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13 飛び上がる





「先生!!!!!」




 懐かしい声。すぐにわかった。



 天馬……天馬刀士郎。――――――“私”の、大切な弟子の一人だって。



 咄嗟に男達の背後に目を向けた。誰かがこちらに駆けてきてるのはわかったけれど、顔までは判別できない。目を凝らしていると突然、何かが空を切り裂いて飛んできた。



「えっ、し、しな――――!?」



 竹刀。間違いない、竹刀……だね?

 なっつかしいものが飛んできて思わず目を白黒させながら、僕はそれを咄嗟に掴んだ。


 あんな距離から竹刀を投げて寄越すなんて、君はそんな大胆なことをする子だったっけ? 何て言うかこういうことをするのは…………そう、ほむら。ほむらならやってくれそうだなって思うけど。


「ッ…………」


 掌にずっしりと伝わる、酷く懐かしい感じ。重くて落としそうになりながら、僕はそれを両手で構えた。竹刀がこんなに重いものだってことを、僕は長らく忘れていたように思う。




「先生!!!」




 切羽詰まった刀士郎の声が、また耳に届く。ハッと顔を上げると、男の一人が僕に向かって剣を振りかざしたところだった。


 反射的に、体が動いた。

 握り締めた竹刀を、がら空きになった男の鳩尾に思いきり叩きつける。



「ぐッ――――――!」



 反撃が来るなんて思ってなかっただろうなと思う。男は鳩尾を押さえてずるずる崩れ落ちた。

 僕の方も、反動で手がビリビリ震える。痛いなあ……。でもこれ、本当にうまくいったのかな? 取りあえずもう一回くらい叩いておこうかなと思ったら、別の方から殺気が飛んできた。


「ッ――――!!」


 棍棒が振り下ろされて、それを咄嗟に竹刀で受け止める。――――受け止めた後、すぐ後悔した。避ければよかった。受け止められたのが多分奇跡で、竹刀はミシミシ音を立てて今にも壊れそうだし、僕の手もぐにゃっとひしゃげそうなくらい痛い。


 前世の記憶があって、いくら中身がそこそこ大人だって言っても、体は普通の七歳児だ。確かに畑仕事とかそういうのは一生懸命やってきたからまあ割と同年代に比べれば体力も筋力もある方かなって思うけど、七歳には七歳なりの限度ってものがある。



 僕は、ほむらとは違う。

 あの子には、生まれ持った特別な才能があった。体のつくりが、そもそも普通とは違ったんじゃないかと思う。



『ねえ先生~、何で俺は試合しちゃだめなの?』


 いつかの、無邪気なほむらの声が蘇る。


『俺だって試合したい!』

『ごめんね。君は強すぎるんだよ。子ども相手は危険だから当分我慢』

『あの義勝?って奴、すっげえ鬱陶しいし偉そうだしムカつくからボッコボコにしたいんだけど』

『一回ボコボコにしたんだからもういいだろう? とにかく、当分の間は、君が竹刀を振り回していい相手は僕だけだよ』


 そう言って僕が頭を撫でると、彼女は「は~い」と頷いた。

 とても素直な子だった。素直で頑張り屋さんで、しっかり者。とても良い子だ。でも、喧嘩を売られたり馬鹿にされたりして一度ぷっつんしてしまうと、なかなか止まらない。相手が再起不能になるまで叩きのめすところがある。


 碓氷義勝というとても生真面目な男の子が、ほむらと勝負してぼこぼこにされた時はさすがに焦った。彼が丈夫な子だったから次の日にはピンピンしてまたほむらに勝負を挑んでいたけれど、普通あんなぼこぼこにされたらトラウマになってしばらく道場には来られないものだと思う。





 …………ああ、懐かしい、なあ。

 いつも喧嘩ばっかりしていた義勝とほむらが、だんだん仲良くなって。

 いつも後ろに隠れて恥ずかしそうにしていた刀士郎が、いつの間にかほむらと渡り合えるくらいに成長していて。


 あの三人を見ていると、友達っていいなあってしみじみ思ったものだった。

 ずっとああいう風にいてほしいって、そういう関係性がずっと続けばって…………そう、思っていた。





「ユーリ!!!!」

「!!」





 シドが僕の名を呼ぶ。過去に沈みかけていた意識が“今”に引っ張り上げられる。

 その直後、目の前が真っ赤に染まった。僕は言葉を失った。



「え……な……」



「ぎゃあああッ!? 何だこれ!?」



 目の前で、男の悲鳴が上がる。

 男は棍棒を放り出して、体に纏わり付く火を消そうと必死で地面に体を擦りつけている。

 僕は、何が起きているのか理解できなかった。



「おい消せ!! 何だ!? 何が起きてんだよ!?」

「ヒイイイッ!? 助けてくれ!! 助け――――――」

「ああああッ! 熱い!! 熱いよお!!」



 棍棒の男以外にも、同じことが起きていた。彼らの体も突然発火して、闇夜を真っ赤に染め上げている。


「これは……!!」


 刀士郎が火達磨の男たちを見て顔色を変えた。――――ああ、やっぱり刀士郎だ。最後に見た時とあまり変わらない。少し顔色が悪いような気もしてそれがとても気になるけれど――――……いや、まずはこの謎の発火状況をどうにかしないと。


「はッ……はあ……はあ……」


 背後を振り返ると、シドが荒い息を吐きながら、何もない空間に向けて真っ直ぐ手を伸ばしていた。ぷるぷる震えて、顔は真っ青だ。

 最初は、怪我が痛むんだと思った。でも、シドは傷口を押さえようともせず、ただ真っ直ぐに男たちの方を睨んで手を伸ばしている。その様子は、何だかとても奇妙だった。


「シド、もしかして、この……」

「ッ!」


 この火は、もしかしてシドがやっていることなのかって。


 普通あり得ないことだけれど、何だかそんな気がしてしまって。

 思わず問いかけた。そしてそれは、多分当たっているようだった。シドの瞳に、焦りのような恐怖のようなものが過ったかと思うと、炎がぱっと綺麗に消え去った。


「ヒッ……ヒィ……」

「げほッ、ごほッ、火が……火がぁ……!!」


 男たちは未だ混乱の渦中にいた。パニックに陥って、口々に騒いでいる。

 火はすぐ消えたから、そこまで酷い火傷ではないと思うんだけど……。怯えきった連中の一人が、僕らを見て悲鳴を上げながら銃を取り出す。その銃口は、シドに向けられていた。


「ッ!! 危ない!!」


 咄嗟に手を広げた。痛いのを覚悟してぎゅっと目を瞑る。銃って絶対痛いよね? 撃たれたことはないけど絶対痛そう。でもすでに相当痛い思いをしているシドに、これ以上痛い思いはしてほしくない。



 パン、と乾いた音が響いた。



 耳がキーン、と痛くなる。ああ怖い怖い。今頃お腹辺りに穴が……うわあ、お腹に穴が空くって、ほんっと考えただけで恐ろしい。痛いのはもう前世のあれで勘弁してほしい。僕、あの頃はよくあんなことができたなあ……信じられないよ本当に。若気の至りってやつかな? いやでもあの頃そんな言う程若かったっけ? 結構良い年だったよね?

 そんなことを考えながら待っていたけど……あれ? いくら待っても、お腹に穴が空くような痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると、銃は男の手から離れて、地面を転がっていた。当の男は呻き声を上げて手首を押さえている。そこからダラダラと血が流れているのがわかった。


 もしかして……銃の暴発? とか?

 どういうことかわからず首を傾げていると、「ほんっと暢気よねえ、あんた」と、ため息のような声が聞こえてきた。



「え……ええ!? あれ!? リリー!? どうして――――」



 声のした方を見上げると、逃げたはずのリリーが木の上に座っている。その手には銃が握られていて、銃口からはうっすら煙が上がっていた。どうやら、さっきの破裂音は彼女の銃によるものだったらしい。



「君が、助けてくれたの?」

「はあ? 別に? どうして私がお前たちなんて助けなきゃならないのよ。ふざけるのも大概にしてくれる? 私は、ただ忘れ物を取りに来ただけだから」


 そう言って、くるくると銃を回した。器用だなあ。


「助けてくれて、ありがとう。リリー」

「だから――――」

「助かったよ。本当に感謝してる」


 心からそう伝えると、リリーは鋭く舌打ちして顔を逸らしてしまった。

 男たちを容赦なく捕縛していた刀士郎が、「リリー・ハントか……!?」と彼女を睨み付ける。知り合いなのかな?とほっこりしていると、リリーは「誰あいつ。気味が悪いわね」と酷いことを言った後、銃口を彼に向けた。僕は慌てて、両手を広げて刀士郎の前に立った。


「待って待って!! 何やってるの!? 刀士郎……えっと、彼に銃はだめだめ!! だめだよ!?」

「そいつ気味が悪いのよ。その服装とか、どうせ自警団ってやつでしょ」

「銃は誰にだって向けていいものじゃないよ。取りあえずそれを下ろして話し合おうか? それ危ないし重たいし君もずっと持っておくの辛いんじゃ――――」

「早くどかないならお前を撃つわよ?」

「え?」

「私がお前を撃たないと思った? お前みたいなゴミ、何度撃ったって構いやしないのよ?」

「えーと、そう? でも僕、そんな気がしないんだ。君はそういうことをする子じゃないと思うなぁ」


 リリーの言ってることは恐ろしいのに、なぜだか不思議と、恐れはなかった。はったりなんじゃないかなあ、とぼんやり思う。理由はないけれど、何となく。リリーには、ちょっと良くないなあと思うところはあるけれど、素敵だなあと思うところも、多分僕が知らないだけで、たくさんあると思う。だから、怖くないのかな。

 そんなことを暢気に考えていたら、発砲音が二つ三つ続けて響いた。撃たれたのは僕の足下の地面。思わず飛び上がったし、シドも刀士郎も心配して僕の名を叫んでくれたけれど……――――大丈夫、怪我はない。


「あっはっは、びっくりしたぁ。心臓が飛び出るかと思ったよ」

「お前……」

「あ、大丈夫大丈夫。怪我はないから。ちょっと脅かしてやろうと思っただけだよね?」

「お前って、本当……」


 ずっと薄ら笑いを浮かべていたリリーの口元から、笑みが消えた。

 ほんの一瞬、多分、本当に、彼女の素なんじゃないかなって、そういう風に思える、優しい表情が現れる。




「…………本当、あの人に似てるんだから」




 ぽつっと零した直後、辺りが白い煙に覆われた。



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