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64 【ジーク】 うんざりする



 やれやれ……


 今日は聖騎士会議か。



 女王や聖騎士たちの顔を嫌でも見なければならない日だ。

 憂鬱すぎて仮病でも使おうかと思ったが、それで好き勝手されるのも癪だし仕方ない。うんざりしながら窓の外を見るとムカつくくらいの快晴だ。



 あの玩具はきっと不機嫌を何一つ隠そうとせずに参加することだろう。いつもそうだ。彼女は取り繕うことを諦めたのか、どれだけ周りから煙たがられ非難されようと態度を改めるということをしない。


 ……もしかしたらそれも、僕との婚約を破棄させるという目的のためにしていることなのかもしれない。そう思うと若干愉快な気もするものの、玩具のくせにと苛つきもする。




 最近その玩具と……フレアと連絡が取れない。

 それが何より僕を苛つかせる。

 最初こそ割と楽に連絡が取れていたのに、だんだんそれすら難しくなった。本来であれば遠方での会話も可能であり、その気になれば彼女が交わしている会話のやり取りを盗聴することさえできる。……はずだったのに。これはどういうことだ。アグニとはずっと問題なく連絡を取り合えている。

 つまり僕の力が弱くなったわけじゃない。

 あいつの力が……いや、精神力と言うべきか? 僕の力をはねのける程強くなっている。そんなことまずあり得ない。いくら僕より……認めたくはないが、精神力のようなものが強かったとして、ここまで干渉のできない人間というのはあり得ない。

 なんのためにあのチョーカーをつけたと思っているんだ。


 意味のわからない現象にただただ苛つく。



 それに認めたくはないが、あれとの会話をまあまあ楽しんでいたのも事実だ。

 別に楽しんでいたからと言って心を許したわけじゃない。断じてそれはあり得ない。



 僕は人間なんて絶対に信用しないと決めている。



 人間はいつか裏切る。約束は簡単に破るし、それを守るだけの力も持ち合わせてはいない。弱いくせに傲慢で、欲深くて、醜い生き物だ。


 フレアは面白い玩具であって、それ以上でも以下でもない。

 婚約者となったのは四大公爵家の中から誰かしら選ばねばならなかったから仕方なく選んだだけ。あまりに浅はかだから早々に婚約破棄しようかと考えたこともある。家族というものに対して温かな幻想など抱いていない。興味もない。妻にする者を愛そうなんて考えたこともない。




 僕は間違いなく人間としては欠陥品だろう。

 だからと言って改めるつもりはない。



 

 フレアで遊ぶのは暇潰しにちょうどよかった。僕相手に何一つ遠慮することなく、言いたいことを言いたいだけ言いまくるのはなかなか愉快なものだったし、ストレスも感じなかった。

 しかし最近は僕の力がなかなか及ばないことに酷く苛つく。

 あいつを奴隷にしたのは僕なのに、これじゃ奴隷になったのは……いや、それはない。そんな屈辱的なことを考えるな。あの玩具相手に。

 これは執着と言えるほどの感情ではない。

 そんな感情はもう長らく抱いていない、はずだ。



 ただ、気に入らないことはまだある。


 

 僕が贈ったドレスを売り飛ばした時。

 それを必死で隠そうとした時。

 ……あの男に微笑みかけた時。



 乱蔵とか言う男はいつ処刑にしてやってもいいと思えるくらいには気に入らない。 

 大体フレアもフレアだ。よりにもよってシノノメ帝国の人間と知り合いになるなんて。僕がこの世界で最も嫌いな国を。あんな国との繋がりなんぞ持ちやが……いや、あれは元々半分シノノメの人間だ。繋がりなんて生まれた時から持ってはいたか。

 公爵はフレアが生まれた時、記憶保持者でないか神経を尖らせていたという。シノノメの血を引く人間はたとえ半分であろうとその可能性がある。前世の人間というのは彼女の母親然り、総じてその過去に囚われやすいものだ。結果的にフレアは保持者でないとされていた。公爵は酷く安心していたはずだったが……



 僕の推測に過ぎないが、恐らく彼女は処刑場を見に行ったあの日に記憶を思い出したのだろう。途中で前世の記憶を思い出すなんて聞いたこともないが、あの日から彼女は明らかに変わった。

 何より乱蔵の記憶を覗いた時のあの“老婆”の姿が、アグニと対決した時に見た錯覚と完璧に重なる。何が引き金になったかはわからないが、フレアはなぜか前世の記憶を思い出し、あの男は前世の知り合いだった。前世の知り合いである上にどちらも記憶持ち。





 …………吐き気がする。


 前世だの運命だの、そういう曖昧なものを信じて過去にばかり縋り付く。そういう人間が心底嫌いだ。彼女の前世なんて正直どうでもでいい。興味もない。何が前世だ。何が運命だ。なぜ記憶保持者は、存在するかもわからない過去の人間を求めてくだらない旅になんて出たがるのか。あいつもそうだった。あいつも……








『――――――いつか帰ってくるよ』





 もう顔すら朧気だ。

 あの頃はあんなに一緒にいたのに。


 僕が唯一心を許した人。


 かろうじて名前は覚えているが、それ以外は何一つはっきりと思い出せない。どんな目の色をしていたか、背はどれくらいだったか、声は……




『その時は一緒に茶でも飲もう』






 ………………結局あいつも嘘吐きだった。





 ノックの音がして、返事をすれば大量の書類を抱えたエイトが入ってきた。


「で、殿下、こちらが頼まれていた書類、です」

「ああ、すまないな。そんなにたくさんあるとは思わなかった」


 にこやかに微笑むと、エイトは少し戸惑ったように身じろぎした。


「どうかしたか?」

「……いえ、殿下、少々疲れていらっしゃるのでは?」

「は?」

「あ、すみません。出過ぎたことを……」


 疲れているのは確かだが、完璧に隠したと思ったんだがな。エイトが僕の傍に仕えるようになってそこそこ経っている。さすがに疲労をごまかせなかったか。


「いや……少し休むことにしよう。今日は嫌な会議が控えているしな」

「で、殿下。聖騎士会議のことをそのように仰るのは……」

「許せ。疲れているんだ。……僕の婚約者はまだ来てないか?」

「へっ」


 まさか……とわかりやすい顔をするエイトに、もう一度微笑みかける。


「そろそろ来ている頃だろう。僕と女王以外は早めに来るのが決まりだからな。折角王宮まで来ているのだからこちらにも招待するのはどうだ? なあに、会議室と僕の執務室はそう離れていないさ」

「いや、しかし、その……」

「喉が渇いた。茶でも飲みたいな」

「フレア様は、聖騎士会議の前は特にご機嫌が……」

「で?」

「え?」

「あいつの機嫌が悪いから、僕の頼みを断るつもりか? エイト」


 エイトから顔色が消えていく。こいつの愉快な顔を見るのは毎度のことながらとても楽しい。


「あれはお前の師匠かもしれないが、僕はお前の主だ。その意味はわかるな?」

「はい……もちろんです」

「じゃ、早く行っておいで。暴れられたら引きずっていいから」

「公爵令嬢相手にそのようなことは……」

「あ~喉が渇いたな~」

「い、行ってまいります!」


 僕の機嫌を読み取ったのだろう、エイトが慌てて部屋を出て行った。

 暴れられることはないだろうが、確実に罵詈雑言はあるだろうな。頑張れエイト。これも近衛騎士の仕事の1つだ。それにもしフレアが暴れたら、お前の鍛錬にもなってちょうどいいだろう? ……まあ、あいつが暴れることはさすがにないだろうが。


 僕はエイトが持ってきた書類を手に取った。それから1つため息を吐く。

 ……やれやれ、今日もまた荒れそうだな。


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