしまったこと。大勢の人の命を、奪ってしまったこと。
過去を遡ることは、彼にとっても酷く辛いことだってことが、痛い程伝わってきた。
僕はぎゅっと拳を握り締めて、目を閉じた。
あの頃、僕はどうだったろう? 僕の本当の願いは、どこにあったんだろう。
翌朝、僕らは村に戻った。皇帝の一団と一緒に。
大丈夫だって言い聞かせても、村に近づくにつれて怖くなった。もし、誰も良くなってなかったら? 悪くなっていたら? 誰かが……大切な誰かが、亡くなっていたら? ニックスたちの表情も、村に近づくにつれ強張っていく。
でも、その不安は村に到着した途端、掻き消えた。
「!! 父さん!! 母さん!?」
ニックスが駆け出す。伏せっていた彼の両親が、弟妹たちが、家の外に出ていた。立ち上がることもできないくらい、弱っていたはずの彼らが。
歓声が上がった。ニックスの家族だけじゃない。他の村の人たちも、皆すっかり良くなっているのが、誰の目から見ても明らかだった。少し腫れ物の痕が残っている人もいたけれど、目立つ程じゃない。ちゃんと自分の足で立って、喋って、笑っている。明るい陽が、皆の笑顔を照らしていた。
「シド!!!」
その時、彼の声が、空気を裂いた。
シドの肩が僅かに揺れる。僕の家からルークが飛び出して、シドへ駆け寄り、あっという間に抱き締めた。動きは病人のそれじゃないけれど、本当に熱は引いたんだろうか?
シドは真っ赤になって照れている。それがとても微笑ましかった。
「やめろ! おい! 離せ!! ちょっと出てただけだ!!」
「怪我はないか!? また無茶して――――!!」
「してない!! ……し、お前に言われたくない!!」
「あっ!? お前、足怪我してるのか!?」
「してないってば! おい! だからっ……変なとこ触るな!! おい!!」
彼らの関係は、例えば家族のような、友人のような、――――……それとも、師弟のような。
二人の姿が、かつての、僕とほむらに重なった。




