12 【ローガン】 思い出す
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『初めまして。ごめんね、うちのほむらが随分手荒な真似をしてしまったみたいで』
神野藤勇心先生。
若くして藩主にもその実力を認められ、重宝されていたという人物。
藩きっての天才、一番の剣士と呼ばれていた御方だ。きっと強面の厳しい人に違いないと思っていた。なのにひょっこりと顔を出したのは、柔和な顔つきの青年。にこにこと邪気のない顔で笑いながら、小さな子どもだった俺にも躊躇いなく頭を下げる。穏やかな声に、優しそうな眼差しと、くるっとうねった癖っ毛が印象的だった。剣を持っているところが、少しも想像できない。
けれど、こんな優しい人のやっている道場なら、臆病者の俺でも通えるかもしれない。そう思った。
『おい先生!! また庭爆発させただろ!? 一体何遍同じことしたら気が済むんだよ!?』
『はっはっは、ごめんごめん。今度はうまくいくと思ったんだけどなぁ』
『そう言ってうまくいった試しほぼねえだろうが!!』
『でもなくはないだろう? 可能性がある限り、何度だって試したくなるのが人というものさ』
しょっちゅう奇想天外な発明をしては失敗して、庭を爆発させていた。その度にほむらは怒って、でもそうやって先生のお世話を焼くことを、彼女はなかなか楽しんでいるようにも見えた。
義勝も先生を慕っていた。毎日のように道場に通っては、熱心に先生に教わっていた。先生は教えるのがとても上手だったと思う。もちろん実力だって、噂に聞いていた通り、いやそれ以上だった。
でも、本当は剣よりも、発明とか畑仕事とかそういうものの方が、性に合っていると言っていた。こういうことだけしてずっと生きていきたいって、それができたらいいのにって、あの時の寂しそうな笑顔ははっきりと覚えている。
不思議な御方だった。
いつも優しくふわふわしているように見えて、時折誰よりも厳しい顔をする。
先生は謎に満ちていた。代々藩主に剣術指南を任される、そういう由緒正しい家に生まれて、今は剣術道場を開いている。藩主にも厚く信頼されていたのに、今は距離を取っている。
俺が知っているのはそれだけで、それ以上のことはあまり知らない。
どういう人生を歩んできたのか、想像もつかない御方だった。
『――――――道を踏み外してはならないよ、刀士郎』
先生は、何度も俺を引き止めようとした。
『剣は、人を脅かすためにあってはならない。君がやろうとしている事は、正しい剣の使い方とは言えない』
『……正しいか正しくないかは、俺が決めることです』
『君は優しい人だ。そういうことのために、今まで剣を習ってきた訳じゃないだろう?』
憂いを帯びた瞳に、あの頃の俺はどんな風に映っていただろうか。
『大切な人たちのために、彼らを守るために、一生懸命学んできたんじゃなかったのかい?』
俺は、酷い弟子だった。先生の忠告を無視して、世を救う大義だと盲信し、人の命を奪い続けた。
先生は俺のせいで死んだ。腹を切って……壮絶な最期を選んだ。庇う必要などなかったのに。そうだ、いっそあの時捕まっていれば。そうすればその先の大勢の人間の命が救われた。暗殺計画なんぞ立てていた俺たちのことなんて、さっさと藩に突き出してしまえばよかったんだ。
どうして、あなたはあんな最期を選んでしまった? 心桜殿やほむら。あなたにとって何より大切な存在がいたのに、どうして、どうしてあんな風に自分の命を投げ出してしまった……?
犯罪者どもから、こいつらが“あのガキ”と呼ぶ少女のことを聞き出している時のことだ。
どういう訳か、先生のことが頭をチラついた。今の俺は、果たして正しいのか。正しいことに剣を使えているのか……こういうことは稀にあった。時折先生のことを思い出す。戒めのように。
結局わかったのは、あのガキ――――リリアンヌという名前の少女が関わっているということだった。
その子どもは“効率的に稼ぐ方法”として男たちに違法な商売の方法を吹き込み、金を巻き上げ、捕まりそうだと察知するや否や、雲隠れしたらしい。
数々の偽名を使って、あちこちで同じようなことをしていたのだろう。大体の年齢や容姿が合致する。ただ、リリアンヌという名前は、今まで聞いた名前の中では、何か一番引っかかるものだった。
それで以前、アカツキ王国から要請があった時の話を思い出した。アカツキ王国にて、移送中の犯罪者が逃亡したという話だ。シノノメ帝国に逃れた可能性もあるから、もし見つけた時は捕まえて引き渡してほしい、と。
それが幼い女の子だったものだから、よく覚えている。
リリー・ハント。確か年は十歳くらいと聞いている。
父親が裏家業の人間で、それで捕まったのかと思いきや、リリー・ハント自身もアクア家の令嬢に薬か何かを盛ったのだとか、爆発騒ぎを起こしたのだとか……なかなか強烈な問題児であり、噂によれば母方がシノノメ帝国の人間で、前世の記憶保持者か何か。だから見た目は子どもでも、中身はそうではないのだと、そういう話しだったはずだ。
どんな方法で逃亡したのかはわからない。父親の方は牢屋に入れられて大人しくしているようだが……。そう、つまり、リリー・ハントとリリアンヌが同一人物ならば、彼女が今回の犯罪の元凶で間違いない。その裏に誰かいるということはないだろう。
恐らく、リリーはまだこの辺りにいる。男達の話によると、つい昨日まではこの村にいたと。俺たちが取り締まりにくるとは思わなかったんだろう。それに数名、彼女を追って屋敷を飛び出した連中もいるという。ならばそいつらも確実に捕まえなければならない。
俺は証言を頼りに、リリアンヌの後を追った。
――――――そうして、森に入った時だった。
異常な程張り巡らされた罠にはすぐに気づいた。犯罪者どもの屋敷の庭にあったものと同じだ。
例えば裏切り者を捕まえるためにあらかじめ設置されていたのか、それとも彼女を追いかける連中が、追いかけながら設置したのか、それはわからない。
騒ぎ声が聞こえた。月明かりが差し込む。
子どもが男達に追い詰められているのが見えた。距離があってすぐにはわからず、もしやリリアンヌが連中に追い詰められたのかと思った。だが、その子の顔がはっきりと見えたその時…………
どうして先生のことを思い出したのか、その理由を知った。
目を見ればわかる。凜とした力強い眼差し、真っ黒な癖っ毛、首にはスカーフを巻いて、俺の知っている落ち着いた風貌とは違う幼い顔立ちだったけれど、どことなく昔の面影を感じる。……きっと、成長すれば瓜二つになるんだろう。
勇心先生。
「先生!!!!!」
俺は、先生に向かって竹刀を投げた。




