6 紹介する
その後、温泉から出てほかほかする体で山を下りながら、ルークは「これ食べられるぞ」と野草を摘んだり、「あ、兎発見」と流れるように兎を捕獲したりして、僕の家に着く頃にはそこそこの食料を確保してしまっていた。生きる力が凄い。彼は多分どこでも生きていけるんだろうなと思う。
「そうだ、何かデザートも作るかな。ユーリは甘い物平気か?」
「! うん、好き」
「じゃ、頑張って作らないとな」
お砂糖とか何もないよと言ったけれど、デザートに必要な調味料はあらかた持っているらしい。
彼が作ってくれている間、僕はシドと一緒に家の裏に出て、畑を見て回った。シドが、見てみたいと言ったから。
すっかり枯れ果てた畑は、眺めているだけで心がぎゅっと辛くなった。
「こうなってもう長いのか」
「うん……病が流行り始めてすぐだったかな。他の畑も、皆枯れちゃったんだ」
もうすぐ本格的な冬が来る。なのに蓄えと呼べるものはほとんどない。雪が降って畑を覆い尽くす季節がくれば、僕らはどうやって生きていけばいいんだろう?
動物を狩って行くしかないだろうか。僕らの村だけなら、それでも何とかやっていけるかもしれない。でも他の村も同じように狩りばかりしていたら? きっとあっという間に動物はいなくなってしまうだろう。
僕らは、ちゃんと冬を越せるだろうか。
「……シドとルークは、冬の間はどうするの? 旅をずっと続けるの?」
「ああ、休んでいる暇はないからな」
「食べるものとか、寝る場所とか、大丈夫?」
「別に。適当にやる」
僕は畑の傍の倉庫に入った。シドも物珍しそうについてくる。
「農具……じゃないな。何だこれ」
倉庫にはあらゆるものが詰め込まれていた。僕が作ったものもあれば、両親が作ったのであろう物もある。
「農具は別の蔵に保管してるんだ。ここにはそうじゃないものがいっぱい入ってる。例えばこれは……スイッチ一つでテントになるんだよ」
ボンッ!!
「!? げほッ、ごほッ!」
「ごめん! 埃凄いね。……あ、穴空いてる」
積もりに積もった埃が一気に広がる。その上、汚れたテントの天井の所には穴が開いていた。補修しなきゃ。でもそれ以外は何も問題なさそう。
「……すごいな、これ」
シドは目を丸くしてじっとテントを見つめている。僕は得意になって、他のものもたくさん紹介したくなった。「これは軽量湯たんぽだよ!」「これはお手軽湯沸かしセット!」と次々に自慢の発明品を並べる。
「どこでこんなものが手に入るんだ」
「僕が作ったんだよ」
「!? つ、作れるのか、これ……」
「うん、軽い物なら持って行きやすいかな。持ち運びに便利な、あったか毛布もあるよ。これすっごいあったかいんだけどすっごい軽いんだ」
「持っていくって……どこに」
「え? シドたちの旅に。大変なこともたくさんあると思うから、ちょっとでも助けになればいいなあと思って。あ、要らないなら要らないでいいんだ。欲しいものがあったら何でも持っていっていいよ」
「………………」
「? シド?」
黙ってしまったからどうしたのかなと思って彼を見ると、珍獣でも見るような目で固まっていた。
「どうかした?」
「…………いや」
僕から視線を逸らして、『シャカシャカ振るとあったかくなるお手玉』を手に取り、不思議そうに見つめている。僕が使い方を教えると、だんだん温かくなってきたのか、次第に目を輝かせた。
「面白いものたくさんあるよ。僕の両親もこういうの好きだったみたいで、変な物いっぱいあるんだ。そうだ、本は好き? 仕掛けのある本が面白くてね、これは読んでたら手を噛まれる本で…………シド?」
「……変な奴」
「え?」
「お前だって、大変だろ。生活、いろいろ……」
「それはお互い様だよ。シドもこれからの季節大変でしょ? 宿だって確保できるかわからないし。僕はシドとルークの活動を応援してるから、二人の助けになれば嬉しいな」
「…………」
この程度で助けになるかわからないし、邪魔になるだけかもしれないけれど。
でも、温泉でぬくぬくしていた時のシドは幸せそうだった。これから寒い季節だし、こういう便利グッズは意外に役に立つんじゃないかな。要らなくなったら売ってもいい。お金になるかはわからないけれど。
「お前は…………俺たちが、怖くないのか」
「へ? 何で?」
「……何でもない」
シドはお手玉をシャカシャカしながら、耳を真っ赤にして、倉庫の奥へぐんぐん進んでいく。僕は慌てて後を追った。
「ねえシド、これはどう? お手軽火起こし器だよ! 簡単に火を起こせる便利な代物」
「それは要らない」
「そう? でも――――」
「要らない」
けっこう便利なんだけどなぁ、と首を傾げると、シドがほんの僅かに、笑った気がした。
たっぷり倉庫を冒険した後、外にもわかる程甘い良い匂いが漂ってきて、僕らはルークの元へ向かった。もっちりした弾力に堪らなく甘いタレのかかった、みたらし団子というものを食べて、ほっぺが蕩け落ちるんじゃないかと思うくらい美味しかったけれど、ルーク曰く「乱蔵って奴の方がずっと美味い」らしい。驚いた。これよりもっと上手に作る人がいるなんて、ちょっと信じられない。
幸せな時間だった。これからの事も、冬の事も食料の事も――――……それに、流行病の事も、忘れてしまいそうになる程、幸せな。
だからその夜、僕は思い知った。
病気はそんな甘いものじゃないんだって。
ルーク達を泊める事になって、皆で兎鍋を食べていた時だった。
ルークは「村人が警戒し過ぎてあんまり調査ができなかった」と肩を落としていて、シドも深刻そうな顔をしていた。村人の反応は申し訳なかったけれど、二人がこの村にしばらくいてくれるのは嬉しいなと、僕は暢気にそんな事を考えていた。
だから、罰が当たったんだろうか。
外が騒がしくなって、僕は様子を見に家を出た。
ニックスの家の前だ。村人たちが集まって人だかりができている。酷い胸騒ぎがした。
「ッ……何があったの!?」
皆の声に負けないように大きな声を出した。一斉に皆がこっちを向いて、そうしたら人だかりの中心の――――ニックスも、僕に顔を向けた。
皆が僕から離れていく中、ニックスだけは躊躇う事なく僕に近づいてきた。
「ユーリ、大丈夫か? あいつらお前に変なことしてないよな!?」
「ルーク達が? ないないない。この騒ぎはどうしたの?」
「…………ぶり返したんだ」
「え?」
ニックスはぎゅっと眉間に皺を寄せて、辛そうに俯いた。
「病気が……病気がぶり返したんだ! 今朝はあんなに良くなってたのに!! また熱が上がって発疹が出て……意識も……。他の皆もだ。俺の家族だけじゃない」
「そんな……」
「あの金髪が来てから、また酷いことばっかり起こってる!!」
「違うよ、ルークたちは何も悪くない! この病気を治すために、あちこち研究してて――――……」
「そんなの本当かわからないだろ! お前やっぱり騙されてるんじゃないか? 元々病気が流行ったのだって旅人が原因だった。だから――――――」
「違う。ルークとシドは、何もやっていないよ。僕らの敵じゃない」
ニックスは口を噤み、じっと僕を見つめた。それから小さくため息を吐く。
「……お前だから、皆耐えてんだぞ」
ぼそ、とそう言った後、ニックスはくしゃくしゃと僕の頭を撫でた。泣き出しそうな顔で。
そんな顔をされると、心がぎゅっと絞られるようだった。でも、優しい手つきだけは、僕のよく知っている、優しい、頼れる兄貴分のそれだった。
「とにかく、俺はまた薬を見つけに行く」
「え……? 薬って……」
「あの薬さえあれば、皆助かる。量が少なかったんだ。だから……」
つまり、盗みに行くってこと?
あんな危険な場所に、また?
「ニックス、それは――――……!!」
「他に方法がない。別の場所に移動してたとしても、そう遠くには行ってないはずだ」
「危険だよ! 薬がどこに保管されてるかもわからない。きっと警備だって厳重になってるし、あの時逃げられたのは運が良かっただけで――――……」
「あの薬が必要なんだ。俺たちには」
覚悟を決めた目だった。心の底がひやりと震えた。僕は、その目を知っている。
何を言われても意志を曲げないと、貫くと決めた人間の目だ。
彼の家族は、そんなに悪くなってしまったんだろうか? 今朝はあんなに元気だったのに。様子を見に入りたいと思った。でも、怖くて動けなかった。ニックスがここまで追い詰められてるってことは、それは、つまり間違いなく、以前より酷い状況に違いなかった。
「次はもっと取ってくる。一緒に行きたいって言ってくれてる人もいる。皆で協力すれば何とかなる。薬が手に入れば、皆あっという間に治って、それで…………げほッ、ごほッ」
「ニックス? 大丈夫?」
「俺は……俺は大丈夫だ。とにかく薬を取りに行く。皆のために。皆の――――……」
「やめとけやめとけ。そんなことしても何の意味もない」
誰かがニックスの手を掴んだ。
驚いて顔を向けると、ルークが僕の背後からひょっこり顔を出していた。村の人たちが「うわッ!」「ニックス離れて!!」と言いながら更に距離を取っていく。「この疫病神!」「出て行け!!」――――……酷い言葉が、次々ルークに投げつけられた。
ルークはやれやれと言った調子で肩を竦めながらも、ニックスから手を離さなかった。
「やめとけ少年。命を無駄にするだけだ」
「お前に、何が――――!!」
「薬を売り歩いてる奴らだろ? あいつらが売ってるのはただの風邪薬だ。どこにでも売ってるような、安いやつだよ。悪いもんじゃないが、流行病の患者が飲んだところで大した効果はない」
「は? 適当な事を言うな!! 確かに効果はあった!! 俺の家族は確かに治りかけてたんだ!!」
「それは……」
「ユーリは騙せても俺は騙せないぞ!! 離せ!!!」
ニックスが手を振り払おうと藻掻く。ルークは小さくため息を吐いて、仕方なさそうに彼から手を離した。
ニックスは唾を吐き、殺意に満ちた目でルークを睨んだ。……ショックだった。優しいニックスがこんな風になるなんて、思いもしなかった。悪い夢でも見ているみたいだった。
ニックスは村の人たちの所に行って、薬の泥棒の計画を立て始めている。
呆然としていると、誰かが僕の袖を、躊躇いがちに引っ張った。……シドだった。不安そうに、じっと僕を見つめている。
「……ありがとう、シド。大丈夫だよ、僕は」
「…………そうか」
「ねえ、薬の、行商人の事。あれって……」
「こいつの、言う通りだ。わざわざ盗みに行く価値はない。……旅をしていると、ああいう奴らによく遭遇する。嘘っぱちで金を巻き上げて、荒稼ぎしてる連中だ。いくら捕まえても湧いてくる。キリがない」
シドは頬を膨らませて、ルークはそんな彼の頭を優しく撫でた。
僕にはまだ納得のできない事があった。
「でも、でも確かに回復していたよ。今までで一番調子が良かった。本当にすっかり治りそうだった! あれは、僕らが良い薬だって思い込んでいたから? それだけで本当に皆良くなるものなの?」
二人は僕の問いには答えなかった。
ルークは困ったように苦笑して、「……何とかしなきゃな」と髪を掻き上げた。




