14 再会する
「げほっ、ごほっ……な、何これ? リリー!?」
「……いない。逃げたんだろ」
煙が消えた後には、彼女の姿も綺麗さっぱり消えていた。僕は喉を押さえて何度か咳をした。リリーはいつの間にあんなものを用意したんだろう? あ、もしかして僕が落としたものかな? いろいろ落としちゃってたから、その可能性はすごく大きい。
刀士郎は、リリーのいた木の上を見上げ、何か悩んでいるように見えた。追いかけるべきか、それとも他の男たちを連れて行くべきか。……動かないってことは、ここに残る道を選んだのかな。
男たちは皆刀士郎に捕縛されて転がっている。多分軽いとは思うけど火傷を負ってる。痛いだろうからちゃんと手当してあげなきゃなあとは思うんだけど、僕にとっては彼らよりシドの方がよっぽど大切だ。
シドの手当を最優先しなきゃと、彼の方を向いた。
シドは、どこか気まずそうに僕から視線を逸らした。
「シド? どうしたの? 手当を――――」
「気づいたんだろ。俺が、やったって」
「え? えっと……」
「俺が燃やしたんだ。俺が、あいつらを」
ああ、と僕は手を打った。そう言えばそうだった。ついさっきのことなのにすっかり忘れていた。
「すごい火だったね。ぱっとつけてぱっと消すって難しいことだと思うよ。ところで怪我の方――――」
「ぶ……不気味だろ」
「? 不気味? どして? 僕だって火をつけることはできるよ? お手軽火起こし器っていう便利なものを発明してね――――」
「そういうレベルの話じゃない」
「!? あの発明品はけっこう自信作だよ!? そこそこ良いレベルだと思うんだけどなあ……騙されたと思って使ってみる? あ、今は家にあるけど。パッと火を消すのは確かにやったことないけどさ、これからその機能もつけられるかやってみるよ。あれってコツとかあるの?」
「…………」
シドはまじまじと僕を見つめた。その顔つきがどこか妙で、僕はコテンと首を傾げた。
「僕、何か変なこと言っちゃった?」
「いいや。…………お前、ほんと変な奴」
結局変な奴って言われちゃったけど、シドの口元には、ほんの僅かに笑みが浮かんでいる。どうやら機嫌が良くなったみたい。じゃあ、パッと火を消すコツはまた今度聞くとして、取りあえず怪我の方をちゃんと手当しなきゃ。
そう思って彼の足下に跪いた時だった。
「…………先生」
刀士郎に呼ばれて、思わずそちらへ顔を向けた。
「……刀士郎」
「記憶が、あるんですね」
「うん。君もあるんだね? 驚いたよ。まさかこんなところで再会するなんて思わなかった」
にこっと笑いかけると、彼はぎこちなく頷いた。その瞳の奥には……罪悪感、だろうか。僕は悲しくなった。彼はきっと、過去を思い出している。僕の最期も、彼は知っているんだろうか。……ほむらに、介錯してもらったことは? それは…………知らないでほしいなあ…………。
「刀士郎、僕は……」「先生、その……」
同時に声を上げて、あ、と口を噤む。気を遣ってお互い黙り込んでしまって、微妙な空気が流れる。
素敵な思い出は、たくさんあるのに。両手に抱えきれないくらい、たくさん。なのに、最期の頃があんなだったからって、彼とこんな空気になるのは、すごく悲しい。
…………いや、この程度で悲しんでいる暇は、ない。そうだ、たくさん、話をしよう、今度こそ。僕はずっとそうしたかったじゃないか。君が考えていること、僕が考えていること、そういうことを、僕はもっとたくさん交換したかった。
死んでしまったらできない。
でも、生きている今なら、あの頃やりたかったことの、その続きを始めることができる。
そう思って、勇気を出して口を開いた時だった。
「とうしろう? 先生?」
シドが、僕と刀士郎を訝しげに見比べて首を捻った。
「お前ら知り合いなのか。でも名前間違えてるぞ。こいつはいけすかないポニテ野郎で、お前はユーリだ。何でそいつに先生?とか、呼ばれてるんだ」
「……………………へ?」
い、いけすかない、ポニテ野郎?
聞き間違いかな?と思ったけど、シドはもう一度「いけすかない茶髪のポニテ野郎」と刀士郎を睨んだ。僕は絶句した。刀士郎は困った様子で肩を竦めた。
「シド。俺の名は、ローガ――――」
「お前は嫌いだ。ユーリ、先へ進むぞ」
「え? いや、えっと……ま、まさか二人が知り合いだったなんて……びっくりしたなあ」
「好きで知り合いなんじゃない。こいつの事は放って置いてさっさと行くぞ。えーっと、ニックルだったかニルクルだったかそんな名前の奴らを――――」
「ニックスだよ」
「早くとっ捕まえて連れ戻すぞ」
シドは刀士郎と一切目を合わせない。ものすっごく機嫌が悪い。折角知り合いなのにどうしてこんなに毛嫌いしてるんだい? 刀士郎だよ、刀士郎。誰にでも優しくて人気者の彼が、シドにこんなに嫌われているのが本当に信じられない。絶対仲良くなれると思うんだけどなぁ……。あ、もしかしてあれかな、照れ隠しかな。シドはほむらのこともあんなに慕っていたのに、表向きはツンツンしていた。つまり照れ隠しだ。本当は大好きなんだ。うん、そうそう、そうに違いない。そうに――――……
「おい、近寄るなポニテ。こいつと先に知り合ったのは俺だ。俺の許可なく近寄るな」
「す、すまない……」
「あとこっちも向くな。その顔を見てたら苛々する」
「気をつける……」
……………………。
……何か……違う、ような……。
ほむらの時はわかりやすかったけど、これは何だか…………本気で、嫌っている、ような……?
一体何をしたらこうなるの刀士郎。
かける言葉が見当たらない。僕は、恐る恐る刀士郎の背中を撫でた。
「刀士郎。ええと、あまり気落ちせず……」
「俺のことは気になさらず……彼とはいろいろあったので。…………ところで、何か事情があるなら聞きますが。その、えーと、ニルクルクックルというのは?」
「……ニックス、のことだよね?」
「ユーリ、こいつと喋らない方がいい。頭が悪くなる」
「シド、どうしてそんなに……?」
できれば、仲良くしてほしいけど……。強要は、そりゃあできないけれど……。
「えーっと、取りあえず事情を話すから、あの、まずはシドの手当をしよう。酷い怪我でしょ。だから――――」
「!! シド、また怪我をしたのか!?」
「してない」
刀士郎がシドに迫り、シドが勢いよく首を横に振る。
刀士郎は小さくため息を吐いた。“また”ってことは……シドはしょっちゅうこんな大怪我をしてるってこと?
「……刀士郎、手当の道具とか持ってる?」
「持ってます」
「俺は怪我してない」
「酷い怪我なんだ」
「早く手当しよう」
「だから俺は――――……」
なぜか手当を拒否するシドと延々に押し問答しながら、僕と刀士郎はシドの手当をした。言葉では拒否するけれど、逃げたり邪魔したりってことを、シドはやらなかった。
手当しながら、刀士郎がいろいろ教えてくれた。
今はローガンという名前であること。人々の生活を守るために、活動をしていること。僕らを襲った連中がやったこと。ニックスが探しているものは、どうやらシドの言う通り、偽物だったってこと。……心が痛くなった。あんなに必死で探しに行ったのに、何の意味もなかったなんて。
そしてそのことに、リリーは関わっていた。子どもの足ではそう遠くまでは行けないと、すぐに捕まえると刀士郎は断言した。……捕まったら、リリーはどうなるだろう。彼女は酷いことをしていた。嘘も吐いていた。でも、僕はやっぱり、あの子がそんなに純粋な悪とは思えない。
それはもしかしたら、僕自身が一番邪悪な人間だってことを、僕が知っているからかもしれない。
……ニックスたちは、今どの辺りまで進んでいるんだろう? 危険なことに巻き込まれていないだろうか? もし僕たちみたいに、この連中のような残党に遭遇したら? 酷い目に遭うかもしれない。すごく怖い。一刻も早く、ニックスたちに追いつかなきゃ。
焦りと一緒に、シドの手当が終わった後出発した。刀士郎は捕縛した男達を縄で縛って引きずりながらついてきた。……すごく痛そうだ。大丈夫かな、あれ。
そうして刀士郎に案内されるままに辿りついた村は、彼の仲間である自警団たちが一生懸命働いていた。そして…………
憔悴したニックスたちと、そこで再会を果たした。




