15 励ます
彼らがいたのは、小さな食堂のような建物だった。
良かった。本当によかった。皆無事だった。怪我もしていない。
村についてすぐ、ローガンの仲間に保護されたんだろう。鉢合わせたのが悪い連中じゃなく、ローガンの仲間で本当によかった。
僕は急いで駆け寄った。
「ニックス!!!」
「!? ユ、ユーリ!? 何でお前がここに――――!!」
「追いかけてきたんだよ。怪我はないよね? よかったぁ……。ニックスたちに何かあったらどうしようって、本当に心配だったんだよ」
「お前……夜の森を抜けてきたのか!?」
ニックスは呆れたようにため息を吐き、僕の頭をくしゃっと撫でた。顔色が悪くてすっかりやつれているけれど、口元には笑みがある。僕の知ってる、優しいニックスの笑顔だ。
でもほっとしたのも束の間、シドに気づいたニックスは、眉間に皺を寄せた。僕は思わず慌てた。
「ニックス、シドはここまで僕を連れて来てくれたんだ。本当に大変な思いをして、でも、村の人のことも心配――――」
「別にこいつらのことなんて心配してない、俺は」
シドはぷんと顔を逸らしてしまった。あわあわしていると、ニックスの口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「……ありがとな」
「え」
「ユーリはたまにすげえ無茶する。ほんとやめろって思うようなことを平気でやっちまうところがある。だから、せめてお前が傍にいてくれてよかった」
まさかお礼を言われるとは思わなくて、シドも僕もぽけんと目を丸くしてニックスを凝視した。だって、あんなに敵意を剥き出しにしていたこともあったのに。誰に対しても優しい、いつものニックスに戻ったようだった。
でも、彼の表情はどこまでも暗い。
「ニックス……?」
「薬な、……元自警団、だっけ? 国のお偉いさん? ……から、聞いたんだ。本当のこと」
僕は息を飲んだ。虚ろなニックスの瞳から、ぽろぽろと透明な涙が零れていく。
「ッ……効果が……本物だって、思っ……なのに……全部、全部嘘だったッ……嘘だったんだ! 首都ではまだ病は流行ってなくて……あれも嘘だった。ここら辺だけがやられてたんだ。薬は……薬なんてどこにもない。ははっ、ばっかだよなあ……何の意味もない、んなもんのために……」
「ニックス……」
「あれで良くなったんだって、思った。思ってた。でも……違ったんだ。別に良くなった訳じゃねえ。ただ、たまたま、ちょっと具合が良くなったってだけだったんだ。ただ、最後にちょっと良くなったように思えただけで……何の、意味もなかった……」
ニックスは俯いたまま涙を拭おうともせず、「畜生!」と枯れた声で叫んだ。
「今頃皆死んでるんだ。助かる術なんてどこにもねえ! 薬なんてこの世には存在しない。俺たちは……俺たちは一人一人死んでいくんだ……! そうなる運命だったんだよ!!」
「それは違う」
ハッと顔を向けると、シドが力強い目をニックスに向けていた。
「お前らの家族は、朝には、また回復している。これからあの村は回復に向かう」
「何を……根拠に……!」
「それは言えない。でも、お前らはもうとっくに救われてる」
ニックスは眉間の皺をますます深くした。他の村人たちも、シドの言葉は聞こえていたみたいだけど、ただただ理解できないというように表情を歪めている。
正直、僕にも、まだわからない。シドがそこまではっきりと断言できる理由。
ルークの作っていたものに関係があるのか、それで本当に救われるなんてことがあるのか……二人のことは信用している。でも、わからなかった。
「……彼の、言う通りだ」
力強く肯定してくれたのは、刀士郎だった。
「シドの言葉は正しい、間違いなく。陽が昇ったら、安全な道から村に戻るといい」
はっきりと、そう断言した。
何か事情を知っているんだろう。僕やニックスの知らない、特別な事情。できれば話してほしいけれど、そうすることのできない事情があるのかもしれない。ニックスも村人たちも、怪訝な顔つきのままだ。ただ、僕は彼の言葉に、確かな光のようなものを感じた。
だって、刀士郎は嘘を吐かない。ここまではっきり断言してくれたんだ、そこに嘘が含まれている訳がない。もちろんルークやシドが嘘を吐いているとは思わないけれど……刀士郎には、前世の記憶があるからかな? “私”は、彼と長い付き合いがあるからかな? 信じようって、ただ真っ直ぐにそう思える。絶対に大丈夫だ。迷いは断ち切られ、ただ穏やかな安心が胸に広がる。
「ニックス、大丈夫だよ」
僕は彼の手を握った。冷たく、硬く強張った手。ずっと家族や村の人たちのために働いてきた手は、年齢の割に随分大人っぽかった。
「信じよう。シドも刀士郎もこう言ってるんだ。きっと大丈夫だよ。これからは何もかも良い方に転がる。ずっと苦労してきたんだ。報われる時が来たんだよ」
「でも……」
「大丈夫」
ニックスはまだ訝しげな顔つきのままで、悩んでいるように見えた。でも、悩みながらも、僕の手をぎゅっと握り返してくれた。
それが返事のような気がして、僕は嬉しくなった。でも……
「よそ者の言うことなんて信じられるか」
他の村の人たちは、ただただ重いため息を零した。
絶望を映したような暗い表情で、諫めるように僕を見る。
「ユーリ、あんたは人を信用し過ぎだ。そんな何の根拠もない適当な言葉を、どうして信用できるって言うんだ」
「そうだよ、また嘘ばっかり吐いてるのさ。元々よそ者が来たせいでうちは大変なことになったんだぞ」
「よそ者さえ来なけりゃあ、家族は無事だった。あんなに苦しまずに済んだ」
「……お前には家族がいないもんな。だからそんな暢気でいられるんだろ」
最後の言葉には、ニックスが「おい!」と血相を変えた。怒られたその人も、「……悪かったよ」とぼそっと呟く。……わかってる。本気で言ったんじゃないって。僕には確かに家族がいないけれど、それでもやってこられたのは、村の人たちがいてくれたおかげだった。
「…………いっそ、このままここに残っちまうか」
誰かが、ぽつりと零した。
「どうせ村に帰っても、皆が死んでるのを見るだけだ。食べ物もほとんどねえ。だったら、自警団ってのがいるこの村の方が安全だ。食べ物も運んでくれるんだろ? だったら――――」
「あなたたちのいる村にも、食料や生活品の類いは運ばれる」と刀士郎。村の人たちは「どうだかねえ」とじとっとした目を彼に向けた。
「そう言って今まで運ばれてこなかったじゃないか。支援なんてちっともなかった」
「それは、横流しする連中が――――」
「それを許したのはあんたたちだろ。私たちがどれだけ苦しんだと思ってるんだ? もう移動する気力もない。苦しむ家族も見たくない。もういいじゃないか。この村でゆっくりして、貰えるものは全部貰って――――」
その時、小さな食堂の中で大きなどよめきが上がった。僕もニックスも村の人たちも、何が起きたかわからず扉の方へ視線を向ける。
自警団の人が数名と、彼らに守られるように、背の高い人物が一人、入って来たところだった。深くフードを被っているから、顔まではわからない。彼はゆっくりと僕らの方へ歩いてくる。
「誰だ?」
「さ、さあ……」
何かただならない雰囲気に、ニックスも村の人たちも怯えていた。僕も緊張して、思わず近くにあったシドの手を握った。彼は驚いた様子だったけれど、僕の手を振り払おうとはしなかった。
「薬を求めて、この村に来た者たちがいる、と。……詳しく話を聞かせてもらいたい」
低い、落ち着いた声。とても聞き覚えのある声だった。
まさか、と限界まで目を見開いた僕の目の前で、フードに隠れていた彼の顔が、ゆっくりと露わになった。




