11 怒る
「な、何これ!? 何でこんなっ……こんな……!!」
「騒ぐな……! それに近づくな! 問題ない!」
「問題しかないでしょ!? 血が――――――」
「問題ないと言っている。この程度――――――!」
あ、と思った時には、シドは自力でトラバサミを外し、ぽんと後方に投げ飛ばしてしまった。それが地面に落ちた時、またガシャンとけたたましい音がして、落下したトラバサミに別のトラバサミが食いつく。――――あちこちに罠が仕掛けられている。僕は心底ぞっとした。
シドがよろよろと立ち上がり、僕は慌てて彼に肩を貸した。地面を枝で念のため確認しながら、来た道を少し戻り、彼を座らせる。
「ッ……――――」
目を背けたくなるような、酷い怪我だった。血が止まらない。辺りをどんどん血で染めて……トラバサミがあんなに仕掛けられているなんて、どう考えてもおかしい。人の足にあんなものが噛みついているところなんて、見たこともなかった。
僕は泣きそうになりながら荷物を漁った。救急道具もあるはずだと思ったけれど、簡易的なものばかりで、こんな大怪我を手当するにはどうしたらいいのかわからない。辺りは暗くて、ランプの明かりもあるけれど、これだけじゃどうしたって覚束なかった。
「……おい、俺は大丈夫だ。必死にならなくても」
「でも、でも……!!」
「問題ないってば」
「問題しかないよ!!」
「こんなもの、適当に布で縛ってれば何とかなる」
シドはそう言って、ビリビリ自分の服の袖を破いたかと思うと、それを足に巻いてしまった。
「ま、まさかそれだけで手当したつもり……!?」
「別の道を行くぞ。この辺りは罠だらけだ」
「いやいやいや! シドは村に戻ろう!? ああいや、この先の村の方が近いのかな……。でもそれなら、ニックスたちの事は僕が何とかするから! シドはお医者さんを探して、ちゃんと手当――――」
「面倒くさい。それにお前一人だと失敗しそうだから俺も行く」
「いやでも――――――!!」
「ね~え、つべこべ言ってないでさっさと動いてよ。もう平気なんでしょ?」
びっくりして振り返ると、リリーはにやにやと笑みを浮かべながら、僕たちを見ていた。
「チッ、言われなくてもそうする」
「早くしてよね~。あ、もちろんあんたが先に歩きなさい。またあんなものが出てきたら困るから」
「お前なんか庇わなければよかった」
「庇ってくれなんて言ってないけど?」
「……フン」
シドはそっぽを向いて立ち上がった。リリーは鼻歌を歌いながらその後についていこうとして――――……僕は、思わずその手を掴んで引き止めた。
彼女が、苛ついた目を僕に向ける。
「ちょっと、何? 触らないでくれる?」
「ごめん。でも……今の言い方は、良くないと思う」
「はあ? 良くない? 何それ」
「僕は、良くないと思う」
「だから何? こいつのこと心配しろって? 謝れとでも?」
「違うよ。でも……」
「こいつは勝手に私を突き飛ばして勝手に怪我しただけよ」
「君の言い方には、優しさがない」
シドが、僕の肩をぽんと叩いた。
「もういい。ほっとけ。先を行くぞ」
「シド……」
「怪我には慣れてる。気にするな」
あんな怪我に? あんな酷い怪我に慣れてるって言うの? 本当に?
それはそれで普段の旅が本気で心配になるんだけど。僕が言葉に詰まると、シドはゆっくりと首を振り、僕の手を引いた。
「行くぞ。優先すべきは、お前の村――――――」
「おい!! クソガキがいたぞ!!」
「こっちだ!! ――――って、ああ? ガキが二人増えてんぞ!」
「ああ? 要らねえガキは殺せ! 邪魔だ!!」
殺気立った連中が、僕らのいる場所にどっと押し寄せた。
聞いたことのある声。さっき僕らがやり過ごした人たちだって、すぐにわかった。
リリーが舌打ちして逃げだそうとしたけれど、その先が罠だらけの森だって気づいて、足を止めた。
「ほんっと……しつこい奴ら……!!」
「このクソガキ……! お前らのせいで俺らがどんな目に遭ったと思ってんだ!!! 親はどこだ!? 稼いだ金は!? まさかお前らだけでトンズラしようってんじゃねえだろうなぁ!?」
「……私も騙されたのよ。父親がお金を持ち出していなくなっちゃったの」
「はあ!?」
「私も困ってるの、本当に。父親を捜しているところなのよ……」
彼女はシュン、と肩を落とした。
その途端、連中の一人から「嘘吐くんじゃねえよ!!」と荒々しい声が上がった。
「おい、身ぐるみ剥いで確認しようぜ!! 本当に金を持ってねえかどうか!!」
「ああそうだな。ガキだからって容赦はしねえぞ!!」
「そんな、待って……」
リリーは弱々しい声を上げながら、僕にぎゅっとしがみついた。
さっきまでの彼女とは別人みたいだ。声音も表情も、演技をしているように見える。それに、この人たちとも知り合いだった。一体何をしたのかはよくわからないけれど、でも、それってつまり、僕たちに嘘を吐いていたってことだ。
シドが怒って、リリーを突き飛ばした。尻餅をついた彼女を冷たく見下ろし「放っとくぞ」と僕の手を掴む。
「おいおい、逃げられると思ってんのか? お前らも生きて帰さねえよ」
「自警団の連中に告げ口されたら面倒だからなぁ」
男が二人、僕らの目の前に立ち塞がった。筋骨隆々の、山のような大男だ。
僕は息を飲んだ。その次の瞬間には、シドはもう動いていた。足を怪我しているはずなのに、ぴょんと飛び上がって男の顎に一撃。それから間髪入れず、隣の男の頭に、怪我していない方の足で跳び蹴りを食らわせてあっという間に意識を奪う。
「な、何だこのガキ!?」
「化け物ッ……!!」
チャキ、と男たちが銃を構える音がした。まずい。シドは低く呻き声を漏らしながら、僕の手を取り茂みに潜り込んだ。
「待て!! 銃はまずいだろ!! あのガキに当たったらどうする!? 死んだら金の在処がわかんねえぞ!!」
「チッ……」
銃弾の雨は降ってこなかった。リリーはいつの間にか、僕らの近くの茂みで息を潜めていた。彼女がいるから銃を使われずに済んだ。そういう意味ではこちら側にいてくれて助かった。
その代わり、男達は剣を手に近づいてくる。僕は慌てて鞄を漁った。何か使えるものがないかなと思ったけれど、暗くてよく見えない上、さっき手当のための道具を漁っている時にいろいろ落としてしまっていたらしい。使えそうなものが見当たらない。
どうする、どうしたらいい? どう――――……考えていたら、突然、シドが立ち上がった。
「え…………」
「俺が引き付ける。お前は逃げろ。盾代わりにその女を使ってもいい」
その言葉を最後に、彼が駆け出す。
連中が「いたぞ!!」「串刺しにしろ!」と剣を振り回す。シドは敢えて目を引くように、派手に動きながら彼らの攻撃を躱していく。
「シド!! 待って、シ――――」
「ふふ、少しは役に立ってくれたじゃない」
リリーは満足したように笑い、連中の背後へと足を進めた。
少し進んだところで、チラリと僕を振り返る。
「お前は逃げないわけ? 逃げるなら今のうちよ?」
「できないよ。そんな、そんなこと、できる訳ないよ」
「死んでもいいわけ?」
「誰だって死にたくなんかない。でも……でも……」
「……ふうん。馬鹿ねえ。お前、生きるのが下手くそね。長生きできなさそう」
彼女はにやりと笑ってそれだけ言うと、さっさと姿を消した。
…………できるわけ、ないじゃないか。たとえ僕に何も出来なくたって、シドを見捨てるような真似、僕にはできない。だって、だってあんな大怪我をして、たった一人で、まだ子どもで、なのに…………
シドの影がぐらりと揺れた。足の痛みが、きっと限界に来てるんだ。その直後、別の男の棍棒のような武器が、彼の背中に直撃して、シドの体が吹っ飛ばされる。僕は思わず悲鳴を上げた。思いきり木に体を叩きつけられてしまったシドは、その場にずるずると崩れ落ちた。
そこに、追い打ちをかけるように剣を持った男が近づく。
「シド!!!!!」
僕は駆け出し、彼と男の間に割って入った。
「馬鹿ッ!!! お前――――――!!!」
シドの悲鳴が背後から聞こえた。
僕には武器がない。便利道具も、こんな時に限って何にもない。僕は全くの役立たずだ。
でも、たとえ盾でもいい。この体を盾にしても、僕は、君を守らなきゃ。
だって、君は僕の――――――……
……………………いや、“私”の、大切な弟子を、ずっと守ってくれていたのだから。
「――――――先生!!!!!」
その時、闇の中から、酷く懐かしい声が耳に届いた。




