7 後悔する
何とかしなきゃ。止めなきゃ。
でも、どうしたらいいかわからない。
それに、止めた後は? 僕らはニックスの家族を、病気になって苦しんでいる人たちを、どうやって助けてあげればいい?
薬の信憑性は確かに怪しいけれど、もし本当に良くなったら?
盗むのを止めることは、苦しんでいる彼らの唯一の救いを、断ち切ってしまうことにはならない?
ルークは「ま、俺に任せとけ」と、僕の家でシドと一緒にお守りを作り始めた。シドがこの村に来た夜、一生懸命皆の家の前に貼っていった、あのお守りだ。
シドが大きな紙を同じ大きさに切っていって、ルークがその白い長細い紙に、……文字? 絵? 猫……かな? みたいなのを描いていく。
もしかして二人は、このお札で皆を治すつもり……とか? ……うーん、いや、違うか。違う、よね? きっと、何かもっと別の意味があるんだと思う、多分。うん、きっと。そのはず。だってさすがにあのお札で流行病がどうにかなるなんて思えないし……でも……どうしよう、すごく不安になってきた。
僕は恐る恐る、作業に熱中している二人に尋ねた。
「あの、このお守りって、えっと、二人の故郷では、大切な意味を持っているとか……?」
「いや、別に」
「故郷なんてどこにもない」とシド。
否定と一緒に、予想外に重い答えが返ってきた。
ルークはよしよしとシドの頭を撫でて、シドが鬱陶しそうにその手を払う。僕は一体どんな反応をしたらいいんだろうと迷っていると、ルークは「ま、ほら、想いの込められたものってのは、良い作用をもたらすもんだろ?」と僕に笑いかけた。
なんて返事すればいいかわからないまま、僕は小さく頷いた。
その数時間後、ルークは熱を出して倒れてしまった。
「――――――――――ルーク、大丈夫かな……?」
「大丈夫だ。流行病とか、そういうんじゃない。たまに熱を出す。……頑張り、過ぎると」
シドはルークの額に濡れたタオルを置いた。ルークは顔を真っ赤にして、苦しそうに呻いている。発疹とかそういうものはない。だから、多分流行病とは違うのかな?と思うけど……その様子を見ているしかできない僕は、心がぎゅっと絞られるように辛くなった。ショックだった。
ついさっきまで、あんなに元気そうだったのに。
「大体翌朝には元に戻ってる。今だけだから、心配しなくていい」
「こんなに辛そうなのに……?」
本当に今だけなんだろうか。この様子だと、もうしばらくは安静にしといた方がいいんじゃないだろうか。ルークはどこでも生きていける人だと思ったけれど、意外と体が弱いのかもしれない。
それなのにこんな危険な旅を続けているなんて……。
僕は、何だか自分がとても恥ずかしくなった。
お守りに関してはいろいろ思うところがあるし、ルークの活動の詳細はわからないけれど、彼が病気で苦しんでいる人たちのために頑張ってるってことはわかってる。こんなに、自分の身をすり減らしながら。
僕はそんな彼の努力も知らないで、彼らが何とかしてくれるだろうって楽観的に考えて、自分が何かしようとか頑張ろうとかそういうこと、ちっとも考えてなかった。自分が生き延びることばっかり考えていた。
「ごめん。僕、何もできなくて……」
「? 何でお前が謝るんだ。どうした」
「だって、僕は…………」
僕は、いつだって、何もできなかったから。
「…………さっき、ニックスたちが村を発った。明日には行商人たちに追いついて、陽が落ちたら薬を盗んで、すぐ戻ってくるんだって」
「馬鹿どもだ。せめてもう一日待てって言ったのに」
シドはうんざりしたようにため息を吐いた。
ルークと一緒に作ったお守りは、シドがこっそり皆の家の裏とか畑の隅とか、目立たないところに貼っていった。夜だから楽だと思ったのに、あまりにも村の人たちが警戒しているから大変だったと、帰ってきたシドは泥だらけになって愚痴っていた。
「僕、皆を追いかけるよ」
「は?」
「村の人たちを止める。連れて帰る」
ルークは村の人たちの事をすごく気にしていた。
何とかするからって、安心させるように僕に言って、お守りをたくさん作った後は、何度も村人たちを説得してくれた。どんなに邪険にされても、罵倒されても。
その結果、心労が祟って倒れてしまったのかもしれない。
何を言われても気にしてないように見えて、本当はとても繊細な人なのかもしれない。――――そうだ、そうに決まってる。何を言われても傷つかない人なんて、いる訳がないんだから。
「僕が何とかする。だからシドは、ルークの様子を見ていて」
「もう夜だぞ。一人で森に入るのか? ……死ぬぞ」
「でも皆出発しちゃったし、朝になるのを待っていたら多分間に合わない」
「…………放っておいたらいい。あんな奴らのこと、放っておいたら…………だめか?」
シドは困ったように眉を下げた。僕は、そんな優しい彼に笑みを向けた。
「ごめんね。僕にとっては、大切な人たちだから」
「………………」
「家の物、好きに使って。大丈夫だよ、僕は僕でいろいろ持っていくから。煙がもくもく~って出る缶とか、すっごい臭い飛び道具とかさ、とにかくいろいろ持ってるんだ。一度はニックスを助けられた。次もうまくやるよ」
「………………」
彼はじーっと僕を見つめた後、ルークへ視線を落とした。金の髪がふわりと揺れる。何か、悩んでいるように見えた。
いつも彼に対してはツンツンしているシドだけれど、その眼差しは酷く優しいものだった。
「……任されてるんだ、こいつのこと」
しばらくの沈黙の後、彼はぽつりと、言葉を零した。
「別に俺は、こいつの事なんてどうでもいいけど」
「?」
明らかに嘘だってわかる事を言われても。
シドは僕と視線を合わさずに先を続ける。
「ほんとは、別に、俺がこいつの面倒を見なくたって、もっと大勢で動く予定だった。でも、隣りの国で流行病が見つかって、そこからあっという間に広がって……大勢で動くより少数の方がいいって、フ……ルークが、言い出した。それから……一人で、動き始めた。黙って皆の所から離れていった。追いかけられても逃げていった。自分は、絶対病気にならないから、どこに行ったって平気だけど、もし、万が一があったら、怖いからって。自分より、人の事ばっかり気にして」
「……うん」
「必死なんだ。早く、流行病を何とかしたいって。ルークを止められないから、だから皆、とにかく病の方を何とかすることに専念しようって、それで、こいつが作ったお守りを、手分けしていろんな国に配って回って、調査したり、感染対策とか、広めたり……手紙で情報交換して、それで、医者が薬作ってて……。一番、無茶してんのはこいつで、だから、皆心配してて」
「うん」
「任されたんだ。俺だけだったから。こいつがどんなむちゃくちゃなところに逃げても、俺だけが追いつけたから。いや……ほんとはもう一人いたけど、でも、そいつは戦闘狂だからだめで、だから俺がしっかりしなきゃいけなくて、皆に、こいつのこと頼むって言われて。……こいつ、体力凄いんだ。丈夫だし、強いし、足も速い。でも、人一倍力を使わなきゃいけないから、そのせいで、こうして体調を崩すこともあって……他の皆には、内緒にしてるけど。……いや、カイウス様にだけは、伝えてて、いけすかない茶髪ポニテ野郎には、たまたまバレた、けど……でも、ほんとは、ちゃんと皆に、全員に伝えた方がいいことも、わかってる」
それは僕に説明すると言うより、独り言のように紡がれた言葉だった。
だから、僕は黙っていた。いろいろ詳しく聞きたいところもあったけれど、きっとシドは、僕が想像するよりずっとたくさんのものを、背負っているような気がした。
ぎゅっと眉間に皺を寄せた後、シドは唐突に立ち上がった。
「俺も行く」
「え?」
思わず聞き間違いかなって思ったけど、さっきまで迷いの見えた彼の眼差しは、今はもうはっきりきっぱり、前を見据えていた。
「えっと、待って。どうして、その、急に……」
「こいつ、結構、気にするタイプだ。お前に何かあったら、自分を責める。村の奴らの事も。多分。だから、お前も村の奴らも、俺が監視する」
そう言って、もう決定事項みたいに彼は準備を始めた。
僕は慌ててシドの手を掴んだ。
「待って待って! シドがいないんじゃルークはどうするの!?」
「ルークは一人で問題ない」
「!? さっきの話だと、ルークのこと任されてるって事だったけど――――」
「熱は明日には引く。それにこの状態でも、こいつに敵う人間はこの村にはいない。だから問題ない。水と食い物と、そういうのを枕元にたっぷり置いておけば大丈夫だ。あと団子。あれば猫」
「猫はちょっとすぐには用意できないかなあ……」
どうしよう本当に。
この状態のルークを一人にするなんてやっぱり心配過ぎるし、僕が決めた事にシドを巻き込みたくない。
「ねえシド、ちょっと一回落ち着かない?」
「落ち着いてるしうだうだ悩んでる暇ないだろ」
「それはそうだけど、でも、ルークがこんな状態なのに……」
「こいつにとって一番良くないのは、目を覚ました時、お前や村の奴らに何かあった時だ」
「でも――――」
「体は元気になっても、心の方は簡単じゃない」
どういうことかと一瞬理解が遅れて、それからすぐ、思い至った。
「心は、簡単に死ぬもんだって、聞いたから」
掴んでいた手から、思わず力が抜けていく。
まるで、ルークの心が何度か死んでしまった事があるかのような、そんな言い方に思えた。
「それともお前がここにいるか。その方が俺はいいけど。村の奴らは俺が全員気絶させて引きずってくる」
「それはさすがに良くないよ!?」
「ならお前が来い。俺はあいつらを説得させる気なんてこれっぽっちもない。面倒くさい」
「ちょっ、でも――――――」
「男ならさっさと腹を決めろ! 行くぞ!!」
「待ってシド!! 行くから!! 僕も行くから!!」
そうして僕は、シドに置いてかれないように彼の後を追った。
ルークの事は心配だったけれど、シドのおかげと言うか何と言うか、迷っている暇はなかった。
その堂々とした後ろ姿は、どこかの誰かに、少し似ているような気がした。




