16 絶句する
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『女子に負けるなど……一生の不覚です!! 先生、俺にあいつの倍、いや三倍、百倍の特訓をつけてください!!』
『ちょっと冷静になろうか、義勝君』
『俺は至って冷静です!!!』
『冷静な子は百倍の特訓をつけてくれなんてとんでもないことは言わないよ?』
そんなことしたら体の方が壊れちゃうよ、と言っても、義勝は全然譲らない。ほむらに破れてぼこぼこにされて、トラウマにならなかったのはよかったなあとは思うけれど、どうやら別の方向に火がついたようだった。
真面目で頑張り屋で怖いもの知らずな彼らしい、とは思うけれど……。
『どうしてそんなにほむらに勝ちたいの? 女の子に負けたのがそんなに悔しい?』
『当然です!』
義勝は真っ直ぐな目を私に向けた。
『女子は守らねばならないものです。その女子に敗れたのでは、俺は誰も守れないではありませんか!』
その言葉に、酷く驚いたのを覚えている。
私には、そういう感覚はなかったから。
彼はその後もほむらに挑み続け、その度に破れ、彼の言うところの一生の不覚を何編も何編も繰り返し、それでも心折れることなく諦めなかった。…………そのうち、そうやって彼がほむらに挑み続けるそれが、求婚でもしているように見えたのは私だけだろうか? いずれにせよ、二人が深く惹かれあっていたのは、確かだと思う。
ただ、義勝が結婚してから、二人が剣を交えることはなくなった。義勝がどこかほむらを避けているようにも見えて、それは仕方のないことだったのかもしれないけれど、酷く寂しかったのを覚えている。
『――――――先生、どうか』
暗い、狭い牢屋の中。
そこに入ったのは、私の意志だった。もう、そうするしかないと思っていた。
あの時、義勝は必死に私を説得してくれた。
『あなたはこんなところで死ぬべき人間ではない。暗殺計画なんて、あんなものをあなたが立てたなんて誰も思っていません。……刀士郎たちを庇っているのはわかっています。罰せられるべきは、罪を犯した人間です』
『私はとっくに罪を犯したよ、義勝』
私は頑なだった。あの時ばかりは、何を言われても捻じ曲げるつもりはなかった。
『私は藩主を裏切った』
『ですからそれは、あいつらが――――』
『彼らに剣を教えたのは私だ。弟子の不始末は師の責任だよ』
義勝は納得しなかった。毎日のように私の牢を訪れては、私を説得した。
昔と変わらない、優しくて真っ直ぐな目は、直視するには眩しすぎた。
暗い牢の中で、私は死を願っていた。そうすることが正しいと、そう思っていた。私は、神野藤の人間として相応しくなかったのだから。神野藤の名に汚名を塗った。暗殺を企むような人間を、藩の方針に逆らうような人間を、大勢出してしまった。
けれど――――……暗いその場所で、ふと思う。護衛とは言え、私は藩主の下で、大勢の人を斬った。命を奪い続けた。暗殺を企んだだけでまだ実行した訳ではない刀士郎たちと、実際に神野藤の人間として人を斬り続けた私……かたや謀反人、かたや忠臣。おかしなものだと思う。
命を奪うという大罪を何度も何度も犯した私に、許される道などある訳がない。誰に何と言われようと、私の魂はとっくに血で汚れている。……いや、遡れば私の出生、そこから罪は始まっていた。
これは、報いなのだろうと思った。
ならばできるだけ苦しんで死ぬべきだろう。腹を切ると決めれば、もう後には引けなかった。
ただ――――……もし、私のこのちっぽけな命一つで、変えられる運命があるなら。
『――――おい、聞いたぞ? お前んとこの金髪のガキ、たった一人で野郎を何人も血祭りに上げたらしいじゃねえか』
『ほむらが……?』
『知らなかったのか? でも前にもあったよな?』
『それは…………』
『おっかねえよなあ。捕まってしっかり罰は受けたらしいが……あんなに血気盛んじゃ、長くは生きられねえだろうな』
『……………………』
牢屋の中で聞いた話に、私は心底ぞっとした。
どうか、ほむら……君は、私のようにはならないでおくれ。
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「よ、よし、かつ……?」
ほむら、刀士郎と続き、まさかの義勝。
フードを取って露わになった、そこにあるのはどこからどう見ても凜として端正な義勝の顔だった。
義勝はじっと僕の顔を見つめ、しばし黙りこくった後、口を開いた。
「……………………。君が、薬を求めてこの村に?」
「あ……いや、えっと、僕は、その、それを止めに…………ああでも、最初は、良い薬なのかもしれないとも思ってて……えっと……そう、住んでるのは、別の村で、えっと……」
記憶は、ないんだ。ちょっとショックだったけれど、当然だと思う。記憶を持っている刀士郎が稀なんであって、ほむらにも記憶はなかった。出会えたのが奇跡だ。
僕はしどろもどろになりながら、取りあえず口を動かした。一瞬で過去に意識が持って行かれちゃって、なかなか現実に戻ってこられない。
「あの、あんたは一体……?」
あっぷあっぷしている僕の様子を見かねてか、ニックスが口を挟んでくれた。
僕はほっと息を吐いた。――――そうだ、今の義勝が何をしているかは、僕も気になる。ローガンは街を守る剣士になった訳だから、義勝も同じ感じかな? 自警団……の団長、とか? 二人が今世で仲直りできたのなら、それはどれだけ嬉しいことだろう。考えただけで涙腺が緩みそうになる。
僕は、わくわくしながら義勝の言葉を待った。
「私の名は、カイウス・ファートゥム」
カイウス・ファー…………ん? あれ? その名前、どこかで聞いたことがあるような…………
「この国の、皇帝をやらせてもらっている」
皇帝を……やらせてもらってる? え? どういうこと?
僕は思わず首を傾げた。何かの隠語かな? それとも聞き間違い? あ、もしかしてあだ名とか? 刀士郎たちには『よっ!皇帝!』みたいな感じで呼ばれているのかな? といろいろ考えている僕の隣で、ニックスがガクガク震え始めた。他の村の人たちも。それによくよく周りを見てみると、自警団の人たちも畏まって敬礼してる。
「え……皇帝、て……」
「シノノメ帝国皇帝、カイウス・ファートゥムだ」
…………どうやら聞き間違いでも何でもない。
カイウス・ファートゥム皇帝陛下。そうだ思い出した。シノノメ帝国の辺境に暮らしている僕でも、さすがに皇帝の名前くらいは聞いたことがある。しかもそれが、暴虐とされた前皇帝を廃し即位、無能を装い続けて父親の監視下で生き延び、国民のために立ち上がったとされる偉大な皇帝……なら、尚更記憶にも残る。
嘘でしょ義勝。皇帝て。皇帝の義勝って。義勝が皇帝て。どうしたって僕の頭がついていかない。そりゃ君は何だかそういうのがしっくりくるような気もするけれども。人の上に立つのが似合うって言うか立ってそうな感じはあるけれども。一体どうして皇帝なんてものに――――……いやそれは運ってやつか。生まれる場所なんて自分じゃ選べない。でもそんなとんでもない家に生まれるなんて、それはもう本当にとんでもない確率だよ?
とんでもなさ過ぎる現実を前に、僕の思考は猛烈に荒ぶり、けれど言葉は何一つ出てこず、ただただ絶句するしかなかった。




