5 浸かる
――――――――
――――――――――――
「いや~~やれやれ。怖かったねえシドちゃん。あんなに怒らなくてもいいのにね。泣いちゃわなかった? 大丈夫?」
「泣くかあれくらいで!!」
「あれ? でもプルプル震えてたよな?」
「震えてない!! 捏造するな!!」
シドが怒って、彼が笑う。普段からこんな感じなんだろうなって、でもそれは、シドが言う程悪いものには思えなかった。
特別な、信頼関係があるように思えた。
彼は、僕に申し訳なさそうな顔を向けた。
「ごめんね、うちの子が世話になったみたいで」
「いえ、シドは、僕を助けてくれたから……世話をしたというか、世話になったというか」
「ほんとありがとな。えっと……あー、まだ名前聞いてなかったな、そう言えば」
「ユーリです」
「ユーリ、か。よろしくユーリ。俺はルーク」
「よ、よろしくお願いします、ルークさん……」
「敬語はいいぜ。ルークって呼び捨てで。君本当に七歳? 最近の七歳はしっかりしてるねえ」
彼は――――――……ルーク、は、そう言って朗らかに笑った。
鬼のように怒り狂った村人たちを、彼は「まあまあ」と宥め、それでも声を上げようとすれば一睨みで黙らせた。軽い調子に見えて、彼には形容しがたい迫力があった。……この人には敵わない、と思わせるような。村人たちは、農具まで手にしていたけれど、顔を見合わせ逃げるように散っていった。触らぬ神に祟りなし、ということかもしれない。
いつも優しい彼らの豹変は悲しかったけれど、それも全部、流行病のせいだと思う。取りあえずと二人と一緒に僕の家に入った後も、外からこちらを窺うような視線を感じた。ニックスは、村人に連れられ、今頃自分の家だろうと思う。
「……ほんとごめんな。しばらく嫌な扱い受けるかもしれないぞ? ヤバい旅人を中に招き入れたって」
「大丈夫。皆、本当は優しい人たちだから」
「ならいいけどなぁ……」
しばらくは誰も寄りつかないかもしれない。熊肉の事も怒っているだろうか。
でも、だからってこの二人に冷たい態度を取るような真似、僕には絶対できなかった。
僕はじっとルークを見つめた。輝く金色の髪、綺麗な青い瞳、雪みたいに真っ白な肌に、すっと通った鼻筋。綺麗な人だなあ、と思った。綺麗すぎて、どことなく中性的な雰囲気を感じた。男性にしては、線も細い気がする。……いや、本当に男性だろうか? もしかしたら女性かもしれない。男装しているだけだって言われても、僕は納得する。そう、思っていたら……
突然、その青い瞳に、呆けた顔の僕が映った。
「ん?」
「ッ!!」
僕は咄嗟に顔を逸らした。
ルークの不思議そうな声が耳に届く。
「どうかしたか? 俺の顔、なんか変なもんでもついてる?」
「いや! 全然! 全然、そういうんじゃないよ」
「? そっか」
「えっと……ビックリ、してて。シドは、自分より年下の子と一緒に旅をしてるって言ってたから……」
「えー、おいシド! そんなこと言ってたのか!?」
「嘘は言ってない! 俺より精神年齢低いだろ! せいぜい五歳がいいとこだ!!」
「何だと!?」
ルークがぷんすか怒って、シドはあっかんべえをした後二階へ駆けていった。足が速い。ルークといると、シドは本当に年相応の男の子って感じがする。熊を軽々殺してしまったんだってことを、うっかり忘れてしまいそうだ。
「はあ~あ、反抗期だなありゃ。いや、出会った時から反抗期か……」
「シドとルークは、……えっと、どういう関係なの? 兄弟じゃないんでしょ?」
年が随分離れていそうだから、兄弟って言うか親子って言われた方が納得するけれど。
「血は繋がってない。いろいろワケありでね、今は二人であっちこっち旅をしてるのさ。俺はなかなか楽しんでるんだけど、シドちゃんはどうかねえ。今回も急にいなくなっちゃってほんと焦った焦った。子育てって大変だね」
「シドは、すごい子だと思う。優しいし、しっかりしてるし、……熊から、僕を助けてくれた」
「熊? え、熊? 熊さん? うわ~~……熊やっちゃうのかあの子……すげえな」
「それに楽々運んじゃうし。びっくりした」
「あはは。そりゃおっかねえや」
「ルークは、シドより力が強いって聞いたけど……」
「あー、まあ、あいつの面倒を見られるのは、この世界じゃ俺くらいかもしれねえな」
そう言って仕方なさそうに笑うルークは、どうやらとてもシドの事を大切に思っているようだった。
僕は、首に巻いたスカーフにそっと触れた。
「ところでユーリ、ご家族は? この広い家に君一人?」
「あ、うん。両親はずっと前に亡くなって、兄弟もいないから……」
「……ずっと一人で?」
「村の人が優しくしてくれたから、困るようなことは何もなかったよ」
そう伝えると、ルークは眉を下げて「……そっか」と微笑んだ。
「ユーリは本当に凄い子だな」
「んっ……」
よしよしと頭を撫でられて、驚いた。
あまりされたことがないというのもあって、何だかとても照れ臭い。温かくて優しい彼の手は、いつまでもそうしててほしいと思う程、心地よかった。
「………………おい」
突然の低めた声に驚いて顔を向けると、シドがじとっとした目でルークを睨んでいる。
ツカツカと僕らに近づいて、ぺいっと僕の頭からルークの手を払いのける。
「汚い手でべたべた触るな!」
「な、何だと!? よしよししてただけだろ!?」
「手が汚い!」
「汚くねえよ!!」
「よく見ろ土だらけだ!」
「はあ!? ……あ、ほんとだ汚い。ごめんユーリちゃん! 髪汚れちゃった!」
僕の髪なんて元から汚れてるし、気にすることなんて何もないのに。もしかしてシド、僕に嫉妬したのかな? 何だか微笑ましいな、本当に。
そう思いながら髪に触れると、ざらついた砂がいっぱい手についた。わあ、汚い。これはちょっとびっくり。
「あーー……シド捜して山ん中駆け回ってたからさ。うわっ、こんなに汚れてるとか気づかなかった。よく見たら服もやっべえな。もしかして村の人たちが俺避けていったのって汚すぎたからか!?」
「絶対そうだろ。洗ってこい!」
「川で流してくるかなぁ……。ごめんねユーリ。うわ、家の中も汚しちまったか……これ俺が掃除するから!」
「気にしなくて大丈夫だよ。そんな綺麗な家でもないし」
「そういう訳にゃいかねえよ。取りあえず体洗って…………ユーリも洗い流すか?」
「僕は…………あ、そうだ」
普段使っている井戸や川だと、間違いなく村の人たちと鉢合わせる事になる。
それなら、普段ほとんど使われていない、あの場所ならどうだろう。少し時間はかかるけれど、苦労して行く価値もある。きっと気に入ってくれるんじゃないかなと、そんな気がした。
――――――――――
――――――――――――――――
「ふあああああああ~~……ああああ堪らん……極楽極楽ぅうう……」
熱いお湯に浸かって、ルークはふにゃあ、と表情を和らげた。
白い湯気がふわふわ立ち上っている。岩に囲まれた小さな温泉は、僕らが入るとお湯がぶわっと溢れた。しばらく山を登ったところにあって、村からはだいぶ離れているから、誰かが来ることは滅多にない。
昔はニックスたちとたまに来ていたけれど、今は流行病で大変な時だし。……そんな時に、こんな温泉に浸かりに来るなんて、もの凄く贅沢な事をしているように思えて申し訳なくなるけれど。
「最高最高~~。何この温泉。あああああ体に染みるぅ~~~~」
「喜んで貰えてよかった」
「最高だよほんと~~。こんな素敵な温泉あるとか……これは最高過ぎるぞ……普段から通いてええ~~……」
ルークはすごく気に入ってくれたみたいで、頬を真っ赤にして気持ちよさそうに目を閉じている。
一方、シドは……
「………………」
「シドは入らないの?」
服を着たまま、持ってきた桶にお湯を入れて手を洗ったり足を洗ったりしている。
僕が「入りなよ、気持ちいいよ」と言うと、彼はぶんぶん首を横に振った。ルークが「入っちゃえよ、超~~気持ちいいぞ? 絶対気に入るって。シドこういうの大好きだって」と言うけど、それでもぶんぶん首を横に振っている。
「背中流してやるぞ~~?」
「要らない!!」
「大丈夫大丈夫、湯気すげえから裸になってもほとんど見えないって!」
「見えるだろ!!」
「照れ屋だなあ~シドちゃんは」
「煩い!!!」
でもなんだかんだ言って、シドも気になるらしい。
結局、足だけお湯に浸けてほわほわしていた。
ルークはそんなシドを見て、嬉しそうに微笑んでいる。その視線が、ふと僕の首元で止まった。
「あれ? ユーリ、首のそれ取らないの? スカーフ。濡れるぞ?」
「あ、あー……取るの忘れてた。もう濡れちゃったからいいかな、このままで」
「綺麗なスカーフだな。ユーリってお洒落さんなんだな」
「それ、ニックスにも言われたなあ……」
僕は苦笑いしてスカーフに触れた。
「シドとルークは、なんで旅をしているの?」
武者修行とかかなぁ、この二人なら。と思いながら尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「ほら、病が流行ってるだろ? それを何とかしたいなあと思ってあちこちをね~」
「病を……? もしかして、ルークってお医者さん?」
「あーいや、医者の手伝いみたいな感じかな~。俺はただの下っ端。今一生懸命薬作ってる連中がいるから、そいつらに情報集めたりだ、なんだしてるんだよ。この辺りにもそのためにね」
ふと、隣村の薬の行商人の事とか、シドが家に貼っていったお札の事とか、いろんなことが頭を過った。詳しく聞きたくなったけれど、なぜだか深く聞いてはならないような気がして、言葉が出てこなかった。
ルークはシドに優しい眼差しを向けた。
「……こんな大変な旅、シドを巻き込みたくはなかったんだけどなぁ……」
「巻き込まれたんじゃない。お前がフラフラしてるから面倒を見てやってるだけだ」
「ははっ、頼もしいねえ」
二人とも凄いと思った。
自分だっていつ罹るかわからない。流行病をたくさん見てきたなら、それがどれだけ恐ろしいものかって、ルークもシドもよくわかってるはずだ。なのに……。
その勇気は、とても優しくて素敵なものだと思う。
「流行病は、なくなるかな? もう誰も苦しまずに済むかな?」
「……ああ、きっとな」
ルークはしっかりと頷いた。力強い、温かな眼差しだった。
きっと、そのうち流行病はなくなって、ニックスの家族も皆ちゃんと元気になって、村の人も元のように優しくなって、そして、畑の野菜も元気に育って…………
また、あの平穏で楽しい毎日が、始まる。
ルークと話していると、不思議とそんな希望が湧いてくる。未来を信じてみようって、そう思える。
――――――――でも、病気はそんな甘いものじゃないんだと、僕はすぐに思い知る事になる。




